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あの告白劇のあと、イルカはカカシと長い話をした。
『諦めろと聞こえたのでござる』
記憶そのものに関しては命が無事だったのだからと思えたが、まるで最終宣告のように感じたのだとカカシは語った。
『カカチの入隊も近い。オレもいつ命を落とすかわからぬ』
だからカカシは覚悟を決めた。遅かれ早かれ別れなければならないのだったらイルカに得るものが多いに越したことはない。
幸い彼女はイルカに本気だったし、アカデミー勤務の中忍なら殉職率は低い。
『イルカに・・・父上や母上のような家庭を持たせてやれる、と・・・そう思ってござった』
言いたいことをぐっと飲み込んだのは、それがカカシの思い描く『幸せ』の形だと知っていたからだ。
『だが・・・イチイ殿を大切だと言うイルカを前にして、里で見守るのは難しいと判断してござる』
後は簡単だった。カカシの腕を欲しがっている部隊は多い、一番戻りづらい場所へ転任願いを出すだけ。
『俺の記憶が戻ったらどうするつもりだったんだ』
『思ってもござらなんだ。故に夢の話を聞いた時・・・オレは、正直戸惑ってござる』
イルカの記憶が戻りかけたのは誤算だった。自分が近くにいるのが原因ならグズグズもしていられない。
これ以上記憶を甦らせることがないように自分はもちろん、カカチやポチにも会うのを禁じた。
ちょうどイチイが半狂乱になってイルカと会ったことを咎めに来たので、それにも便乗した。
それこそカカシが最も恐れた、イルカから全てを失わせる行為だとは夢にも思わず。
『悲しいとは思わなかったのか』
恋人の人生から自分の痕跡を消すなんて簡単にできることではない。しかもイルカとカカシは幼馴染だ。
『・・・何度も心が揺れてござった』
思わなかったと言われたら傷ついていただろうから、修行が足りないと笑うカカシにホッとした。
『だがオレは、もう十分に幸せにして貰ってござる。次はイルカを幸せに出来れば思い残すことはない』
『幸せだったぞ。お前には想像も出来ないくらい、俺は幸せだった』
記憶が全て戻ったわけではない。けれど断言出来た。
記憶を失う前の自分が忘れさせまいと夢に託した記憶は全て二人で過ごした思い出だった。
それがどんな内容であれ、いつもイルカは幸せだった。
『幸せだったんだぞ?』
『・・・』
理解出来ない。そんな顔をさせていることが不甲斐なかった。
失くした記憶を罵りたい。どうして気づいてやれなかったのだろう。
綱手に聞いたカカシの人生は凄惨なものだった。実の父親の追忍としてスタートした英雄の道のりも。
イルカを支えなければならなかったカカシは、自分自身のトラウマと向き合う機会も余裕も持てなかった。
置いて逝かれた悲しみや孤独を、イルカを守ることで紛らわせたまま成長してしまった。
実の両親、親代わりのイルカの両親、師匠、たくさんの仲間。カカシが失ったものも数えきれなかったのに。
置いて逝く苦しみを与えるなら最初からなかったことにしてしまった方がいい。
そう思わせてしまった。それでいいなんて、思わせた。
『いいか』
真っ直ぐに伝える。イルカはもう守られてばかりの子供ではない。
『もしも万が一、そんな万が一は絶対ねぇけど、それでも万が一お前が戻らなかったとしても』
口に出すのも嫌な万が一。それでも伝えなければ、今ここで一番大切な人を失う。
『お前がくれた幸せまで全部奪われるわけじゃない。お前と出会わなきゃ良かったなんて絶対に思わねぇよ』
怖くないとは言えない。失うかもしれない不安と恐怖は心の底に根深く住みついている。
けれど、それでも。何度生まれ変わったとしても、きっとイルカは同じ相手に恋をするだろう。
呆れるほど優しくて不器用で、残酷なこの世にたった一人の幼馴染に。
『カカシじゃなきゃ駄目なんだ』
肩口がじわりと濡れる。それには触れずに、優しい気持ちで囁いた。
手を伸ばして銀色の頭を抱える。もうこれ以上、イルカのために何も失わなくていいのだと。
『お前とカカチとポチが、俺の家族なんだから』
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