5月某日、この日は郷里の親しくしてくださっている方が東京に来られたということで開かれた(定例の)飲み会。大人の人たちとの飲み会でなかなか、人生の勉強になった。
 終電がなくなっちゃってどうしようかと思っていると、その人がホテルに泊まるというのでそのホテルに一緒に泊めてもらうことに…。
しかし、ひとりでチェックインしていたのにそこに2人いるというのはまずい話。風呂に湯を入れる音や声が大きかったせいか、電話が鳴り、係りの人がやってくるということに。風呂に入っていた僕は慌てて風呂から上がり、私がちょっと外を散歩してほとぼりが冷めた頃に帰ってくるという綿密な計画をたてる。30分後に帰ってきますと言い残して私は池袋の夜の闇にまぎれていった。


 はじめは池袋の街を歩いてみてみるのもいいかなとも思ったが、時既に午前2時40分。遠くでパトカーのサイレンの音が聞こえる。「遠くに行くとよくないな」と思い、ホテルの裏の路地にあったファミレス、Denny'sに入って時間をつぶすことにした。  慌てて持ってきた荷物らしい荷物は財布、携帯電話、そして和辻哲郎の「風土」とマックス=ヴェーバーの理論書であった。ホテルの部屋にカバンを置いてきてしまったが、これだけあれば退屈はしなかった。「黄色いハーブティー」を飲みながら「風土」を読む。こんな夜更けにDenny'sでこんな本読んでるとちょっと賢くなった気分だ。
 時間が来た。「そろそろだな・・・」Denny'sを後にして私はホテルへと戻る。その人の泊まっているのは9階である。しかし、エレベーターはフロントのある4階に必ず停まる仕組みである。4階でエレベーターのドアが開いたとき従業員に見つからないようにエレベーターの死角に隠れながら「閉」のボタンを押し続けた。
 部屋の前に着いた。ドアを慎重にノックする。反応はない。「若しかして従業員だと思っているのかも・・・」そう思い小声で声をかけた。反応はない。電話を鳴らせば気がつくだろうかと思い、かけた。ドアの向こうからブーンブーンと携帯電話のヴァイブの音が聞こえる。しばらく鳴らしても反応はない。
「まさか・・・!!」

ドアに耳を当てた。

すぴー・・・すぴー・・すっ・すぴー・・・すぴー



・・・。締め出されてしまった。その人は中で寝ている。私は慌てた。再度ノックをして声をかけた。無駄だった。中にカバンを置いてきてしまったので朝が来るまで、もう、どうしようもない。
 私は、夢の中へ行ってしまったその人に「ファミレスで寝るので心配しないでください」とメールで告げ、再びホテルの外に出た。同じファミレスにいこうとしたがやめた。まだ夜は長かった。
 池袋の街の夜は明るい。しかしそれは決して華やかなものではなく風俗店とネズミとゴミのあふれる大通りと裏道である。それは私にとって未踏の世界だった。何かに期待するように、私の踵は街の闇の中へ再び向いていった。


 池袋東口には風俗店が多い。さすがに中にまでは入らなかったが…客引きには何度か声を掛けられた。アジア系の女性。「オニーサン、チョット一緒ニ来ナイ?キモチイーヨォー。」「お金ないから。また今度ね。」「ウソ。お金アルアル!」「ほんとにないんだって。ほら!」財布の中を見せる。千円札すらない。即座について来なくなった。 その後こんな感じのやり取りを何回かして、あてもなく道を歩く。ソフトボール2個分くらいの太ったネズミが前を横切った。渋谷にもいたが町にはネズミが多い。ゴミをあさっているのである。
 しばらく歩くと今度は公園が見えてきた。ベンチはない。人がたむろしないようになっていた。ここで読書をする気にはなれなかった。
工事中の道を通り抜け、24時間営業のドンキホーテが見えてきた。1時間ほど歩いていたので体中にアセトアルデヒドが回り倦怠感が増してくる。ドンキの中でちょっと気分を変えようと思った。さすがに何でもある。2階には18歳未満禁止の商品やコスプレ商品など。堂々と売っていた。階段を下りるとき女の人二人組みがいた。眠気が増してきていて体中が疲労してきていた。さらにまだちょっと酔いもあったのだろう。「すいません。あなたが今日泊まる宿に、僕を泊めてもらえませんか」と聞いてみたかったがさすがに出来なかった。
 ドンキを出るとそろそろ眠気も限界だ。通りを一つ渡ってさっきのDenny'sへ戻る。今度は別の種類のハーブティーを注文するが、それが来てすぐテーブルに顔をうずめた。寝心地は最悪だ。そういう作りになっているのだろうか。イスは固く、テーブルとの距離は狭い。窮屈な姿勢で眠るとも起きるともつかない意識混濁のまま、目を瞑っていた。
 それでもしばらくは眠ったのだろうか。意識が戻ると、窓から見える池袋は明るくなってきていた。時刻は5時数分。街の朝は早い。さっきまで静寂を守っていた通りには、すでに人がぽつぽつ歩き始めていた。さっきまでの暗闇にネオンだけが輝く街の風景がまるで幻想のようだ。
 ポットで来ていたハーブティーをカップに注ぎ飲んでみるとまだ暖かかった。この一杯が私にとって、さっきまでの世界が夢でないと証明する論拠であった。もう少し寝ようとすると店員に起こされた。テーブルと間仕切りを隔てて女の子2人がコスプレの話で盛り上がっていた。インテリアの鏡から一方の顔がのぞく。街ならどこにでもいる18〜9の少女だった。顔は茶色く髪は黒い。ショートヘヤーでマスカラがきつめ。
 腹が減ってきたのでフレンチトーストを頼み、ハーブティーを飲みながら再び「風土」の牧場の項を読む。優雅な気分だ。女の子2人は男の裸のビデオの話をしている。

 時間が来た。7時だ。もういいだろう。もう起きてもらおう。そう思ってこの朋友Denny'sを後にしホテルへ向かう。9階の例の部屋に向かうとドアが少し開けられていた。ノックをして入ると、その部屋の借主は安心したように触っていた携帯電話を床に落とした。「おはようございます。フフフ」二人とも自然と笑が漏れた。お互いに気分はスケルツォだ。「また来たときにはお願いします」と挨拶をし、私は池袋駅に向かった。今日の天気は晴れのようだ。日差しが強く照ってきた。 (おわり)