裏磐梯は、1888年に大爆発した磐梯山によってできた爆裂火口
や大小の湖沼群という世界に誇る大自然や温泉群だけではありま
せん。裏磐梯の北側には、歴史の原風景が残されています。
戦国時代、伊達政宗と葦名・穴沢氏との戦いの場でもありまし
た。そのため、戦場や双方が総力を上げて築いた大規模な山城が
点在しています。また、政宗が手に入れようと狙った千戸の職人
町を有した「桧原金山」もありました。桧原では、今でも砂金が
採れます。豊臣五大老の1人、120万石を誇った上杉景勝、「天地
人」主人公の直江兼続も米沢と若松とを往復した唯一の街道で
す。「米沢(会津)街道」は、当時の姿で残されています。街道
筋には、兼続時代に山塩を採った大塩裏磐梯温泉や、一里塚も残
されています。幕末の戊辰戦争では、新選組の土方歳三や斎藤
一、幕府軍の大鳥圭介、桑名藩主の松平敬定が逗留した大塩宿は
大塩裏磐梯温泉となっています。昭和11年には、与謝野晶子が裏
磐梯に泊まり、五色沼などを詠んだ9首の歌があります。たま、
裏磐梯とは大正9年から呼ばれるようになりました。
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