木ノ葉株式会社物語19-1








「サクラ、ご飯だよ」

名前を呼ばれて書きかけの論文をどうしようかと躊躇した。
もう少しだけキリの良い所で終わらせたい気持ちと、せっかく作って貰った食事なのだから温かいうちに食べたいという気持ち。
パタン。とノートパソコンを閉じたのは、食欲をそそる匂いに原始的な欲求が勝ったからだ。
だからダイニングに足を踏み入れて腹が鳴ったのも当然のことだった。
そんなサクラの腹の音に、黒いエプロンをつけて甲斐甲斐しく食事の準備をしてくれていたカカシが笑う。

「オツカレサマ。飲み物はミルクティー?」
「うん。パパ、ハチミツ入れて」
「ハイハイ、お姫様」

サクラの注文など見透かされていたのか、注文して即座に出てくる大好きなミルクティー。
可愛らしい桜の花が舞う絵柄のカップを両手で抱えて一口。疲れが抜けるような甘みに脳が歓喜する。

「おいしい」
「そりゃ良かった」
「不思議よね。本場なのに、どの店で飲むよりパパが淹れてくれたのが一番美味しいのよ」
「ま、愛が籠ってますから」
「やだどうしよう、知ってた」

太陽の光が溢れそうなダイニングは父の希望だ。白で統一されたキッチンも。
女性が二人もいるんだから可愛い方がいいだろうと作られた場所なのに、ここでサクラは自炊した事がない。
きらきら光る銀髪を眺めながら、自分のプレートの横に伏せられたコーヒーカップに気がついた。

「ママは?」
「ん〜昨日も遅かったしねぇ。昼過ぎたら起こそうかと思ってるけど」

といいながら、いつ起きてきてもいいように朝食とコーヒーの準備は整っているということだ。

「パパって、ほんとママに甘いわよね」
「春野サンには、サクラに甘いって言われてるよ」
「そうね否定しない。パパのせいでアタシのストライクゾーン狭すぎなんだから」

顔もスタイルも良くて仕事も出来て、サクラを世界で一番愛して、なにより優先してくれる。
そんな男はこの世に父しか存在しないと気づいたのは最初の彼氏と別れた時だ。

「お褒めにあずかり光栄です。とサクラ、大学行くなら何か作ろうか?」
「いいの、やったー」
「お姫様のご命令ならなんなりと」

芝居がかった仕草で膝をついたカカシに、声を出して笑ってしまう。

「それじゃあパパ、次の休み付き合って欲しいんだけど」
「いいよ。どこ?」
「新しく出来たパンケーキ店、知ってる?」
「大学の傍の?」
「そう。可愛いお店なのよ」
「その可愛い店に、なんでオレと?」
「プロポーズされたの」

がちゃん。とシンクでコーヒーポットが哀れな最期を遂げた。

「え」

振り返った顔を見て、思わずしてやったり。の笑みが浮かぶ。

「オッケーしたら、パパに挨拶したいって」
「ちょっと待ってサクラ。オレ、付き合ってる男がいるって初耳なんだけど」
「付き合ってないわよ。いきなりプロポーズされたの」
「そんなので結婚しちゃ駄目でしょ」
「パパだって、出会ったその日にプロポーズされて受けたじゃない」
「だからだよ」
「大丈夫よ、恋人同士じゃないけど長い付き合いだもの」

心当たりがあったのだろう。言葉を選ぼうとしたカカシに畳み掛ける。

「無神経でバカだけど、強くて優しい奴なの。パパほどじゃないけどアタシのこと好きだし」

「サクラ・・・」
「あいつを選ばなかったら、後悔するってわかるのよ」

世界で一番美味しいミルクティーを飲めなくなったとしても。

「パパに殴られてもいいからアタシと結婚したいんだって」
「や、殴らないけど。たぶん」

たぶんなんだ。と、動揺しきった姿にひっそり笑いを噛み締める。

「あ〜うん、そうだね。サクラにそこまで言わせる男なら、オレも会ってみたいよ」
「ごめんね」
「ん?」
「ずっとパパのお姫様でいてあげられなくて」

謝ると、一度だけ驚いた顔をしたカカシが手を伸ばしてサクラを抱きしめる。

「バカだねぇ。たとえおばあちゃんになっても、サクラはオレのお姫様だよ」







「忘れ物は?」
「大丈夫。パパのお弁当も持ってる」
「彼氏と食べるなら、激辛サンド入ってるから」
「ちょっと、そういう地味な嫌がらせやめてよ」
「冗談だよ。気をつけて」

過保護に庭先まで見送りに来たカカシの頬に行ってきますのキスをする。

「世の中の父親は、この複雑な心境をどうやって乗り越えてんのかねぇ」
「ホタルちゃんのパパは結婚式大泣きしてたじゃない。パパも泣いていいわよ」
「酷いなぁ。昔はパパのお嫁さんになるって、言ってくれてたのに」
「残念だけど、パパが結婚相手としては−100点だって知ってるから」

苦笑いしたカカシに、父親としては世界一だと伝えて、もう一度ハグをする。

「後悔したらパパのとこに帰っておいで」
「結婚前から不吉なこと言わないで」

朝日にきらきら輝く銀髪をぽかりと殴る。本気で言っていないことなんてすぐにわかる。
カカシほどサクラの幸せを願っている男は他にいない。

「ねぇ、パパ」
「ん?」

だからこそ、心配なこともある。

「・・・パパは後悔してないの?」

繰り返した質問をサクラは最後にしようと決めていた。
何度尋ねても答えは同じ。王子様はお姫様にカッコ悪いところは絶対に見せてくれない。
案の定、カカシはいつもと同じように穏やかに笑っただけだった。




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