| ウエッジュウッド | ヘレンド | マイセン | リチャードジノリ |
| アウガルテン | ロイヤルコペンハーゲン | エンズレイ | バカラ |
| ミントン | クリストフル | エルメス | フェッチェンロイター |
英国中部地方に属するストーク・オン・トレント、バーズレムより起った世界屈指の洋食器ブランドです。
ウエッジウッドにはその世界的な成功の礎となる2人の人物がいます。1人は創設者のジョサイア・ウエッジウッド、そしてもう1人が息子のジョサイア2世です。
初
代ジョサイアは『英国陶工の父』と呼ばれています。彼の名を一躍勇名にしたのは、やはりジャスパーウェアの創作を置いて他にありません。今のウエッジウッ
ドのシンボルマークには、Wの文字に「ポートランドの壷」と呼ばれるジャスパーウェアで再現された古代ローマ時代の壷があしらわれています。
ジャ
スパーウェアは繊細な見た目とうらはらに非常に丈夫で、ざらざらした独特の質感を持っています。またキズがつきにくく、使い込むと滑らかな手触りに変化し
てゆくという優れた特徴を持っています。初代ジョサイアはこのジャスパーウェアの完成に、1万回もの試作を重ねたという苦労話は有名です。
父ジョサイアの没後、後を継いだジョサイア2世は当時完成された「ファイン・ボーン・チャイナ」を使用した数々の名作を世に生み出し、ウエッジウッドの名を不動の物としました。日本においても人気の高い、あの「ワイルドストロベリー」が誕生したのもこの頃です。
ウエッジウッドは非常に多数のパターンを生産している事でも有名です。新作のパターンが毎年のように発表されています。
■HEREND(ヘレンド):ハンガリー
”ヘレンド”は村の名前です。ハンガリーの首都ブダペストから120キロも郊外の、オーストリアとの国境に近い小さな村、それがヘレンド村でした。この村に小さな窯が興ったのは1826年の事です。
ヘレンドは当時ハンガリーを支配下に置いていた、オーストリアのハプスブルグ家の厚遇を受けて、国内での地位を高めつつありました。ヘレンド村の草花をモチーフとした精細なタッチの作品が
たぐい稀なるものであったからです。
しかし、その名を一躍世界的に轟かせたのは、第1回万国博覧会(1851年・イギリスにて開催)の場に
おいてでした。
陶磁器の熱心な蒐集家として有名であったヴィクトリア女王の心を捉え、以降西洋の王侯貴族はこぞってヘレンドに注文を出し、貴族の愛するテーブルウェアとして、ヘレンドの名は誰もが知るところとなったのです。
ヘレンドの作品には、シノワズリ(中国趣味)の影響が強く見られる物が多くあります。
代表作の1つ、『インドの華』などは日本の柿右衛門の作風を意識したものですし、『西安の黄』、『マカオ』など東洋人そのものをデザインに取り込んだ作品もあります。また虎や麒麟などを題材としたフィギュリーン(磁器の人形)にも人気があります。
創設当時から現在に至るまで、ヘレンドの製品はハンドペインティングで作られています。
ヘレンドの窯印には交差する筆が盛り込まれていますが、これはハンドペインティングである事の自信と証明に他なりません。
ペインターとしてヘレンドに在籍するには、ヘレンドの養成学校に3年は技術を学ばねばなりません。また学んだものの全てがペインターとなれる訳ではなく、確かな技術を身に付けている僅かの者だけが、ヘレンドの名のもとに筆を使う事を許されるのです。
※インドの華の名の由来は?
もともと西洋の磁器は日本や中国の美しい磁器を真似て作ったことからこの名が付いてます。
当時東洋の白磁は大変な価値があったそうです。
マイセンとヘレンドを比較するとヘレンドの方が、よりオリジナルの絵柄に忠実です。
ちなみにアポニーグリーンはインドの華のポイントをとったもの、アポニー公爵と いう方が急に来賓用のディナ
セットを注文してきたためにヘレンドの代表的なインドの華の図柄をモチーフに作られたものだそうです。
■Meissen(マイセン):ドイツ
西洋で初めて真正磁器の製造に成功したのが、マイセンである事はあまりに有名です。1700年代の中世には、中国や日本からやってくる透き通る白さの器は、ヨーロッパの人々にとっては憧れであっただけでなく、金にも均しい価値を持っていたのです。
金、という言葉とマイセンには深いつながりがあります。ザクセン国アウグスト強王は、若き錬金術師であったフリードリッヒ・ベットガーの建白によって、磁器発明の勅命を下しました。彼がついに磁器を焼成できたのは、1709年の事でした。
莫大な富を生み出すであろう磁器製造の技術の流出を恐れたアウグスト強王は、ベットガーを城に軟禁し、ヨーロッパで唯一の磁器生産国であろうとしました。不幸にもベットガーは酒におぼれ、37歳の若さでこの世を去る事となったのですが、結局は陶工の国外脱出などにより、
白磁の製法の秘密は10年ほどしか保持できませんでした。
マイセンの名声を不動のものとした事を語る際に、絵付師ヘロルトの功績に触れぬ訳にはゆきません。
当時の貴族達の間で流行したシノワズリ(中国趣味)の要素をふんだんに取り入れたヘロルト作品が広く受け入れられ、現在に至るまで高い評価を得る事になります。
ヘロルトの代表的作品にして、日本の柿右衛門に範を求めて作成されたのが『インドの花』です。シノワズリの象徴的作品として、今でも人気のパターンです。日本人の我々にも馴染みやすい逸品です。
ま
た、シノワズリと言えば忘れてならないのが『ブルーオニオン』でしょう。こちらはヘロルトの作ではありませんが、たくさんのコピーが作られるほどの人気を
博したパターンです。マイセンではコピー防止のために、中央の竹の絵柄の中に、マイセンの象徴である青い双剣を描き入れるようになりました。
現在
マイセンは、かつて無かったほどの繁栄の時期を迎えていると言ってよいでしょう。1200人以上の職人達の中でも特に優れた技能を持つ5人のマイスター、
すなわち塑像家のペーター・シュトラング、絵付師のハインツ・ヴェルナー、造形家のルートヴィッヒ・ツェプナー、陶画家のルーディ・シュトレ、フォルク
マール・ブレートシュナイダーによって、極めて芸術性の高い作品が生み出されているためです。
(現在はこの5人のうち、1人しかマイセンに籍を置いていません。)
伝
統的なマイセンの技法を踏襲しつつも、以前までのマイセンには無かったようなシェイプや絵付けによる独創的な作品の数々は、一般市場向けの作品とは別に、
芸術発展という明確な意思を持って創造されているのです。例えば『アラビアンナイト』のプレートを1枚作るのに、1ヶ月もの期間を要するというように、と
ても高度な技術と手間を必要とする作品ばかりなのです。
オリジナルはマイセンです。
数多くのブルーオニオンが出ていますがオリジナルはマイセ ンのもの(1739年)です。ザクロ、桃、竹、菊が描かれているのですが、右のプレートのリム部分のザクロが玉ねぎ(コバルトブルーの)からこの名が付い たと言われています。フチェンロイターやカールスバードなどのプリントのブランドと異なり、手書きのマイセンのものはひとつひとつの絵柄、色合い等が微妙 に違っています。竹の根元とプレートの裏に双剣のマークが入っている。
ブルーフルーテッドと麦わら菊。
ブランドが違うのに絵柄がとっても似ているものが多いです
が、麦わら菊もそのひとつです。Vol.2のインドの華同様、もともとは東洋絵皿の写しです。唐草(繁栄を象徴してるおめでたい文様です)ももともとはマ
イセンで誕生しました。マイセンの麦わら菊は1740年頃に生まれました。2000年に世界限定で復刻され、最近では海外では量産品として発売されており
ます。この他にも、リチャードジノリの手描きで有名なカポデモンテもオリジナルはマイセンです。
■Richard Ginori(リチャード・ジノリ):イタリア
1735年、カルロ・ジノリ公爵がトスカーナに窯を開いたのがジノリ窯の始まりです。地名にちなんでドッチア窯とも呼ばれていました。
今でも製品には、「Manifattura
di Doccia」の刻印が入れられています。
イタリアといえば、ヴェネツィアンガラスに代表されるガラス工芸が有名ですが、カルロ候は当時ドイツなどに遅れをとっていた磁器の焼成に情熱を注いでいました。
みずから研究に勤しみイタリア初の磁器を作り出す事に成功しました。しかし、ジノリの名を世に知らしめたのは次代のロレンツォ・ジノリでした。
原料の磁土の改良により、白さの非常に美しい磁器を完成させたジノリの磁器は
『トスカーナの白い肌』と呼ばれます。
以後もジノリはカポ・ディ・モンテやリチャードなどの優れたデザインを取り込んで、現在知られているリチャード・ジノリとなっています。
ジノリの作品で日本人に最も人気な物が『イタリアン・フルーツ』シリーズです。
白地に鮮やかなブルーとゴールドの縁取りに、プルーンや小花がこれも鮮やかに描かれています。
このイタリアン・フルーツのデザインは、今から240年ほども前の物で、現代の感覚に照らしても、とてもアートでスタイリッシュ、かつ「新しさ」を感じさせます。
リチャード・ジノリの主な作品
『イタリアンフルーツ』
『ベッキオホワイト』
『インペロカメリア』
『アマデウス』など
1718年、ハプスブルク王朝の栄華の中でウィーン磁器工房は誕生しました。アウガルテンの始まりです。
ここは世界で始めてコーヒーカップを磁器で作った窯でもあります。1744年には、女帝マリア・テレジアによって皇室直属の磁器窯に命じられ、その証としてハプスブルク家の盾型紋章を授かるという名誉を手にしました。
以来、"インペリアル
・ウィーン磁器工房 " として全製品の裏側には、この紋章が今でも焼きつけられています。
この頃、繊細な磁器の人形やロココ調の風景画を描いた磁器が盛んに作られました。この時代に誕生した代表的な絵柄のひとつに "マリア・テレジア"
があります。マリア・テレジアの狩猟の館であったアウガルテン宮殿のディナーセットとして、女帝への敬意を込めて贈られたもの。当時、ハンティングのシンボルであった
"もみの木"
の色だけで彩色された優美な花柄は、現在でも高い人気を誇っています。その後もアウガルテンは皇族、貴族のために磁器を焼き続け、金粉を油に溶かして磁器に塗る新しい技法などを次々と生み出し、18世紀後半には
"技術と品質で世界一"
という名声を得たのです。ハプスブルク家の衰退とともに、1864年から一時休窯となったアウガルテンですが、1924年にはウィーンの北にあるアウガルテン宮殿に工房を移し現在に至っています。
今でも、製品のすべてが熟練した職人によって昔ながらの手作りにより製作されているため、生産量は限られています。しかし優しい輝きを放つ絵柄、温かみのある白磁、しっとりなじむフォルムは、一途なこだわりがあるからこそ守られている
"アウガルテンの生命" なのです。
アウガルテンの主な作品
『ウインナーローズ』
『マリアテレジア』
『ビーダーマイヤー』
『プリンツオイゲン』など
■ROYAL COPENHAGEN(ロイヤルコペンハーゲン):デンマーク
デ
ンマークでは磁器の生産に欠かせないカオリン粘土が産出されます。1773年に化学者フランツ・ミュラーにより磁器の製法が確立されると、デンマークでは
国家の一大事業として磁器生産に取り組んできました。現在は民営となっているものの、「ロイヤル」の名を冠するコペンハーゲン窯の誕生です。作品には全て
王冠のマークと3本の波が描かれています。
ロイヤルコペンハーゲンの名を世に知らしめた作
品といえば、『フローラ・ダニカ』と『ブルーフルーテッド』が有名です。『フローラ・ダニカ』はデンマーク王室からロシアの女帝エカテリーナ2世に贈られ
た、1800点にも及ぶ絢爛たる絵付けの磁器です。当時の絵付師バイエルが、図鑑と実物を参考に丹念にスケッチしながら製作したものでした。完成までに5
回も焼入れが必要になるという贅沢な作品です。
もう1つの名作『ブルーフルーテッド』は白地にコペンハーゲンブルーの映える傑作です。柄は全て熟
練のペインターによる手書きで、『ブルーフルーテッド フルレース』のお皿を1枚描くのに、3本の筆を使って1200回も筆を動かさなくてはなりません。
経験を積んだペインターでも、1日に10枚が限度と言われています。
そんな手の込んだ作品ですから、一枚一枚にペインターのサインが入るのも当然と言えるでしょう。
デ
ンマークといえば、かつてはあのバイキングで勇名を馳せた国。街のレストランやパブに入ればにしんの料理やウナギの燻製などの郷土料理が、お酒はカールス
バーグのビールとアクアヴィッツという透明なリキュールをどこのお店でも勧められる事でしょう。あの繊細なコペンハーゲンの食器と豪快なバイキングの文化
がクロスする、非常に興味深い国です。
ロイヤルコペンハーゲンの主な作品
『フローラ・ダニカ』
『ブルーフルーテッド』
『ブルーフラワー』
『クリスマスプレート』など
■AYNSLEY(エインズレイ):イギリス
エインズレイは、スタフォッドシャーの炭鉱経営者であったジョン・エインズレイが1775年に設立したブランドです。日本に紹介されている製品は、プリントを中心としたカジュアルラインがほとんどですが、王族や貴族に収めたハンドメイドの優れた作品も数多く存在します。
同系統のシリーズにも豊富なカラーパターンがあるのが特徴です。
エインズレイの主な作品
『コテージガーデン』
『オーチャードゴールド』
『ペンブロック』など
■Baccarat(バカラ):フランス
バカラの名は、フランスはロレーヌ地方にある村の名前が由来です。バカラ村はガラス製造に適した地理的条件が備わっていた事と同時に、当時深刻な問題だった就業難を解決する手段として、ルイ15世の命によりこの地にガラス工場が創設されました。
バカラの語源が酒神「バッカス」が由来であったというのは、あまり知られていないユニークなエピソードです。
『王者のクリスタル』、尊敬の念を込めてそう呼ばれるバカラのクリスタル。極めて透明度の高いクリスタルガラスとそこに施される繊細なカット技術は、素晴らしい製品となり歴代の王侯貴族に愛用されてきました。
もちろんそれは確かな技術に裏打ちされての事。バカラはMOF(フランス最優秀職人)と呼ばれる名工を44人も輩出しているのです。
またバカラ発展の礎を築いたピエール・A・ゴダール・デマレの「完璧性を維持するのが最も重要」というポリシーが貫かれ、商品として出荷されるまでに多くの製品が厳しいチェックの元に排除されています。
最近はビジューと呼ばれるアクセサリー類や、機能性を追及したワイングラスなどの新作が注目されています。
バカラの主な作品
『アルクール』
『マッセナ』
『ラファイエット』
『ベガ』など
■MINTON(ミントン):イギリス
ミ
ントンは創業者のトーマス、息子のハーバート、甥のコリンの三代の活躍により、世界に冠たる洋食器ブランドとして不動の地位を確立し、1840年には初め
てミントンを訪れたヴィクトリア女王に注文を受けた時に、「世界で最も美しいボーンチャイナ」との評価を売るまでに至ったのです。
ミ
ントンは技術面においても、素晴らしい貢献をしています。金を腐食させる事により模様を浮き彫りにする『アシッド・ゴールド技法』、金を盛り付けて立体的
な造形を可能にした『レイズド・ペイスト・ゴールド技法』、さらには食器装飾最高の発明と謳われる、『パテ・シュール・パテ技法』などが有名です。
世界中の人に最も親しまれているミントンの食器といえば、『ハドンホール』です。
イ
ングランドのハドンホール城のタペストリーにヒントを得て考案されたというハドンホールは、淡い色使い、白地との絶妙のバランスで表現された草花のパター
ン。「ファイフ・シェイプ」と呼ばれる独特の波打ちが特徴のシェイプも手になじみやすく、ミントンの創立200周年を記念して発売された『ハドンホール・
ブルー』もグリーンを基調としたハドンホールと同じくらいに人気を博しています。
ミントンの主な作品
『ハドンホール』
『ハドンホール・ブルー』
『シュルズベリー』
『ハードウィック』など
■Christfle(クリストフル):フランス
クリストフルは、1830年の創業以来の歴史と伝統を誇る貴金属細工商の名門です。
創業から『創意、伝統、良質』という3つの理念をもとに、最上級の製品を作ることだけを考えてきた。
今日、クリストフルが世界に輝かしいまでの名声をとどろかしているもの、この良質な製品を維持しているからです。このクリストフルの全ての製品にある2つの刻印はフランス国家とクリストフル社の責任保証の印です。
世界の王室をはじめ各界の著名人の食卓で使用され、1830年の創業以来、ナポレオン3世をはじめとし、各国の王室やエリーゼ宮等の各国公邸、大使館、プレステージなどを重んじる一流ホテルやレストランの人々に“卓上の芸術品”として愛用されております。
ニッ
ケルシルバーのシルバーカトラリーで、真珠の模様が連なる【パール】、マリーアントワネットの趣味を強調し、リボンをモチーフにした【リュバン】、ルイ
16世の猟場だった有名な森の名前で、ロココ調の華やかなデザインでアカンサスの葉飾りが特長の【マルリー】、エンパイヤ様式で、ナポレオンの愛妃ジョセ
フィーヌの館がある土地の名前の【マルメゾン】が、日本でも有名です。
クリストフルの主なシリーズ
『パール』
『リュバン』
『マルリー』
『マルメゾン』
『アリア』など
■HERMES(エルメス):フランス
エルメスは1837年からの伝統を受け継ぐバッグやスカーフなどの総合ファッションブランドです。
テーブルウェアの歴史は1984年からと、まだ浅いのですが非常に質の高い作品を作り出している事で高い評価を獲得しています。
それは、馬具屋であった創業の頃から続く職人気質な精神のたまものと言えるでしょう。
第1作となった「ピヴォワンヌ」では、あの可憐なエルメスのスカーフさながらのエレガントな世界を、磁器の上で表現する事に成功しました。その後も「トゥカン」、「パッチワーク」、「シューヌ・ダンクル」などの話題作を次々と発表しています。
全ての作品に共通するのは、遊び心がデザインやモチーフの中に生かされている事で、これはエルメス独自の世界を築きあげる上で重要な要素となっているのです。
現在は”Plaisir de la Table”(食卓の歓び)という基本コンセプトのもとで、テーブルウェアの総合的な提案を行っています。
エルメスの主な作品
『トゥカン』
『ピエールドリアン・エ・ドクシダン』
『シューヌ・ダンクル』
『アフリカ』など
■HUTSCHENREUTHER(フッチェンロイター):ドイツ
19世紀初頭のヨーロッパでは、磁器は”白い金”と呼ばれるほど高価な素材でした。
カルル・マグヌス・フッチェンロイターもそんな”白い金”に夢と野望を抱いた青年の一人でした。
彼はバイエルン北東部で磁器の焼成に欠かせない良質のカオリン粘土を発見すると、私設の絵付工房を開いたのが1814年の事でした。これが、フッチェンロイター創業の年とされています。
しかし、窯(磁器工場)としてのフッチェンロイターの出発はそれより8年遅れる1822年。当時王室御用窯であったニンフェンブルグとの競合を怖れたバイエルン王が許可をしなかった為です。
辛抱強い交渉の結果、「最高の陶磁器を作る事」の条件の下、フッチェンロイターは開窯する事ができました。
その後、息子のローレンツがゼルプに2番目となる工場を設立すると、それぞれに発展を遂げました。現在のフッチェンロイターとして合併したのが1969年の事です。
フッ
チェンロイターのテーブルウェアの特徴は、薄く透過性の高い生地です。もちろん磁器ですから、硬質性は損なわれないまま、光に透かせば模様が透けて見える
ほどの見事な器は、またたく間に受け入れられたのでした。特に世界3大ブルーオニオンの1つと言われる伝統柄”ブルーオニオン”は日本でもおなじみです。
フッチェンロイターは、美しい食器にも実用性を重んじるドイツの主婦の要望にも耐えられるような配慮がされています。手頃な価格のパターンには金の装飾を用いず、電子レンジ、食器洗い乾燥機の使用が可能です。
またデザインにも早くからオートクチュール・デザイナーを起用しており、『カブキ』『パピヨン』などの人気パターンを次々と生み出しています。