湖東三山 金 剛 輪 寺



湖東三山の真ん中に位置します。
お寺さんはいずれも山号を持っており、
 龍應山・西明寺、松峯山・金剛輪寺、釈迦山・百済寺
と呼ぶそうです。

総門の表側と裏側です。
ここでは「黒門」と呼ぶようです。
他にも色の名前が付いた門が登場します。





総門を入ると目に飛び込んできた句碑。
「 わけいりて 佛の恵み 松の峰 嵐も法の 聲かとぞ聴く 」

松峯山は最初に紹介しましたがこの寺の山号です。





総門で受け付けが見えています。





進むとお堂や門が見られます。
門は「赤門」と名付けられているようですが奥は雰囲気がありません。

参道は静かな雰囲気ですが紅葉はもう少し後のようです。





緑と紅も良いものだと感じました。





程なく国指定の名勝「明寿院庭園」に至りました。
湖東三山一の名園と云われるそうです。
門は先ほどの赤門に対して「白門」だそうです。





小さく写真を撮る人が写っています。
私も撮ってみました。

ちょっと視界が狭いのが残念です。
部屋から縁越しに見るのもすばらしいのでしょう。





池泉回遊式庭園だそうです。
池の周りを私も一周しました。

桃山、江戸初期、江戸中期の庭園からなっているそうです。
それぞれ表示はされていましたが違いはよく分かりませんでした。

縁に座りじっと眺めている人も多く見られます。
ぼんやりきれいだなあ〜と眺めるのもよし。





庭園内の紅葉です。





庭園を出る前に白門の裏側付近を。





参道にはお地蔵さんが見られるようになってきます。





お地蔵さんはそれぞれ風車を持っています。
風車がお供え物だそうです。
よだれかけは信徒の寄進で年三回かけ替えられるそうです。

お地蔵さんに挟まれた長く続く参道を抜けると、
急な石段が待ち受けその上にやっと山門が見えました。





二天門と呼ばれ重要文化財だそうです。
大きな草鞋が下げられていますが、七難即滅を願うものとか。





鐘楼です。

先ほどの二天門は室町時代中頃に建立され八脚門といわれるように当初は楼門でしたが、
江戸時代中頃に二階部分を取り壊し、現在の一重にしたと伝えられています。





本堂は入母屋造、檜皮葺の和様仏堂です。
奈良時代の中頃に聖武天皇の勅願で行基菩薩によって開山され、本尊は聖観世音菩薩。

言い伝えによりますと行基菩薩が一刀三礼で彫り進められたところ、
木肌から一筋の生血が流れ落ちたため、
観音様に魂が宿った証として、
粗彫りのまま本尊としてお祀りされたそうです。
後の世に「生身の観音」と信心されていったそうです。

弘安11年(1288年)1月建立の銘が須弥壇に残されており
鎌倉時代の代表的な和様建造物として国宝に指定されています。

紅葉は「血染めの紅葉」と呼ばれ有名だそうです。
木肌から流れ落ちた血で染めたような鮮やかに紅葉することから云われるとか。

ここも織田信長の焼打ちにあっていますが、本堂、三重塔は難を逃れています。
数百メートルの石段を上ったはるか奥にあるため見落とされ、
焼き討ちをまぬがれたのではないかという説もあるそうです。

本当に本堂まで歩いてやってくるのは大変でした。





本堂の様子です。

ここにも三重塔がありますが飛ばしてしまいました。
つぎは百済寺です。





目次へ