紅 葉 狩 り

紅葉狩りに行ってきました。
と云いましても途中にちょっと寄っただけですが。
昨日、伊勢で初の内孫が誕生しました。
そのため、顔を見に、そしてご機嫌伺いに出かけました。
無事出産という事で安堵しております。
紅葉狩りに出かけようとは思っていたのですが機会を失っていまい、
伊勢の倉田山に寄りました。

倉田山といっても山といったイメージでは有りません。
丘といった程度の高さで平地と余り代わりません。
往復に志摩と伊勢を結ぶ通称伊勢道路を通りましたがここはもう散り始めといったところでした。
ここも紅葉の美しいところです。
カーブの多い山道で駐車するところはなく車窓からの紅葉狩りとなります。


光を浴びてきれいに見えたのですが・・・
写真はもう一つといったできばえです。
広いところのように見えますがそれほど広くはありません。
すぐ横に徴古館という博物館があります。

徴古館の建物です。
明治42年(1909年)にルネッサンス式の鉄筋コンクリート平屋建で完成し、
赤坂離宮(現在の迎賓館)や東京・奈良などの国立博物館(重要文化財)を
手がけた当時の宮廷建築片山東熊によるものだそうです。
現在、国の登録有形文化財に指定されています。
式年遷宮で撤下された御装束神宝(おしょうぞくしんぽう)を中心に
神宮の歴史・奉賛・参宮に関する資料や美術工芸品が展示されています。
また、隣接して神宮美術館、神宮農業館も隣接し色々な模様しものが開かれています。

また、すぐ側に倭姫宮(やまとひめのみや)があります。
祭られているのは倭姫命(やまとひめのみこと)です。
倭姫命は、第11代垂仁天皇の皇女で、第10代崇神(すじん)天皇の皇女豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)の
後を継いで「御杖代(みつえしろ)」として皇大御神(すめおおみかみ)に奉仕されたおかたといわれます。
「御杖代」とは皇大御神の御杖となって、ご神慮を体して仕えられるお方だといわれます。
倭姫命から後、代々の天皇は未婚の皇女を伊勢に遣わして皇大御神に奉仕させられましたが、
このお方を斎王(さいおう、いつきのみこ)というそうです。
お住まいになったところとして伊勢斎王寮が三重県多気郡明和町に残っています。
伊勢の近くで斎王歴史博物館や斎王跡史跡があります。

砂利道の山道を歩いていくと石段がありました。
途中で神社の人と出会いました。
いわく、参道は中央を歩いてはいけない。
中央は神様がお通りになるところだから!
内宮の宇治橋もそのため中央に一段高いところを設けているとこことでした。
勉強になりました。

ここも鳥居のあるところから相当歩いてきて本殿が見えてきました。

手水鉢(ちょうずばち)手水舎(ちょうずや、又はてみずや)。
手を洗って身を清める。
やり方にはやはり作法もあるようです。
まず右手で柄杓をとり、水を汲み、左手に水をかけ、柄杓を持ち替えて、今度は右手にかけ、
また、持ち替えて、左手のひらに少し水を満たします。
左手のひらのなかから、口へほんの少しだけ水をふくませます。
その水は、吐き出してはいけないそうです。
口を濯ぐのは、体内の穢れを清めるため。
使ったあとの作法もあります。
柄杓の持ち手部分を、次の人のために、お清めをしておくのが礼儀だそうです。


本殿です。
ちょうど、木陰になっていて暗くてはっきりしませんが。
いわゆる、神明造と呼ばれる造りです。
直線的な形状をした造りとなっています。
他にも、大社造、住吉造があり、流線的な形状の流造、春日造があるそうです。

お参りした後は同じ道を戻らぬようにということで、
違うところに出たところにも同じような鳥居がありました。
一時間程度の寄り道の記録です。