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お花畑というには少々禍々しい。真っ白の絨毯に抱いた感想はそんなものだった。
けれど記憶を無くす前の自分が好きだった理由はなんとなくわかる。寂しげで禍々しいのに綺麗なんて、誰かみたいだ。
さくり。と足音を立てたのはイルカに到着を知らせるためなのだろう。思わず口角か上がる。
「悪いな、出立前に呼び出したりして」
「話とは」
せっかちだな。と笑っても表情筋に仕事をさせる気はないのか、相手は無表情のままだ。
イチイに叩かれた痕がどうなっているのかは口布でわからない。腫れたりしてないといいな、と思った。
「絶景だろ」
「景色に興味はござらぬ」
「だよな」
頷いて、風に揺れる花に手を伸ばせば、低い警告。
「・・・浜木綿には毒がござる」
「知ってる」
だったら触るなと言いたいのだろう。その視線にこそ安心して口を開いた。
「昔、ここで任務帰りの恋人にそう言われた」
「イチイ殿から聞いてござる」
返事をせず、揺れる白い花を眺めながら続ける。
「前に夢の話、しただろ」
「・・・」
「川に行ったり、アカデミーに出勤する途中だったり、ここを見つけたことを報告したり。なんで夢に見るんだろってくらい普通だった」
「記憶が混乱していたのでござろう」
「そうかもな」
敢えて反論はしない。別に記憶が混在していただけでも、伝えたいことは変わらないからだ。
「言わなかったけど、その夢な。一つだけ共通してることがあるんだよ」
無言のままのカカシを見上げる。
「夢の中の俺は、すげぇ幸せだった」
「・・・しあわせ?」
それはなんだとでも言いそうな呟きに、ああ。と実感する。この気持ちが夢と同じものだと。
「声も顔も思い出せないのに、俺は夢の中の恋人が好きだった」
「それは」
「記憶違いか?」
言葉を先取りする。なんでも簡単に成し遂げてしまうのに、本当は不器用な男なのかもしれないと思う。
いや、きっとそうなのだろう。でなければ、この質問に頷けない。それを少し悲しい、とも思った。
「イチイ先生と別れたんだ」
言ってみて、極めて妙だなと自分でおかしくなった。けれどカカシには充分衝撃的な発言だったらしい。
「何故」
「好きな人が別にいるのに付き合うなんて、どう考えたって良くないだろ」
「イルカは惑わされているのでござる、夢の恋人など存在してござらん」
最初に会った日のことをまだ覚えている。目覚めた時に飛び込んできた心配そうな瞳と暖かい手。
不安で混乱してもおかしくない状況でイルカが本当に支えにしていたのは、きっとあの一瞬だった。
「恋人が存在してるかは別にいい」
「ならば」
「カカシが好きだ」
「・・・」
「カカシが好きなんだ」
「・・・血迷い事を」
掠れた声は失った記憶を差し引いても聞いたことのないもので、自分でも見当違いの優越感を覚えた。
「そこまで言うことねぇだろ。愛の告白してんのに」
「血迷ってござる。よりによってオレとは、呆れて物を言う気にもならぬ」
「言ってたじゃねぇか」
「オレが何を?」
「記憶を無くしても、俺は俺だって」
茫然としたまま立ち尽くしているカカシと向かい合う。
「昔の記憶に引きずられたわけじゃねぇぞ。本当のところ全然思い出せてねぇしな」
「イルカ」
少しだけ見上げる高さが夢と一緒だった。
「けど、やっぱりカカシが好きだ」
そのことが、素直に嬉しかった。
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