いよいよヨーロッパへ
6月9日
いよいよ今日から世界一周の旅の後半部分出発です。今回の旅はロンドン、バルセロナ、スイス、ヘルシンキ、アイスランド、バンコク、香港という旅程です。
しかし、昨日は思いがけないハプニングが。
朝の4時40分頃、スマホの電話がなる音で目を覚ましました。番号非通知でかかってきていましたが、こんな時刻の電話だったので取りました。JALさんからでした。
同行者のニューヨークからロンドンに向かうブリティッシュエアウェイズの便が欠航になったとの連絡でした。
明日のことでした。旅のスタート部分なのに、こんなに切羽詰まった時になっての連絡。思い返してみると数日前に番号非通知の着信が入っていました。この連絡だったのでしょう。
代替え案として、九時間早い便を提案されました。ニューヨークでの乗り継ぎが1時間50分しかないけど大丈夫かを調べてもらうと、ダメだということが判明。ターミナル移動があるせいで再度出国審査からしないといけないので、無理だったようです。この便に乗るためには成田発ではなく羽田発10時40分に変更したらいいとのこと。
しかしそれではニューヨークで10時間以上の乗り継ぎ時間があることに。そこで、ワンワールドの加盟航空会社でもっとよいロンドン行きはないのかと尋ねたのですが、ないとのこと。
しかし長崎からの便は12時が到着時刻なのでそれを早めないと間に合いません。
羽田着が9時25分というのがあるが、それで乗り継ぎは良いか尋ねると、それはOKとのこと。しかし、1席しか空いてないということなので、とりあえず友人の分を確保してもらうことに。
長崎と羽田の区間は世界一周航空券とは別枠で有料で取ったものなので、キャンセルして新たに取るとなればいったいいくらになるのか調べてみると、安い運賃の2倍以上の30900円。なんとか無料で変更ができないか調べてもらうことに。
JALさんも今回は私たちの自己都合でなく欠航によるものなので、無料で変更できないか調べるとのこと。
ここまでで40分以上かかりました。待っている間に、固定電話で同行者に電話。有料になった場合は安くするために貯まったマイルを使って行けるかを確認。
そうこうしているうちにJALさんからの返事が。先程は別便はないと言ったが、アメリカン航空でロンドンに行く便に空きがあったとのこと。こちらは最初に予約をしていたものより、30分早くなるだけということで好都合。早速そちらに変更してもらい一件落着。
と思いきや、聞いた予約番号でEチケットを印刷してみたら、フライト詳細ではアメリカンになっているのに、出てきたチケットはブリティッシュエアウェイズのままで変更されていない。そのせいか座席指定もできない。後4席しか残ってないのに。
電話して聞いてみても9時からの受付ということで、自動音声が流れるだけ。
9時を待って電話したら、削除すべき部分がなされてなかったとのこと。電話しながらパソコン操作をしていたら、ちゃんとアメリカン航空に変更されたEチケットが出てきて、無事に座席指定も完了。
ほっとしました。
今回、私は今日は羽田泊まりで明日朝早くに直接ロンドンに向かいます。
同行者とはロンドンの空港で待ち合わせです。到着時刻が30分早くなったせいで、2時間30分待ってもらうことに。幸い出口のすぐ前にカフェがあることが分かったので、そこで待ってもらうことにしています。
私は節約のためにためたマイルが使えるところはマイルで飛ぶことでコース取りをしているので、唯一ここのロンドンに向かう時だけが別行動なのです。
その部分が前日になって変更になるというハプニング❗️
何が起きるかわからない旅のスタートになりました。
こわごわで出発した中南米の時と違って、少し油断していた部分がありました。気を引き締めて旅を楽しんできます‼️
6月10日
おはようございます🎵
またショックなことが起きました!
今朝は5時30分前には空港に到着。
今回はJAL便が取れず、ブリティッシュエアウェイズの便です。
8時50分の出発予定でした。ところが掲示板に遅延のため13時40分発に変更と出ていました。
受付カウンターには誰もいないので、JALの窓口付近の人に尋ねると、6時からオープンだとか。
10分以上遅れてカウンターは開いたものの、JAL便やら他の便はすべて満席で変更できないとのこと。待つしかないことになりました。
同行者とは昨日彼女がまだ成田空港にいる時間帯に何度もラインやら電話やらしているのに反応がありませんでした。
彼女の航空会社が変わったので、到着するターミナルが変わっていたので、移動方法を教えていたのです。
今は勿論飛行機の中なので、連絡は取れません。
自力でホテルまで行ってもらうため、行き方を詳しく書いたのですが、どうなることやら。今回は出だしから大変なこと続きです。
2500円分の食事券をもらったので、ラウンジでなく飛行機が眺められるところで寿司を食べてきました。しめて2480円。
上手な注文の仕方でした。
どうなることやらの心境です。後6時間近く羽田にいるはめに。
ロンドン到着
友人と連絡がとれないまま、出発時刻の13時40分に。
友人が一人でホテルに行けるように行き方の詳細をラインで送り、既読にはなっていました。多分ニューヨークの空港でで読んだのでしょう。しかし、返信はないまま。
乗り込んだものの具合が悪くなった人が降りたと言うことで、荷物を下ろすために更に40分の遅れ。午後2時20分の離陸でした。
飛行機に乗り込んだらまたまた気落ちすることが。調べているとき、そういう情報をみたものの、自分が乗るのがまさにそのタイプの機種とは。
ビジネスクラスと言うのに、窓際の人は通路側の人を跨ぎ越して行くタイプなのです。しかも窓際は進行方向の後ろ向き。初めてのことです。隣の人とは対面する配置で、途中にはパーテーションがあるものの、食事の提供が終わるまでは降りたまま。知らない人の隣は少し気まずいもの。収納性も悪く、この飛行機はお薦めできません。
しかし2回目の食事が終わった頃に、入国審査のfastレーンのカードを貰いました。そのお陰で、予定通り17時45分に着陸した後、ほとんど待つことなく空港を出て、ポンドを少しおろし、地下鉄などに使えるオイスターカードを作って、18時30分の地下鉄に乗り込むことができました。勿論カフェに友人の姿はないことを確認して。目的の駅まで30数分。ホテルまでの徒歩6、7分というのが一番心配でしたが、迷うことなく無事にホテルにたどり着くことができました。まだ19時30分ちょっと前。着陸から2時間かからずホテルに着けたのは、すごくスムーズでした。南米では空港を出るだけのために2時間かかるのはしょっちゅうでしたから。
ホテルには友人も着いていました。
色々ありましたが終わりよしでした。
日没は9時半頃だろうに10時過ぎまで薄明かりがありました。朝は4時前には明るくなり始めます。
今日はバッキンガム宮殿等をみて回ります。
ホテル近くは同じような造りと高さの建物が並び、半地下が全てにありました。
6月11日街歩き
4時前から起き、7時からの朝食会場へ。半地下の部分が食堂になっていました。そこでもう6泊位と言われたシニアのご夫妻に遭遇。2度目なので、主に郊外を巡っているとのこと。
8時にはホテルを出て地下鉄で一本で行けるウエストミンスター駅を目指します。2路線使える駅なので掲示板をしっかり確認して、乗車。ビクトリア駅までは順調に行ってたのに、その後いくつか行くうちに、全員乗り換えとか。えーと思いながら、向かいの電車に乗り込んだら、車内で表図される駅が期待するものと違うみたい。あれこれ言ってると隣の人が違う路線なので次で降りて乗り換えるようにと、教えてくれました。
とりあえず降りて、教えられたと思った電車に乗ったものの、それも違っているようで、再度降りて乗り換え。予定していたラインとは違ったものの、無事に目的地に到着。
すぐそばには国会議事堂や有名な時計台のビックベンが。あるはずでしたが、あいにく改築中で回りを囲まれていて時計は見えず。至るところに機関銃を持った警察官が警備していました。道路沿いには車の侵入防止か分厚いフェンスが並んでいました。
気を取り直して、ウエストミンスター寺院へ向かいます。まだ開場の9時には少し時間があるのに、入り口付近からすでに長蛇の列です。入場料を聞いてみると22ポンドと3000円もするので、遠巻きに眺めて、次の目的地に向かいます。
ホースガードに向かっていたら、長い列ができているところが。よく見るとチャーチル戦争記念館のようです。そこを通りすぎるとホースガードです。広場の回りにはサッカー観戦するような座席が造られていました。騎馬兵の交代式を見るためのものかな?と思いつつ、兵士が行進するというマールという道路をバッキンガム宮殿に向かいます。そこにはもう一杯の人が集まっていました。ちょっと高い位置に陣取り交代式が始まるのを待ちます。足並み揃えて歩いて来る兵士、馬に乗って来る兵士、楽団と共に行進してくる兵士など時間をおいて一時間ほどかけて交代のセレモニーが行われました。しかし、どの人達が新たに勤務につく人たちで、どこから入っていくのかは、全体を見渡せる所からだったのに、分からずじまい。でもまあしっかり見たのでよしとしましょう。
しかし動画を撮りすぎて、スマホの電池が10%に。友人の充電池で充電しながら行ったものの、その後はあまり写真取れず。動画はほどほどにしないとと反省。
その後明日のツアーの集合場所のビクトリア駅を確認しに歩きました。この時点でもう一万歩。そこで昼食休憩もして元来た道を戻り、トラファルガー広場に。ネルソン提督、ライオン像をみて、地下鉄でロンドン塔と橋へ。
今度は一発で目的地に到着。
想像以上に大きいロンドン塔を外から眺め、タワーブリッジへ。シニア料金の設定もあり、上を渡ってみることに。
高い橋につきもののガラス張りの床にも帰りにはようやく乗ってみました。
テムズ川の両岸には形がユニークな近代的な高層ビルが並んでいました。
今日は朝も早かったのでここで帰路につきました。二万歩近く歩き回って、ホテルに戻ったらダウンして、少し昼寝してしまいました。
明日はストーンヘンジとかを回るツアーに参加します。
6月12日ストーンヘンジへ
今日もやってしまう所でした。
朝食もそこそこに、集合場所のビクトリア駅へ行くため、地下鉄駅へ。
路線を1、2番ホームと確認して降り、やって来た列車に路線名は確認して乗車。すわって電光掲示板を見ると、方向が違う。急いで降り、向かいのホームに並んでいる人にこちらでいいことを確認。
危ない、危ない。乗る前に確認しなくては。目的の列車がどちらのホームに入ってくるのか、いまいち分からず。ホームの上に小さな掲示板があるようだが、探して、見ているまもなく列車が来るので、つい乗ってしまうのが失敗の原因。
集合時間の10分前には無事に到着。11名でのツアーでした。バス乗り場へ移動。
8時の出発なのになかなかバスが来ない。渋滞のせいらしい。
この日は前日とはうって変わって、寒い。前日が暑かったので、薄手の上下に変えてきていたので、待っている間が辛い。結局30分遅れでバスが来て、出発。
北海道のようなゆるやかな牧草地が広がる様を眺めながら、2時間かかってストーンヘンジに到着。そこが又寒い。風もあるし。ビジターセンターから遺跡があるところまでは、シャトルバスに乗って5、6分だが、観光客が長蛇の列。3台目のばすにようやく乗り込むまで、厚手の上着にすべきだったと大いに後悔。
体を暖めるためにも急ぎ足で回ります。借りたイヤホーンガイドの説明は長く、最後まで聞いてはいられません。巨石がΠの字に組み立てられたまま残っている場所も幾つかはあり、サークル状に設置されていたのもしっかりわかりました。5000年以上も前に造られたことは分かっているそうですが、何の目的でという部分は今も諸説あるということでした。イースター島のモアイ像はその目的も分かってきたのとは、対照的です。パワースポットであったらしいということも言われたので、触れる場所ではしっかり巨石に触り、祈念してきました。
1時間30分あった見学時間もバスを待ったり、その往復で思いの外時間をとられ、見学は本当に駆け足でした。ビジターセンター内の見学も急ぎ足でバスへ戻ります。このような一般のツアーでは時間の縛りがあるのが辛いところです。
次はバースヘ。
6月12日バース、レイコック
ここでは、有名な公衆浴場ではなく、ジョージアン様式と言われる長屋のように続いた建物が長く連なったり、半月状にカーブした所が有名な場所にまず向かいました。
今回宿泊したホテルもこの様式で造られたものでした。
時間が限られているので、美味しいところは最後です。
その途中でジェーンオースティンが5年ほど居たということで、記念館ができていたので、チェック。小説を読んでいたので、興味深かったのです。
2000年ほど前に進軍したローマ人が築いたというローマンバスは、今で言う岩盤浴やらサウナにスパ施設もあった大きな浴場でした。浴場はいくつもあったようですが、その一つに水をはってありました。
世界遺産ということもあって、ストーンヘンジ同様ここも大にぎわいでした。
集合時間に間に合うように、ここでも駆け足での見学でした。
最後はレイコックです。コッツウオルズと言われるイギリスの田舎のたたずまいが残る地方の一つです。ガイドさん曰く、お金持ちは田舎に本宅を持ち、ロンドンは仕事の為のセカンドハウスの位置付けだとか。英国の人たちは田舎が大好きなのだそうです。
ここはハリー・ポッターの映画の撮影に使われた場所がいくつもあり、人気なのだそうです。私は本を読んだことも映画を見たこともないので、ふーんという感じですが、帰りの機内では映画を観てみることにします。
ここは小さな村だったので、のんびり散策することができました。
ロンドンに帰り着いたのは19時半。ホテルには20時頃帰宅。この日もバタンキューでした。
6月13日大英博物館、ミュージカル
同宿の79、5歳と77歳の千葉からの御夫妻と朝食会場で一時間以上も歓談。8時からランドリーがオープンだというのに時間を忘れていました。
ネットで調べたランドリーに行くと、夕方に取りに行くことでもいいそうで、お願いして、予定通り大英博物館へ。ちょうどオープンの10時前に着くことができました。入場は無料なのですが、入り口付近の至るところに5ポンドの寄付をというボックスが設置されていたので、寄付。12時過ぎまでを目指して見て回りました。エジプトの遺跡の一部が大きな面積を占めて展示されていました。本物のモアイ像も一体。2メートル程と小さいものの前も後ろの彫刻もしっかり残っていて、保存状態はとても良いものでした。
あいにく最上階にある日本のコーナーは今年の9月まではクローズされていました。駆け足ながら、見落としがないように見て回って、12時半。
ミュージカルがあるピカデリーサーカス駅へ向かいます。まずチケットの引き換えをして、13時。開場は14時ということでゆっくり寿司ショップで昼食を食べて、近くを散策。中華街があり、中食がぴったりの美味しそうなものを発見。帰りに買って帰ることに。
ミュージカルはレミゼラブル。これも本を読んでいたので、ぜひロンドンで観たいと思って予約したものでした。全部曲にのせて台詞が語られ、聞きなれた曲もあり、感動ものでした。会場はニューヨークと比べると小さかったものの、五列目でもすごく近い感じでした。
コセット役を黒人系の人が演じていて、多民族で他の民族の人たちの受け入れに寛容な部分を見た思いでした。
この10年で100万人が増え、そのほとんどが外国からの人だと前日のガイドさんが言っていました。
全てのスケジュールを天気にも恵まれて予定通り終えることができました。
明日はスペインのバルセロナへ向かいます。
6月14日サグラダファミリア
朝5時半にはホテルを出て空港へ。昨日の帰りはラッシュアワーにかかって、車内では身動きできない状態。朝は3時半、
4時半起きが続いており、当初の予定は6時出発だったものの、30分も早くに出発できました。こんな時間にも関わらず、空港行きはけっこうな混み具合。しかし、空港へ入るとチェックインも出国審査もスムーズ。2時間ちょっとのフライトでバルセロナへ。バスとタクシーを乗り継ぎ2時頃にはホテル到着。すぐに部屋にも入れてラッキー。
あいにく部屋からはサグラダファミリアは見えない部屋となったものの、フルキッチン、ベランダ付き、2ベッドルームの部屋でゆっくりできます。
早速食材を買いに出ると、数歩でサグラダファミリアの先の方が見えました。スーパーまで2.30歩。便利な立地です。
夕方サグラダファミリアの回りを一周してみました。
感動ものでした。入場は明日の9時半の予約。楽しみです。
6月15日サグラダファミリア入場
一番行きたかったサグラダファミリアは午前9時半入場、エレベーターは9時45分の部に予約していました。しかし朝早くだと周りに人も少なく太陽の当たり具合も良いので、朝食後外観を見に出かけました。予想通り逆さサグラダファミリアが見える池の所には1人先客がいるだけ。色んなアングルから写真撮り放題です。出店がぼちぼち店開きを始める頃に一旦戻り、休憩。9時頃出向き、隣接のショップで下見。ここに入るのもセキュリティチェックがありました。
9時15分には入れてくれました。オーディオガイドを借り、入り口付近の説明を聞きます。
エレベーター前には荷物預けのロッカーがあり、1ユーロ必要との表示。しかし10ユーロ紙幣しか持ち合わせがないことを入場の係の人に言うと、何かトランシーバーで連絡をしていましたが、荷物を持ったまま入れてくれました。6人を乗せて上へ。着いた所から更に階段を登ります。階段は人が1人通るのがやっとです。所々壁に穴があいているものの、高い所が苦手な私は余り見ることができません。しかし頂上付近では思いきって見てみると、市内が一望できました。
ぐるぐると回りながら降りていくので、見える場所も変わり、下から眺めていた建物の装飾も間近に見ることができます。横道に行ってまた上ったり、降りたり、十分上からの眺めや内部構造を楽しみました。
下では様々な色のステンドグラスや奇抜な柱や天井を時々ベンチで休憩しながら堪能しました。併設されているミュージアムも見て、12時半過ぎに出ました。
一旦ホテルに戻って昼食を食べて休憩し、夕方にグエル公園に行きました。天気が心配なこともあり、予約していなかったら、次の入場は1時間後とのこと。待ち時間を利用して、周囲にあるフリーゾーンを見て回ることに。そこにもいくつもの構造物があったものの、広い❗️30分も回ったら疲れて、行き着いた入場口近くのベンチで待ちました。
19時半入場だったので、中に入ったらそこまで人は多くなく1時間もしないうちに、人気の場所も人がちらほら状態に。残念なことに有名なベンチ部分が半分工事中でしたが、眺めが良いところで写真もとることができました。
夕方行くこともあるかと、この日の日没時刻は調べずみ。21時半ごろです。21時にはホテルに帰り着き、22時からサグラダファミリアのライトアップされた様子を見に行きました。
中にも明かりがあったお陰で、素敵なステンドグラスの輝きを外から見ることができました。夜ならではの光景です。
今日は早朝、入場、ライトアップとサグラダファミリアを大満喫した1日となりました。
明日はガウディをはじめとした建築家たちによるモデルニスム建築群をみて回ります。
6月16日カサバトリョ
今日はガウディの他の建築等をみて回ります。まずはミラ邸を見るはずが通りすぎてしまって、バトリョ邸へ。混んではいなかったものの、ネットで事前購入はしていなかったので、シニア料金でも25、5ユーロと高い。しかしここのオーディオガイドは音声と共に当時の様子を再現した映像も映る最新のもの。
建物は曲線が至るところに使われていて独特なもの。昨日のグエル公園のように、きれいなタイルがあちこちに使われています。
その後は隣のアマトリエール邸、リエオイモレラ邸等をみて、カタルーニャ広場へ。そこではちょうどカタルーニャの独立を目指す人たちが集会を開催中。ロンドンで見たレミゼラブルの市民軍が歌う劇中歌が合唱されていました。
そこからカタルーニャ音楽堂に行き、ゴシック地区へ。建物の様式ががらりと変わります。
市役所もこの地区にあり、結婚式が終わったばかりのようで、花吹雪がたくさん散らばっており、白いドレス姿や黒いタキシード姿の人がいます。
その後大きな市場に向かい、バルセロナの台所をのぞき、中のレストランでパエリヤを食べてみました。
再度古代ローマの壁を見にゴシック地区へ行き、見損なったミラ邸を見るため、もと来た道を戻ります。
特徴的な屋上の煙突等がよく見えるベンチで一休みしながら、写真を撮っていると!
続きは帰ってからお話しします。
6月17日モンジュイックの丘
バルセロナ最終日はモンジュイックの丘行きです。地下鉄、フニクラというケーブルカー、ロープウェイを乗り継いでまずは一番高い場所にあるお城へ。市内を一望と言われていたのに、少し霞がかかったようですっきりしません。歩いてオリンピックスタジアム等があるところを通り、スペイン村へ。狭い通路をあちこち通りながら見て歩きます。昼食休憩では、パエリヤを含むセットメニューを注文。昨日のよりお米が柔らかく、私好み。ここの村自体は、今日は3ヶ所も大きな所がクローズされていて入場料金は半額の7ユーロになっていたものの、ショップばかりで余り見るところもなし。
次は地下鉄3本乗り継いで、サンパウ病院へ。地下鉄駅を上がったら、現在の病院内。その隣が2009年まで病院として使われていたという世界遺産のサンパウ病院。ガウディの師匠の作。広大な敷地に幾つもの建物。その角に立つと5差路の一本がサグラダファミリアに真っ直ぐに続いています。その道は車は通らず、カフェテラスがたくさん。多くの人が食べたり飲んだり、くつろいでいます。
ここバルセロナでは、ガウディの作品をはじめとした特徴的な建築物をたくさん見ることができました。
明日はスイスへの移動日です。荷物の重量制限が心配です。
6月18日スイスへ Uber
5時起きで準備。朝食を食べ、列車の中で食べる弁当も準備。6時10分過ぎには準備が整ったので、Uberを呼ぶ。14分もかかるそうだが、6.6ユーロと安い。玄関前で待っていたら、ここで問題発生。
乗ってもいないのに、領収書が送られてきて、ドライバーに評価をとメールが来た!そんなバカな⁉️
すぐにタクシーを拾ってバス乗り場へ。対応をしたいのに、運転手は空港まで行かないかとセールスしてくる。英語と翻訳機を駆使して、もうバスを予約していると断る。
スクリーンショットで記録しようとするも、車の番号なども書かれた最初の依頼で呼んでいる場面は出てこず。あれこれしているうちにバス停に。バス内はWi-Fiが使えるので、メールに返信してみた。娘にもライン。するとUberの履歴から連絡出きそうなことがわかり、車に乗ってないのに領収書が届いたことを書いて送信。どうなることやら。Uberにこんな落とし穴があるとは。便利に使っていたのに。タクシー代はチップも入れて12ドル。半額近くで行けるのに。何とか対応してくれますように。
カード会社にここへの引き落としを拒否してもらうように依頼すれば実質的な被害はなさそう。でも国際電話代が❗️
今日は18日だから引き落としは8月。帰ってからでも間に合いそう🎵
スイスのグリンデルワルトのホテルに到着。Wi-Fiを入れてみると、Uberから返金するとメールが入っていた。良かった。

6月19日グリンデルワルト
グリンデルワルトはアイガー、メンヒ、ユングフラウの4000メートル級の山々の観光の拠点となる町の一つです。駅前には日本人の人が対応してくれる観光案内所があり、宿泊先はその隣です。列車の切符が半額になるチケットは購入済みでしたが、目的地までの切符と色々ある展望台まであがる登山鉄道やロープウェイの切符は別途購入の必要があります。
観光案内所で三日間様々な乗り物に乗れるパスの購入を勧められ、個々で買う煩わしさがないので購入。しかし、ユングフラウヨッホという最高峰の展望施設に行くには更に料金がかかります。アイガーやメンヒの山の中にトンネルを掘って、ユングフラウが見える展望台まで行く列車なので仕方ない部分もあります。
1896年に手作業による工事が始まったというのですからすごいです。1912年には標高3454メートルに鉄道駅が完成。今では3571メートルの所にあるスフィンクス展望台を始め、様々な施設が作られています。アレッチ氷河に出た所には色々なアクティビティが体験できるようになっています。
快晴で風もなく雪の上でもポカポカで、椅子に座って持参したおにぎりなどの昼食をとりました。下にはロープで体を結び、雪山登山に向かう人たちも見えました。
ここでのユングフラウ等の眺めをゆっくり楽しんだ後は、一駅降りたところから下りながらのハイキングです。たくさんの高山植物が今を盛りと咲いていました。前回は夏休みに来たので、花はもう終わりごろで余り見られなかったので、今回はちょうどよくてラッキーでした。青空とくっきりした山肌、所々にまだ雪も残っています。
一駅分ピクニックをして降りたら、そのままもとの駅に戻らず、メンリッヘンに行ってロープウェイで戻って来るといいですよと観光案内所でアドバイスをもらっていたので、別な日にと思っていたのを変更してこの日に行くことに。最短ルートはまだ通れないということで、別な列車を使うルートを教えてもらっていたのに、ぐるっと歩くルートと勘違いして歩いていました。徒歩15分と標識に出ていたと思ったので、歩き始めたものの、一向に着かない。近くを歩いていた台湾のグループの人たちは引き返してしまいました。
その後少し歩いた所で降りてきた人に聞くと、まだ登りで2キロはあるとのことで、諦めて戻って、列車で行くことに。
そこで初めて観光案内所の人はこの列車を利用するルートを教えてくれていたことに気づいたものの、後の祭り。30分以上は歩いていました。標識には1std15minとあったのに、ただの15分と思ってしまったのです。1時間と15分の意味だったようです。言葉が分からないと不便なものです。
列車でウェンゲンへ行き、ゴンドラでメンリッヘンに。少し歩いてヨーロッパ最長というロープウェイでグルントヘ。何と32分もの空中散歩でした。首に大きな鈴を着けた牛たちが、動く度に鳴る音もよく聞こえました。
グルントからは一駅でグリンデルワルトに着きました。3日券を買っているので、それを見せるだけで様々な乗り物に乗り継げるので楽でした。
歩き疲れたものの、終日よい天気に恵まれスイスらしい景色を楽しむことができました。
6月20日フィルストへ
今日は10分ほど離れた所からロープウェイでフィルストへ向かいます。行きはインターラーケンという近くの町に住む人と一緒にロープウェイに乗って、色々話をしていたので、乗っていた時間は気にしなかったのですが、帰りは測ってみたら26分かかっていました。昨日に引き続き、長いロープウェイでした。
2168メートルのフィルストに着くと、2265メートルのバッハアルプゼーという所の湖までのハイキングです。往復2時間と調べていましたが、行きは1時間10分ほど、帰りは1時間で帰れました。フィルストにはクリフウォークという場所が作られていて、足ガクガクもので歩いて来ました。
昨日途中で早めに戻っていった台湾のグループの人たちとも再開し、写真を撮ってもらったりしました。
雪がとけて小さな流れになっているところを何ヵ所も通って湖に到着。山がきれいに湖に映っていました。
フィルストに戻り、パラグライダーが飛び立つのを眺めながら昼食。10近くものパラグライダーは山を越えるほどにも高く、長く飛んでいました。
一旦町に戻り、アドバイスをもらったブサロプにバスで向かいます。800メートルほどの高低差を30分ほどかけ、つづら折りの道をゆっくり進みます。時々、プ、パ、ピ、ポ、プ、ぺーというようなのどかな警笛をならして牧草地や森の中を上っていきます。到着したところは見張らしはいいものの、所々に牛小屋と牧草地が広がっているような所。周りを少し歩いてみると、小屋の近くには牛の糞がたくさん。踏まないように下をしっかり見ながら歩きます。斜面に所々ある家は牛舎だったことが分かりました。1時間後のバスで早めに戻り、明日のツエルマット行きの列車の乗車券を買に行きました。
到着時刻を電話してと言われていたので、事前にメールはしておいたものの、切符を買って、電話もしておきました。明日はツエルマットの駅の隣の観光案内所でホテルの人と合うことになっています。
6月21日ツエルマット
昨日は何と22222歩も歩いていました。毎日少なくとも15000歩は歩いていて、前日は18000歩も歩いたのに、更に最高を更新。そして今日も18000歩越え。
今日はツエルマットへの移動日。列車を3回乗り換えて行きます。ホームの移動があるときは大変です。階段を20キロ以上ある荷物を持って下り、また上ります。乗り換え時間は6、7分ほどしかない場合が多く、大忙しです。しかし今回は上りはスロープになっているところもあり、助かりました。
ツエルマットのホテルは4階の最上階になったので、食卓の上の部分に開けられた明かり取りの窓からマッターホルンが見えたのには感激しました。昼前には着いたので観光案内所で翌日のマッターホルングレッシャーへ行く便の予約をして、2時半にはスネッガという展望所へ。マッターホルンは少しだけ雲に隠れているもののよく見えます。人も少なく、近くの湖にも行って見ました。
その後、そこから5、5キロ2時間という下りのハイキングコースを歩くことに。
歩き始めたのはいいものの、周りに誰もいません。標識を頼りに降り続けます。しばらくすると森の中に。狭いつづら折りの道に。人っ子1人出会いません。
1時間位降りると自転車道のように少し幅が広くなったものの、下がらず、山の斜面を横移動しているだけの道になってしまいました。この辺りで自転車で下る人に2人会ったり、上ってくる人にも会ってホッとしました。まだまだ1時間はかかると言われるも、ツエルマットに戻れそうです。更にしばらく行くと上から1人の女性が降りてきました。スマホで道を示してくれました。後に続こうとしたものの、全く追い付かず。最後は木に示してある矢印を頼りに降り、無事に家があるところにたどり着きました。ホテルに着くまでに2時間15分。きつい下り坂だったので疲れました。
明日はメインの展望所です。天気も今日に引き続き良さそうです。
6月22日 ツエルマット
ツエルマットの2日目はメインのマッターホルングレッシャーパラダイスへ。無料バスでケーブルカー乗り場へ移動。駅に着いた後、無料トイレに寄ってから乗り場だと教えられた所に行っても、誰もいないし何もないので、間違ったかと元に戻っていたら、他の人も来たのでやっぱり良かったんだと引き返す。ケーブルカーが来ていなかっただけのようだったが、こんなに有名な観光地なのに、誰もいないとは驚き。グリンデルワルトとは大違い。2回がらがらのケーブルカーを乗り継いで、頂上駅へ。乗り継ぐたびに上着を1枚ずつ着こむ。標高が1000メートルずつも上がるので気温はぐんぐん下がるはず。町中は朝夕は上着が必要なものの、昼間はシャツ1枚で十分。
終点に着いて、トンネルの途中で映像を見る部屋があったので、それを見ていたら、またまた周りに人が誰もいない。先に進み、氷河宮殿を目指すも、人はいないし、暗いし、寒いしですぐに引き返し、外が見える場所へ。
そこには雪山登山の準備をする人達が数名。左手の高い山にはもうずいぶん高いところを進む3、4グループの姿が。近くにはタイヤで雪の上を滑る遊び場も。しばらく見てたら寒さに耐えきれずレストランへ暖をとりに。コーヒーの温かさにホッと一息。
そこには先日グリンデルワルトの初日に登山電車の中で会った、日本人のツアーガイドの方が2名。たまたま声をかけた人がガイドさんで色々教えてもらえてラッキー。先日は下見だということで年配の方が若い方を2名連れておられたが、今日は仕事のようで2名。
外階段で上に行ける場所もあったので、そこも通っていいのか等今回も聞くことができた。
この施設には今年の9月オープン予定の世界で最も標高の高い新しいゴンドラ駅が作られていて、大きなクレーンが作動中。3883メートルの高さは今でさえヨーロッパ最高駅だというのに。
展望台に上がると360度の大パノラマ。遮るものなくずーっと見渡せる場所。今日は天気はとてもいいものの、マッターホルンの上部に時々雲がかかったり、とれたりなのでシャッターチャンスを狙います。
雲が少しあるときは、違う場所へ移動して探検です。外階段も上がってみたら、エレベーターで上がる場所と通じていてがっかり。でも一方通行のようだったのでよしとしよう。
2時間ほど最高ポイントからのマッターホルンの眺めを堪能した後、1つ下の駅へ移動。ここは暖かなところで眺めが良いところに座る場所もありお弁当を食べることに。食べているとまたまた台湾の7名のグループに遭遇。娘たちに今年の母の日のプレゼントでもらった翻訳機が活躍して会話が弾みました。写真を取り合い、これからの予定を聞くと明日も同じ場所に行くことが分かり、再会を期待。
この翻訳機のお陰で、この地のフランス語をはじめ、ドイツのご夫妻とも話ができ、もちろん詳しい表現がいるときの英語でも助けられています。又Wi-Fi環境下でなくても良いと知ると、誰しもが興味を示して話題になりました。娘たちに感謝です🎵
6月23日ゴルナーグラートから
三日目はゴルナーグラートという展望台へ。マッターホルンをはじめとした4000メートル級の48座中28座を見ることができるという所。ツエルマットの町中から直通の登山電車が出ているので便利な場所。8時発に乗ろうと歩いていると、又あのガイドさんに会う。次の24分発で行くとのことだが駅にはもう日本人のツアーの皆さんは集合済み。
33分で頂上駅に到着。さっさと一番上の展望台を目指して歩く。案の定そこには3名ほどの先客がいるだけ。その内の2名はあの台湾のメンバー。7時の始発で来たとか。すごい。
更に岩の上に上って、360度のパノラマを動画に納める。山々を説明する看板は四方に出ているものの山の名前はよく分からずじまい。そうこうしていると、後続電車のガイドさん一行が到着。あの山はどうのこうのと説明が始まる。それを少し聞きながらあれが最高峰の山かなと探してみる。
次々にツアー客が到着。どのグループも日本人。ここは日本人に人気のようです。ハイキングコースがこの人たちと一緒では楽しめないと思い、ハイキングコースが始まる1つ下の駅へさっさと降りることに。しかし電車はそう頻繁にはないので、あのガイドさん御一行と同じ電車に。駅に着くとガイドさんは皆を集めて、ストレッチを指導。安全面ではさすが。私たちも今更ながら少し真似事で足を伸ばしてハイキングに出発。
30分コースと1時間15分コースがあったので、後者の方へ。出発して少しすると小さな湖が。ここがマッターホルンが鏡ばりで見える場所のよう。少し波があり先端部分は微妙。もう少し降りて湖に近づくことに。ここではバッチリ❗️幾組かの先客の中にあの台湾のグループが。ここでおやつタイムか朝食タイムのようです。朝早かったから。
帰り始めた頃数名の若い男性が3人ほど服を脱ぎだし、湖の中へ。1人が岸からそれを撮影している。10数名ほども周りに人がいるのに、なんという迷惑行為。泳げば波がたって湖面にマッターホルンは映らないのに。
入れ代わりにガイドさん御一行が降りて来ていたが、波が収まるのを待ってゆっくり降りるようにとの案内の声が。
私たちは先を急ぎます。ハイキングコースが大名行列になるのを恐れて。
二つ目の湖には先客は1人。ここは長い方のコースなので少ないよう。ここでも逆さまのマッターホルンがバッチリ。
高山植物を愛でながら、ゆっくりと下る。2日前の下山の急さに懲りて、ホテルからストックを一本持参。
このホテルは何でも備わっていたので大助かり。これまでのどのホテルより備品が充実。調味料やチーズフォンディ用のフォークまでそろう充実ぶり。
眺めが良いところで持参の弁当を食べる。2時間近くかけて次の駅に到着。そこには又台湾の皆さんが。今回は着ている服のメーカーが同じだといって盛り上がり、又写真を取り合う。そのメーカーは台湾だととても高いので、日本で大量買いした時の写真を見せてくれた。女性の4人のうち3人は姉妹だそうで、夫妻での参加だとか。その内の1人は手作りの分厚い旅行ガイドを作成していて、ビックリ。7人での旅行ともなれば、意思疏通のためにも詳細な資料が必要なのだろう。
長崎にも来たとかで列車のかもめという名前も覚えていた。ラインを交換したそうだったが、ここにはWi-Fiなし。残念。
今日は1日雲一つない快晴。三日間ともこんなに天気に恵まれたのは普通ではなくラッキーだとホテルの人が言っていた。
この町でも以前のスイス旅行中に買った時計と同じようなものをと探すも、10年近く前のモデルでもあり、見つからず。残念。お気に入りだったのだが。
明日はシャモニーモンブランへ。
6月24日シャモニーモンブラン
ツエルマットから3回乗り換えてシャモニーモンブランへ移動。今回は段差のない電車だったり階段があっても2段ほどの列車だったり、ホーム移動がスロープだったり向かいだったりで、これまでより楽な移動となった。
チェックインまでの時間を利用して早速スーパーへ。買い出し中の日本人の方と話して情報収集。するとショックなことに、ここでの一番の目玉と思っていた3842メートルにあるエギュイ
デユ ミデイが7月までクローズだとのこと。2番目の候補にあげていたモンタンベールはとても良かったときいてひと安心。その後インフォメーションに行き、そことブレブアン
フレジエールをペアで買うと半額近くの値段で行けるパスがあることが判明。今日はゆっくりと町巡りをして休み、次の日に両方行くことに。町からもモンブランの勇姿は見えるものの、雲が結構わいては山頂部分を隠す。明日はよい天気ということで期待して早めの就寝。
6月25日モンブラン
9時からのブレヴアンフレジエール行きのロープウェイ運行に合わせて、ホテルを出発。3、4人並んで券を購入できるくらいの混み具合。モンブランは見えているものの目指す頂上は雲の中。途中駅でしばらく散策して様子み。ここからはモンブランが良く見えるので、あちこちのスポット巡り。一通り見て更に上を目指そうとしたら、ゴンドラが点検かなにかで、急にクローズしているとか。先に行った人たちはどうなるのとか言いながら、更に高いポイントへ行ってみることに。そこからは雪原を歩く装備をした人たちが山を目指している姿が。この辺りではたくさんの人が雪山登山を楽しんでいるよう。
頂上付近の雲もとれた頃無事ゴンドラが再開。頂上駅に着くとモンブラン側も雲がとれたり、かかったり。雲の動きの早いこと。ここでも360度のパノラマ。氷河もいくつも見えるが、数年前にはこの辺りまで氷河があったのではと思われる、岩場がその先に続いているのが見える。標高は2525メートルとさほど高くないが寒いので、2000メートルの1つ下の駅まで降りて昼食に。ホテルの斜め向かいにあるパン屋さんから買ってきたサンドイッチのフランスパンの美味しいこと。さすがここはフランス。フランスパンの本場だけのことはあると、明日の朝食、昼食もこれに決まり。
二つ目は町の反対側から登山電車に乗車。約1000メートルから1913メートルまでを20分で一気に上っていきます。そこからロープウェイで下がると有名だというメールドウグラス氷河。しかし、温暖化の影響で下がって行く階段が年と共にどんどん増えているようで、今では500段を下ることに。途中には何年にはここが氷河だったと示す標識がいくつも。片道1100歩、往復で2200歩を階段とスロープで歩くことに。氷河のトンネルはいくつも見てきたのに、苦行をしながら見に行くことに。
以前の旅で行って、記憶の中にある氷河トンネルは、スロープをほんの数メートル歩いただけでトンネルに入っていったのだが、多分違う場所だったのだろう。状況が違いすぎる。
ホテルに帰りついたときは、13000歩ほどしか歩いていないのに、流石に疲れが。ゆっくり休んで明日のベルンへの移動に備えることに。
6月26日ベルンヘ
やってしまった!
朝ゆっくりしようと1時間に一本しかない列車を一本遅い8時54分発に決め、3日目にして初めて雲一つない快晴になった町を少し散策することに。ホテルを一歩出ると傘もかかっていないモンブランが見える。昨日上った展望台の方も今日はすっきり。まだ行ってなかった町の方へ進むとモンブランに手が届きそうなほど。
無人駅の最寄り駅まで3分ほどだが、早すぎると反対方向の列車に乗るかもしれないと、8時40分頃ホテルを出発。
道に遮断機が降りて列車が止まっている。反対方向の列車だろうと見過ごす。
しかし5分過ぎても来ないので、さっきの列車が乗るべきものだったということが判明。
ここは大きな駅の1つ先の小さな無人駅。来るときは1分もかからないと車掌さんに言われて、実際すぐ着いたので、帰りもそんなものかと思っていたら、8分も早い出発時刻だったよう。チケットを買ったとき、時刻表に赤線まで引いてくれていたのに、何もチェックしていなかった!
1時間ベンチに座って待ち、次の電車でベルンへ。どの電車に乗ってもいいチケットなので、特に問題はなかったのだが。
3回乗り換え、4時間かかって、ベルンへ到着。ベルン駅は大きく、インフォメーションを探すのも大変。そこからは徒歩3分のだったが、14時半過ぎにやっとホテルにチェックイン。
しばらく休んで世界遺産の街の散策へ。 中世の立派な石造りの建物が並ぶ。小さな 街なので歩いて回れるのがいい。 地図を頼りにぐるりと回ってもさほど
時間 はかからない。
街には2両編成のバスや、4両編成の電車がしょっちゅう通る。
電車やバスの通る中央分離帯のところにたくさんの泉が点在。一つ一つ上に立つ像が違って興味深い。
道の片側はアーケードになっていて、ヨーロッパ最長6キロメートルに及ぶという。道にカフェのテーブルが飛び出したところもあるが、バスはそれらをよけて進んでいく。
毎時4分前から、からくり時計が動き出すという時計台にタイミング良く行けたので、待っていたが、んー、これだけ?というレベル。正午のが一番長くていいというので、翌日に期待。
連邦議事堂前の広場では噴水が上がり、子供たちが走り回って遊んでいた。果物や花等の市が立ち、賑わっている一角も。川沿いを歩くと青くきれいなアーレー川沿いに赤い瓦屋根の建物が並ぶ。
明日は宿泊者に配られるバスやトラムの無料券を使って、バラ公園に行く予定。丁度良い時期ではと期待。
6月27日ベルンからヘルシンキへ
7時半過ぎには散策に出かけ、人の少ない内に、昨日逆光で撮れなかった所へ。
ゆっくりと1時間ほど見てバス停へ。場所は昨日の内にチェック済み。ここは電光掲示板が後何分でバスが来るか表示してくれるし、5、6分おきに来るので、待っても3分ほど。2両編成のバスに乗客はあちこちの入り口から乗車。券やパスを見せている様子がない。降りるまで何のチェックもなし。ここのバスは無料なのか?旅行客は知らないから安心のため無料券を配布してるのか?等と話しながらバラ園へ。ここも無料。
良く手入れされた芝生の周りに色毎にさほど背は高くないバラが何ヵ所にも植えられており、満開状態。端まで行くとベルンの街並みが一望できる。ベンチもいくつもあり、憩いの場所そのもの。9時の開園直後とあって人はまだまばら。
でも一回りしても15分ほどの広さだし、ハウステンボスのバラを見ている身にはさほど長居は必要でもなく、さっさと街へ。途中で降りて、アインシュタイン関連の施設がある方へ。そこには博物館やアインシュタインの椅子と名付けられたベンチなどがあり、10時の開場を待って、高校生位の一群がいる。アインシュタインはこの町でも教鞭をとっていた模様。アインシュタインの像が付いている椅子に座り、写真撮影。
帰りは電車に乗ってみる。これは4両ほどでこれもまた切符のチェックなし。不思議に思って、色々詳しい友人にスカイプで報告すると、旅行者には必ず無料券が渡されるし、見た目でそれとわかるので、何も言われなかったのだろう。地元の人は1年間有効のパスを持っていたりするし、時々抜き打ちチェックがあって、罰金は1万円ほどとのこと。この街は車を減らすために無料にしてるのかと、感激しかかっていたがそうではなかった。よく探すと、大きな駅のそばには券売機も設置してあった。いちいちのチェックもなく楽と言えば楽。この街の横断歩道には信号などなく、バスや電車がひっきりなしに来る道を様子を見てさっと渡るルールのよう。自転車も多いし、運転手さんは神経使いそうなので、切符の確認などの雑務から解放しているのかも。
何はともあれ狭いながら、見所もあり、チューリッヒ泊でなくここに宿泊して正解。
この後は空港まで1時間ほど列車に乗った後、19時の飛行機でヘルシンキへ移動。
6月27日ヘルシンキ
夜の11時になっても、地平線の上の雲の上に太陽が赤く輝いている。スイスでも10時近くまで薄明かるかったが、より北に来たことを実感。11時20分頃ヘルシンキ空港に着陸。
ところがである。
荷物のマークに従い、電光掲示板にターミナル2のA2に荷物が届くという情報を見たので、そこを目指したにも関わらず、荷物を受け取らず、いつの間にか外に出てしまっている!
チューリッヒからだと入国審査も荷物チェックもないのはありがたいが、荷物を受け取らず出てしまうとは。
仕方がないので、A2と書かれた出口に行って、本当はあり得ないことながら、そこから中に入ることに。夜中のことで外には係の人の姿は全く見えず、しょうがないということで。入った所にも係の人の姿はなし。とがめられることなく、回っている荷物にたどり着きひと安心。
しかし、苦労がここで終わりではなかった!
空港近くのホテルを予約していたので、シャトルバス乗り場を探すも表示がなかなかない。重い荷物を持ってあちこち探し回ることに。3、4人の人に聞いてやっと12時頃にたどり着くことができた。シャトルバスは5分ほどで来てくれた。30分に一本のはずなので、それはラッキー。他にも同じホテルに行く人たちもいて、心強し。
この日の就寝は1時過ぎに。しかし外はまだ何か薄く向こうが見える感じ。
このホテルには2泊するので2日目は市内に出て、散策予定。
6月28日ヘルシンキ
7時過ぎまでゆっくり寝て、ゆっくりと朝食。このホテルの朝食は結構充実していた。外はカリ、中はもっちりのパンにはまってしまったが、ここのパンもまさにそれ。野菜も果物もヨーグルトも色々あって満足。ホテル横から市内行きのバスがあるので、それを利用。30ほどでヘルシンキ中央駅に到着。そこは列車とバスの大きな乗り場になっていた。そこから徒歩圏内に有名なヘルシンキ大聖堂とそのすぐ下に元老院広場がある。広場の周りには観光バスが15台ほども停まっていて、大にぎわい。そこから更に10分ほど港の方に歩くとマーケット広場。美味しそうなジャンボさくらんぼをつい買ってしまう。漁船では一匹ものの魚や鮭の燻製を売っている。テントの店で多いのが鮭やきびなご位の魚やジャガイモ、ブロッコリー、ニンジン等を鉄板で焼いたセットもの。ここのメジャーな食べ物のよう。それを一皿買って今日の夕食に準備。公園や植物園を回って、またバスでホテルへ。このホテルにはサウナがあるそうなので、本場ものを7時から体験予定で楽しみ
6月29日レイクキャビックへ
朝4時に起きた時には、すでに東の空には朝焼けがみられたのに、5時半にホテルを出る頃には小雨が降り始めた。この旅で初の雨。アイスランドの天気は余り良くない予報で心配。
3時間時計を戻して、朝の9時前にケプラヴィークという空港に到着。予約した10時発のバスでブルーラグーンへ。ここは隣にある地熱発電所の熱を利用した広大なプールのような温泉施設。水着着用。
39度位なのでゆっくり長時間入っていられる。サウナがあったり、湯に浸かりながら飲み物を注文できるところも。精算は腕に巻いたバンドに記憶され、出るときカードで支払いOK。シリカやミネラル豊富で、白い泥パックもでき、顔を白くした人たちがあちこちに。その効能は良く知られているらしく化粧品等も開発されていた。
空は曇りで、日焼け止めクリームいらずの天気。気温は10度ほど。しかしラグーンの周りは熱気のせいか水着になっても余り寒くない。
コーヒータイムもいれて4時間ほどゆっくり滞在して、予約していたバスでホテルへ。交通網は余り充実しておらず、レンタカーかバス会社に前もって予約する送迎ツアーかの選択肢しかない。町まで車で1時間ほどと遠いこともあり、タクシーは高すぎる。
今回空港からブルーラグーン経由でホテルへ送ってくれるタイプで申し込んでいたのに、乗ってきたバス会社とホテルまで行く会社がなぜか違うものになっていたらしい。バスに乗り込むまでにいくつものバスに尋ねてやっと乗り込めたが、なかなか大変であった。
6月30日レイキャビック
小雨模様の2日目。今日も気温は10度。
最寄りのスーパーに朝食の材料を買いに行ったら、何と12個入りの卵が約1000円。買うのを諦め、スライスハムとヨーグルトを買い、1100円。物価が高いという評判通り。町の名所をみた後に安いスーパーだと調べていたところまで行くことに。
まずはコンクリート造りのハットルグリムス教会へ。ステンドグラスは祭壇横の一ヶ所のみ。外観はユニークだが、中はいたってシンプル。しかし入り口の上には立派なパイプオルガンが。
その後、湖や公園を通り、シティホールへ。そこにはインフォメーションデスクやアイスランドの立体模型があり、明日のツアーへの期待が高まる。
大通りにはバイキング関連の土産物屋がいくつもあった。
安いスーパーでは卵が596クローネで随分安いのでお買い上げ。1回の食材費はこれまでの都市の倍近くに。
夕方7時頃には青空が少し見え、日差しも差しこんできた。まだ太陽高度は45度位で高い。白夜なのか夜中に起きた時確認しなくては。
7月1日ゴールデンサークルツアー
本当にアイスランドに白夜はないのか、12時過ぎと3時半頃に起きて写真撮影。これって白夜状態ではという薄明かり。日没後の1時間以上たった2時頃に起きないとはっきりしないようだ。
この日は、アイスランドで2つ目のツアーに参加。ゴールデンサークルと言われる3ヶ所を巡るもの。
ホテル前に8時半のピックアップ予定だが、あちこちにホテルを回って来るそうなので、10分以上たっても来なかったら、旅行会社に電話するようにとただし書きが。色々な書き込みにも遅れがちで、電話しても担当者が出ないというものが多かった。
やはり10分たってもバスが来ないので、ホテルの3階にある電話のところまで行ってかける。しかし反応なし。このホテルはアパートメント方式でフロントがなく、電話での対応。そこへ電話して、旅行会社に電話してもらえないか頼んで、下へ。更に10分待って、再度電話しに3階へ。会社は相変わらずで、再度フロントへ電話してみると、頭の3桁なしで電話してみるように言われたので、そうしながら、窓から下を見るとバスが停まっている。急いでバスのところへ行って確認すると、OKのようで乗り込む。出発は9時になっていた。このように出発までが大変。空港に向かうときのピックアップが心配になった。
大型旅客船が2隻停泊している港で大型バスに乗り替える。タブレットを各自もらって乗り込む。幸い前から2番目の席が空いていたが、他はほぼ満席状態。値段が安い方の英語ツアーに申し込んでいたので、多いのは仕方がない。このタブレットは日本語での案内が聞けるので、大丈夫のはず。今いる位置にあった案内が自動的に始まるシステム。イヤホーンは持参。タブレットをもらった時点で電池の残りが少なかったので、持参していたUSBをつないで充電しながら聞く。
1時間ほど何もない広野のような所を進むと、そこがシングヴエトリル国立公園。世界遺産にも登録されていて、世界的にみても珍しいギャオと呼ばれる大地の裂け目を陸地で見ることができる場所。
ユーラシアプレートが東に、北米プレートが西に広がっている。今でも1年間に2センチずつ広がり続けているのだとか。
谷間で声が響き渡るので、930年に世界初の民主議会が開催された場所ということもあり、世界遺産になったのだとか。
10センチほどの裂け目がたくさん見られる所から少し行くと、ここぞ北米プレートの端とユーラシアプレートの端という場所が。北米の方は10メートル以上もある岩の壁。一方ユーラシアの方は低い。なぜ?ユーラシア側には湿地や湖が広がっている。
湖底にある裂け目を潜りながら見ていくツアーもあったが、冷たすぎるだろうし、底無しのようで考えただけで怖すぎる。
2ヶ所目は間欠泉。ゲイシール地熱地帯にあるストロック間欠泉が今は活発に吹き上げているよう。5、6分に一回位か。吹き上げる瞬間を写真に収めるのはなかなか難しい。
娘の情報によると、ここは世界の果てまでイッテQ!で森三中や出川哲朗氏が牛しゃぶしゃぶした間欠泉だそう。調べてみるとまさにそうだった。100度位ある熱い湯が吹き上がるのだが、制限ロープはそんなに大きくない。霧状に吹き上がるせいか。
3ヶ所目はグドルフォスの滝。大きな氷河が至るところにあるアイスランドには滝もたくさんある模様。水量も豊か。水もきれい。しかし今回は水しぶきがかかる下の道は通らず、上の道から観察。この日は曇りで虹は見られずじまい。しかしそこから30分ほども走った頃には日差しも見えてきて、残念。
これでツアーはおしまいかと思ったら、最後にポニー位の大きさのアイスランド特有の馬が数頭いるところで停車。餌売り場もあり、餌やり体験ができるらしい。バスから見る限り、途中の平原にも牛の姿は見えず、多くの馬と次に羊、少しのヤギしか目にしなかった。なぜ牛ではなく馬を飼っているのかをガイドさんに聞いてみると、今は乗馬体験、レンタル、そして食べるためという返事が返ってきた。調べてみると、バイキングがいた時代、船に積み込みやすいように小型の馬を持ち込み、長い年月をかけて、寒くて風が強く、火山岩の岩場の歩行にも耐える今のような小さな馬になっていったらしい。外敵もいない中で性格も温厚ということで、その珍しいアイスランド特有の馬に触れあう機会をもうけてくださったよう。交通手段として、また羊を追い込むためにも馬は欠かせないものだったよう。岩場が多く、牧草地にすらなっていない土地が広がるアイスランドでは、生活の助けとなると馬が飼育されたようである。
帰りは乗り換えなしでホテル近くでバスから下ろしてもらえてラッキーだった。
7月2日レイキャビック散策
今日も天気はいまいち。小雨の中、町の散策へ。まずはシナモンロールが美味しいと評判のパン屋さんに。10時からしかこのシナモンロールは店に出ないということなので、時間を見計らって出かける。食べてみると、シナモンの香りはほとんどしないが、蜂蜜たっぷりで評判通り美味しい。大きいが1個をぺろり。
海岸沿いに歩いていくと、バイキングの船のようなモニュメントが。後で行った土産物屋にもそれを模したものがあったので、有名のよう。
更に先に行くと、6角形のガラス張りの大きな建物が。コンサートホールと会議室が入っているらしい。中にあったインフォメーションでペルトラン行きの無料シャトル乗り場を聞くと、偶然にもこの建物の横にあるという。早速それを利用して小高い丘の上のペルトランへ。
そこは球形のガラス張りの温水貯蔵施設。今でも温水を市内に供給しているそう。そこに人工的に氷河の洞窟やトンネルを造り、氷河に触れられる複合ミュージアムになっているよう。中の一部は建設途中であった。4階の展望デッキからは市内を一望できるスポットとなっている。
もと来た場所へバスで戻り、また違うパン屋さんでフランスパンを購入。これも外パリパリで中はしっとりで美味しかった。フランスのモンブランでフランスパンの美味しさにはまってしまった。
途中で車の水しぶきを浴びたくなくて、車の販売会社の駐車場の部分を通ることに。するとフォルクスワーゲン車が充電をしているではありませんか❗️その少し先には何と7台分の充電器が並んでいて色々な車が充電中。日本では大きな販売店では2機の充電装置を備えた所も出てきたが、長崎県ではまだ見たことがない。なんという充実ぶり。ここレイキャビックで私が乗っているリーフにも5、6回出会い、遭遇率が高いなと思っていた。水力発電による電気供給率が50%を越えているというアイスランドでは、電気自動車が向いているのかもしれない。
7月5日バンコクへ
7月4日は朝4時半に起き、6時のピックアップに備える。今回は数分遅れただけで、迎えが来たので、ひと安心。9時半レイキャビック出発。3時間でヘルシンキ。1時間50分の乗り継ぎ時間があったのに、出国審査に時間がかかり、搭乗口に着いたのは、搭乗まで10分しかない。
バンコクまで9時間。着いた時は日付が変わって、現地時刻5日の午前8時過ぎ。世界一周仲間で日本人でタイに詳しい人が数日前にタイ入りしていて、空港に迎えに来てくれていた。無事に落ち合い、電車を乗り継ぎ、最後はホテルの船に乗り、9時半過ぎにホテル到着。アーリーチェックインを依頼していたら、10時半過ぎには部屋に入ることができた。1時間ほど昼寝をして、明日からのチケットを買いにまた船と電車を2、3回乗り継ぎ、HISへ。3つ予約して、眠いのでこの日は何もせずホテルへ。長い移動日だった。
7月6日寺院巡り
8時の船で向かうはずが、7時過ぎまで寝坊してしまった。体内時計がまだおかしいようだ。今日もタイに詳しい知人に案内してもらうのだが、朝食をしっかり食べるために30分落ち合う時刻を送らせてもらう。
無料と有料の船を乗り継いで、まずはワットプラケオという王宮へ。光輝く黄金の仏塔や陶器片で細かく装飾を施された建物がいくつも建っている。その中の一つにエメラルド仏がまつられている。高さは66センチと小さく実際には翡翠でできているらしいが緑色で、タイ国の本尊仏として最も崇められているという。
次は歩いてワットポーへ。横たわる巨大な仏像で有名。足の裏の螺鈿細工が見事で、何でも108の模様が描かれているのだとか。タイ最初の東洋医学の大学がおかれ、タイマッサージの総本山でもあるということで、ここでもマッサージが受けられるようであったが、何せ人は多いし、暑くここで受ける気にはならない。ここでは無料の水が一本もらえたり、飲み水が汲める水道があったりした。タイの水道水は飲めないのだが、大丈夫なのか?
3番目は船で向かい側に渡り、ワットアルンへ。暁の寺と言われ、きらきら輝く陶器の破片で覆われた75メートルもの仏塔がある。
どこの建物も像も大きく数も多いのに、細かい装飾がなされていて圧巻であった。
昼過ぎに一旦ホテルに戻り休憩。夕方からはアジアティークという大型ナイトバザール内で、タイスキ鍋とニューハーフショーを体験。ニューハーフショーと聞いてえ~と拒絶反応を示したら、タイでは人気のエンタメということで、子どもでも見に行くと聞き、行くことに。
タイスキ鍋はだし汁に海鮮、野菜を注文して入れ、垂れは少し辛いものの、スープで薄めてつけると辛いもの苦手な私でも美味しく食べられた。
ニューハーフショーは観光客が多国籍であることを踏まえてか、中国語、韓国語、日本語、インド、英語版の歌を入れた躍りと時々コメディーありのショーで、結構楽しむことができた。口パクながらあの川の流れのようにを上手く歌い込んでいたりして美人なだけではないところも見せてくれていた。
タイを満喫できた一日となった。
7月7日、8日 バンコク
7日は夕方知人家族との会食しか予定なし。ホテル裏にマッサージ屋を見つけたので、タイマッサージを受け、その後はホテルのプールで、ジャグジー等でまったり。
夕方は初めて自力で電車に乗って夕食会へ。2つ目の駅で降りて、Googleマップで探すも現在地を示してくれず、あれこれしているうちに反対方向へ来ていることが判明。ホームにはどこどこ行きと示してあるのに、同じホームに反対向きの電車も入ってくるらしい。難しい。再度乗って目的駅へ。近くの市場を覗いて見たが、目的のものはなくがっかり。
夕食はシーフードで有名なソンブーン。蟹の身がふわふわの卵と絡み、味もとても良くご飯にかけて食べるとついつい食べ過ぎるくらい。お薦めです。辛いのが苦手なのでその旨伝えてもらったので良かった。
8日も夕方からの予定。船で渡った辺りを散策。友人は激安の涼しいズボンを結局帰りに港でゲット。
ホテルに戻り、昨日行ったマッサージ店で、今回はオイルマッサージを体験。同じところでネイルもできるということで、友人に付き合って初体験。色の選択肢は少なく、友人いわく技術もあまり良くなかったとか。
夕方から電車を乗り継ぎ町へ。フードコートのような所で軽く麺料理を。これもスープが美味しかった。
この夜はサイアムニラミットというショーを見る。巨大ステージに川も造られ、2頭の像が舞台や通路を通ったり、たくさんのヤギやニワトリも登場。タイの歴史や伝説、神話等がダンスと光、音楽で豪華に演出される。空中を飛ぶのも優雅で見ごたえがあった。
驚いたのは、ショーが始まる前に2年前に亡くなられた国王を崇めるような映像が流され、観客全員に起立を求めて国歌が流されたこと。町にはあちこちに現国王の大型写真が飾られている。
この日はホテルに戻ったのが11時半近くと遅くなってしまった。
7月9日 バンコク
朝10時頃から船と電車を乗り継ぎ大型デパート等が建ち並ぶ繁華街へ。伊勢丹等日本のデパートもあり、日本のものも何でもそろう。この一帯にはパワーストップとも言われているお参りスポットが集中しているということで、買い物かたがた知人が案内してくれた。
タイは国民の94%が仏教徒の国で、至るところに寺院があり、それ以外にもサーンと呼ばれる祠があり、たくさんの人が参拝。そのサーンが交差点を挟んで6ヶ所も。一番人気のプロプラムと言うところには一日中お参りの人が絶えず、主にオレンジ色のマリーゴールドの花輪がたくさん積まれている。奉納するろうそくと線香の数は各サーンで決まっているとか。お願いする際叶えてくれたらお礼に○○をお供えしますとお祈りし、ここではタイの古典舞踊も御礼として踊られていた。
最終日の夜はディナークルーズへ。夕方向こうが見えないくらいの雨が降った。今はバンコクは雨季ということで、毎日ふったようだが、これまでは室内にいて気づかなかった。いつもはすぐあがる雨がこの日はその後も少しずつ降り続き、クルーズに出発するときも、クルーズ中も降っていた。余り大きな船ではないものの民族楽器による演奏や古典舞踊も演じられ、またライトアップされた寺院も眺めながら、2時間近くのクルーズを楽しむことができた。
7月10日 香港へ
渋滞で有名で空港までの時間が読めないタクシーはやめて、船と電車をいくつも乗り継ぎ空港へ。大変だったのは、船着き場から電車に乗るとき、エスカレーターがあるのは、半分の高さまで。残りの1階分は重いカバンを持って頑張って階段を上がったこと。その上朝のラッシュアワーの時間とぶつかり、1列車逃して、次の電車に乗るなど、バンコクの渋滞の洗礼を受けながら空港へ。
3時間で香港到着。エアポートエクスプレスと無料のシャトルバスでホテルへ。
ホテルの地下に小籠包が食べられるレストランがあるということだったので、早速いってみたら、今は出していないという。ここを含めて看板には出ているのに、実際には小籠包がなかったところが、2軒もあった。おいおい、なぜ?それを一番の楽しみに香港に来ているのに。
香港島のネオンとレーザー光線のショーが8時から始まるので、対岸になる港に向かいながら、食べられそうなところを探す。高いビル群が続く賑やかな一番の繁華街を通りながら、香港に来たことを実感。
無事に小籠包を始めいくつかの点心が食べられて満足。港のプロムナードへ。まだ19時半前だというのに、座れるところは9割り方埋まっている人気ぶり。ショーはまだだがこちら側も向こう側のビルも段々とネオンが灯ってきてきれい。海風があるので、待つ間の暑さもなんとかしのぐことができた。
ショーは9分間あったものの、期待したほどのものではなかった。規模の大きさ等でギネスに認定されているそうだが、それは昔の話だったようだ。ネオン自体はあちこちのビルがキラキラできれいだったので、見に行ったことは無駄ではなかったし、翌日は香港島からも見るつもりに変わりはない。
移動の後だったが香港には3泊しかしないので、計画的にみて回らねば。
7月11日 香港
香港の2日目午前中はホテルの北側を散策。オクトパスカードというスイカのようなカードを作りに最寄りの地下鉄駅へ。このカードはバスやフェリーに使えるだけでなく、ちょっとした店での買い物や自動販売機でも使える優れもの。その上、65才以上はどの区間も2ドルで行けるので、最初のチャージは70香港ドルですんだ。一般は150ドルだった。お年寄りに優しい都市のようだ。
ホテルの北側は庶民的な店が並ぶ一帯。昼食に点心をいくつか食べ、スイーツ店が近くにあることも確認して、一旦ホテルへ戻る。朝食とアフタヌーンティーがついているタイプだったので、2時半から早速食べに行く。イギリスの影響が残っているのか、3段のトレーに女性好みのスイーツもたっぷり。
美味しくいただいた後、地下鉄で香港島へ。まずは2階建て電車を探して乗り込み、北角を目指す。ここがこのルートの終点なので安心して街並みを見ていられる。電車は細く、2階建てバスや車が続く道を縫うように進む。両脇には高層ビルがどこまでも続き、人並みも途切れることがなく、賑わっている。看板が道に競りだしている景色はずいぶん減ったそうだが、まだまだ残っているところもあり、その下ギリギリを2階建てバスが通っているところも見ることができた。電車が折り返す辺りは店が道路を占拠している。色々なものが混じった匂いも感じられた。
帰りは中環で降りたかったのだが、幾つか乗り過ごしたらしい。とりあえず降りて、Googleマップで探すのはミッドレベルという長いエスカレーター。探し当てて一番上まで行くのに20分以上かかった。長崎市と同じように山の上の方まで高層マンション等が建ち並んでいるので、こんなエスカレーターが必要なのかとうなづける。横には下るための階段があったので、それで下る。下るにも同じくらいの時間がかかった。
次はビクトリアピークと呼ばれる高台を目指すべく2階建てバスを探す。ピークトラムで行く方が有名だが料金が高い上に相当並ぶという情報があったので、バスを選択。すぐ乗れて正解と思ったのだが、着いてから眺めが良い場所への行き方が分かりずらい。ライトショーが始まるまで後10分しかない。焦ってしまう。人の流れにのって向かった先は何かのアトラクションがある場所のもよう。外が見えないので分かりにくい。ようやく外に出ることができたが、見え方が今一つなので、隣のコーヒーショップの中からが良さそうと入ってコーヒーを依頼。なんとかショーの開始には間に合ったものの音楽が聞こえない。ショーが終わった後100万ドルとも世界三大夜景とも言われる景色がもっとよく見える場所を求めてあちこち回る。
その後バスとフェリーを乗り継ぎ、徒歩で20分以上かけてようやくホテルにたどり着き、2日目終了。この日もよく歩いた。
7月12日 香港
3日目はホテルの南側にある大きな公園を通り、有名なスターの手形があるという港へ。向かったもののそこは今は工事中で見ることができないらしい。そのかわりか近くの公園に手形や幾つかの像が設置されていた。
その後昨日遅くなったので行きそびれた文武廟へ行くべく地下鉄で香港島へ。
そこの寺院はさほど大きくはないものの巨大蚊取り線香のような線香を捧げることで有名な所。煙がこもる中を入って、長い線香をお供えしてお祈り。
近くで餃子専門店を見つけたので、入って注文書すると、巨大な餃子が。海鮮物にしたのでごろりとした海老などが入っていて美味しかった。すぐそばにはワッフル生地で焼いたような見慣れぬスイーツがあり、いかにも美味しそう。早速買って食べ歩き。日本でも流行らせたいほど美味しかった。
地下鉄で女人街で有名な旺角へ。しかしまだ時間が早かったせいか、売りのテント村のような物は出ておらず、大きなビル中のコスメ店や眼鏡店などの呼び込みの人が多い。
その他多かった店は宝石店。ショーウインドーにはそれだと重すぎるでしょうと思うほど大きな金のネックレスが。友人が調べた結果は結納品として送り、結婚式で着けるのだとか。所変わればという文化の違いに驚き。
Googleで探していた3つほどのスイーツ店は探せども、ビルの谷間の影響かどこの店も見つからず。諦めて、ホテル近くで見つけていた店に向かうことに。
そこで糖水という単語が付くものを探したが、余り美味しそうに見えず、マンゴーが入ったかき氷のような物を注文。スイカやメロン、マンゴー等の果物はたっぷり入っていたが、なぜかマンゴー風味のシロップは酸味もあり、小豆はほとんど甘くなく、んーという感じ。さんざん迷ったあげく注文したのに。
夕方6時になっても余りお腹もすかず、しかしまだ香港の味を食べ尽くした感がしない。友人は暑かったせいもあり、夕食なしでいいというので、私が外に買い出しに行くことに。これまでとは違う通りに行ってみたら、あるある。餃子2種類に昨日食べて美味しかった黄色いシューマイ、なぜか小さいマンゴー、エッグタルト、マンゴープリン、そして昨日食べ歩きしたあの美味しかったスイーツ。なぜか小籠包はここでも見つからず。しかし
どれも美味しく、これで食の香港も堪能できて満足。
香港の夜景は港からと香港島の山頂からと最後の日はホテルの部屋からも鑑賞できて、これも満足。
翌13日は朝の6時15分のバスで空港へ行き、自宅に着くのは夜中近くの予定。何とか無事に世界一周の旅を終えることができそうです。
世界の人は皆さん優しかったです。道を尋ねない限り、右も左も分からないので、何度聞いたことか。そのたびに親切な対応をしてもらったという印象です。
私も親切にします。
まだまだ行きたいところもあるので、一緒に旅に行ってくれる人募集中です。