昭和42年卒業三浦 恒 同期生の氏名と役職坂神国昭 (主将) 壁谷弘高 (副将) 浜口 薫 (副将) 石井忠朗 (マネージャー) 斎藤 昭 鈴木基之 富松 茂 稲熊義樹 竹内富彦 永井 守
部活動での思い出入部した翌日、富本食堂の前で応援団の連中とトラブルを起こし、学内にいた 応援団全員を道場に呼びつけ、2年〜4年は道場内で直立不動、1年は土間で正座させ、上級生は後藤昇次さんと青本さんが、1年生は小生が担当しヤキを入れた。その後応援団とは親しく付合っている。 4年の遠征合宿中、鬼の昇次さんがひょっこり現れイヤな予感がしたが案の定 フリーの時小生を指名して来た。不思議と先輩と言う変な遠慮意識は働かず、男同士の闘いと言う気持ちになれ壮絶な闘いを演じたことを今でも覚えている。 その他語りつくせない程あるが、誌面の都合もあるので終わります。 戦 績
その他イ,大学3年の時のエピソード名古屋地区の他流派の大学へ交換稽古に行こうということになり、ある日突然 鈴木順四郎(主将)が引率者となり、坂神・壁谷・小生の4人で名商大、愛知学院と廻つたがいずれも師範が留守ということで体よく断られてしまった。 両校とも帰り際、タクシー代と食事代という名目で数千円を差し出すので遠慮なく貰いて揚々と引き上げた。(まるで一昔前の道場破りだね) ロ,社会人になって3年目のエピソードある日、杉浦先輩から連絡が入り「和道海からの要請で君にヨーロッパヘ指導員として行って欲しい」という事だった。当時小生もまだ現役バリバリだったし、 早川先輩、坂神をはじめ多くの知人も海外で活躍していた時期でもあったので、何となくやって見たいという気持ちになり、親・兄弟の了承も得、上司の石田さんにも同意を得、最後に当社の社主にお伺いを立てたところ「お前は会社に残れ」鶴の一声であっけなく幕切れとなった。今想えば、もしあの時行っていたら人生がどう変わったのか気になるところである。 |