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「こんにちは」
「こんにちは。カカチちゃん、お迎えよ」
「あー」
「るかちゃん、ちぃちゃんバイバイしちゃう?」
「いや、コーヒー飲ませて貰うからもうちょっと遊んでていいぞ」
「はーい」
幼子二人が遊ぶ姿を微笑ましく見守りながらカウンターに腰を下ろす。
「モモカ、すげぇ喋るようになってますね。羨ましいな」
「良いばっかりじゃないんですよ。嫌な事もしっかり意思表示するものだから大変で」
「いや、俺なんか未だにカカチが言ってる事わかんねぇ時あるんですよ」
「うふふ、私もそうでした。すぐ懐かしくなりますよ」
「だといいんですけどね」
「それで、どうですかお加減は」
コーヒーを出しながら掛けられた心配そうな声に、笑顔を返す。
「ほとんどの事は思い出しました、ナズナさんの入れてくれるコーヒーが絶品なのも」
「まぁ嬉しい。・・・それじゃあ、彼女の事も?」
「はい」
目を伏せたイルカに、ナズナも責めるわけではない優しい声音で続けた。
「・・・つらくなるのが自分だなんて思ってなかったんでしょうね」
「カカシが、あっさり協力するとは思ってなかったそうです」
泣きながら謝ったイチイを責める気持ちはもうない。彼女は、ほんの少し魔が差しただけなのだ。
イルカが自分を恋人だと勘違いしているから混乱させないためにしばらく事実は教えない方がいい。たったそれだけの嘘だった。
一瞬だけ恋人気分を味わいたかった。それだけの事だったのだ。
なのにイルカの記憶は戻らず、周りはイチイの嘘を信じて真実を口にせず、カカシまでもが積極的にそれに加担した。
引き返せないと同時に、ただの嘘が真実になるかもしれない。そう期待を抱かずにいられなくなった。
「俺がカカシの事を口にするたびにバレるんじゃないかって、すごく怯えてたそうです」
手に入っているようで入らない仮初の関係。しかも彼女はイルカがカカシに惹かれ始めたことにすぐ気がついた。
焦りから引き離そうとしたことが、結果として全て逆効果になった。
「彼女の処分、軽くして下さいってお願いしたんでしょう」
「五代目やシズネさんまで巻き込んだんで御咎めなしってのは無理でしたけど・・・罰は充分受けてますから」
「イルカさんらしいですね。それにしても、私とカカシさんが再婚だなんてびっくりしました」
「あー、俺、それ結構信じてたんですよ。一緒に住んでるって聞いて結構凹みましたし」
記憶が戻れば有り得ないと笑い飛ばせる話なのだが、思い込みとは恐ろしい。
「あらあら。カカチちゃんの様子を見に来て下さってただけなのに」
くすくす笑いながら小さなドーナツをカウンターに置いて、ナズナが少しだけ声を落とした。
「ずっと野宿されてたみたいですよ」
「へ?」
「ご本人から聞いたわけじゃないんですけどね」
上忍の変化は見抜けなくても同じ年頃の子供のいる母親の目は誤魔化せない。
「なんで・・・?」
「イルカさんの思い出の詰まったお家に帰るのは、さすがに辛かったんだと思います」
優しい笑顔で言われていなければ、ざっくり傷ついていただろう。
あの頃のカカシの気持ちは想像するだけで胸が痛くなる。逆の立場だったら、絶対に冷静ではいられない。
思い出せと、殴り飛ばしてでも思い出させようとしただろう。そうしなかったカカシの優しさは、イルカにとって残酷さでもある。
「そのくせ・・・あっさり別れようとするんですから呆れますよね」
「自分ばっかり好きだって思ってるんですよきっと。こっちがどれだけ愛してるかも知らないで、本当に困った人たち」
でも、とナズナが調理をしている時には指輪を外している薬指をそっと撫でた。
「お二人が元通りになって良かった」
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