嬉し恥ずかし乙女の祭典、バレンタインデーに周囲の女性が浮き足立っている二月。

「・・・・マズイな」

財布を覗き込んで、通帳を確認し、イルカは重々しいため息をもう一度吐いた。
年末年始というのはどうしてこう出費が嵩むのだろうか。年が変わるおめでたい時期だからなのか。
そんな考えてもどうしようもないことを考えてしまう原因は、手元の財布と通帳にあった。
かなりカツカツの数字。もちろん財布の中身は空に等しい。
イルカは決して散財する性格ではない。無理な節約はしないが、ほどよく遊んでほどよく貯金が信条だ。
その経済状況が逼迫したのは内勤の忍に半強制的に実施される研修の支払いと、冠婚葬祭の嵐。
人当たりの良さが祟ってか、人脈の広さなのか、決して欠席できない結婚式の数にイルカは愕然とした。
他人の幸せを共に分かち合いたくないわけではない。問題はそこに発生するご祝儀と言う名の出費。
招待されている結婚式全てに出席すれば、今月の収支はいっそ清清しいほどの赤字となる。

「うー」

今月の赤字だけなら来月の給料での補填も可能だ。しかし恐ろしいことに来月は更なる結婚式、そして卒業式が控えている。
そもそもアカデミー教師というのは命の危険が低い分、給料だって決して高いとはいえない。
残業代に、受付所や報告所の副業をこなしてなんとかやりくりしているのが現実だ。
それでも生活に困窮した場合には、ランクの低い任務を請け負って当座の生活費を稼いでいる。

「マズイよなぁ」

二ヶ月連続の赤字は、どうにかして避けたい。が任務を受けるわけには行かない事情がイルカにはある。

「如何してござる」

「うおっ!?」

その事情に突然声を掛けられて、イルカは反射的に通帳を隠した。
隠したところで、エプロンにおたまという似合わない新妻ルックの恋人が本気になれば隠せる物でもない。
だが目ざとい反面、余計な立ち入りを否とするカカシは手元を一瞥しただけで何も言わなかった。

「気配消して近づくなって何回言ったら覚えんだよ、お前は」

「呼んでも返事がなかった故」

「あーちょっとな」

そっぽを向いて誤魔化しながら、心の中で大きなため息を吐いた。
イルカが任務を受けられない理由はただ一つ。目の前の恋人が、過保護で心配性だからだ。
言っとくが正規の中忍試験を受けて合格したのだからイルカには忍としての資質がないわけではない。
けれど常軌を逸した才能を持つ恋人からすれば危なっかしくて仕方ないのだろう。
カカシは、その地位と影響力を無駄にフル活用してイルカが国外任務を受けられないよう根回ししている。
愛されていればこそだが、今だけはその過保護の愛情が迷惑極まりない。

「なにか問題が?」

「違う違う。アカデミーのことだよ、ちょっと行き詰ってる教科があってな」

「ふむ」

「飯だろ。片付けたらすぐ行く」

疑うような眼差しに慌てて部屋から追い出す。もちろん疑われていると思うのはイルカの思い込みだ。
通帳を仕舞おうとして、その下にあるカカシ名義の通帳が目に入る。
高給取りのくせして金を使う暇も、趣味も持たず、何事も簡略化を好む上忍には冠婚葬祭も数少ない。
つまりその通帳には、国の予算をも上回る金額が無造作に貯金されている。
一度間違ってその通帳を開いてしまったイルカが、ゼロの数を二十回も数えなおした程の金額だ。
しかもキャッシュカードもご一緒している口座の暗証番号はイルカの誕生日だったりもする。

「くっ・・・・これに手を出したら負けだ」

しかし、この通帳には手を出したくない。カカシが微塵も気にしないのは百も承知でそう思う。
多分カカシに『小遣いが欲しい』と言えば理由も聞かずに与えてくれるに違いない。
だが、そうなったらイルカは恋人としての自分が許せなくなる。まだヤミ金に借金した方がマシだ。

「頑張れ、俺」

通帳への未練を断ち切って、イルカは暖かい食卓へ繰り出した。



***



「え、なんだって」

どうにか金策を練っていたイルカは、同僚の話もほとんど上の空で聞いていた。
毎年恒例のバレンタイントトカルチョの話だったので、脳が聞くのを遮断していたのかもしれない。

「相変わらず興味ないのな、お前」

「ギャンブルに手を出す余裕がねぇんだよ」

「余裕なら俺もねーって、けどな当たれば一攫千金。この機会を逃すわけにはいかねぇだろ」

同僚が拳に力を入れるのも無理からぬことである。この時期毎年必ず行われるトトカルチョ。
里長公認で上忍主催ということもあってか、たった一日で驚くべき金が動く一大イベントなのだから。
ただし、その内容はといえば『バレンタインに一番多くチョコ貰うの誰だ』という単純なものである。

「今年は誰が人気なんだ?」

「・・・・それがなー、結構難しくてまだ決めてねぇのよ実は」

「だろうな」

「しかも今年から二連単とか売り出してて、くー上手いよな」

「二連単?」

「ああ、トップとビリを当てるんだよ」

「難しいんじゃないのか」

バレンタイン当日にチョコを一つも貰えない男は少なくないに違いない。該当者が多いだろうと指摘する。

「まぁな、だからホラ。この名簿の中から選ぶことになってるんだよ」

辺りを憚るように同僚が差し出した用紙を覗き込む。里でも人気の高い男性の名前がずらりと並んでいた。
トップに書かれている恋人の名前に思わず眉が寄った。

「五十人近くいるぞ」

「トップがなぁ、けどホラ。ビリ、はたけ上忍で決定だろ」

「は?」

「二年連続最下位。受けとりゃダントツ一位なのに」

「ああ」

「あんだけ容赦なく断る人に、なんで毎年渡そうとするのかね」

「まったくだ」

無口で無愛想、無表情。確かに顔立ちは整っているし、里の誇るエリートではあるがそれだけだ。
全てをイルカに注いでいるあの男に騒ぎ立てる女性達の気持ちは、恋人のイルカにすらわからない。

「勿体ねぇよなぁ、俺にくれれば全部受け取ってデートの約束まで取り付けるってのに」

あの人の考えてることはサッパリわからん。と天井を仰いだ同僚の遠吠えに関しては無視することにする。
バレンタインの当日、カカシを見るほとんどの男の目が同じ言葉を宿しているからだ。

「そんなわけで、俺の知る限りビリは全員はたけ上忍ご指名みたいだな」

「じゃあ、トップ争いってわけか」

「上忍たちが凄い金額掛け合ってるからな、下手すれば年収10倍も夢じゃないぜ」

「賭け事はほどほどにしとけよ」

「イルカもたまには参加しろよ」

ギャンブルどころか生活費にも困窮しているのに、と言うのはさすがに情けなくて笑って誤魔化す。
しばらく同僚の予想などを聞きながら歩き、後もう少しで教室だという時だった。

「はたけ上忍が一個でも受け取ったら番狂わせだろうな。うっわ〜大穴」

なんの含みもなく同僚が口にした一言に、イルカは雷に打たれたような衝撃を受けた。

「どした、イルカ」

「あ、あー職員室に小テストの用紙忘れてきちまった」

変な顔になってないか意識しすぎたせいで声が不自然になってしまって、同僚が不思議そうな顔をした。



***



例えば競馬で、どの馬が一着になるか知っていたとする。
しかも、その馬がまったく人気が無くてここ数レース全てビリだったとする。
もちろん賭け事では大穴を狙う人間がいないことはないが、そんな人間すら避けるほどビリが定着した馬だとする。
もし、そのノーマークの馬が何着に入るか知っていたら。そしてその馬券を買っていたとすると。

「・・・・・一攫千金」

「なんでござる?」

「いや、なんでもねぇ」

その馬・・・いや恋人を凝視していたことに気がついてイルカは慌てて誤魔化した。
バレンタイントトカルチョに於いてカカシが期待されているのは、例年通り全て受け取らないことである。
もう定着しきったその事実を疑う者は無く、カカシの取得率ゼロは99.9%確実だと誰もが思っている。
逆にトップ予想は入り乱れていて、今回は波乱の展開になるのではないかと予想されている。
もちろん人気は換金率の高い二連単に集中しており、恒例の『獲得数』に掛けるギャンブラーは少ない。
カカシのゼロ個取得なんて当たり前すぎて、当たったところで元金割れしてしまうくらいだ。
つまり競馬に例えるとしたら、ノーマーク中のノーマーク。逆に言えば大穴の中の超大穴。

「なぁ、カカシ」

「なんでござる?」

指立て伏せを続けていたカカシに少し後ろめたさを感じつつ尋ねる。

「なんでチョコレート受け取らないんだ?」

「ちょこれーと?」

「バレンタインだろ、もうすぐ。お前毎年すげぇ数貰ってんのに一個も受け取らねぇじゃねぇか」

「顔も名も知らぬ女子からの贈り物など受け取る理由がござらん」

淡々と興味も無さそうな返答。そもそもカカシは本当に自分の人気も評価も気にしない。
自分が良い男だという自覚も無いし、フェミニストですらない。ある意味、男女平等を徹底している。

「お前が覚えてないだけだろ」

「覚えていない、ということは知らぬとしても問題ござらぬということ」

カカシは人の顔や名前を覚えるのがひどく苦手だ。
任務に入ると驚異的な記憶力を発揮するが、こと日常になると痴呆症の老人よりも速やかに記憶を失う。
こんな男のどこがいいんだと思うが、女性達に言わせるとそのクールさがイイらしい。

「結構金も掛かってるんだぞ」

「無駄な出費にござるな」

「だからさ、今年は受け取ってやれよ」

「・・・・・」

カカシにチョコレートを受け取らせるのなんて簡単だ。イルカはそう思っていた。
無表情だの冷血漢だのという評価に反してカカシは本当はとても優しい男だ。
自分が嫉妬さえしなければあんな必死に告白してくる女性を無下にできるはずはない。
カカシが大量のチョコレートを受け取るのを考えると嫉妬で胸が焼けそうだが、背に腹は変えられない。

「だいたい全部が本気じゃねぇんだぞ、義理チョコってのもあるしな」

「義理ちょこ・・・でござるか?」

「ああ、いつも世話になってる人にな『ありがとう』の気持ちを込めて渡すんだ」

カカシ宛のチョコにそんなものはないと自覚していながら、自分を納得させるために口にする。

「つまり、愛の告白ではない物もあると?」

「そう、お前片っ端から断ってるからな。結構失礼だと思わねぇか?」

「・・・・ふむ」

「俺も今年は文句言わねぇからよ、食い物無駄にすんのは良くないしな」

「イルカ」

トレーニングを終えたのか、イルカに背を向けたまま立ち上がったカカシが振り返る。
その表情の険しさに息を呑む。金に目が眩んで恋人を当て馬にしようとしていることに気づいたのか。

「義理チョコは、受け取った方が良いのでござるか?」

「へ・・・?」

困惑した顔で告げられて言葉を忘れる。

「愛の告白を受け取ることは出来ぬが、人の義理を損なうのは無礼にござる」

「・・・・あ、あぁ。そうだよな」

カカシの無知を喜んでいる場合ではない。ここはあと一押し。

「義理チョコくらい受け取るのが人情ってもんだな」



***



バレンタイン当日、里中が浮き足立っている中でイルカだけが憂鬱な気分に苛まれていた。
自慢の日替わり定食にも、学食のオバチャンたちの愛が篭ったオマケのチョコケーキにも食指が動かない。

「我慢だ、我慢」

チョコレートが嫌いになりそうな自分に渇を入れる。
義理チョコを理解できたか怪しいカカシは飛び込みの任務を受けることになり、三日間帰宅しなかった。
ようやく作業が終了し学食にいるという情報を貰って駆けつけたのだが、尻込みしている自分が情けない。
学食の端で一緒に作業していたのだろう上忍と食事しているカカシに、周囲の女性達が落ち着かない。
今か今かとタイミングを計る女性達の手には色とりどりの包装紙。

「バレンタインなんて」

足元に置いた紙袋を軽く蹴る。買ってきたチョコレートがなんだか重たい。
イルカの経済状況では大きな痛手になる高級チョコを手にしたのは、せめてもの詫びのつもりだった。
なのに女性に変化して渡そうと学食に足を踏み入れた途端、襲ってきたのは怒涛の罪悪感。
去年、先輩に脅されて無理矢理渡した板チョコに大喜びしていたのを思い出した。
このチョコをカカシが受け取ったら大穴。それが発覚すれば自分の気持ちは疑われるに違いない。
自分だったらどう思うだろう。賭けの対象として恋人からチョコレートを渡されるなんて。

「最低だ」

向ける相手のいない八つ当たりは、本日が主役のチョコケーキが引き受けた。





「どうだよ?下忍以来のD級任務は」

興味深そうに質問されて、カカシは相手の質問を無視して味噌汁を流し込んだ。
三日間徹夜で宅配物の受付と仕分け。命に危険はないがそれなりの任務だった。と客観的に判断する。

「今日はたけ先輩に任務入らないのって菓子業界からの依頼なんでしょう?受付もよく任務回しましたね」

「ばーか、だから里から出さないD級だろ。はたけがチョコの配送受付って普通じゃ有り得ねぇって」

「ああ、なるほど」

「受け取る受け取らないは別にして、里にいるかいないかで売り上げが全然違うらしいもんな」

菓子業界の陰謀。そう言うしかない乙女の祭典に忘れていた感情が蘇りかけて、慌てて番茶を飲み干す。。
三日前、カカシは『チョコレートを受け取っていい』とイルカに告げられた。あのイルカにだ。
物心ついたときから必要以上に嫉妬して、その独占欲でもって愛情を示してくれていたイルカが、である。
嫉妬に対する感情は色々だが、イルカの嫉妬は可愛らしくて正直カカシはいつも嬉しく思っていた。
なのに今年は前もって『嫉妬はしない』と宣言されたのだから、その衝撃は語るのも憚られる。

「・・・・・」

最初に過ぎったのは、嫌われたのか。という救いようも何も無い結論だった。
だがそれはカカシの勘違いで、イルカは人の好意を無にするカカシを心配しての助言してくれたのである。
さすがはイルカ。自身の想いを抑制してまでも他人を思いやる心には脱帽だ。
小さい頃から前線にいたカカシは一般常識というものに疎い。それは自覚し、日々反省もしている。
だが誰もが知っているからこそ常識と呼ばれる知識を、改めて大人になって学ぶというのは難しいものだ。
相手に難色を示されて初めて『ああ、これは非常識だったのだな』と気づくしかないからだ。
更に厄介なことにカカシは、イルカ以外の人間に難色を示されたとしても気がつかないという欠点がある。

「あの・・・はたけ上忍」

名前を呼ばれて反省していた頭はそのままに顔を上げると、見たことも無い女性が立っていた。
髪の長い女性は伏し目がちにカカシを見て、頬を染めて微笑む。隣に座っていた同僚が唾を飲み込んだ。

「ツバキ上忍だ」

「嘘だろ・・・ミス木ノ葉もカカシ狙いかよ」

そんな声が漏れ聞こえて目の前の女性の名を知るが、やはり心当たりは無い。
ミス木ノ葉。確か毎年バレンタイン前に行われている祭りの優勝者がそんな称号を貰っていた気がする。
と、するとこの女性は何かの優勝者。クナイ投げか、それとも勝ち抜き戦の覇者か。

「・・・・で、私はずっとはたけ上忍のこと好きでした。受け取って下さい」

意識の範疇外だった女性の声がほんの少しだけイルカに似ていて、マジマジとその顔を見つめてしまう。
差し出された包みがなんなのか推測することも出来ず、鈍い金色の包装紙を凝視した。

「おい、カカシ」

黙ったままのカカシに焦れたのか、隣の同僚が肘でわき腹をつついて催促する。
そこでようやく今日がバレンタインデーであることを思い出した。そしてイルカの言葉も一緒に。
文庫本程度の大きさの贈り物は、たった一日だけ愛を伝える小道具に変身するチョコレート。
その威力はカカシも充分知っている。男心を揺さぶり魅了するその甘さと、手渡される感動を。
けれど、今目の前にある豪華な包みには何の感情も芽生えない。それこそ些細な感謝すらも。
これを『受け取れ』とイルカは言った。受け取ることがイルカの望みだと言うことなのだろう。
簡単なことだ。手を伸ばして受け取るだけ。それだけで望みをかなえてやることが出来る。

「・・・・・」

イルカが喜ぶことならなんだってしてやりたい。
だが、本命と義理。その見分けはどこでつければいいのだろうかと、差し出しかけた手を留める。
もしこれが愛の告白の意味を孕んだチョコレートなら、受け取った瞬間カカシはイルカを裏切ることになる。
だが逆に感謝の気持ちが込められたチョコレートなら、受け取らなければ薄情者だとイルカに愛想を尽かされてしまう。

「・・・・・・・」

なんと恐ろしい二者選択。珍しく背筋に冷たい汗など流して、カカシは金色の包みを睨み付けた。

「はたけ上忍?」

「これは・・・・」

恐る恐るといった様子で尋ねてきた贈り主。ついでに周囲も固唾を呑んで見守っている。
なにしろこの男は、二年連続で差し出されたチョコレートを全て即断した木ノ葉一の贅沢者だからだ。
今年一番の美女であるミス木ノ葉のチョコレート。男だったら金を払ってでも頂きたい代物である。
珍しく躊躇している様子のカカシに、やはりミス木ノ葉は別格かと周りが色めいた。



しかし、そんな大注目の上忍が放ったのは

「義理チョコというものにござるか?」

という、失礼極まりない質問だった。






渡せなかったチョコレートを胸に学食を飛び出したミス木ノ葉の後姿を見送って、イルカは一つため息を吐いた。
そう、カカシ宛のチョコに義理なんてものは含まれない。全員が本命だ。
そもそも義理チョコというのは、世話になってる友人や同僚、家族などに渡すことが一般的である。
高嶺の花だから、チョコレートを小道具に話しかけたいと切望されるカカシには縁がない代物だ。

「・・・・申し訳ござらんが、義理でない物は受け取れぬ」

ミス木ノ葉が撃沈して、当たって砕けろを合言葉にしたのかカカシの前には長蛇の列が出来ている。
カカシも例年のように即断るのではなく、律儀に一つ一つ『義理チョコ』かどうかを確認して断っている。
義理チョコだと答えれば受け取ってくれるのだろう質問に、戸惑いながらも女性達は嘘を吐けない。

「・・・・・」

自分の忠告を素直に守ってくれている恋人の姿に、イルカも余計なことは忘れることにした。
せっかく女体変化をしたのだし、後に発生する金銭については無視して正々堂々カカシにチョコを渡してみよう。
そう思ってチョコの入った紙袋を手に、席を立った瞬間。

「さてとイルカ。それを誰に渡す気だ?」

「真面目なイルカ先生がイカサマなんてしないよなぁ」

一瞬にして背後を取られた。

「な、ななな」

「普段ギャンブルに参加しないお前が、一点賭けなんかすりゃ怪しいだろ」

「イカサマブラックリストのトップ、上忍監視がついてたんだぜ?」

「甘いな〜イルカ先生。可愛いけど」

「ふぎゃっっ!?」

後ろから羽交い絞めしている上忍が、イタズラ心を出して女体変化しているイルカの胸を揉む。

「しっかし、あのカカシがイカサマに協力するとはな」

「恐るべしイルカ先生。けど、こんだけ可愛く変化されたら納得っスよね」

「ミス木ノ葉にも浮気しねぇわけだ」

「いや、どうかな。いくらイルカの頼みとはいえイカサマにすんなり同意するかな」

「確かに。で?イルカちゃん、真相は」

一瞬前まで何の気配もなかったのに、恐るべし上忍。ただし使いどころは間違っている。
取り囲まれた状態で今更カカシにチョコレートを渡したところで、イルカのイカサマはバレてしまった。
慣れない悪さはするもんじゃないな。と諦めて腰を下ろしたイルカはニヤニヤ笑う上忍達を見上げる。

「・・・・カカシは何も知りません」

「潔いね、さすが」

「別にイルカちゃんがカカシにチョコ渡すのは自由なんだけど、こっちも生活かかってるもんで」

「カカシに受け取られたら大波乱も大波乱なんだよな」

「家に帰ってコッソリ渡してくれ」

「な、ところで今度デートしねぇ?その変化姿で」

渡したかったのか、渡せなくて良かったのか、口々に好き勝手なことを並べる上忍たちに苦笑いする。
自分の見慣れない華奢な手首をみつめて、止めて欲しかったのかと自嘲した。

「はたけ上忍!!」

大きな声が学食に響いて、まるで行列の出来る美味い店状態になっていたカカシに学食が注目する。

「あの・・・コレ、うけとってください!」

「・・・・・・」

身体を半分に折ってカカシにチョコレートを差し出している人物に、学食中が静まり返る。

「カエデちゃん、名前言ってないよ」

「あ・・・!?アカデミーは組のカエデです!!」

付き添いなのだろう少女に促されて、大きな声で自己紹介をしたあともう一度チョコを差し出す。
そう彼女は、大人のくの一ばかりが目立つカカシ狙いの中で唯一の低年層。イルカの生徒の一人でもある。

「あの、はたけ上忍」

これは難関である。見るからにあどけない少女が勇気を振り絞っての告白。断るとしたらカカシは鬼だ。
案の定、カカシの横に座っていた上忍が受け取ってやれと囁いているのが唇の動きで分かる。

「何故・・・オレに?」

変化しているのも忘れてカカシの頭を殴りに行きそうになった。さすがと言うべきか少女にも容赦ない。
そこは黙って受け取ってやれ。たぶん学食中の、敵であるはずの女性達だって全員そう思っている。

「え、あの。この間、アタシが掲示板の当番で届かなかったとき高いところ全部貼ってもらったから」

話しかけられたことに驚いているのか、ガタガタの答えを返した生徒への説教はさておき。
あの無表情、無感動、無関心の代名詞と言われるカカシにそんな優しさがあるのかと周りが目を剥く。
どう考えても少女とカカシが仲良くアカデミーの掲示板で作業している微笑ましい図が思いつかない。

「アタシ、びっくりしてお礼も言えなくて。ありがとうございました!!」

深々と腰を折る少女を眺めて、カカシはようやく記憶を搾り出すことに成功した。
一週間ほど前に任務報告をした帰り、廊下に大量の画用紙が放置されているのに遭遇したことがある。
大量の画用紙にはアカデミーの生徒だろうと思える拙い絵が、色彩豊かに描かれていた。
画用紙の下には七夕の短冊程度の用紙が貼られ『演習場』や『火影岩』といったタイトルが記載されていた。
別段気にかけることもなく通り過ぎようとしたときに、見えてしまったのだ『イルカ先生』という文字が。
思わず手に取ってみると演習中であったり授業中であったりと、微笑ましくも力作が揃っていた。
相変わらず愛されているのだなと誇らしく思って、掲示板の一番上に並べて貼り付けたのである。

「・・・・あれならば気づかい無用にござる」

なにしろカカシは目の前の少女があの場にいたことすら認識していなかったのだから。

「でも、あの日当番のシンゴ君が休みだったからアタシすっごく困ってて」

「お陰でカエデちゃん、先生に怒られなくてすんだんだよねー」

「うん」

さすがはアカデミー低学年。里の誇るトップ上忍の前でも怯むことがない。
手にした、いかにも子供たちが好みそうなキャラクターのついた袋を堂々と差し出している。

「つまり・・・義理、ということにござるな」

少し笑った声でカカシが呟いて、イルカの周りが一気にザワメキ立つ。

「?」

言葉の意味がわからないのか、今数多くの上忍の生命線を握っている少女は無邪気に微笑んだ。

「ならば有難く頂戴致す」

その可愛らしい袋をカカシが受け取るのと同時に、イルカの周りの上忍たちが灰になった。





賭け事は、くれぐれも計画的に。




一ヵ月後。アカデミー生カエデの元に、カカシのお返しを狙うくの一が殺到したのは蛇足である。