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「ねぇ、隊長って何座?」
気安くかけられた声に、内心そこは『ですか?』だろ!と思いつつ振り返る。
暗部の任務は大体にして過酷だが、今回は更に輪をかけて過酷だった。正直立っているのもしんどい。
他愛もない世間話になんて付き合いたくもないし、もっと言えば彼との会話はHPがフルゲージでも勘弁願いたい。
しかし隊員たちがそこここで失神に近いとはいえ仮眠出来ているのは、これもまた彼のお陰なのだ。
これほど広範囲に強度な重複結界を張ってケロリとしている忍にはお目にかかったことがない。
「何座って?」
「星座、星占いの」
ここは泣く子も黙る激戦区だ。彼が結界を解けば、敵忍が雪崩込んでくる危険な地域なのである。
「・・・質問の意図がわからないな」
「今月の木ノ葉かわら版に占いが載ってたから暇つぶし」
だってツマンナイよ。と肩を竦めて寄り添う忍狼に同意を求める。
「キミ、ここがどこだかわかってるんだろうね」
「S国の右隣で山の中腹。左3キロ地点に敵忍の本陣、右後方に国軍、斥候部隊が距離1キロ」
「斥候?」
澱みなく告げられた報告に眉が上がる。結界に守られて自分たちの後ろに敵を進めては意味がない。
「大丈夫、このルートだと俺とポチの遊び場ストライクしちゃうから」
「わふ」
「今回はポチ、えげつなかったもんねぇ」
一番えげつないのは誰だ。そう言ってやりたいが心に秘める。
彼が『遊び場』と称するのは兄弟のように育った忍狼と、お互いに向けて作ったトラップジャングルだ。
笑えない話だが、彼らは一歩間違えば死んでもおかしくないレベルでトラップを仕掛け合う。
彼らにとっては遊び場だが、そこは敵忍にとって地獄に他ならない。
こう見えて彼は木ノ葉の暗部ではトップクラスの実力者だ。彼の相棒の忍狼ももちろん。
「遊び場を作ったなんて聞いてないよ」
しかし遊び場が地獄と化すのはなにも敵忍だけではない。情報が遅れれば味方をも危険に晒す。
強張った声を察したのだろう。暗部の命とも言われる面をひょい、と上げて彼が口を開いた。
「ごめんなさーい。本部にだけ連絡して隊長に忘れてた」
ぱちん。と手を合わせて、黒真珠のようだと言われる大きな瞳で上目遣いにこちらを見る。
キラキラと月の光で輝く絹糸のような銀髪と、人形かと錯覚しそうなほど恐ろしく整った顔。
じんわり、と瞳を潤ませるのなんて慣れたもので、囮任務においても彼の右に出るものはない。
「わかっててやってるだろ。いい加減騙されないぞ」
「あり。他の隊長にやったら襲い掛かってきたのに」
「なっ」
なんてことを。と思ったのは、彼の身を案じてのことではない。
「ご安心下さいな。ポチとボッコボコにして差し上げました」
てへ。と可愛い子ぶられたところで、彼の実力を知っているだけに相手が生きているか心配でならない。
「揉め事厳禁じゃなかったのかい」
「ん〜だってアイツ、イルカ先生のこと食事に誘ったり下心見え見えなんだもん」
「・・・キミね」
「イルカ先生が襲われたらどうすんの」
ぷう、と頬を膨らませた少年と紅い瞳を燃え上がらせた忍狼に、やれやれと肩を竦める。
彼には任務で不在がちな父に代わって育ててくれた人がいる。里でアカデミー教師をしている父の幼馴染だ。
一歳で暗部入り二歳で単独任務デビューと里に定住したことはないというのに、彼はその父の幼馴染を父親以上に慕っている。
慕っているというか、俺の事だけかまってと子供返りするほどの入れ込みようだ。
「食事に誘ったくらいで大げさな」
彼の大好きなイルカ先生は里でも人気が高い。サバサバした男前で、裏表の無さそうな人物だから当然だろう。
と言っても、直接話したことはないので里の噂と目の前の少年の話を総合させた人物評だけれど。
「隊長は父さんなんかが好きな変人だからわかんないんだねぇ、ポチ」
「わう」
「いやボクは憧れてるってだけで如何わしい気持ちは・・・ポチ、そんな目で見ないでくれないか」
彼の父親のことは尊敬している。確かに崇拝といわれても反論出来ないが、そういう下心はないつもりだ。
というより、彼は高潔で誇り高い人だ。そんな感情を持つことを許されるような相手ではない。
「ん〜隊長の目の腐り具合ってある意味尊敬する」
「がう」
仕事できる人なのに残念。という少年の呆れた声が耳に入らなかったのは幸せだったかもしれない。
「ま、隊長が残念なのも今更だからいいんだけど、気に入らないのは俺のイルカ先生にちょっかいかけてくるヤツだよ」
いつ君のになったんだ。と言いたいが、そのイルカ先生が少年を溺愛しているのも里では有名な話だ。
実の親子より親子らしいと評判で、彼が休みたいと我儘を言いだしたときは大体イルカ先生が絡んでいる。
この戦場には、彼の実の父親がいるというのにだ。
「少しはカカシ先輩に会いに行ったらどうなんだい?」
「え、なんで」
きょとんと聞き返されて頭を抱えた。確かに彼の父親は感情を表に出す方ではないが、それにしたって父親だ。
可愛い息子と一緒に過ごしたい時だってあるだろう。育ての親を優先されて面白いはずはない。
「なんでって、そりゃキミとカカシ先輩にだって親子の語らいというか」
ぶふっ。と吹き出した少年が、隣の忍狼を抱きしめる。しかしその肩が小刻みに揺れている。
「父さんと?おやこのかたらい、ぶはっ・・・駄目だ、笑い過ぎて死にそっ」
「笑い事じゃないだろ。先輩だってああ見えて」
この子を溺愛しているのだ。危険な任務が割当たれば心もちではあるが、浮かない顔をしている・・・気がする。
「あ〜それ、俺が怪我したらイルカ先生が泣くから」
「そんなわけないだろ」
「あるよ。言われたことあるもん『イルカが案じる故、無傷の帰還を心掛けるのでござる』って」
ま、怪我したら絶対里に帰らせてくれないから怪我なんかしないけど。と平然という彼に一つ思い出した。
まだ少年が今より子供だったころ当時の隊長の判断ミスで大怪我をしたことがある。その時のことだ。
「ヤバかったよねぇ、あれは。あの時も言われたよ『イルカを泣かせるような息子を持った覚えはござらん』って」
里での治療を上申した医療班の提案を一蹴したのは、てっきり自分が傍にいてやりたいからだと思っていた。
「まだ子供だったから『イルカ先生のとこ帰る』って泣いたら、めっちゃくちゃ怒られたし」
「カカシ先輩が?」
「息の根止められるかと思ったよねぇ、ポチ」
「がう」
想像出来ない。長年同じ部隊で働いているが声を荒げたところも見たことがないのだ。
どんな場面でも常に冷静沈着。状況判断、統率力、忍術、知識どの分野でもその才は逸脱している。
そのカカシが、中忍の幼馴染を優先して我が子を脅すなんてあるわけがない。あっていいわけがない。
「それに父さん今すっごい機嫌悪いから近寄りたくないな」
「機嫌悪い?」
そんなはずはない。今朝各隊長を集めた作戦会議で見た彼は、いつも通り一点の揺るぎもなく素晴らしかった。
「悪いよ。ま、中途半端に帰還しちゃったから欲求不満なんだと思うけど」
「欲求不満!?」
「え、そんな驚くとこ?」
驚くだろう。驚くに決まっている。あのはたけカカシに欲求不満なんて似つかわしくないにも程がある。
なにしろ彼は任務がどんなに長くなったとしても、廓に足を向けることがないほど潔癖なのだから。
「あんなに機嫌悪いんじゃ、イルカ先生にちょっかい出すヤツなんか見たら何するかわかんないよねぇ」
「がう」
「ま、父さんなら完全犯罪するだろうから心配ないけど」
「カカシ先輩が私怨で殺しなんかするわけないだろ」
「するよ、サクっと」
「キミは父親をなんだと思ってんだ」
「え、そりゃ父親だけど」
「だったら欲求不満で完全犯罪なんてわけわからないこと言ってないで、ちゃんと尊敬したらどうなんだい」
「尊敬してるよ。イルカ先生絡みなら息子でも躊躇なく葬れるとこ」
「違うだろ。どっから来るんだ、その妄想は」
「ん〜二、三回葬りかけられた実体験から?」
「先輩がそんなことするわけないだろ」
「するって。息子でも他人でも公平かつ平等に」
「するわけがない」
「んじゃ試してみる?」
「ああいいとも!」
あれ、今なんかマズイこと言った気がする。
「それじゃ父さん三日間帰還させるから、その間完全犯罪が起きなかったら隊長の勝ちってことでヨロシク」
にんまり。と悪魔の笑みを浮かべた少年に正気に返るが、時すでに遅し。
暗部一のスピードを誇る彼の姿は既にどこにも見当たらなかった。
「やられた・・・」
思わず膝をついた隊長の足元で、木ノ葉かわら版がひらひらと風に揺れる。
なんとなく目に入った占いの欄を見て苦笑したあと、彼は部隊長が抜けた後の編成に頭を悩ませた。
『さそり座のアナタ。今月は身近な可愛いものに気を付けて。見た目に騙されるととんでもない目に遭っちゃうかも。
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