彦  根  城


いよいよ秋本番という季節になりました。
紅葉はまだまだのようですが、カフェの山側に萩の花が咲きました。





前回、伊賀上野に行ってきましたが続けて彦根に行きました。
何十年ぶりかでほとんど記憶にありませんでした。
いっぱい写真を今回は貼り付けてしまいました。

表門近くの駐車場に車を止め、夢京橋キャスル通り界隈を散策。





カフェのテラスからの遠景です。
右上に小さく彦根城が見えています。





街角に立っていた案内板を見てしばし散策。
上魚屋町、職人町あたりと思われるところを。

この界隈やはり電柱はありませんでした。
駐車場もあちこちに見かけられ駐車するには困らないのではと思いました。
シーズンになると分かりませんが。

写真は中掘りとその堀に沿った道路です。





中堀を渡る京橋。
京橋という地名はあちこちで見られます。





堀の石崖の内側は階段状になっていて堀を見渡せるようになっています。
大きな門は家老屋敷の門。

また、入ってすぐ高等学校がありました。彦根東高等学校。
中堀と内堀の間には東高の他に彦根西中学校もあるようです。
この間は車も走ることが出来ます。
全国的見てもお城として築城当時の姿が残されているほうではないかと思います。





ちょっと歩くと内堀。
大手門に通じる大手門橋。





大手門は残されていません。
大手山道と呼ばれる坂道で結構急な坂道です。





天秤櫓に通じる廊下橋。
非常時にはこの橋を落とし本丸を守るようになっていたそうです。





廊下橋の向こうに見える天秤櫓。
天秤のような形をしていることから名づけられたようです。





特別に戦国時代の武将の甲冑を多く展示していました。
実践に使われたとは思われないようなものもあります。
左から真田雪村、藤堂高寅、福島正則のものです。

また、実際に試着することも出来若い人がはしゃいでいました。





この階段を上がるといよいよ本丸です。





入口の太鼓門櫓。
門を抜けて左に曲がると天守閣です。
大手門から急な坂道、曲がりくねった階段、やっぱり防御を考えた造りになっています。





たどり着いて最初に見えるのが左側の写真です。
こじんまりとした三階三重のお城ですよね。





国宝に指定されています。
国宝に指定されているお城は姫路城、松本城、犬山城とこのお城の四つです。

特徴としては通柱がないことです。
内部の階段はここも本当に急な造りで手摺がないと怖いほどです。





天守に上ると琵琶湖は勿論、佐和山も見ることが出来ます。

この地には元々佐和山に石田三成の居城がありました。
佐和山は現在ほとんどめぼしい遺跡は残っていないようです。

彦根城は関が原の後、大阪方への備えとして築城されたようです。
築城に当たっては佐和山から石垣や建造物がここに運ばれ、
また天守閣は京極高次の築いた大津城から、長浜城からは天秤櫓、西の丸三重櫓、太鼓門櫓など、
が移築されリサイクル城ともいわれるほどだそうです。
豊臣の監視という役割を早期に計る必要があったようです。





登ってくるときにも見ましたが下ってきて撮りました。
時報鐘と呼ばれるそうです。
城全体に時報を告げていたそうです。
今でも定時につかれ「日本の音風景百選」選ばれています。





表門に到る表山道。
ほぼ同じところからの下りと登りの様子です。





表門付近と表門橋。





馬屋です。
藩主用の馬が十数頭繋がれていたそうです。
城内に馬屋が残っているのはここ彦根城だけだそうで、重要文化財に指定されています。





表門を真っ直ぐ進むと中掘に沿って松並木があります。
「いろは松」と呼ばれているそうです。
47本あったことから名づけられたようですが、現在は33本しかありません。





いろは松の手前を曲がった道です。
ここで「武士の一分」というロケがあったそうです。
電線がなく格好の場所ですが、道は現代風の道。
ということで道にはわざわざ土を敷いたそうです。
城内ではよく撮影がおこなわれるそうですがここを利用するのはめずらしいとのことです。





この道を進むと国指定の特別史跡「埋木舎」があります。
幕末の動乱期に日本を開国へと導いた井伊直弼が青春時代を過ごしたところです。
埋木舎というともっと山深いところかと思っていましたのでちょっと意外でした。

大久保家の所有だそうです。
大久保といえばあのご意見番の大久保彦左衛門を思い出しますがまさしくその大久保家です。
井伊家もとは今川義元の家臣でしたが徳川家康側につこうとして当主が殺されたため、
その子を大久保家で養育した縁で家康の命により井伊家の家臣となったそうです。

埋木舎と名づけられたのは直弼が17歳のときここに移り、
「世の中を よそに見つつも 埋木の 埋もれておらん 心なき身は」と詠んで埋木舎と名づけました。
決して埋もれていないぞと心に命じていたようです。
他でも住んでいたようですが32歳までここで過ごしたようです。
14男として生まれた井伊直弼は本当に波乱の人生を送った人だと感じます。





以下、屋敷内の写真です。





井伊直弼と扱った「花の生涯」と言う、大変古い大河ドラマがありました。
この様子も展示されています。

船橋聖一原作で尾上松緑、八千草薫、香川京子、淡島千景、佐田啓二といった我々にとっては懐かしい人たちが演じていました。
1963年のことでした。





直弼が詠んだものです。
興味のある方はお読みください。





埋木舎から大分離れたところでお城の東北に位置するところです。
玄宮園の前です。





玄宮園の入ったところです。
大名庭園で近江八景を模して造られているそうです。





廻遊式の庭園で一回りしてみました。
途中、お城も望むことが出来ました。





玄宮園からの帰り道です。
結構歩き疲れました。それでも歩数計を見ると一万歩弱でした。

今回は往復400kmほどで22km/Lの走りでした。
高速道路は時速約100kmで走行。
車の推奨速度は80kmだそうです。

また機会があれば出かけてみたいと思っています。





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