「いいかー、他の人の迷惑にならないようにするんだぞ」
「はーいっ!」
元気な子供たちの声が響き渡るのを虚ろに聞きながら、ヤマトは聳え立つ人工物を眺めていた。
鬼の国自慢の『デビルランド』その敷地面積は51ヘクタール。昨年度の来園者数は173万人。一日の売上が7億円を超えるといわれている。デートスポットとして人気ランキングでは常に上位を独占している。
「せんせー、迷子になったらどうすればいいの?」
「おいおい仮にも忍を目指すアカデミー生だぞ、頑張って先生を探す事」
「迷子アナウンスしたら?」
「一週間罰掃除だ」
そんな行楽地に来ているからだろう、目の前にいる子供たちの誰もが飛び出して行きたいのを我慢している。あんな人工アトラクションなんかのどこが楽しいのか、ヤマトにはさっぱりわからない。
「イルカ先生、時間内に全部回れなかったらどうなるの?」
「そりゃ任務失敗だから、やっぱり罰掃除だな」
「だって無茶苦茶広いよ」
「お前らな、上忍になったらこんなもんじゃねぇぞ。朝イチで砂の国までの任務が入ったりするんだからな」
イルカの声には実感と、少々の恨みが篭っているのだが人生経験の浅い子供たちに気づけと言うのは無理な注文だ。
「俺ら、まだ忍じゃないもん」
「ねー先生、ヒントちょうだい」
「それを考えるのも今回の課題だ。それじゃそろそろ始めるぞ」
うずうず。と全身から喜びを隠し切れない子供たちを前に、イルカも嬉しそうだ。
「集合は戌の刻。帰りも歩きだから体力残しておくように。それじゃ散っ!」
さすがにアカデミーの低学年では瞬時に消える事も出来ずに、わらわらと蜘蛛の子のように散っていく。
そんな中でもやはり性格差が出るのだろう、パンフレット片手にイルカを引き止める生徒もいる。
自分に配られたパンフレットに集合時刻を記入して、今回の目的に基づいてシュミレーションする。
参加するつもりはないが、すぐ予行計画を立ててしまうのはヤマトの癖だ。
「ねぇねぇ、ヤマト先生」
イルカの前で質問の順番待ちをしていた生徒が恐る恐る自分の周りに集まってきた。
アカデミー教員でも上忍師でもないのでヤマトは『先生』ではないのだが、子供たちにはどうでもいいことだろう。忍服着た大人は全部先生だと思っているに違いない。
「なんだい?」
「ヒント欲しい、です」
「イルカせんせーは絶対教えてくんねーもんな」
「でも、俺らビリで集合に間に合わなくなるかもしんないし・・・」
女子生徒の追求をのらりくらりと逃れているイルカに聞こえないように、少年達がボソボソと告げてくる。
今回の旅の目的は簡単だ。このデビルランドではアトラクションに乗ると入場券に自動で印を押してくれるシステムになっている。その印を四人一組で制限時間内に全て集めるのが課題である。
「ボクは、イルカ先生の補佐だから勝手な事は出来ないよ」
「えー」
本音と建前。ただでさえヤマトはこの後ここに八時間以上拘束される、なのに彼らが遅れてきたら・・・。
頭を抱えたくなるような近い未来に、そっと彼らの視点まで屈み込んで声を潜めた。
「と、言いたいところだけど。いいだろう、一度しか言わないから良く聞くんだ」
子供たちの前に可愛らしいイラスト付きのパンフを広げる。その余白部分に書き込まれた文字に子供たちが眼を見開く。もちろん暗部や上忍として請負った任務なら文字に残すようなことはしない。
「すげぇ・・・さっき貰ったのに、もうあんなに書いてある」
「感心している時間は無いよ。ホラ、自分のを開く」
子供たちが慌ててパンフを開くのを待ちながら、イルカの様子を伺う。こちらに注意している様子はない。
「いいかい?まず制覇すべきはアトラクションの目玉であるデビルキャッスル。悪魔の山脈、血の池地獄。キューピットちゃんの坂道。サターンカーテン。地獄の門。この五つだ」
ごくり。と子供たちが生唾を飲み込む。人気アトラクションだけに開園から数分しか経っていないのに、既に数時間待ちという案内が流れていた。中でも巨大ジェットコースターサターンカーテンは最長で五時間待ちという過去のデータもある。本日は平日だが、見る限り人が少ないとは言えない。
「目標はあくまで全アトラクションであって、時間が無いからと飛ばしてはいけない。もし昼御飯を抜いたとしてもだ。飛ばしてしまえばそのアトラクションの印は貰えないからね」
「お昼抜き・・・」
泣きべそをかいた子供に微笑む。このボクがそんな杜撰な計画を立てるわけ無いじゃないかの意味も込めて。
「作戦は簡単。まず第一だ。いいかい?五大アトラクションには早い者勝チケットを使う」
「早い物がチケット?」
「そうだよ。時間の限定されているチケットでその時間内なら優先で入れる。ただし、一枚取ると次のチケットを取るのに制限時間が設けられるデメリットを忘れないように。例えばこれから十分後に動くならまずサターンカーテンのチケットを取る、時間は牛の刻辺りになるだろうから確認したら地獄の門だ。このアトラクションはお化け屋敷の要素があるから五つの中では一番人気が低い。それでも一刻は待つ事になる・・・そこで第二、シングルチケットを使う」
「しんぐるチケット?」
「地獄の門は六人乗りの乗り物になってる。三人と二人を乗せると一席余るだろ、そこに一人で乗るなら優先されるんだ。知らない人の横なら思う存分怖がる事も出来るからね、君達にも悪くない話だろ」
四人は顔を見合わせてホッとしたように微笑みあう。こんなに小さくても男の自尊心は馬鹿に出来ない。
「そして第二の場合においては、一番最初に終わった子がデビルキャッスルの待ち時間を確認する。もし待ち時間が一刻以内ならそのまま並ぶ、一刻以上であれば、キューピットちゃんの坂道に並ぶ。ここは回転が早いから一刻以内に終わるはずだ。二番目以降の子は一番の子と合流する。後ろに並ぶ人には悪いけど、ボクらは時間が限られてるから今回は大目に見てもらおう。これで牛の刻までに二つ終わったね」
こくこくと操られたように子供たちが頷く。
「サターンカーテンの時間まで半刻以上余裕があれば、こっちの小さいアトラクションだね。ミニデビル、楽園クルーズ、ヘブンオブチキン。この中で半刻以内に乗れるものを選ぶ。この前にデビルキャッスルの早い者勝チケットを取るんだ。ここは申の刻辺りになると見てる」
更に各アトラクションを移動する上での最短コースを説明する。移動は全て駆け足だ。
「いいかい。ここからが本番だ。サターンカーテンが終わったら立って食べられる物と飲み物を買って悪魔の山脈、血の池地獄に並ぶ・・・・・」
そこまで言った時点でミスに気がついた。殺気が無い上に気配を消されなかったので油断した。
唐突に途絶えた指示に戸惑った子供たちがヤマトの肩ごしに、仁王立ちしているイルカを捕らえて動揺する。
「い・・・いるかせんせいっ・・・」
「あ、ありがとうございましたっ!」
「早く行こうぜ、これ貰っていいですかっ」
最後まで聞けなかったことが不安だったのだろう。子供の一人がヤマトのパンフレットを取ろうとした。
そのパンフレットが突然現れたクナイで地面に釘付けにされる。
「それ以上はカンニングと見なすからな」
クナイに遅れて目の前に現れた担任を見て子供たちがギャーと叫ぶ。
鉄拳制裁を覚悟しただろうが、イルカは透けるような笑顔を浮かべて四人の尻を文字通り、叩いた。
「さっさと出発しろ!一番ドベだぞ」
慌てて走り出した子供たちを見送って、今度はクルりとヤマトに向き直る。
うっかりヤマトもギャーと叫びたくなったが、もちろん上忍にそんな失態は許されてない。
「す、すみませんっ・・・その」
「さすがですね」
「は?」
「ほぼ完璧ですよ、このシュミレーション」
ヤマトのパンフレットを手にして苦笑いするイルカが、やんなっちまうなと呟いたのは見逃せない。
「あ、違いますよ。アカデミーでは学年担任総出でプラン立てたので・・・こんな短時間で、上忍ってスゲェなと改めて思っただけです」
「・・・・」
上忍との差。イルカがそれを気にする理由を考えるのは深読みし過ぎなのか。
「さて、と。ボクらは集合時間までどうしましょうか?」
本来ならここにいるはずだった先輩の代役を努めようと申し出る。
「え?遊びますよ」
「は?」
「無計画のパターンを実践するのも教師の任務です」
ニヤリと笑ったイルカが、綿密に立てた計画をあっさり破棄した。

凄まじい悲鳴が降ってきた。全部で三回転する大人気の巨大ジェットコースター。
高さと傾斜を目測する。あの程度だったらサイの超獣偽画で空を飛ばされた方がよほど危険だ。
「そういうところ、一緒ですね」
「え?」
「今、アトラクションと忍術を同列にしたでしょう?」
「・・・・顔に出てましたか?」
「前に七班と来たことあるんですよ。その時のカカシさんと反応が全く一緒です」
「先輩も無駄に並んだんですか、これに?」
「ぷっ・・・はい『無駄』に並んで頂きました」
驚きのあまり今ここに立っていることを無駄と表現してしまって焦るが、イルカは楽しそうに笑うばかりだ。
「すみません。そういう先輩を見たことがないので」
「カカシさん、ヤマトさんに甘えてますから」
思わず半笑いしそうになった。あれは甘えているのではなく、後輩は無給の手下だと思っているのだ。
まぁ暗部時代には何度か命を助けて貰っているし、任務中のカカシは崇拝に近い気持ちで尊敬している。
「ただなぁ・・・日常が」
「日常?」
「イエイエ」
ひらひら、と手を振って誤魔化そうとしたが、イルカは困った顔を作って頭を下げた。
「本当は一月ぶりの休養日だったんですよね。本当に申し訳ありません」
「うわっ、頭を上げて下さい。イルカさんに頭下げさせたなんてバレたらボクが先輩に消されます」
確かにA級ばかりが続いて、ああ今日こそゆっくり眠れる。と風呂を出たらそこに忍犬が鎮座していた衝撃は言葉にならない。いっそ意識を失えたならと願ってみたが、暗部育ちの神経はそんなヤワに出来ていなかった。集合場所に着くまで思いつく限りの罵詈雑言を心の中で放ったので気も済んでいる。
「でも、それじゃ」
「休養日が潰れるのなんてザラです。こないだなんか、一日飼い猫兼休養日って日がありましたから」
「飼い猫って・・・まさか、タバコ屋のバアちゃんのっ!?」
「ええ。一日中、猫じゃらしにジャレたり、またたびにうっかり惑わされたり。素晴らしい休養日でした」
そう言えば、それもカカシから振られた任務だった気がする。
「・・・すみません。それ人手が足り無くてカカシさんの好意に甘えたの俺なんです」
あの人は。と怒りか恥ずかしさでか赤く染まった顔を覆ってイルカが唸る。
「というか、ヤマトさんの休養日潰してるの全部俺の気がするんですが」
「・・・本当だ」
さも今気づいた口調を取り繕う。カカシだとて後輩の休養日潰しを趣味にしているわけではない。
多忙な任務の合間を縫って任務斡旋しているのはイルカが関わっているからだと気づかないほど野暮ではないつもりだ。
「ということはボクはイルカさんに随分貸しがあるんだ。昼飯、ゴチになります」
「わかりましたっ、任せて下さい!」
冗談のつもりだったのだが、笑顔で請け負われると撤回しづらい。
「そんなもんでいいなら喜んで。なんだったら夕飯くらい俺でも奢れますよ」
「イエイエ、昼飯だけで充分です」
「そうですか・・・。ここ行楽地のわりに飯屋のレベル高いんですよ」
ヤマトが望んだわけではないがイルカと行楽地に来ているだけでもカカシには不本意のはず。
ここで仲良く夕飯だの昼飯だのと続いたら、感謝される立場なのに消されかねない。
「それにしてもカカシさん、ひどいと思いませんか」
「うーん、任務ですから」
「散々確認したんですよ。絶対任務入れないって約束したのに、朝イチでドタキャンって」
イルカの怒りに満ちた背中を見ながら、一緒に来たかったんだろうなぁ。とポリポリと頬を掻く。
二人が最近擦れ違い気味なのはカカシと任務を共にしているヤマトが一番良くわかっている。
トップ上忍であるカカシが請負う任務はリスクが高く、イルカの実力では補佐に入るのも厳しい。
逆にイルカの請負う任務にカカシの絡む余地はない。その上、生活リズムが全く違うから会うことも難しいのだ。
「先輩も、断腸の思いだったはずですよ」
なにしろ最初に依頼されたのはカカシに変化して任務やって来い。という命令だったのだから。
さすがにS級ランクを変化の術使い続けたままやれなんて鬼命令聞けるわけがない。
「だといいんですけど」





=未完=