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正確に言えば、ボクたちは幼馴染というわけではない。
それがどうしてなのかとか、ボクの半生については思い出したくないことの方が多い。
ともかく、ボクはある日突然自分が結構不幸な人生を歩んでいたという事実を突き付けられた。
それ以来思っている。
大切な事にはいつだって気づくのが遅れるんだと。
***
「テンゾウ。今日、手裏剣の修行見てやるって言っただろ」
「イルカくん・・・ボクはさっき任務から帰ってきたところで」
「なんだよ約束破るのかよ。うそつきー、うそつきー、父ちゃんテンゾウがうそついたー」
「あぁん、なんだと」
殺気を感じて布団から飛び出る。案の定、今まで寝ていたところにクナイが刺さっていた。
「うそつきはどーこーだー」
東洋の島国にはナマハゲという鬼がいると聞く。だがその鬼だってこんなに恐ろしくはないだろう。
「イルカくん!表で見てあげるよ修行っ」
「やったー」
ボクがうみの隊長の家で暮らすようになったのは、彼が見た目に反して情に厚い人だったからだ。
大蛇丸の実験体となったボクは一代目の細胞を身体に宿している。助けたはいいが里では扱いを躊躇った。
チャクラのコントロールを失敗すれば、ボクは九尾に匹敵する禍になりかねないからだ。
監禁するとか軟禁するとか前線で飼い殺しにするとか、いろんな案が出ては消え結論ばかりが先送りされた。
うみの隊長の堪忍袋の緒が切れたのは、救出から一ヶ月ちょうどのことだ。
「帰ったぞ」
「おかえり父ちゃん」
玄関まで飛び出してきた子供の黒くて丸い目がボクを不思議そうに見つめる。
「コイツだれ?」
「お前、名前は?」
驚くべきことだが、うみの隊長はボクの名前も知らなかった。
まぁそうだ。被検体だとか実験体と呼ばれていたからボク自身、自分の名前を人に名乗ったことはほとんどない。
そもそもこの名前が本名なのかも。
「テンゾウです」
「そうかテンゾウ。お前は今日からウチの子だ。イルカ、母ちゃんは?」
「ごはん作ってる」
のっしのし。と座敷に上がってしまった隊長を見送って途方に暮れる。
話に頭がついて行かない。ここには檻も鍵も見当たらないのに、いていいのだろうか。
「なぁテンゾウ、はんばーぐすき?」
そんなボクに最初にイルカがかけた言葉がこれだった。
***
「そうだっけか?」
「そうだよ」
「テンゾウが来た日のことなんか覚えてねぇよ。ずっと本当の兄弟だと思ってたし」
「・・・キミの大雑把さには呆れを通り越して感心するよ」
「馬鹿にしてんだろ」
「してないけど、この回答はヒドいな」
「ウソだろ、また間違ってんのか」
チェックした答案を返すと、イルカが目に見えて肩を落とす。
中忍試験と一緒にアカデミーの教員試験を受けるのだが、どうにも陣形問題が苦手なのだ。
「考えてみりゃ兄弟にしちゃデキが違い過ぎるとは思ってたんだよな」
「向き不向きの問題だろ。ボクにアカデミーは絶対無理だよ」
「テンゾウはやっぱし暗部に入んのか?」
「・・・そうだね」
「父ちゃん反対してたじゃん」
「そうだけど」
「殴られるぞ」
「怖いこと言わないでくれよ」
苦笑い。うみの隊長が反対していることは知っている。けれどこれ以上うみの家に迷惑はかけられない。
それでなくてもテンゾウを引き取ったことで、重鎮の不興を買ったうみの隊長は火影への道を閉ざされている。
彼は一切そんなことを恨みがましく言ったりしないからこそ、申し訳なくて仕方がない。
せめて里の役に立つことで、テンゾウを引き取ったうみの隊長の判断は正しかったのだと証明したい。
「・・・母ちゃんも本当は反対してるんだぞ」
ぐ。と言葉に詰まる。それを言われると弱い。
「黙ってたって上忍推薦貰えるだろテンゾウなら。なんでわざわざ暗部に行かなきゃダメなんだよ」
答案用紙に視線を落としたまま、イルカらしくない淡々とした口調。これは機嫌が悪い時の癖だ。
「イルカも、反対なんだね」
「・・・そんなことねーよ。テンゾウがどうなろうと知ったこっちゃねぇし」
「冷たいな」
「なんで暗部なんか入るんだよ。ウチが嫌になったのか?」
「そんなわけないだろ」
天地がひっくり返ってもそれはない。あの家はテンゾウにとっての全てだ。
「父ちゃんも母ちゃんも本当の息子だって思ってる。俺だって」
「そうだね。知ってる」
だからこそ死地に向かえるなんて言ったら、きっと怒るのだろうとそう思った。
「・・・帰ってこなかったりしたら絶交だからな」
「それ前提として間違ってるだろ」
帰って来れない時は絶交も出来ない。そう笑ったテンゾウに、イルカが目を潤ませて抗議する。
「うるせぇ!帰ってこなかったらお前の恥ずかしい写真、里中にバラ撒いてやるからな」
「キミの場合、本当にやりそうだから怖いよ」
「笑ってんじゃねぇよ、ばかやろう」
「そうだね。ちゃんと帰ってくるよ、約束する」
***
「お待たせしました。テンゾウさん」
「・・・テンゾウさん?」
三年ぶりに会ったイルカはすっかり大人になっていた。アカデミーの制服も板についている。
だが、その他人行儀な呼び方が気になって首を傾げると、不穏な形相で睨みつけられた。
「上忍呼び捨てに出来るわけないだろ」
心底納得できない。という不機嫌さダダ漏れのイルカは一転子供みたいだ。
「・・・ぷっ」
「笑いやがったな」
「イヤイヤ、大人になったんだなーと思って。でも兄弟も同然じゃないかボクら」
遠まわしに遠慮は必要ないと伝えてみるが、一度損ねた機嫌は簡単には戻らない。
「人の努力を笑うような奴はロクな目に遭わないぞ。今日の夕飯テンゾウの奢りな」
「ボクが?」
「・・・上忍がケチ臭ぇ」
けっ。と鼻で笑う。どちらかと言えば母親に似たイルカだが、こういうところは父親の血だろう。
「冗談だよ。で、何が食べたいんだい」
「肉!」
こういうところは変わらないんだな。とテンゾウはまた声を出して笑った。
「それじゃ母さんたちはまだ」
「おー。たぶん年単位だって言ってた」
遠慮という言葉はテンゾウ以外に使うもの。と割り切っているイルカは滅多に食べられない極上肉に舌鼓を打つ。
「ずいぶん大がかりだね」
「父ちゃんは結構楽しそうだったけどな」
「役柄は?」
肉に集中していたイルカが、その時だけテンゾウを見て笑う。
「大工の棟梁」
「・・・本職にしか見えないな、それ」
「だろ。こんなワイルドセクシーな大工がいてたまるか。とか自画自賛してて笑えたぞ」
その光景が簡単に想像出来て笑いが止まらなくなる。あの髭をセクシーだと思っているのは本人だけだ。
「テンゾウは?」
「招集があれば隊に戻るよ。それまでは待機」
「そっか」
野菜も食べないと。と注意しかけて、イルカはもうとっくに子供じゃないと反省する。
離れている期間が長いからだろうか。会う度に昔の面影を探す癖はそろそろ改めなければ。
「なぁ、テンゾウ」
「なんだい」
「暗部ってやっぱキツイのか?」
唐突な質問に少し戸惑って、けれどイルカに心配させないように、そして嘘をつかないように言葉を選ぶ。
「ボクは他を知らないからね。けど、楽とは言えないかな」
「テンゾウでも?」
「もちろんボクでも」
暗部では上中下の縦割りはあまり関係ない。大きいのは能力だ。
散々悩んだけれど暗部に入って良かったとテンゾウは思っている。優秀な忍とも数多く出会えた。
なにより、待ってくれる人も帰る場所もある自分は幸せなのだと知ることが出来た。
「・・・隊員同士で愚痴ったりとかするのか?」
「珍しいねイルカが暗部に興味持つなんて」
今まで必要以上の質問をされたことがなかったのだから当然の疑問だ。
「別に興味持ったとかじゃねぇけど」
無意味に肉を裏返していたイルカが、視線を合わせないようにしてボソっと呟いた。
「暗部と話したんだよ、ちょっと」
「暗部と?」
咎めるような復唱になったのは自分で気が付いた。
「ボクに関わることで?」
テンゾウとイルカが幼馴染というより、兄弟同然の関係であることは知れ渡っている。
面で隠していても、テンゾウの術は遣い手が特定される。同じ暗部であれば正体を知っていておかしくない。
実際、イルカは小さな時から両親やテンゾウに関わることで不愉快な思いをすることが少なくなかった。
「違うって」
「だけど」
「月見しに行ったら、たまたま怪我した暗部がいたんだよ」
場所は聞かなくてもわかる。それほどまでにイルカとは共通する思い出は多い。
「火影岩に?」
「ああ・・・結構な怪我だったから、テンゾウの友達だったらどうなったかわかるかと思って」
不自然な話だ。火影岩は里の中心部にある。酷い怪我をしていたなら途中の病院に寄るだろう。
「とりあえず、怪我した暗部に近づくのは感心しないな」
「う」
「洗脳されてる可能性もあるし、毒や劇薬を浴びてるかもしれない」
「あんな状態見せられて放っておけるはずないだろ」
まるで自分が痛い。とでも言いたげに顔を歪めたイルカに、それでも言葉を重ねる。
「イルカに何かあったら父さんと母さんがどれだけ悲しむかわかってるんだろうね」
「反対押し切って暗部入りしたテンゾウに言われたくねぇよ」
それを言われると弱い。内勤のイルカよりも暗部に所属してるテンゾウの方がよほど危険度が高いのだから。
苦笑いしたテンゾウを真っ直ぐに見て、イルカが声のトーンを落とした。
「考えたら・・・テンゾウもあんなになるまで戦ってんだよな」
「そう簡単に死なないよ、ボクは」
どこの暗部か知らないがいい迷惑だ。みっともない姿を晒してテンゾウの評価まで下げないで欲しい。
絶対に直接伝えてはくれないが、イルカはこう見えてテンゾウのことを自慢に思ってくれているのだから。
「だいたい弱い暗部なんかとボクを一緒にしないで欲しいな」
「・・・うーん、弱くはねぇよ。つか、かなり強いと思う」
「火影岩で死にかけてたんだろ」
イルカの目は信頼しているが、今回ばかりはどうだろうと思わずにいられない。
大怪我をして一番最初に目指すのが火影岩というのも解せない。
「・・・最期に『もういい』ってどんな人生歩んだら言えるんだろうな」
「もういい?」
「助からないからもういいって、笑ったんだよ。その暗部」
ぽつり。と吐き出された言葉に胸がざわつく。なんだ、と思ったがチャクラは穏やかなままだ。
「俺と大して年も変わらないのに、死にたがってた」
「死にたがってた?」
「あんなに必死で戦ってんのに・・・誰も褒めてくれねぇのかな」
「達成して当然だからね、任務は」
任務を達成するのは当然だという気持ちに嘘はない。けれど、それは里で帰りを待ってくれる人がいるから言えることだ。
帰れば、言葉にしなくても良くやったと、おかえりと迎えてくれる家族がテンゾウにはいる。
そんな家族を持たないで任務をこなしていれば、死んだ方がマシだと思う気持ちがわからないわけではない。
なのに、理由のわからない焦りがテンゾウに、同じ暗部の釜の飯を食う仲間に共感することを拒んでいた。
「冷たいぞテンゾウ、仲間だろ」
む。と口を尖らせたイルカになぜかホッとする。
「そうだね、助かったのかい?」
「んー気を失ったから無理やり医療班呼んだけど、暗部のガードってやっぱり固いよな」
白飯を一気にかっ込むのは父親譲りの悪癖だ。嘘を吐くのが下手なのも。
知りたいのだ。その暗部がどうなったのか。
どこかで鳴る警告音に耳を塞いで、テンゾウは長く深いため息を吐いた。
「・・・どんな暗部だい」
ばっ。と顔を上げたイルカは、なんだか嬉しそうで。
また理由のわからない焦り。じくりと胸の痛みがぶり返した。
「すげえ綺麗な人だった」
「いや、基本素顔は知らないから。ってイルカ、キミその暗部の顔を見たのかい?」
「面が割れてたんだよ。なるべく見ないようにしたけど」
頭を抱えたくなった。弱っている姿と素顔を見られたなんて、口封じに殺されかねない。
その暗部を特定しなければイルカの命に関わる。と本腰入れて身を乗り出す。
「暗部の素顔を見たなんて口外したら消されるからボク以外にはオフレコだよ。それで顔以外に特徴は?」
「特徴?」
「面が何の動物だったとか、あるだろ」
「割れてたし血塗れだったからわかんねぇよ」
だとしたらお手上げだ。暗部は基本自分を特定されないように努めているから面が唯一の識別方法になる。
医療班の記録を調べればなんとかなるだろうか。そう真剣に考え始めた時、イルカが思い出したように呟いた。
「そういえば、髪が」
「髪?」
「銀色だった」
平静を装っていたが、ぐにゃりと視界が歪んだ。
銀髪。それはある特定の一族を指す、そしてその一族で現役暗部はたった一人だ。
そして彼は、今テンゾウのツーマンセルでもある。
「テンゾウ?」
「・・・」
動悸が早い。また心のどこかで警告音。違う、と言い聞かせる。彼であるはずがない。
けれどテンゾウが休暇を貰っているのは、ツーマンセルである彼が負傷して治療中だからだ。
「そんくらいでわかるほど暗部も狭くねぇよな」
「・・・そうだね。すまない」
どうしてだろう。驚くほど自然に嘘をついた自分に驚く。
「なんでお前が謝るんだよ」
イルカはからりと笑った。その顔に誰かを想う色がないことに安心する。
「テンゾウもこのまま死んだ方がいいって思うようになったら降格してもいいから帰って来いよ」
「・・・思わないよ。ボクが死んだらイルカが泣くし」
「まぁ、そうだな」
「・・・」
「なんだよ」
「予想外に素直に肯定されて驚いた」
泣くかバカ。くらいは覚悟していたのに。と白状すると、思いっきり睨みつけられた。
「ムカつく性格になりやがったな、テンゾウ」
「ははは、ゴメンよ」
酔えない酒がいつも以上に苦く感じたが、その理由を探りたいとは思わなかった。
「本気で奢りとか、どんだけ稼いでんだテンゾウ」
「いや、そこは御馳走様だろ」
「御馳走様でした」
「どういたしまして」
ぱちん。と手を合わせてイルカが頭を下げる。
一緒に跳ねた尻尾に、また胸が痛む。
「イルカ」
「ん?」
「・・・さっきの暗部の話だけど、生きてたらどうするんだい」
「どうする、って。どうもしねぇよ」
相手絶対上忍だし、そもそも意識朦朧としてたからこっちの事なんか覚えてないだろうし。
まるで自分に言い聞かせるようなイルカに、伝えようとした言葉を呑みこんだ。
「でもまぁ・・・会えたらいいよな」
どうして。と詰め寄りそうになったのを踏みとどまったのは、背後の空気が変わったからだ。
すうっと気温が下がる。月の光が淡く照らす銀色、無機物にすら見えるのは面のせいだけではない。
「テンゾウ」
数日前まで危篤状態だったとは思えない静かな声。
小さく頷けばそれだけで事足りる。
たん、と足場を蹴った空気の振動にイルカが弾かれるように振り返った。
「悪いねイルカ、行かなくちゃ」
暗部服を覆っていた外套を脱ぎ、面を引き下げる。
「テンゾウっ!」
その腕を、思った以上に強い力で掴まれる。
視線はもう後影もない銀色を追ったまま。
「あの人」
暗部でも特別枠。忍としては尊敬している。
けれど応援してあげられない。
「一生のお願いだ」
嫌だ。そう言えたなら、どんなにいいだろう。
血塗られた戦鬼の一族。陽だまりで育ったイルカがどうして惹かれるのか。
対極だからか。だとしたら彼もきっとイルカに惹かれる。
その光景に耐えろというのか。
「あの人の名前、教えてくれ」
神なんか信じたことはないけれど、その采配はいつだって残酷で容赦がない。
「頼むっ」
その瞳が必死過ぎて。面の下で唇を噛み締めた。
キミの願いならなんだって叶えたい。
だけど。
「テンゾウ」
大切なことはいつも手遅れになってから気づくんだ。
そんなこと、とうにわかっていたはずなのに。
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