自 己 紹 介



管理人のプロフィールを紹介しております。




昭和47年4月20日生まれ ・ 血液型 A型

玉葱・ハッカ・ロコソラーレで有名なオホーツク圏の中核都市 北海道北見市 に誕生しました。



幼稚園児の頃

車が大好きで「乗り物」の本や図鑑ばかり見て育ち、ミニカーを集めるのが趣味でした。

当時は父親が卸売市場でトラックの運転手をしていたので、自然とトラックに興味を持ちます。

そんな父は幼稚園が終わる時間によく迎えに来てくれました。そして一緒に配達に付いて回り

大きなハンドルを握る姿と高い車体から見える景色に何だか誇らしい気分になりました。

トラックやバスなど大きな乗り物を自在に操る仕事がしたいと思ったのはこの頃からです。

父が趣味で作っていたプラモデルにも興味が湧き、自分も見様見真似で作りはじめます。



小学生の頃

父が休日に連れて行ってくれた映画 『トラック野郎』 に衝撃的な影響を受けます。

豪華な飾りを付けた電飾いっぱいのトラック! すっかり洗脳され自転車に飾りを付けはじめます。

当時の自転車店にはバックミラーやランプなど、たくさんのアクセサリーも売っていました。

『トラック野郎』のように自分だけの個性的な愛車にしていくのに楽しみを覚えます。

工作用の豆電球をたくさん取り付け、家中の乾電池を使って怒られた事もありました。

プラモデルもたくさん作るようになり、車・飛行機・戦車などを作っては壊しの連続・・・

唯一バイクのプラモデルだけは苦手でしたが、それ以外は難しい帆船などにもチャレンジ。

次第にプラカラーも揃えはじめて本格的にきれいに塗装をするようになっていきます。



中学生の頃

アートトラックの月刊雑誌の発売が始まり、その魅力にますます惹かれていきます。

自転車の飾りもマーカーランプを使って本格的になり、いよいよ『デコチャリ』の世界へ突入。

友人達とデコチャリのクラブも結成し、一時期には何と20名を越える大所帯になります。

たくさんの仲間と走り回ったり、遠くの町までサイクリングに行ったりと楽しい毎日でした。

この頃から国道を走るアートトラックにも興味を持ち、カメラを片手に写真を撮りはじめます。

交差点で待ち伏せしたり卸売市場まで見に行ったりと「カメラ小僧」になっていました。

カメラを向けて手を振るとラッパコールをくれたり、マーカーランプを点灯させてくれたりと

そんな事がすごく嬉しくて、自分も大人になったらそんな運転手になりたいと思っていました。

プラモデルの方はそんな憧れのトラックや実際に走っている車を再現して作るようになります。

荷台に文字を書いたり実車と同じパーツを作ったりしながら仲間達と腕を競い合いました。



高校生の頃

中学校で仲の良かったメンバーそれぞれが別の進路へ進みバラバラになってしまいました。

私は近所の男子校に進学しましたが、高校生活の三年間は大変苦労する事となります・・・

自分の学力では合格できないと言われていた学校に何故かまぐれで合格したのです。

入学したものの授業について行くのが大変でテストは追試ばかり。すっかり勉強嫌いになりました。

学校よりも放課後のアルバイトが楽しくて、早く社会に出て働きたいといつも思っていました。

何とか卒業はできたのですが、正直言って高校時代の楽しかった思い出はありません。



高校卒業後

住み慣れた北海道を離れてまったく知らない土地で一人暮らしをはじめます。

父が仕事の取引でお世話になっていた福島県福島市の食品会社へ就職しました。

会社では先輩や同僚に恵まれて、忙しい仕事も一人暮らしも楽しく過ごしていました。

学生時代に彼女がいなかった私にも、同じ会社の総務部に所属する後輩と交際がスタート。

土地にも会社にも慣れてきて担当品目も与えられ、だんだんと仕事を覚えてきた入社二年目の秋

病気など一度もした事のない母が急病で入院したと家族から知らされます。

病状は極めて悪く回復するまでには長い時間がかかると診断されたのでした。

すっかり元気を無くした父・・・ 病床の母を心配した兄弟からも「帰って来て」と言われ

さんざん悩んだ末に退職願いを提出。北海道の実家へ帰る事を決断しました。

交際中だった彼女とは離れ離れになり、その日から遠距離恋愛がスタートしました。



その後・そして現在

実家に帰るとすぐに現在の会社に入社。(当時は親戚が経営・現在は父が引き継いでいます)

ちょうど高校を卒業したばかりの弟も一緒に入社し、兄弟で同期入社となりました。

当時は仕事の内容も勤務場所も違いましたが、現在はお互いに本社勤務で頑張っています。

入院中だった母は飛躍的に元気になり無事退院。数年ぶりに家族団欒の生活が戻りました。

仕事も落ち着いたところで、交際中だった福島の彼女に恥ずかしながらプロポーズしました。

二年間続いた遠距離恋愛にピリオドを打ち、1994年9月に遠く離れた北海道へ嫁いでくれました。

アパート住まいで新婚生活を送りましたが、長女の誕生を機に実家を二世帯住宅にリフォーム。

平成11年に大好きなトラックを与えてもらい、仕事にも家族にも恵まれた私。自称『北のトラック野郎』です。





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