内 宮 境 内 の 宮



   前回にも掲載した写真です。ああああああああああああああああああ
やはり、参詣人のほとんどの人が木の大きさに感動しているようです。
新御敷地からの帰りほどなく右に曲がる参道の様子です。ああaあああ
この参道を進むと「荒祭宮」(あらまつりのみや)に至ります。あああああ






   ほどなく左手に見られる御稲御倉(みしねのみくら)です。ああああああああああああああああああああ
御稲御倉神をお祀りし、神宮神田より収穫した抜穂(ぬいほ)の御稲が修められています。あああああ

御神田は内宮さんを流れる五十鈴川の少し下流の伊勢市楠部町にあります。ああああああああ
神宮御鎮座場所をお定めされた倭姫命(やまとひめのみこと)があああああああああああああああああ
「五十鈴川の水を引き、ここを大神の御膳の稲を作る御田にしなさい。」と定めたのが、ああああああ
この場所での米作りの始まりと伝えられています。ああああああああああああああああああああああああ
 毎年、地元青年男女の奉仕のもと、神宮にて1年間に行われるお祭りの御料の粳米(うるちまい)と
糯米(じゅまい=もち米)が、五十鈴川の水を使って清浄に育てられています。あああああああああああ

 神宮には御料地といって神様にお供えする神饌(しんせん)や衣服の御料は、今も古儀を尊重して調製されています。
お米のほかに、塩、野菜、あわび、干鯛(ひだい)、そして諸祭典に使用される素焼きの土器、あああああああああああああ
和妙(にぎたえ=絹布)と荒妙(あらたえ=麻布)の神御衣(かんみそ)の奉織、などがあります。ああああああああああああああ






   外幣殿(げへいでん)
ここには、古神宝類がお納めしてあるそうです。

 このような場所に納められているとはちょっと考えられませんし、ああああああああ
納められているとしても、どの様なものが納められているのかなと考えてしまいます。






   この参道はちょうど新御敷地の裏側にあたっており、
工事中の柵がめぐらされていました。ああああああああ






   荒祭宮が見えてきました。ああああああああああああああああああああああああああああああ
天照坐皇大御神荒御魂(あまてらしますすめおおみかみのあらみたま)をお祀りしております。

 内宮さんの第一の別宮です。あああああああああああああああ
別宮とは「わけみや」の意味で、正宮に次ぎ尊いとされています。






   外宮さんの別宮ですでに記載しましたが、本宮は和魂・和御魂(にぎたま、にぎみたま)をお祭りし、
荒祭宮で荒魂をお祀りしております。あああああああああああああaああああああああああああああああ
この別宮は本宮とは対になっているといわれます。あああああああああaああああああああああああああ
神様も二面性を持っているといわれ、これが荒魂と和魂ですあああああああああああああああああああ

 ちょっと写真が小さいですが屋根の上の鰹木を見て頂くと六本です。ああああああああああああああ
外宮さんの別宮は五本でしたよね。ああああああああああああああああああああああああああああああ
また千木は正宮と同じように内削ぎになっています。あああああああああああああああああaあああああ






   熱心な方たちで代表者が祝詞を唱え、ほかの方たちも一緒に唱えてお祈りをしていました。
ここはほかの別宮と違い柵が設けられすぐ近くまで行くことはできませんでした。あああaああ






   内宮さんで紹介しましたが神札授与所の前を右に曲(参拝方向で)がると
別宮・風日祈宮へ至る参道となります。ああああああああああああああああ

奥に見える鳥居は橋の前にあり、渡るとまた鳥居が設けられています。






   風日祈宮橋です。あああああああああああああああ
この橋も遷宮に合わせて架け替えられます。あああ
長さ43.2m、幅4.6mで宇治橋の約2分の1です。






  橋から上流を眺めています。
合流地点は見えませんが、下流のもう少し下で五十鈴川と合流しています。






   別宮・風日祈宮がこれまた木立に囲まれ見えていました。
鰹木が六本、千木は内削ぎであることが分かります。あああ






   祭神は外宮の別宮・風宮と同じ級長津彦命・級長戸辺命。ああああああaああああああああああああああ
すでに、外宮さんの別宮・風宮で記しましたが、ああああああああああああああああああああああああああ
1281年(弘安4年)の元寇では朝廷より勅使が神宮に派遣され、風神社と風社で祈祷を行ないました。
その結果、押し寄せた元軍は台風のため退却し日本の国難は去りました。あああああああaああああああ
これを神風による勝利として,風神社と風社は別宮に昇格され、風日祈宮と風宮 になっと言われます。






   社と新御敷地はご覧のとおり大きな木々に囲まれています。あああああああ
御正殿前そしてここ、内宮さんの中でも特に強いパワースポットだそうです。






   すでに見て頂いた五十鈴川御手洗場です。あああああ
再び載せたのは次の説明を分かりやすくするためです。
ここから再び参道へ戻る途中に右に入るみちがあり、aあ
進むと滝祭神がおわします。ああああaああああああああ






   滝祭神(たきまつりのかみ)で 五十鈴川守護の水の神である瀧祭大神(たきまつりのおおかみ)をお祀りしています。
古来(約1000年程前)から社殿はありませんが御垣と御門があり石神としてまつられ、ああああああああああaああああ
別宮に準じて祭典が奉仕される特殊な神だそうです。あああああああああああああああああああああああああああああ






   ちょっと覗いてみましたが御垣の中に社殿は見られませんでした。






   宇治橋を渡り右折れすると御正宮に向かう広い参道ですが、
斜め逆方向に進むと「神宮司庁」と記された石碑が現れます。
更に進むと立札が右手に見えてきます。ああああああああああ






  この鳥居をくぐると子安神社と大山祗神社(おおやまつみじんじゃ)があります。






   子安神社の奥にあたります、ああああああああああああああaあああああああああ
この大山祗神社は、神路山の守り神であり、古くは山神社とよばれていました。
大山祗神(おおやまつみのかみ)をお祀りしています。あああああああああああ

 皇大神宮の所管社で別宮ではありませんが神域内にあります。あああああ
場所は、神宮司庁庁舎の手前(南側)、子安神社の奥に位置しています。あa






   この子安神社は、宇治館町の産土(うぶすな)の神といわれています。あああああああああ
宇治館町は「うじたちちょう」と読み、五十鈴川をはさみおはらい町の対岸あたりの町です。

皇大神宮所管社で木華開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)をお祀りしており、
縁結び、子授け、安産、子育てそして厄除けの神として、多くの人が訪れます。あああa






   どのような訳で切り倒されたのかは分かりませんが、あああああああ
その後、根まで枯れてしまった切株を見つけました。あああああああ
参道周辺では見られないものです。ああああああああああああaああ
こんなところにも神宮の古さを感じました。ああああああああaaあああ

 内宮ないにある別宮は荒祭宮と風日祈宮の二つですが、ああああああああああああああああああああああ
内宮さんはこのほかに八つの別宮があり合計十社あります。ああああああああああああああああああああああ

 伊勢市内に月讀宮(つきよみのみや)と倭姫宮(やまとひめのみや(式内社)。ああああああああああああ
倭姫宮は倉田山にありすでに昨年12月初めの「紅葉狩り」の中で紹介しました。ああああああああああああ
月讀宮内宮さんから倉田山に向かう途中にあります。あああああああああああああああああああああああああ

 月讀宮さんのなかには月讀荒御魂宮(つきよみあらみたまのみや)、 伊佐奈岐宮(いざなぎのみや)、
そして伊佐奈弥宮(いざなみのみや)が月讀宮と並んで祭られています。ああああああああああaあああああ

大分離れたところですが松阪から南紀に下る国道42号線に道の駅奥伊勢木つつき館があります。あa
そのすぐそばに瀧原宮(たきはらのみや)、瀧原竝宮(たきはらならびのみや)(瀧原宮境内)があります。a
ここでは、天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)、ああああああああああああああ
天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)をお祀りしており、あああああああああああ
別宮内でも格別の規模をもっています。ああああああああああああああああああああaああああああああああ

 残る一つは志摩市磯部にある伊雑宮(いざわのみや)です。ああああああああああああaあああああああ
これらも機会を見て紹介したいと思っています。ああああああああああああああああああああaああああああ





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