+ Self-introduction +

情報処理演習で作った絵 大学1年生のときに、情報処理の授業でホームページを作成する課題がありました。その当時は自分用のパソコンを持っていなくて、プログラムはおろか壁紙の変え方すら分かりませんでした。こんな調子だったので、課題を提出する時点ではほとんど何もできていませんでした。

その後、雨の日とかの空き時間にテニス部の友達と「端末行こまい!」と言ってサイバーメディアセンターにちょくちょく行くようになりました。当時、ホームページを作る授業のなかったテニス部の友達に、ホームページの作り方を教えてあげました。それからテニス部の中でお互いのホームページのことが話のネタにもなって、面白がってときどきホームページをいじっていました。今でも趣味でこのサイトを作っています。


テニスは中学校の頃からやっています。中学校のときはなかなか厳しい先生がいて、練習の後に“フットワーク”というものがありました。とにかくコートをダッシュしたり、ジャンプしたり、変な歩き方をしたりと盛りだくさんの内容でした。この練習はかなり疲れました。さらに、夏休みや祝日などの練習の日には“守東コース”という一周600メートルのコースをタイムを計って2周走りました。4分30秒を切れないと罰ゲームが待っていました。4分30秒を切れても、手を抜いて走ることはできませんでした(^^;。でも、そのおかげでコートの中を速く走れるようになり、体力もつきました。僕が入部する前は先生も加減が分からず(?)、筋肉痛で階段を登ることができなくなってしまった先輩がいたそうです。本当なんでしょうか。

いつも「夢は全国大会だ!」とおっしゃってた中学校の先生は、僕達が卒業してから数年後、ついにその夢を叶えられました。今は新しい学校に赴任されて、硬式テニス部のなかったその学校を一から育て上げ、2004年には全国大会でも一勝を挙げられました。両手打ちはその先生から教わりました。今はどうなのか分かりませんが、先生の教え子は両手打ちが多いです。


僕の行っていた高校は、その当時先生がいなくて、(顧問の先生はいらっしゃましたが、あまり面倒を見てもらえませんでした。)自分達だけで練習していました。クレーコートが3面あって両端が男子、真ん中が女子という練習効率の悪い並びでした。レギュラーとイレギュラーでコートが分けられていて、1番コートはレギュラーの8人だけ、イレギュラーはみんな3番コート。一年生のイレギュラーに至っては部室の裏にあるバレーコートでした。今思えば当時の練習のやり方が良かったのかどうかは疑問です。

レギュラーの先輩達は上手かったです。すごく真面目に練習していて、コート整備では毎日きちんとローラーをかけていました。練習後には自主的にフットワークの練習をしました。先生がいなくても自分達だけで考えて、自分達だけで練習している先輩達はなんだか少し大人に見えました。

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