桂 三 枝 と 猿 田 彦 神 社


 朝日新聞に載った桂三枝師匠の7月の桂文枝襲名にあたり、ああああ
襲名奉告祭と興行成功祈願祭が猿田彦神社で行われたときの記事です。

 伊勢・猿田彦(さるたひこ)神社とでています。あああああああああああ
方位除けや車のお祓いなどしか知りませんでしたので、なぜここで?あa
このごろの神社、神話の関わりからちょっと出かけてみました。あああああ






 おはらい通り入口の駐車場から歩いて2分ほどの所にあり、あああaああああああ
正面ですが広い道路に面しています。あああああああああaあああああああああああ
入口には猿田彦神社の石碑と邪を除け神社を守る一対の狛犬が置かれています。






左側にある手水舎。






 手水舎を過ぎるとすぐ鳥居があり遥拝所がみえます。あああああああああああああああああああああああ

 左手にお札授与所がありますが、ここではこの神社特有の御守りを授かることができます。あああああ
「一歩守(いっぽ守り)」といって新しい物事を始める時に 大切な第一歩を良い道に導いて頂く御守り。
清流五十鈴川にちなんだ「五十鈴(いすず)」といって、鈴を振って人生発展を祈願したり、ああああああ
鈴の音が厄災を祓って清浄にしてくれるとのことです。あああああああああああああああああああああああ

 後で紹介しますが佐瑠女神社が境内にあり、あああああああああああああああああああああああああああ
ここの御守りは、人と人、人と物との 良い縁を結ぶ御守りで、あああああああああああああああああああ
他の神社の御守りとは異なり丸みを帯びたかわいらしい形をしています。ああああああああああああああ






 拝殿正面ですが中央で三人の人が何かを囲み見入っています。ああああああああああああああああああああああ
右側の写真、方位石と呼ばれるものを見ています。ああああああああああああああああああああああああああああああ

 方位石のある位置は昔あった神殿の位置を示しているそうですし、あああああああああああああああああああああ
また、方位石は八角形の石柱で方角が刻まれています。あああああああああああああああああああああああああああ

 猿田彦神社の主神は猿田彦大神で、天照大御神の孫、ニニギ尊(ニニギノミコト)が、ああああああああああああ
神々の国である高天原(たかまがはら)から宮崎県の日向の高千穂に向かう際、ああああああああああああああああ
猿田彦大神がその道案内をしたことから、道や境界を守る神様、方位の神様として信仰を集めるようになりました。

 大きく言えば、国の行く方向を示し、人の行き先をよき方向に導く道の守り神様ということだそうです。あああああ

 このためこのようなものが置かれているのだと思います。ああああああああああああああああああああああああああ








 この三枚の写真はよくご覧になってください。ああああああああああああああああああ
左は本殿の鰹木で右は正面の鳥居の根本部分、下は手水舎の柱です。ああああああ

 これら三つとも八角形になっています。あああああああああああああああああああああ
それなりの工夫をして撮ればよかったのですが、ぼんやりとでも納得されたでしょうか?
他にも八角形をしたものがあるそうです。あああああああああああああああああああああ







建物正面と掲げられた額。ああああ
額には「猿田彦大神」と記されています。






遥拝所内部の様子です。






社殿の右側を通り抜ける道があり裏側に出ることが出来ます。
途中に「御神田へ」の案内が立てられています。ああああああああ


<


 小さな川の向こうにさほど広くない田んぼが現れます。ああああ
はっきり読めませんが「御神田」と記された石碑が建っています。
毎年5月5日,御田植え神事が行われます。ああああああああああ

 古式ゆかしく男女の植え方さんによる田植えがおこなわれ、ああ
田植えが終わった後、豊年を願ってうちわ角力が演じられます。






 戻る途中に垣間見えた本殿の一部です。ああああああ
鰹木は六本あり、外宮さんの別院の五本とは異なります。
また、千木は内削でこれも外宮さんとは異なります。ああ
内宮さんの系統のようです。あああああああああああああ






 御神田から再び戻ってくると奥に小さく社が見えています。
佐瑠女(さるめ)神社というそうです。ああああああああああああ






>

 境内右側にあり、本殿と向かい合って建っている佐瑠女(さるめ)神社です。ああああああああ
祭神は、天宇受売命(あめのうずめのみこと)。あああああああああああああああああああああああ

 天照大御神(あまてらすおおみかみ)が須佐之男命(すさのおのみこと)の乱暴な行いを悲しまれて、
天岩窟(あめのいわや)or 天岩戸(あまのいわと)にお隠れになった時、ああああああああああああ
岩戸から出て下さる様、神楽舞を踊られた神さまです。あああああああああああaああああああああ






 天孫降臨の際は猿田彦大神と最初に対面、大神が御啓行の後は詔(みことのり)により、
ともに伊勢に来られ、功により、“媛女君(さるめのきみ)”の称号を受けられました。あああ
そして猿田彦神と結婚されたとされます。あああああああああああああああああああaあああ

 現在は、芸能上達の神さまとして信仰されており、あああああああああああああああああ
俳優 (わざおぎ)、神楽、技芸、鎮魂の祖神(おやがみ)と仰がれます。あああああああああ
また、器の大きい気の良い女性の象徴とされ、ああああああああああああああああああああ
縁結びの神様としても信仰を集めており女性には人気があるそうです。あああああああああ
そのためか、神前結婚式場が古くからあります。ああああああああああああああaあああああ

 また、この天宇受売命を祭った有名な神社はないそうです。ああああああああああああ<
 これで、桂三枝師匠が襲名奉告祭と興行成功祈願祭をあああああああああああああああ
ここで催された訳が分かったような気がします。あああああああああああああaああああああ
奉納落語はテレビで放映されましたのを見る限り遥拝所の中のようでした。あああああああ






 佐瑠女神社の左側、神社の囲い近くに置かれている「さざれ石」です。あああああああああああああああああああ
君が代にも歌われているあの石で、縁起がいい石と云われるそうです。ああああああああああああああああああああ
「さざれ石の巌となりて」と詠まれた岐阜県春日村産の「さざれ石」は岐阜県の天然記念物に指定されています。
ここに置かれているのも春日村産です。奉納されたのは平成11年で比較的新しいものです。ああああああああああ

「さざれ石」というのは元来「細石」と書き、小さな石のことであり、ああああああああああああああああああああ
石質は産出する土地により様々で、小さな石の隙間が炭酸カルシュウムや水酸化鉄等で埋められ固化した岩石を
一般に「さざれ石」と呼んでいるようです。ああああああああああああああああああああああああああああああああああ






 お札授与所の奥、本殿の向かって左側に赤く塗られた門が見えます。あああああああああああああああああああああああああああ
猿田彦神社の宮司・宇治土公(うじとこ)家の江戸時代初期の門と言われ、赤門と呼ばれます。ああああああああああああああああ
宇治土公家は猿田彦大神の直系の子孫とされており、代々猿田彦神社の神主です。ああああああああああああああああああああ

宇治土公の宇治とは、ウジとは「内」を意味し、土はツチ(椎・槌=権威)であり、公は(君・黄身=中心)を意味するそうで、
宇治土公家は代々、伊勢神宮で中心的な存在だそうです。ああああああああああああああああああああああああああああああああ

 宇治土公宮司家の祖先で猿田彦大神の裔である大田命が、倭姫命の御巡幸に際して、ああああaあああああああああああああああ
猿田彦大神が聖地として開拓された五十鈴の川上にある宇遅(宇治)の地をお勧めし、あああああああaああああああああああああ
皇大神宮(内宮)が造営されたといわれます。あああああああああああああああああああああああaあああああああああああああああ

 このため宇治土公家はその後、代々猿田比企神社の宮司を務めるとともに、ああああああああああああああああああああああ
神宮においては、代々「玉串大内人(たまぐしおおうちんど)」という特別な職に任ぜられ、あああaaああああああああああああああ
式年遷宮で心御柱と御船代を造り奉るなど、重要な役割を果たしています。ああああああああああああああああああああああああ






 屋根瓦も痛みが激しくなり、平成六年に修理を行い瓦も当時のまま作られたそうです。
鯱とともに前には獅子が載っています。






 右の獅子はちょと原画から拡大しすぎていますので写りがよくありません。ああああああああああああああああ
我慢の程をお願いします。あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

よく見ると左の獅子は口を閉じていますが、右は口を開けています。あああああああああああああああああああ
寺社建築の屋根に多く見られ、このように一対にして造られるそうです。ああああああああああああああああああ

口が開いている方を阿形(あぎょう)、閉じている方を吽形(うんぎょう)と云うそうで、ああああああああああ
このことから二人が呼吸まで合わせるように共に行動している様子を「阿吽の呼吸」とか、ああああああああああ
「阿吽の仲」などと呼ぶようになったといわれるそうです。ああああああああああああああああああああああああ

「阿」「吽」ともには梵字[ぼんじ]で、「阿」口を開いて発する最初の音声なので、仏教では物事の始まりを、
逆に「吽」は口を閉じて発する最後の音声なので、仏教では物事の終わりを表わすそうです。あああああ<BR>






> >

 また、赤門が写った写真の左に橋が見えましたがここに子宝池というものもあります。あああああああああああああ
表から入った右側にあたります。ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 池畔には神代の昔から子々孫々継承し続けて絶えない、宇治土公家の産霊神が奉祀されているとのことです。あああ
「産霊(むすひ)」は生産・生成を意味する言葉で、男女の「むすび」を象徴する神であるとも考えられるそうです。
子宝池と呼ばれる理由はなんだかよくわかりません。あああああああああああああああああああああああああああああ






 神社の駐車場側からの入り口です。あああああああああああああああああああああああああ
猿田彦神社の石碑の後ろに小さな社が見えますがここで車のお祓いを受けることが出来ます。
三重県ではここのステッカーをつけた車をよく見かけます。あああああああaあああああああああ

内宮さんの紹介がまた伸びてしまいました。ああああああああああああああああああああああ
つぎは内宮さんになるよう努力します!ああああああああああああああああああああああああああ




>目次へ