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夜明け前。森の中は静寂に満ちていて鳥も虫も眠っているようだ。
月明かりすらない漆黒の闇。それに同化するような黒装束の男が顔を覆っていた面を外す。
カタン。
慰霊碑の上に、まるで捧げ物のように置かれた面が小さく音を立てる。
そしてもう一枚、半分に割れて赤黒い染みのついた面を置く。
「感謝してござる」
呟き程度の声は、シンッと静まった木々を震わせた。
まるで感情のない人形のような無表情。なのに身体から立ち上るチャクラは剃刀のように鋭い。
近づけば問答無用で叩き切られる。もし行き会う人がいたら恐怖で腰を抜かしたことだろう。
男はゆっくりと印を結ぶ。もっと早く結べるのだろうに、なぜかゆっくりと。
木ノ葉が風を受けてさざめく。柔らかな風が男を撫で、平穏という言葉の意味を確かめさせる。
「過ぎた幸せにござった」
最後の印を結んだ男が浮かべたのは、蕩けるような笑顔だった。
「カカシっ、カカシって、おいっ!」
その銀髪の長身を呼び止めること七回。肩に手を触れようとして、スッと身体を引かれた。
「あわったたたっ」
「うっ?」
たたらを踏んだ足がもつれて転びそうになる。地面に激突することより、手の中の赤ん坊に気がいった。
きょとん。と見開いた目のままイルカに抱きついているカカチが、このままだと自分に潰される。
その危機は傍らから腕を引かれて回避できた。
「・・・・・悪ぃ」
「いや、オレが避けたのが発端にござる」
「確かに、何回も呼んだのに無視したしな。珍しく考え事でもしてたのか?」
「・・・・」
「まぁいいか。お帰り」
「りー」
返事を待つ前にカカチが両手を広げる。これは抱っこして欲しいアピールなのだがカカシは反応しない。
これはよほど疲れているのだろうな、とイルカは唇をへの字にしたカカチをあやす。
「受付ギリギリまで待ってたんだけど擦れ違ったんだな」
「オレを探してござったか」
「かーち」
カカチが手を伸ばしてカカシのアンダーを掴もうとしたのを、すぅっと自然に避ける。
余りに自然すぎてイルカは気づかなかったが、カカチは不思議そうに自分の小さな手と父親を見比べた。
「ああ、ポチがいなくなっちまってな」
「ポチ・・・」
「受付終わる度に探してるんだけど、ああ見えてポチのやつ魔の森の獣狼だっただろ」
痕跡一つ残さずに消えてしまった飼狼を探すのは予想外に難しく、こうなったらとカカシの帰宅を二人して心待ちにしていたのだ。
ポチが優秀とはいえカカシの敵ではないだろう。
「獣狼は人に慣れぬ故、森に帰ったのでは?」
「違う違う。カカチが喧嘩の最中に雷切でポチの髭を一本切っちまったんだよ」
「あう」
反省しているのかへにょんとカカチの眉が垂れる。しょっちゅう喧嘩するがポチの事が大好きなのだ。
髭だってわざと切ったわけではない。帰ってきたらちゃんと謝るつもりである。
「カカチ・・・」
「う」
「カカチ」
「あう」
無駄に名前を呼ばれてカカチが呼んだ相手を見つめる。なぁに?とその目が伝えてくる。
「このように幼くても、我が名には反応するのでござるな」
ぴたり。と立ち止まったカカシに反応が遅れてイルカは数歩前に出てしまう。
「カカシ?」
「・・・・やはり、それがオレの名前でござろうか?」
「あ?」
「かーち」
「ここは、木ノ葉の隠れ里にござるな」
「何言ってんだ、お前」
熱でもあるんじゃないのかと手を伸ばしたイルカを、知らないうちに足を下がらせたカカシが避ける。
「オレが上忍なのは、相違ござらんか?」
「・・・・・ああ。それがどうかしたのか」
「ふむ」
まるで術でも唱えるように口の中で呟いて、やんわりと細められた瞳がイルカを捉える。
「木ノ葉隠れ里の上忍。それ以外にオレは自身の事が一切わからぬ」
「・・・・は?」
大した焦りも、警戒心もなく言われて、これはなんだ笑えない冗談かと見返す。
お世辞にも笑いのセンスがあるとは言えない男だ。
しかし、いつもより柔らかい雰囲気を纏った顔からは微塵もそんな様子は伺えない。
「冗談、だよな」
とはいえ念のため確認してみる。声が震えた気がするが構ってられない。
「いや。里の中を歩けば思い出すかと思ったが兆候も無く、そこをお主に呼び止められてござる」
柔和な笑み。それでイルカは気がついた。敵か味方か判断しているのだ、自分とカカチを前にして。
任務が一緒になったことはない。だからいつも疑問に思っていた、あんな無愛想な男に潜入や諜報任務が務まるのかと。
だが、これならわかる。如才ない笑みを浮かべて話を合わせ、ゆっくりと相手を判断する。
思いがけなく任務地でのカカシの姿を垣間見ることになったが、それを喜んだり出来る状況ではない。
そんなことよりも今一番確認しなければいけないことがあった。ぎゅっとカカチを抱きしめて口を開く。
「も、もしかしてお前・・・・俺が誰だかわからない、とか?」
「・・・・」
非情にも、柔和な笑みを顔に貼り付けたままカカシは間髪入れずに頷いた。
「困らないね」
母親より年上の美女は一言だけ口にすると、はいよ次。と従者に声を掛けた。
「五代目っ!?」
「なんだい」
「冷たいじゃないですか。カカシは五代目の息子も同然なのに」
「あん。アタシにこんなデカイ息子作れってのかい」
殺気を込めた目で睨まれるが、別にイルカが言っているのは荒唐無稽な話ではない。
年齢的にはカカシが綱手の息子でもなんらおかしくはないし、可愛がって目をかけているのも事実だ。
ただし、年齢を気にする女性には振っていい話題と、振ってはいけない話題がある。
「そういう話ではなくてですね」
「木ノ葉の上忍だってことは覚えてるんだろ。術も完璧、チャクラも練れる。自分の名前や年齢忘れたくらい大したことないじゃないか」
「仲間の顔も名前も覚えてないんですよ」
「そりゃ元々だ」
反論出来ない。カカシは基本的にイルカ以外に興味のない男だったから、あまり支障がない。
これを幸運と見るべきなのか、普段のカカシの人生を不運と見るべきなのか。
「困ってんのかい、カカシ?」
「特には」
綱手に訴えるイルカから一歩半引いた位置。それだけでこれが普通の状態のカカシでないと読み取れる。
イルカは気づいていないだろうが、傍にいるときはいつだって自分が盾になれる位置に立つのだ。
「聞いたかい」
「五代目っ!!」
半泣きになっているイルカの気持ちはわかる。だが綱手は冷たさを前面に出して退けた。
「そんな妙な症状治せるわけないだろ。そのうちバナナの皮ででも滑って思い出すさ」
ぐっと奥歯を噛み締めて睨んできたイルカの顔は、昔カカシが大怪我した時に見せたのと一緒だった。
忍失格だと怒鳴りつけてやりたくなるような足音を響かせ、力任せにドアを閉める。
「イルカ先生があんな風に怒るの初めて見ましたよ、綱手さまァ」
ひぃー。と内心叫んでいるのだろうシズネをチラリと見て、追いかけるでもなく部屋を辞した男を思う。
「たくっ・・・手のかかるバカ息子だよ」
「ぽーち?どこだ、ポチー」
「ちー」
魔の森の一歩手前を声を上げながら歩く。ハイハイの方がずっと早いカカチは立たせると普通の赤ん坊だ。
オムツの重さに負けてそこらで転んでいるが、負けずにポチの名前を呼びながら散策する。
よちよち。としか歩けないカカチはハイハイに切り替える瞬間さえ見逃さなければ心配ない。
一心に飼狼の行方を追い求める我が子から視線を逸らして、ボンヤリと空を仰ぐ。
「記憶喪失ってあるんだな・・・」
カカシの記憶は一向に戻る気配を見せない。そしてそれに対して困っているのは自分だけらしい。
潜入任務状態の物腰柔らかなカカシは今まで以上に大人気で、何かとくの一に囲まれているのを目にする。
かといって、カカシが女性に必要以上に接することもない。邪険にしなくなっただけで深入りもしない。
それに少しホッとしている自分は意外と性格が悪いなと自己嫌悪に陥る。
「けどなぁ・・・」
ガシガシと髪を乱す。カカシが、自分を忘れてしまうなんて。本当はすごくショックだ。
どこかで自惚れていたのかもしれない。世界中の全てを忘れても覚えてくれているに違いないと。
「ちーっ!うやーん」
ツラツラとした思考が赤ん坊の泣き声に中断させられる。
見つからないことに苛立ったのだろう。カカチが涙と鼻水で顔中ぐちゃぐちゃにして泣きじゃくっていた。
「ちー、ないのー」
「大丈夫だ。帰ってくるって」
「やぁー」
びぇえええん。と静かな森に不似合いな甲高い泣き声が響き渡る。
「あー、そうだな。嫌だな」
ぽんぽん。と抱っこして背中を撫でてやるが、カカシが帰宅すれば見つかると思っていただけに落胆は深い。
こんなことなら忍狼としてカカチと契約させておけば良かったと後悔しても、後の祭りだ。
「よしよし。慰霊碑に行ってみるか、もしかしたらポチが来てるかもしれねぇぞ」
「う?」
すんすん。と鼻を啜りながら首を傾げる。その顔を見ると頼むから早く帰ってきてくれと祈りたくなる。
だが森に帰ったついでに本能に目覚めたとしたら、ポチはもう帰ってこないだろう。
「いーぁ」
カカシも、そうなのだろうか。
「帰ってるといいな」
「あぅ」
満面の笑みで頷いたカカチの体温に助けられて、イルカもそっと微笑んだ。
「う」
慰霊碑であまり人と鉢合わせすることはない。
それが昼の麗らかな日和にはなんとも似つかわしくない暗部なら尚更。
「ちー?」
暗部の足元に控えていた忍犬をポチだと思ったのか、よたよたと歩いていたカカチがハイハイに切り替えた。
「カカチッ」
ハイハイに切り替えたカカチは、ポチと張るぐらいに早い。
イルカに止める間も与えずに忍犬のもとへと駆けつけて、その眉をへにょんと垂れさせた。
「ちぁーのー」
うぇえええんっ。いきなりやってきて号泣する赤ん坊を忍犬が目を丸くして見ている。
慰霊碑の前に佇んでいた暗部は、さすがというべきか無反応でカカチを見、その後イルカを見た。
「いぅあっ、ちぁのー」
「ああ、わかったわかった」
慌てて抱き上げたカカチがヒシッと抱きついて大声で泣く。静かな森は台無しだ。
「申し訳ありません」
「赤ん坊だ。気にするな」
暗部の男は言葉少なだったが、その口調にホッとした。
優しげな声。イルカよりも頭一つ分大きい身長も広い肩幅も威圧感ではなく、安心感を与えてくれる。
「忍犬が怖かったか?」
「いえ。忍犬は大好きなんです・・・ちょっと今ウチの飼い犬が行方不明でして」
「そうか。間違えたのか」
ぐすぐすっ、とすすり泣くカカチを暗部が連れていた忍犬が不思議そうに眺めている。
「・・・はたけカカシの子か?」
「え?」
そろそろ辞そうとしていたところを問いかけられて、警戒心に身体が強張る。
里の中だから油断していたが、暗部に化けるというのは外部からの侵入者が選ぶポピュラーな手口だ。
なにしろ、木ノ葉の里の忍でも暗部のメンバーに関しての情報は閉ざされている。
「カカシとは何度か任務を共にしたことがある。赤ん坊に危害を加える気はない」
イルカの警戒心が伝わってしまったのだろう。わざわざ説明してくれた。
だいたい彼が刺客なら、最初にカカチが飛びついた時点で忍犬に襲わせることも出来たのだ。
うっかり疑ってしまったことを恥じて、慌てて頭を下げる。
「失礼しました」
「いや」
暗部はそういうと、イルカに抱かれているカカチの銀色の猫ッ毛の上にポンッと大きな掌を乗せた。
「う」
見るからに暖かそうな掌に驚いたのか、泣き止んだカカチが瞳を大きく開いて暗部を見る。
顔が見えないのはカカシで慣れているからだろう。特に不思議がることもなく真っ直ぐに視線を交わす。
「カカシは記憶を失ったそうだな」
出来れば思い出したくないことだった。
言葉に出したくなくて。言霊なんかを信じているわけではないが、それを認めたくなくてただ頷く。
「そうか」
「あのっ、何か心当たりがあるんでしょうか?」
これが越権行為であることは知っていたが、藁にも縋る思いだと言ったら許してくれるだろうか。
暗部の隠匿性は高い。もしも記憶喪失の原因が暗部の任務にあるのならイルカには決して知らされない。
だから、もしほんの少しでもカカシを元に戻す手段があるのなら逃したくなかった。
「忍であることも術も忘れてないから大丈夫だと言われました。でも・・・」
自分に置き換えたら居たたまれない。忍であることを覚えているからこそ誰にも気は許せないだろう。
今の里はカカシにとって戦場と変わらない。右も左も、いつ誰が敵に転じるかわからないのだから。
「七年の呪い」
「は?」
「カカシから聞いたことはないか?」
わからなかった。カカシはそもそも任務の話はイルカに一切しない。
「七年の呪い、ですか?」
口にしてみると禍々しいフレーズだ。その呪いがカカシの記憶を奪ったということなのだろうか。
「聞いてなければ忘れろ」
「それがカカシの記憶喪失に関係しているんでしょうか?」
失望した様子の暗部に焦って言葉を重ねる。しかし彼は暖かな掌をイルカの頭に乗せただけだった。
「あの」
「カカシが選んだ運命だ」
「え・・・?」
どういう意味か聞く前に暗部の姿は掻き消えて、誰もいない空間にカカチと二人取り残される。
森に戻る静寂。暗部が眺めていた慰霊碑の前に立つ。
「いぅあー」
ぺち。と心配したカカチが小さな両手でイルカの頬を挟みこんだ。
雨が降って来た。せっかくの休日だと言うのに嫌な天気だ。
小降りだが玄関脇の水たまりで遊んでいるカカチを迎えに行くかと重い腰を上げた。
「カカチ〜?」
ポチがいた頃は無茶な遊びをしていたのに、ここのところは可哀相なくらいひっそり遊んでいる。
泥遊びも普段なら大はしゃぎして泥まみれになるところだが、さっきは泥の中にペタンと座り込んでいた。
カカチなりにポチのことやカカシのことで落ち込んでいるのだろう。
「ちーのっ」
だから玄関を開けたと同時に飛び込んで来たのがカカチの笑い声だったのには驚いた。
そして泥だらけのカカチと向かい合っている男の姿にも。
「カカシ・・・」
「いぅあー」
ぺたぺたと叩きを汚してカカチがイルカに両手を万歳する。大きな泥団子みたいだった。
「かーちぃ」
カカシを指差して遊んでもらっていた事を自慢するように白い歯を見せる。
「溺れているのかと思ったのでござる」
「え?」
傘も差していないから濡れそぼったカカシの身体の所々に泥が跳ねている。
「泥水の中に横たわっていた故」
誰も遊んでくれないから不貞腐れていたのだろう。カカチは水遁も使えるからどこでだって寝てしまう。
「そっか助けてくれたのか。ありがとう」
「必要なかったようではござるが」
心持ち優しくなった声に、まるでカカシが記憶を失う前のようで涙が出そうになった。
「・・・・ここは、お主の家にござるか」
「ああ。お前はなんでここに?」
「散策を続けてござる」
「雨の中を?」
土砂降りと言うわけではない。けれど散策には不向きな天気を指摘する。
「出掛けには晴れてござった」
「・・・・何か思い出したか?」
ここはカカシの自宅とはちょうど反対方向だ。もしや、と思わないではいられない。
「特には」
「そっか」
がっかりしそうになったが、努めて顔に出さないように心がける。
散策を続けていたという事はカカシ自身記憶を取り戻そうとしているに違いない。
だとしたら一番残念がっているのは誰だか聞かなくたってわかっている。
「ほらカカチ、そろそろ戻るぞ」
ぼたぼたと泥水を滴らせるカカチを抱き上げる。
「やー」
「だめだ。もっと雨が降ってきたらお前でも風邪引くだろ」
「かーちぃ」
イルカがダメと言ったらダメだ。泥まみれの小さな手が期待を込めてカカシに伸ばされる。
それに反射的とも言える動作で手甲に包まれた掌が差し出された。
「・・・」
「かぁちぃ?」
あと一センチ弱。ぴたり、と停止したカカシの掌を求めてカカチが身を乗り出そうとする。
どうして自分が手を取ろうとしたのか考えるようにカカシはじっと手を見つめる。
「カカチ。そんな泥だらけじゃ誰も触ってくんないんだぞ」
「あぅ?」
「ほら、泥だらけだろ?」
「ぷー」
小さな両手を眺めたカカチがぷくっと頬を膨らます。自分で汚したくせに汚れているのが気に食わないのだ。
「いぅかー、やーの」
「カカチが汚したんだぞ」
「ちぁーも」
「違わないだろ。泥んこ遊びしてたのは誰だ?」
「うー」
ぷくっ。泥だらけのほっぺたがリスのように膨れる。その小さな手にポタリ。と雨粒が落ちた。
「あう」
泥が落ちて素肌が見えたのに驚いてカカチが空を見上げる。黒い雲が広がって今にも大降りになりそうだ。
「こりゃザッと来るな」
これ以上カカチを外に出しておくわけにも行かない。けれどと未練がましくカカシを見る。
家に招いても無駄な事はわかっていた。今のカカシにはイルカはただの中忍でしかない。
「すいにゃんっ、すぅへひっ」
注意を逸らした隙に腕の中からそんな謎の言葉が上がって、イルカは慌ててカカチの顔を覗き込んだ。
「カカチっ、今なにした?」
「う?」
印を組んだとはわかっても、言霊を必要としないカカチは何の印を組んだかわからない。
「あー」
「げっ」
降り注いでいた雨が龍の形に変化していくのを嬉しそうに眺める我が子に、イルカは顔を強張らせた。
この術はカカチの得意技の一つだ。かつて里の上忍を病院送りにした禁断の術でもある。
それを後先考えない赤ん坊は自分をターゲットにして繰り出したのだ。
水を沢山かければ自分が綺麗になることに気がついて。
「カカチっ、すぐ風呂に入れてやるからアレを仕舞え!」
「やーの」
「嫌じゃないっ!アレは攻撃用の術だぞっ、洗濯用じゃないっ!」
「うー?」
何で怒ってるの?そう言いたげな黒眼がくるりと向けられる。その向こうで水龍がグワッと牙を剥いた。
叩きつけられるチャクラに身体が硬直しそうになった。防御用の術を思い浮かべる暇もない速度だ。
それでもカカチだけは守らねばとぎゅっと抱きしめて目をつぶる。
凄まじい咆哮。弾き飛ばされて叩きつけられるのを覚悟した。
「・・・・・」
「・・・・・」
なのに予想外に大波を被った程度の被害に、恐る恐る薄目を開ける。
「・・・・カカシ」
ぼとぼとっ、と銀色の髪から盛大に水を滴らせるカカシは、なぜ自分が二人を庇ったのか理解できていないように見えた。
相殺する術を繰り出すだけで充分だったはずだ。実際そうしてくれたのだろう。
その上でカカチの放った水龍の前に我が身を投げ出した。
ああ。と天を仰ぎたくなった。
記憶を失っても、カカシはやはりカカシなのだと。
「あうー」
ほこほこと湯気を立てながらハイハイで高速移動するカカチを、物珍しそうにカカシが眺めている。
「ちょうど夕飯作ってたんだ。ついでだから一緒に食べてけよ」
「いや・・・」
「かーちぃ」
固辞しようとしたカカシを察したわけではないだろうが、玩具を両手に抱えたカカチがそれを差し出す。
「わんわ」
「・・・・」
「にゃんにゃ」
「・・・・」
「こっこ」
「・・・・」
木彫りの玩具を一つ一つ手の上に置いていくカカチに、思わずガッツポーズしかけた。
あの玩具には、蝦蟇一族シリーズがあるから数十分カカシはカカチに付き合うことになるはずだ。
「せんにー」
「・・・・」
「おやぶー」
「・・・・」
カカシは無言で玩具を受け取っているだけなのだが、カカチはこの上なく楽しそうだ。
「う?」
ガマ吉とガマ竜をカカシの手に置こうとしたカカチが、不意にその手を止めた。
「ないないーの」
「・・・・」
よだれ掛けを鼻の頭まで引っ張り上げて顔半分を隠すと、こてんと首を傾げる。
「かーち、ないないーの?」
「・・・・申し訳ござらんが、オレにはお主の言葉の意味がわからぬ」
「どうして顔を隠してるのかって聞いてんだよ」
「・・・・顔を」
押し黙ってしまったカカシを気にすることなくカカチが人形を渡すのを再開する。
「物怖じせぬ赤子にござるな」
「ん?」
「一度も怯えぬ」
「ぷっ、そりゃそうだ誰の子だと思ってんだ」
「誰の子にござる?」
「その銀髪。里には一人しかいねーよ」
「・・・オレの子、にござるか?」
表情はほとんど変わらない。けれど驚いているのがイルカにはわかる。
「そっくりだろ」
「何故、オレの子の面倒を?」
「・・・・幼馴染なんだよ。俺はお前の」
「幼馴染」
「サッパリ忘れられちまってるけどな。で、お前が任務に出る時はウチで預かるってのが決まりなんだ」
「此度はオレが戻らぬ故、そのままになったということにござるか」
「まぁな」
「迷惑を掛けてござるな」
「・・・そうでもねーよ。まさか忘れられるとは思わなかったけどな」
本音を混ぜて告げる。じっ、とイルカを見たカカシがポツリと続けた。
「母親は、どこにござる」
当然の質問だ。愛した女がいるなら会いたいと、誰だってそう思う。
「さぁな。俺も知らねぇんだよ」
出したお茶を自然に手にして、またカカシがじっと自分の手のひらを見つめる。
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