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2002/8/5 本場の太極拳 早朝6:30に起床し、南門公園に直行!目的は、昨日分(8/4)にもあったように、 「本場の太極拳」を体験することです。 公園に着くと、昨日の親切なおばさん、太極拳を教えてくれることになった初老のおじさん(Sさんとしましょう。)が すでに待っていました。結構待ってもらっていたようで、早速Sさんによる「講義」がはじまりました。 Sさんが教えてくれたのは、24式の太極拳でした。(太極拳については、 こちらのHPを参考にしてください。) この「24」という数字は、最初と最後の深呼吸を除いた運動の数を表しているそうです。 Sさんには、24の動作を一つ一つ丁寧に教えてもらいました。実際に体験してみて思ったことですが、 太極拳とういうのは、拳法とか武術というよりもストレッチに近いものだと感じました。 体のあちこちの筋肉を動かすので、すごく体にいいものだと思います。 動画もあるので[→(4)]、是非見てください。 ちなみに、このSさん。お子さん(娘?息子?)が東京大学に通っているとのことでした。 僕たちが大阪大学の学生であることを伝えたからかどうかは知りませんが、 すごく親切にしてくれました。 時間になりSさんは帰ったのですが、近くで一部始終を見ていた別のおじさん(Tさん)が近寄ってきました。 Tさんも毎朝太極拳をやっているようで、Tさんにも太極拳を教えてもらうことになりました。 基本的な部分は、TさんもSさんと同じだったのですが、Tさんは「動と静」を非常に強調する方で、 かなりマジな太極拳を習うことになってしまいました。 Tさんには、24式太極拳の全ての型の解説まで書いてもらいました。(この太極拳解説書は現在Kがもっています。) Tさんは書道もやってるそうで、「一緒に撮った写真を送ってくれたら、書道の字を送ってあげるよ」と言われたのですが、 僕は結局送っていません。 (1)Sさん 講習中
(2)Sさん 講習中
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(3)Sさん 休憩中
(4)Sさん 講習中[動画]
講師役 Sさん(手前右) 親切なおばさん(奥、橙シャツの女性) 友人K(手前左) ↑ 太極拳動画です。ちょっと重いです。[887KB] 再生すると、音声も出ますのでご注意ください。 (5)Tさん 講習を終え
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西安市内観光 ユースに戻り、いつもの朝食(フルーツヨーグルト)を。朝早くから太極拳をやってきたので、 とてもすがすがしい感じです。 今日は、個人行動で市内観光の日です。行き先は次の場所です。 @小雁塔 A陜西歴史博物館 B大雁塔 観光地としては上の3つだけになりますが、自分の足で西安の街を歩いてみて、西安の裏通りも見ることができました。 その分、ちょっとしたミスもありましたが.... |
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城壁の内と外 西安の街には、街を取り囲むように城壁があります。 この城壁の内側が西安の中心街で、近年急激に都市化が進んでいます。 都市化には常に「歴史的な景観を壊す」という問題がつきまといますが、 街が綺麗になり、治安がよくなるというのも事実です。 (都市化が進みすぎると、逆に治安は悪くなりますが...) 今日の行き先は全て「城壁の外」になるのですが、 確かに「内側」よりも街が汚く、整備も行き届いていないという印象を受けました。 小雁塔へ まずは小雁塔へ。小雁塔は南門から南西方向へ2kmほどの場所にあります。 バスも通っているのですが、街を眺めつつ歩くことにしました。 この地域は、「内側」に比べて道路が汚く、街自体に新しさや活気がないのが一目瞭然です。 上海の駅北側・南側ほどの差はないにしても、都市化に明らかな差があることが見てとれます。 かなり歩き、小雁塔があるブロックまでたどり着いたのですが、入口が見当たりません。 仕方なく、ブロックを一周して入口を探すことにしたのですが、途中スラム街のような場所に迷い込んでしまいました。 家々の窓は割れ、若者がたむろし、し尿の臭いがぷんぷんする場所です。 正直、西安にこんな場所があるとは思いませんでした。 いかにも貧しい格好をした人たちの「町」です。 途中、怪しい男性に声をかけられましたが、「日本人」であることを悟られぬよう、 声を出さずに身振りだけで逃げました。 なんとか脱出に成功し、無事小雁塔に入れました。 どうやら、一度、入口の前を素通りしていたようです(笑) 小雁塔は入場料が10元。塔の上まで上るなら、20元ということだったのですが、 入場だけにしました。 ユースの店員さんに「小雁塔はいいところだ」と聞いていたのですが、 ゆっくりできる、観光客が少ない、景色が綺麗、と三拍子そろった非常にいい場所でした。 塔が建てられたのが707年ということなので、1600年ほど前の建築物ということになります。 小雁塔は、丸みを帯びたその形状から、「女性的な塔」と形容されているようです。 現存の建物ということで、かなり風化・劣化が目立ちましたが、デザインも良く、とても見ごたえがありました。 (1)
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陜西歴史博物館 小雁塔での休憩後、610路バスで陜西歴史博物館(35元)へ。 西安に関わる様々な物品を、各時代ごとにまとめたかなり優れた博物館でした。 秦、三国時代はもちろんのこと、その他の時代についても説明が充実していました。 海外からの来客も多いようで、日本からも多くのツアー客が訪れていました。
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(1)三国時代の弩の一部 「弩」とは銃床のような台のある弓のことで、臂・弓・機の3つの部分からなります。 普通の弓に比べ飛距離や貫通性が非常に優れ、命中率が高いという特性を持ちます。 中国戦国時代(紀元前5世紀)以降、辺境防備の武器として流行し、 三国時代(3世紀)には盛んに使用されたといわれています。 写真は、三国時代、魏で使用されていたもので、「弩」の発射台部分(「機」)です。 |
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魏と邪馬台国の関係は魏志倭人伝でも有名ですが、写真は魏で製作された銅鏡です。 この銅鏡について、博物館の説明文書には「当時の日本に送られた」という記述は残念ながらありませんでした。 しかし、日本でもしばしば発掘される三角縁神獣鏡などと同時代に製造されたものだ思うと、 何か感慨深いものがありました。 |
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三国時代に使用されていた碁の駒とのことです。 三国志でも、しばしば登場人物が碁を打っていることはありますが、 まさかこういうものが使われていたとは思いもしませんでした。 写真では宝石のようにも見えますが、 実際見るとそれほど綺麗わけではありません。 |
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日本史の教科書、資料集にも出てくる古代日本の鋳造貨幣です。 長年、日本最古の鋳造貨幣は、 8世紀初頭に生まれた「和同開珎」とされていました。 しかし、近年、奈良県の飛鳥池遺跡から、 7世紀後半のものと推測される「富本銭」が発見され、話題を呼んでいます。 そういう話はさておき、何故、和同開珎が西安で発掘されたのか? たぶん、日本と交易があったからなんでしょうね〜。 でも、当時の中国で使えたんでしょうか? |
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これはビックリしました。 駒の数に違いがあるものの、現在の将棋と駒の配置が同じです。 王将に位置する駒が「将」となっていたり、 飛車・角に相当する駒があったり。将棋の歴史って長いんですね〜。 |
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大雁塔へ 陜西歴史博物館でゆっくりしすぎたので、あわてて大雁塔へ。 バスに乗るほどの距離もなかったので歩いたのですが、これが良くなかった。 近道と思って入った道で迷い、本日2度目の迷子に。 日頃、道に迷う方ではないし、もともと道に迷うのは好きなのですが、 さすがに暗くなりはじめ、天気も悪くなってくると焦りました。 なんとか大雁塔へたどり着いたのは、閉館間際。 外から写真を撮るにとどまりました。 この大雁塔は、南門の南東6kmほどのところにそびえたつ、64mの塔です。 玄奘三蔵がインドから持ち帰ったサンスクリッド語教典の翻訳と保存を目的として、 648年に建てられたものです。 女性的な小雁塔に対して、 その直線的な形状から「男性的な塔」と言われています。 |
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宿へ、そして夕食 観光が一通り終わり、夕立がきそうな気配もしたので、バスでユースへ帰りました。 案の定、途中ひどい夕立がきましたが、車内なので問題なしです。 このバスが僕の思っていた路線バスでないというトラブルはあったものの、 ユースには無事帰れました。 Kと夕食を一緒に食べに行くという約束をしていたのですが、 結局8時ごろ一人で行くことになりました。 というのも、Kがユースの食堂に入り浸りで、全然相手にしてくれなかったからです。 Kは、「旅とは、観光よりも色々な人と接するためのものだ」と、旅行中常々強調していたので、 店員さんと仲良くなっているのも分からないこともありませんでした。 でも、さすがにあまりにも食堂に張り付きっぱなしだったので、 怪しいな〜とは感じていたのですが、これにはやっぱり裏があったようです。 本人曰く、店員さんの一人に恋をしてしまったようです。(もちろん、女性) そんなことはいざ知らず、ちょっと腹を立てつつ、一人寂しく夕食を食べに行きました。 夕食は、中国で一度は行ってみたいと思っていたケンタッキーへ。 中国では「肯徳基」で「ケンタッキー」になります。 マクドナルドと同じく、他の飲食店よりは値段が若干割高でしたが、 日本と同じで若者が多かったです。 頼んだのは、香脆セット(17.5元)。香脆で「ピリカラ」らしいです。 からあげバーガー、ポテト、コーラのセットで、 少し辛目の味付けである以外、特に日本との違いはありませんでした。 夕食後は、 Kが全然相手にしてくれないので、南門公園に涼みに行きました。 |
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