西果ての道へ〜1


ユーラシア大陸横断記




10/03〜10/19



 Subject: いってきます
    Date: Wed, 3 Oct 2001 05:46:26 +0900
    From: "HASEGAWA" 

いよいよ本日、日本を発ちます。
海・陸路を伝ってトルコをめざします。
中国、カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン
アゼルバイジャン、グルジア、トルコの順です。
とりあえず、3ヶ月後に一旦帰国します。
というのは、失業手当の手続きのためだけどね。
もらえるものはもらわなきゃ。
その後も旅はまだまだつづけますが。

当初パソコンを持っていくつもりでしたが、断念しました。
重い、GRIKの問題です。
だけど、ネットカフェでメールチェックはします。
このアドレスから転送されます。
ちなみに転送先のウェブメールアドレスは
westend_trail@--------------
です。
レスは悪いと思われますが、許してください。

しばらくのお別れですが、再会を楽しみにしてます。
では、いってきます。
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 Subject: ウルムチまで来ました
    Date: Thu, 11 Oct 2001 18:17:59 +0900
    From: "hasegawa" 

皆さんお元気でしょうか?
長谷川は今中国のウルムチまできました。
場所としては中国のかなり西のほうで、タクラマカン砂漠です。
十月三日に下関を出港して、五日に青島に上陸。
そこで一泊して、列車で済南へ移動。
また一泊して青島から300キロくらいのとこです。
さらに翌日、済南から一気にウルムチまで列車で移動。
こいつがえらい長くて3500キロときた。
2泊三日の列車の旅でした。
で、ここ三日間はウルムチに滞在中です。
今日カザフスタン領事館へトランジットビサの申請をした。
一週間後の受け取りだから、明日はトルファンへ移動して少し骨休めかな。
ぶどう棚のあるオアシスの町で、いいとこらしい。
なんだか移動の記録になってしまいました。
まあ、移動ばかりだったので。
一週間で、陸路海路の4000キロの旅でした。
さすがに移動ばかりだと、へたっちゃいます。
すこし、オアシスで休養するかな。

米軍がタリバンを攻撃したと聞きました。
とりあえず、中国国内は問題はなさそう。
しばらくは様子を見ながら旅を続けます。
みなさんではまたしばらくして。

追伸。とりあえず、このインターネットカフェは日本人留学生たちが利用しているの
で、
日本語のつかえるコンピュータです。
文字化けはしてません。
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 Subject: ウルムチに帰りました
    Date: Fri, 19 Oct 2001 15:00:46 +0900
    From: "hasegawa"

みなさんお元気でしょうか。
日本ほ今きっと過ごしやすい季節でしょう。
ウルムチは昨日またみぞれに近い雨が降り、とても寒い一日でした。
山はもう雪化粧しています。

一昨日の夜中、クチャという砂漠のオアシスから列車で帰ってきた。
昨日ようやく申請していたカザフスタンのトランジットビサを入手できた。
今日、列車の切符を買いに予定。
本当に今日買うことができるかは、駅に行ってみてかな。
今日か明日に切符が買えれば、明日にはトルファンへまた小旅行したいな。
あこがれのトルファン。
そのあと、またウルムチに戻っていよいよカザフスタン。

さて、このあいだウルムチを出て昨日までのことを書こう。
もうちょっと、つきあってください。
クチャまで寝台バスに乗るため、ウルムチ南郊外のバスターミナルまで行った。
ターミナルの前まで行ったら、ちょうど出てくるバスがあった。
昇降口が開いてて、おやじが俺の肩をつかんであわめいてる。
なんだか、どこ行くんだって聞いてるらしい。
クチャって叫んだら、いきなり押し込まれた。
俺の言った発音は合ってたのかわかんないままバスに乗っちまった。
ほんとにクチャ行きなのか?
今更違っても、バスは走り出してるし、途中で降ろされる方がよっぽど困る。
けど、次の昼にはクチャに着いたから間違ってなかったみたい。
しかし、16時間の移動時間のはずが20時間かかった。
夜中に渋滞があったり結構故障してたみたい。
その上、窓際の寝台だったからさむかったー。
寝台バスについても書きたいけど、とりあえず省いちゃいます。
クチャについて、真っ先にホテルに行った。

クチャには2泊した。
着いた日にウイグル人の住む街を徘徊した。
やっぱりいいなー、イスラミックな街は。
街というより、居住地だけど。
高い木々の中に、高い土塀に囲まれた家々。
開いた扉から見える、中庭には日よけの葡萄棚。
そして、ベッド。
家は中庭を囲むように建ってて、すごくくつろげそう。
翌日は郊外の故城を見に行った。
その時、不思議なことが。
街中でタクシーを捕まえた。
通りの向こうに留まってるタクシーの運転手と目が合った。
で、目的地までいくらか聞いた。
すると、思ったより安かった(しかもかなり)。
となりに婦警がいて、簡単な英語で運転手の言ってることを補足してくれた。
まあ、婦警がいるからぼられなかったんだろうな。
で交渉成立。
レッツゴー。
とここまではいいんだけど、なぜか婦警もタクシーに乗り込んでくる。
???
しかも、バイクを歩道の半端なとこに置いたまま。
途中で降りるのかなと思ったら、結局街に戻ってくるまで一緒に乗ってた。
挙げ句に果てには、ちょうど昼どきに戻ったから、彼女の家まで送って行って。
きちんと交渉が守られるかチェックしてたわけどもなし。
最後にホテルまで言って、交渉通りの金払って、無事終了。
あの婦警はなんだったんだ?
運転手とできてたのかも。
警官がそんなことでいいのかー!
しかも、警察のバイクを路上に何時間の放置して。
ちょっと奇妙な遺跡めぐりだったな。
しかし、ウイグル人居住地はよかったな。
最高の雰囲気だったあ。
また、それは写真で。
で、翌日早朝の列車に乗ってウルムチへ。
これは、早朝から夜中の日をまたがない移動。
途中の高原は最高の景色だったな。
で、昨日ビサを受け取って、銀行で換金。
ビサについてもいろいろ書きたいけど、これも省いちゃいます。
列車の切符の窓口の時間があるから。
早めに行って、並ばなきゃ。
並んでも取れるかは、よくわかんないとこだけど。
これもいろいろ書きたいが、また時間があれば。
とにかく、これについてはザッツ チャイナ!なわけです。
最後にこれは書きたい。
銀行での出来事。
俺が換金してると、隣の窓口のやつがもめてた。
俺の方を見て’ここの奴等は英語わかんないんだからなー’って言う。
で、話していくとアフガン人だという。
!!!???
で、受け取ってた金額がすごい!
100元札が高さにして1m以上はあったはず!
1元が15円。
1000万は超えてるはず。
すげー。
なんなんだ?
でさらに、’おれ日本にいってドバイ(アラブ首長国連邦)行くんだ。’
また、えっ!?って思わされた。
とにかく、怪しいやつだった。
タリバンかも?
だいたい日本行くのに、なんで中国の金持ってくんだ?
ドルだろ、ふつー?
中国から日本へ密航するのに、中国の金なのかなあ?
日本はアメリカよりもアフガニスタンのあるユーラシアに近い
てことでしょうか。
やっぱり、公共の閉塞空間に近寄るのは避けたほうがいいかも。

では、そろそろ切符を買いに行ってきます。
あと、なかなかメールの返事ができなくて申し訳ありません。
散文もお許しを。


※本ページはhasegawa氏から送られたメールを、本人の許可を得て転載させていただきました。
 原文そのままで修正等していません。多少の誤字脱字は大きな心で見てくださいね。



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