教官は小学4年生


『アースラ所属の嘱託魔導師、高町なのはです。今日から三ヶ月間、皆さんの戦技指導をすることになりました。よろしくお願いします』
 ぺこり、と壇上の少女がお辞儀をすると同時に、整列した37人の新人武装局員の中に驚きともとまどいともつかないざわめきが広がる。
 壇上に立つ少女は、管理局所属の魔導師であることを示す赤い色のエンブレムを胸につけて、訓練生と同じ演習用の簡易戦闘服を身につけていた。年齢は10才くらいだろうか、利発そうな子ではあるが、服装以外はどこをどう見ても管理局の先輩には見えない。出自を示す唯一の簡易戦闘服にしても、あうサイズがなかったのか手足の裾を折っているという有様だ。どこかぎこちない笑顔を浮かべるその姿は、誰がどう見ても年相応の少女のそれだった。
『えと、それじゃあ簡単に自己紹介します。1年前にロストロギア”ジュエルシード”をめぐる事件がきっかけで管理局に嘱託魔導師としてお世話になっています。担当経歴は最初のジュエルシード事件LJ−1401号と、その半年後のLF−0328号事件に参加し……』
 少女が自らの経歴を説明するが、整列した新人武装局員たちはその話をほとんど聞いていなかった。いや、正確には、あまりの事態に混乱し、話を聞くどころではなかった。
「おいおい、聞いてないぞ。なんであんな小さな女の子が戦技教官なんだ」
「ひょっとして俺たち、全員そろって来る場所を間違えたのか?」
「今年は武装隊仮配属中の嘱託魔導師が教官を務めるって訓練要項にはあったけど、まさか、なぁ」
 彼らのとまどいは無理もない話。名誉ではあるがハードであることでも名高い時空管理局武装局員の志願者は、そのほとんどがミッドチルダの軍学校を優秀な成績で卒業したエリートで占められている。その彼らを厳しく指導する教官がよりにもよって10才以上年下の女の子なのである。
 そして、その戸惑いはさほど時を置かずして不安へと姿を変える。こんな教官で大丈夫なのだろうか、と。もっとも、この場で一番不安がっていたのは当の教官本人だったりするのだが。

(どうしよう、すごく大きな人ばっかりで、なんか怖いよ。やっぱりユーノ君ついてきてもらった方が良かったかなぁ)

 まあ、こちらはこちらで無理もない話。なにしろ、なのはは日本に帰れば普通に小学校に通う身なのだ。なのはからしてみれば立派な大人を相手にしているのと同然、そんな相手に寄りにも寄って戦闘の手ほどきをするというのだから。先代の戦技教官からは「技術的には立派にやっていける」とのお墨付きをもらってはいたが、いざこの人数を目の前にしてみればどうしても気後れしてしまうのもしょうがないことであった。
 だからといって任された仕事をやらなくて良いことにはならない。もともと責任感の強いなのははそのことをちゃんと理解していたし、簡単に弱音を吐くつもりはなかった。
「がんばらなくっちゃだね」

 教導隊志望ということで、なのはが担当することになった新人戦技実習の訓練カリキュラムは、大まかには個人技指導と集団戦闘訓練の二つに分けられる。
 個人技指導では射撃、防御、飛行等の魔法戦闘を行うときに必要となる基礎技能修練が主となり、それぞれ専用の訓練施設を使用することになる。
 一方集団訓練ではより実践的なメニューとなり、チームを組んで課題をクリアするといった組織的な作戦行動を行うための訓練を行う。
 魔法という技術は個人によって方向性が大きく異なるため、個人指導においても適正に合わせたカリキュラムをくみ上げる必要があるし、集団訓練においては個人の能力に合わせた役割分担が重要になってくる。
 通例、訓練期間の前半分は各員の能力底上げのための個人技指導が行われる。後半の集団訓練で足手まといになるような弱点をつぶした上で得意分野を持つのが理想とされているが、実際のところ新人訓練でそこまでの余裕が出来る局員はほとんどおらず、軍学校時代とは比べ物にならないハードな訓練を行ってようやく足手まといを卒業できる、というレベルになれる。
 魔法という技術は個人によって能力の方向性が大きく変わってくるため、訓練メニュー自体は教官のアドバイスを受けながら各個人が自分で組むことになる。したがって、個人技指導においての戦技教官の仕事はまずは新人達の技量の確認、個人の特性を見極めるための基礎テストを行う。次いで弱点の指摘と訓練課題の指示となる。

 一通りの基礎技能テストが終了した後、なのはは改めて全員を集合させた。
「えーと、一通りみなさんの技量を見せてもらいました。個人ごとの詳しい内容は明日までに端末の方に送りますが、とりあえず全般的なことをふたつ。
 みなさん、魔法を使っている間、周囲のことを全く見ていません。技能テストはあらかじめターゲットが決まっていますので、一つの魔法に集中することができますが、実戦ではそんなことはありえません。まずは呪文の詠唱に入る前に全周囲を確認する癖をつけて、できれば、呪文の詠唱をしながら周囲にちゃんと気を配れるようになってください。
 あと、詠唱に入るまでが遅すぎます。詠唱時間はデバイスの助けを借りたりすれば誰でも短縮できますし、威力や精度も装備である程度はなんとかできます。でも、詠唱までの動作が遅いのはどうしようもないです。こと戦闘に置いてはそれは致命的な隙になります」
 なのははここでいったん言葉を切って、訓練生たちを見渡した。さすがに話を聞いていない者はいないが、かといって納得している様子もなければ、真摯に受け止めている様子もない。ただ、聞いているだけだ。
「ここまでで、何か質問はありますか?」
 ゆっくり5つ数えるまで反応を待った。誰も何も言わない。
「本当に、質問はないですか?」
 こんどは10まで数えてみた。ひそひそと話し声は聞こえてくるが、やはり誰も手を挙げなかった。
「個人的に相談したいことがある人は、後でわたしの端末まで連絡をいれてください。それでは、本日の訓練はここまで。お疲れさまでした」

 結局、次の訓練になっても誰も相談してくることはなかった。

「わたしって、そんなに頼りないかなぁ」
 アースラのラウンジで訓練生の資料をまとめながら、なのははひとりため息をついた。
「だいぶ苦労してるみたいね、なのはちゃん」
「あ、リンディさん……」
 なのはに声をかけたのは戦艦アースラの艦長、リンディ・ハラオウンだった。アースラ所属の嘱託魔導師であるなのはの直属上司にあたるが、上司と言うよりも親友のお母さんという感じの雰囲気を持った女性である。
「はい、訓練生のみんなが全然相談に来てくれないんですよ。やっぱりわたしが女の子だから、その、頼りないみたいで……」
 なのはの言葉に、リンディは苦笑いをしてあごに手をあてた。
「そうねぇ、自分の半分くらいの年の女の子に言われても、素直に聞けないわよねぇ。私の方から言って聞かせることも出来るけど、それじゃあ根本的な解決にはならないし……」
「やっぱり……。困ったなぁ、このペースだと後半の集団戦闘演習に支障が出るかもしれないのに」
「そんなにひどいの?」
「あ、いえ、みなさん静かな環境ゆっくりであればある程度はできるんですけど、集中しにくい状況での訓練が全然できてなくて。たぶん、今の調子で訓練してシュミレーションの目標課題をクリアできても、いざ実戦になると実力の1/4も出せないんじゃないかと」
 なのはが初めて魔法を使ったのはプレシア・テスタロッサ事件のとき、ジュエルシードがとりついた怪物を目の前にしてのことだった。フェレットの姿をしていたユーノのに突然魔導杖レイジングハートを渡され、問答無用で襲いかかってきた怪物に初めて使う魔法で立ち向かわねばならなかった。ラウンドシールド、デバインショット、デバインバスター……なのはが得意とする魔法のほとんどは、そういった実戦の中で覚えたものばかり。
 そんななのはの目から見れば、訓練生達の鍛錬は練習のための練習をしているにすぎず、いくら時間をかけたところでとうてい実戦で使えるとは思えなかった。
「だから、もっとタイミングを計るとか、動きながらとか何か+αの要素をいれて訓練するように言ってるんですけど、特に工夫した様子もないし、何をすればいいのか分からないにしても誰も相談してくれないし……」
 気落ちした様子のなのはを慰めるように、リンディはなのはの肩に手をやる。
「私が直接動くとあとあとわだかまりになるかもしれないからたいしたことはできないけれど、一度みんなに相談してみればどうかしら。
 いろんな人に話して意見を聞いてみれば、なにか良いアイデアが浮かぶかもしれないわよ。今日はまだ時間あるんでしょう? 今ならちょうどクロノやフェイト、それからはやてちゃんたちも手があいてるから」
 リンディのアドバイスに、なのはは笑顔でうなずいた。
「はい、じゃあ、そうしてみます。ありがとうございました、リンディさん」

執務官クロノ・ハラオウンの場合

「なるほど。確かに、訓練生はそれぞれ軍学校時代に正規の訓練を受けているし、なのはの言ってることも教本にある内容だから、頭では理解していると思うよ」
 アースラに所属するA級以上の魔導師の中で、クロノは唯一士官学校を卒業している。当然、学校での戦闘訓練も積んでおり、今の訓練生たちの立場がいちばん分かっている人物だ。
「でも、今のままじゃ絶対まずいよ。あれじゃあ、前線にはついて行けないよ」
「それはその通りだ。彼らはまだ管理局の実力主義が体に染みついていないというのもあるだろうけど、ちょっと性根を鍛える必要がありそうだね」
「それはそうなんだけど、そこが難しくて……。何か良い方法はないかなぁ」
「厳しい実戦を潜り抜けた者の言葉には経験に裏打ちされた重みがある。二つのロストロギア事件において最前線で戦い続けてきた君にその資格は十分だ。もっと自信を持って接すれば良いんじゃないかな」

執務官見習いフェイト・ハラオウンと、使い魔アルフの場合

「たぶん、みんなはなのはのすごさがわかっていないだけだと思う。戦わずにそれを感じ取れる人はすごく少数だし、私も最初はそうだったから」
 なのはの親友であり、そしてライバルでもあるフェイトは、なのはの敵にも味方にもなったことがある。彼女もまた、魔法戦闘については幼い頃から英才教育を受けた身であり、だからこそ独学実戦の中で鍛え上げられてきたなのはのすごさを最も身にしみて理解している。
 使い魔のアルフも同様で、フェイトを救ってくれたという恩もありなのはにかなり同情的なところもある。
「きっとなのはのことをなめてかかってるんだろうね。新人局員なんて、束になってかかったところで一撃で吹っ飛ばされるに決まってるのに」
「そ、それはやってみないと……」
 憤慨した様子のアルフの過激な物言いに、なのはは苦笑いを浮かべた。
「そうだよなのは、がつんとやっちゃえばいいんだ。ああいうのはさ、いい気になってるところをばしーっと叩きのめしてやればおとなしくなるもんさね」
「アルフさん、それはいくらなんでも乱暴すぎ……」
「そんなこといったってさ、言ってわからないんだったら力でわからせなきゃ」
「いや、でも……」
 身振り手振りを交えて過激な発言をするアルフに気おされ、なのははフェイトに目で助けを求めた。
「だめだよアルフ。なのはに叩きのめされたら怪我するだけじゃすまない。これは訓練なんだから。そうだよね、なのは」
「フェイトちゃん、それフォローになってないよ……」

嘱託魔導師八神はやてと、守護騎士たちの場合

「うーん、うちそういうのはようわからんなぁ。シグナム、どう思う?」
 つい三ヶ月前の闇の書事件から魔導師としての道を歩き始めたばかりのはやては、ある意味なのはの立場に最も近い存在だ。まだ下半身麻痺だったころの影響が抜けきらず身体的に大きなハンデを背負っているものの、魔力、センスともに優れた素質を持っており、日本ではなのはやフェイトからも魔法の手ほどきを受けることもある。
 そして、はやての使い魔(厳密には少し違うが)である守護騎士たちは、闇の書事件のおりになのはとも一般武装局員とも直接刃を合わせたことがある。新人局員となのはの実力差を最も理解していると言える。
「格上の教官から教わる気にならないというのではれば、それは訓練生の怠慢。そんな腑抜けは戦場に出ても足手まといになるだけ、早めに切り捨ててしまうべきでしょう」
 守護騎士たちのリーダーであるシグナムの意見は厳しい。配下の守護騎士たちの中にはそんな不心得者はいないが、闇の書の時代から幾度も指揮官としての激しい戦いを潜り抜けている。その経験から、覚悟のできていない敵などいくらいたところで物の数ではないことをよく知り抜いていた。
「ホント、身の程知らずもいいとこだよな。手加減無しの実戦訓練でもんでやればいいんだ。あの悪魔のような強さを体験すりゃあ、いやでも思い知るだろうさ」
「ヴィータちゃん、悪魔ってそんな……」
 守護騎士の中でも最年少のヴィータは、何度もなのはと1対1で戦っている。なのはの砲撃の威力を身をもって知っているだけに、意見にも実感がこもっている。
「まったくだ」
 ヴィータの心のそこからの言葉に、ヴィータとツーマンセルを組むことの多いザフィーラも心から同意する。
「でも、単なる訓練でそこまで危険なことをするわけには……。普通の人たちがなのはちゃんの本気の一撃をもらちゃったら、間違いなく死人が出ますし」
「シャ、シャマルさんまで……」
 あまりの言われように泣き笑い状態のなのはは、はやてに目で助けを求めた。
「みんな、言いたいことはようわかるけど、ちょっと正直すぎやで。なあ、なのはちゃん」
「はやてちゃん、それフォローになってないよ……」

無限書庫司書ユーノ・スクライアの場合

「うーん、確かにある程度はしょうがないかなぁ。僕だって、レイジングハートが最初に反応したときにはここまですごいって分からなかったし」
 なのはが最後に訪れたのはユーノのところだった。プレシア・テスタロッサ事件のときに、初めて魔法を教えてくれたのも彼だったし、以降も彼の助言は何度もなのはの悩みを解決してくれた。実際、魔導師としての技量もそこそこ、知識なら一流の域にある、なのはが最も頼りにしている相方である。
「ユーノ君がわたしに魔法を教えてくれたときと同じようにやればいいのかなぁ」
「いや、それはちょっと、ほら、なのはっていろんな意味で規格外だから……」
 なのはが何気なくぼやいた言葉を、ユーノはあわてて否定する。ユーノにしてみれば教えると言ってもヒントを出したくらいで、実際のところなのははほとんど独学で魔法を習得している。そんなまねが誰にでも出来るはずもなく、なのはが特例中の特例なのだ。
「もぅ、ユーノ君もわたしを化け物扱いする……」
「あはは、ごめんごめん。なのはの場合、環境が厳しかったし、レイジングハートも普通の魔導杖じゃなかったって言うのもあるんだけどね。ところで、僕もって、他の人にも同じようなことを言われたの?」
「うん、フェイトちゃんたちとはやてちゃんたちに」
 なのははフェイトやはやてに相談したときのやり取りを身振り手振りを交えて再現して見せた。
「……って。ひどいでしょみんな」
「まあ、フェイトにしても守護騎士にしても、一度はなのはにやられてるわけだから、気持ちはわからないでもないかな。
 いやほら、なのはみたいな、その、かっ、かわいい女の子が、あんなにすごい攻撃魔法を使うなんて普通は思わないからね」
「でも、それを言ったらフェイトちゃんだってわたしと同い年だし、ヴィータちゃんなんてわたしよりもちっちゃいのに」
「いや、それは、その……ほら、なのはって砲撃魔法がメインだからさ。いや、そういう話じゃなくて、訓練内容をどうするかってことだけど……」
 多少意識して”かわいい”と言ってみたがあっさりスルーされて軽くショックを受けたユーノは、気持ちを切り替えるべく話題を訓練の話に戻した。
「うんうん、何かいいアイデアはない?」
「アイデアってほどのものじゃないけど、今までのカリキュラムを大幅に変えてみても良いんじゃないかなって。
 探せばきっとあると思うんだ、なのはにしか出来ないやり方が、さ。僕も協力するからさ、いっしょに考えようよ」
「ありがとうユーノ君。やっぱりユーノ君がいっしょだと心強いよ。
 みんなの話を聞いていてなんとなく思ったんだけど、わたしが直接訓練の相手を出来れば良いんじゃないかなって」
「確かに、それが出来れば理想的だけど、とりあえず問題は二つ。
 一つ目は、37人を直接指導するのは時間的に難しいってこと。誰かを指導してる間、他の人は見れないからね。
 もう一つは、なのはの魔力が強すぎるってことかな。普通に模擬戦闘をしても最初の一撃で叩きのめされたんじゃ訓練にはならない」
 ユーノが指摘した二つの問題はなのはも感覚では理解していた。後者については手加減をすればよいのだが、実はなのははこの手加減が大の苦手だった。なまじ周囲に強力な魔導師ばかりがそろっており、手加減するにしても基準になるレベルが高いためだ。
「うーん、みんないっぺんに指導するのは何とかなると思うんだけど、手加減が難しいなぁ」
「手加減だけならいろいろ方法はあるよ。瞬間最大出力を制御できるデバイスを使うとか、単純に練習するとかね。こういう練習だったら僕でも付き合えるし」
「ほんと!? さすがユーノ君。その方法、教えてっ」
 ユーノの言葉になのはの表情は明るく弾む。
「いや、でも、時間的な問題はどうしようもないと思うんだけど、なんとかなるっていったいどうやって……」
 ユーノの問いに、なのはは何の躊躇もなく自信満々で回答した。
「実は、全員をいっぺんに見る良いアイデアがあるんだ」

 なのはが提出してきた訓練プラン変更申請書を見て、リンディは驚き半分あきれ半分で言葉が出てこなかった。
「その……だめ、ですか? 直すところがあればユーノ君と相談してもう一度提出しますけど……」
 上目遣いにリンディの様子をうかがうなのはに、リンディは微笑みかけた。ダメなら取り下げるとは言わないところを見ると、よほどこのプランに自信があるようだ。
「そうね、とりあえずは条件付でやって見ましょう。念のため、一回目だけはシャマルさんにサポートについてもらいます。終了後、訓練状況のレポートを提出して、有効性が認められれば今後も継続してやるということでどうかしら」
「やったぁ、ありがとうございます、リンディさん。
 じゃあ、早速ユーノ君と打ち合わせしてきます」
 なのはは満面の笑顔でリンディの承認サインが記入された訓練プラン変更申請書を受け取り一礼すると、司令室から駆け出していった。
「なんとまあ、相変わらずものすごいというか、むちゃくちゃというか……」
「なのはちゃん、何の用だったんですか、艦長?」
 なのはと入れ違いに司令室に入ってきた執務官補佐のエイミィが、興味津々といった表情でリンディに問いかけた。
「ちょっと新人武装局員の戦技指導プランのことで、ね。次の訓練、ちょっと面白いことになりそうよ」
「なるほど、いつものアレですね。それでやる気満々だったんだ」
 何事にも一生懸命でまっすぐ困難に立ち向かおうとするなのはは、時には無茶と思える行動をとることがある。が、何度もそれに付き合っているブリッジクルーはそれが決して考えなしの強行突撃でないことを知っていた。ただ、その過程においてハラハラさせられることには違いないのだが。
「そういえば、明後日はオフよね、エイミィ。午後から何か用事はある?」
「え? 特に予定はないですけど」
「じゃあ、悪いんだけど、なのはちゃんの授業の様子、見てきてもらえないかしら」
 許可こそ出したものの不安は残っているのか、リンディの声からは何かを懸念している様子がうかがえた。
「はい、いいですよ。やっぱり心配ですか、なのはちゃん」
「本人は大丈夫だと思うんだけど、訓練生の方が……。なにしろあんな訓練は管理局全体でも例がないでしょうし」
「……なのはちゃん、いったいどんな訓練をするつもりなんですか?」
「それは見てのお楽しみ」

「なあ、演習カリキュラム変更通知にあった合同演習場ってここで良いんだよな」
「ああ、そのはずだ」
「しかし、だだっ広い場所だな。いきなり集団訓練でもやるのかねぇ」
 訓練生たちが集められたのは、どこの訓練施設でも一つはある100人単位のユニットが複数動き回ることを想定して作られた広域作戦演習場だった。直径約4kmにおよぶすり鉢状の岩場で、基本的には平坦だが所々に3〜4mはある岩や塹壕が配置されている。
 集団訓練になれば人数とプログラム内容によってはこの合同演習場を使用することもあるが、まだ個人技能訓練中である訓練生たちがお世話になるはずがない場所である。
「やっぱりあの教官じゃ頼りにならないから、誰か連れてきててこ入れするんじゃないの? 集団戦の見学とかかも」
「それはありうるな。まあ、言ってることは案外まともなんだけど、あんなかわいい顔で言われてももなぁ」
「確かに、扱いに困るよなぁ。うちの姪っ子にちょうどあれくらいの女の子がいてさ、なんかイメージダブっちゃってさ。
 ……を、うわさをすれば、ちびっ娘教官殿のお出ましだ」
 訓練生たちの前に現れたなのははいつもとは違い簡易戦闘服を身に着けていなかった。かわりに、白を基調とした見たこともない制服を身につけ、普段は持ち歩いていない魔導師用の汎用デバイスを手にしている。さらに、助手らしき少年と女性が2名後ろに控えており、浮遊移動型の特殊カメラのセッティング作業を行っている。訓練で助手がつくのはこれが初めてだった。
 いつもと違う雰囲気にざわついた訓練生たちを気にもとめず、なのはは訓練の概要説明をはじめた。
『えー、通知したとおり、訓練カリキュラムを変更することにしました。今日の結果次第では多少手を入れるかもしれませんが、せっかくこんなに広い合同演習場を使用する許可をもらいましたので、みなさんがんばりましょう。
 今日は全員で集団模擬戦闘訓練を行います。デバイスの攻撃魔法のダメージ種別は魔力のみに設定してください。使用するフィールドは中央部半径500m、制限時間は40分とします。
 なお、模擬戦闘にはわたしも参加します。チーム分けについては、わたしが参加するチームはハンデということで人数を減らします。Aチームはわたしとアッシビーさんの2名、Bチームは残り36名全員です。あ、チーム分けについてですが、今回はランダムに決定しましたが次回以降は事前に希望をとって抽選にします。
 えっと、それくらいかな。今日の訓練内容について、何か質問はありますか?』
 あまりの内容に、その場にいた誰もが凍り付いた。何かいろいろ致命的なのだが、どこから質問していいやら途方に暮れているというべきだろうか。
 訓練開始から一週間で集団訓練をすること、教官も参加した上で集団で模擬戦闘を行うこと、チーム分けの極端な人数比……何もかもが前代未聞だった。
 後方で機器のセッティングをしていたエイミィもさすがにこの内容には驚いた。
「ふえー、さすがはなのはちゃん。思い切ったことをするなぁ。あ、ユーノ君、4カメまでの設置終わったよ」
「あ、すいません、エイミィさん。見学なのに手伝ってもらっちゃって」
「いいのいいの、気にしない。ところで、なのはちゃんの持ってるデバイス、レイジングハートじゃないみたいだけど。あと、バリアジャケットも似てるけどいつもと違うよね」
「ああ、さすがにレイジングハートを使うと勝負にならないんで、ハンデをつけてるんですよ。あのデバイスは出力リミッタがついていて、瞬間最大魔力上限を訓練生の1.5倍程度に設定してあります。登録されてる無詠唱魔法なんかは訓練生のデバイスと同じです。
 バリアジャケットはいつもの姿に似せただけの制式戦闘服です。こっちにもリミッタをつけてます。普通にバリアジャケットつけちゃうと、訓練生の攻撃力じゃどうやっても防御貫けなくなるんで」
「無詠唱魔法の登録がデフォルトのまんまってことは、なのはちゃんの得意な砲撃も使えないってことだよね。そこまでしないと勝負にもならないってことかぁ」
「うーん、自前の詠唱は有効なんで、砲撃ができないわけじゃないです。まあ、リミッタもあるし、バレルを展開するような超威力の砲撃魔法はまず無理でしょうね」
 なのはの基本戦闘スタイルは誘導弾で相手を追い詰めて砲撃でしとめるというロングレンジ戦術。事実上砲撃が封じられている今、その戦術は使えないことになる。ただし、通常射撃の威力と射程は訓練生より上なので、基本的にはミドルレンジより遠い間合いでの戦いなるはず、とユーノは見ている。
「それだけハンデつけて、さらにこの人数差かぁ。いっぺんに前につめてこられるとさすがのなのはちゃんでもきつい勝負になるかもね」
「そうなるようにセッティングしましたからね。けど、なのはだからなぁ……。むしろやり過ぎないか心配というか」
「まあ、いざとなればシャマルさんの癒しの魔法があるし、大丈夫でしょ……たぶん」
 なのは本人が聞いたらほっぺた膨らませて怒りそうな会話を交わしている間に、作戦タイムも終了、審判兼救護のシャマルが戦闘開始を告げる。後に『タカマチ式』と呼ばれることになる戦闘訓練が始まった。

『それじゃ、アッシビーさんは打ち合わせ通り前衛を。側面に回り込んでくる相手についてはわたしが射撃で牽制しますので、正面から来る相手の足止めをしてください』
 人数で圧倒的に劣るAチームは、開始直後から包囲されないように左方向へ円を描くように移動していく。円運動の中心から30m以上後方に位置するなのははかなりの高速移動を行っているが、円運動そのものはかなり緩やか。その間、なのはは先回りや回り込もうとする動きを速射を重視した射撃魔法でけん制する。
 対するBチームは、36名を4つの小隊に分けてそれぞれがばらばらに行動していた。そのうち一つは前衛となって守りに徹しているアッシビーを攻撃するが、連携が不十分な上に後方からのなのはの射撃にかく乱され、決定打がないまま消耗戦に近いこう着状態に陥っていた。残りの3隊は散発的になのはに対して射撃を行っていたが、グループとしての動きに無駄が多く有効な攻撃はできていなかった。
 一見するとAチームは善戦はしているものの防戦一方、Bチームは人数差に余裕があるがなのはを追いきれずうまく間合いをつめれずにいた。

「まずは様子見、って感じかな。あいかわらずなのはちゃんの空間把握能力はすごいね。間合いのとり方が絶妙」
「けど、攻撃の方がかなり抑え気味ですね。デバイスのリミッタ出力まではまだだいぶ余裕があるはずなんだけど、意図的に威力を絞ってるみたいだ」
 ユーノが操作する端末には、もともと地上にすえつけられている固定カメラに加え、今回持ち込んだ魔力測定機能付きの浮遊カメラ4つ、さらに訓練生たちとなのはが持っている簡易レシーバがリンクされて、戦術解析エンジンがはじき出した戦況レポートがリアルタイムに表示されている。
 戦闘開始からそろそろ1分半が過ぎようとしていたが、双方前衛に多少の消耗とダメージはあるものの、後衛はまったくの無傷のまま状況は推移していた。やがて、フィールドを1周して戦闘開始一近くまで戻ってきたとき、なのはが教官用チャンネルを開いて訓練生全体に通信を始める。
『みなさん、作戦たててないんですか? 動きがてんでばらばらです。わたしの方が射程が長いんだから、もっと積極的に間合いをつめないと』
 いつものにこやかな笑顔を崩さず、話しの調子も普段と同じ、戦闘中とは思えない余裕のある口調で言葉を続ける。
『反撃の余裕を与えちゃいます。こんなふうに……シュート!』
 なのはがトリガーコードを唱えた瞬間、Bチームの周囲をぐるりと取り囲むように設置型の射撃魔法陣が実体化する。その数、およそ50。間髪をおかず、同じ数の魔力弾がBチームを襲った。
「うわ……花火みたいだ」
 ユーノの端末には上空からの映像が映し出されていた。なのはの魔力光はもともとピンク色で映えるというのもあるが、ほぼ円形に並んだ射撃魔法陣から打ち出された魔力弾が一転に集中していく様子は逆回しに再生した花火そのものだった。
 汎用の設置型魔力弾はデバイスの補助機能を使えば無詠唱でしかける事ができる。なのはは戦闘開始直後から間断なく背後にこれらの射撃魔法陣を設置し続け、円を描くように逃げつつBチームを開始位置に誘導したのだった。
「ほんと、こうやって画面に見てる分はきれいなもんだね。なんか威力はシャレになってないけど」
 数が多すぎて一部しか記録できていないが、1発1発がデバイスリミッタ値の70%近い出力を記録している。つまり、訓練生の全力攻撃に匹敵する魔力弾の集中砲火がBチームに向けられたことになる。
 狙いがつけられたものではないのでわざわざ避けずとも命中しないものも多いが、前後左右から同期して押し寄せてくるそれらは、もはや射撃ではなく弾幕と呼ぶべき攻撃だった。さらに、正確に一点を射抜くようセッティングされた魔力弾は中心部で集束融合し、数秒後に強烈な魔力圧によりコアが崩壊、制御を失った砲撃魔法のようにその場で暴発する。
 この一瞬で爆心地近くにいた7名が脱落した。訓練生たちは自分たちが相手にしているのが次元の違う存在だということをようやく理解した。
『シャマルさん、いま落ちた人たちの治療をお願いします。
 それじゃアッシビーさん、作戦第二段階、行きますよ』
 いきなり戦力の約20%を失って混乱するBチームを、なのははさらに追撃する。合図とともに守りに入っていた前衛のアッシビーが突然攻めに転じ、内部に切り込んでいく。その動きに合わせなのはからは速射弾と追尾弾が放たれる。
 射撃魔法陣によるトラップの設置をやめた分、威力、間隔ともに先ほどとは比べ物にならない密度の援護射撃、さらに追い討ちの誘導弾がアッシビーの体をブラインドにして打ち込まれる。身をかわそうとすれば隊列か崩れ、防御すれば著しく魔力を消費する上に隙を与える。
 人数がものを言うはずの前衛戦が、完全にAチームのペースとなった。
「くそっ、教官に自由に撃たせるなっ」
 後衛部隊が混乱から立ち直り、なのはとアッシビーの連携を断ち切りにかかるまでの間に、さらに前衛3名が脱落する。
「二手に分かれろ。片側から追ってたんじゃ教官のスピードにはついていけないっ!」
「ひるむな、相手はたった一人なんだぞっ」
 半ば悲鳴じみた怒号が飛びかい、接近戦を得意とする数名が左右からなのはへ突撃を敢行する。
『うーん、狙いは悪くないですけど』
 戦闘が継続しているにもかかわらず、全員通信用のチャンネル開きっぱなしでアドバイスを続け、にこやかな笑顔を崩さない。崩さないまま、右手側から接近する3名に無詠唱による速射三連を浴びせる。速射した分ダメージは少ないが、戦闘経験の少ない訓練生はそれだけで足が止まってしまう。
『接近戦がしたいなら多少のダメージを覚悟してでも近づかないと追い込まれるだけですよ。ほら、ロックオン』
 通信用のインカムにすら拾えない小声での短い詠唱とともに、なのはの回りに複数のこぶし大の光球が発現、追尾弾となって足の止まった訓練生に襲いかかる。アレンジが入っているのか、通常とは違いランダムに速度を変えながら寄せ来る追尾弾はかわしてもかわしても執拗にターゲットにまとわりつく。
 結局、3人ともこの追尾弾をかわしきることはできなかった。
 一方、この隙をついて反対側から接近を試みた2名が魔力の刃で背後からなのはにうちかかった。
 なのはは左手一本でラウンジシールドを展開、二人の攻撃をまとめて受け止める。リミッターがあるため魔力的に十分な耐久力が確保できないが、シールドがとぎれる瞬間に勢いが死んだ刃を受け流し、同時に後退することで相手の体勢を崩す。
『防御させたからって油断しちゃだめですよ。遅延攻撃の的になっちゃいます』
 先ほどなのはがいた場所に遅延型の射撃魔法陣が励起、そこに真正面からつっこむ形になった訓練生に魔力弾による零距離カウンターが入る。

「これで、また4人撃墜……っと。散開して攻撃されても、ちょっとでも時間差ができちゃったら各個撃破しちゃうのね、なのはちゃん。なんか一方的になってきちゃったなぁ」
 オペレーターとして戦闘をモニタすることの多いエイミィは、モニタ上で表示される数字だけを見ても戦況を瞬時に把握することができる。まだ戦力としては半数以上を残すBチームだが、もはや趨勢は決したと言って良かった。数が多いので少し時間はかかるだろうが、今の動きではなのはを追いつめることすらできないだろう。
「正直、Aチームに一人加えたのだってハンデだったんですけどね。なのは一人で戦うとアクセルチャージャーで好きに移動できるけど、前衛がいるとなるとそうも行きませんからね」
「でも、ぶっつけ本番とは思えないくらい見事に連携しちゃってるんでだけど……あ、また1人おちた」

 接近戦をつぶされてしまったBチームは、中距離での撃ち合いを強いられることとなる。それはなのはが最も得意とする間合いでもあり、じわじわと消耗するのは目に見えていた。
「こ、こうなったらっ! 悪く思うなよ、アッシビー」
 この時点でBチームの司令塔となっていたキノヤは、ここで前衛への集中攻撃を決断する。直接なのはを狙うよりも、前衛を落として一か八かの総攻撃を仕掛ける作戦だ。
 前衛が3人がかりで動きを封じ、なのはへ向けていた射撃をすべてアッシビーに集中する。もちろん、その間にもなのはからの射撃は続いており、着実に落とされていく。が、底知れぬ魔力を持つなのは相手に消耗戦を挑むよりはましな作戦であるといえた。
 ただでさえフル機動が続き疲労がたまっていたアッシビーは、この集中攻撃で脱落する。
「よし、全員でつっこむぞ!」
 この時点で、Bチームが残り7名にまで消耗していたが、一丸となって突撃すればせめて一矢報いることができる。そう考えての一斉攻撃だったが、なのははそんなに甘くはなかった。
『みなさん、密集しすぎですよ』
 気がつくと、なのはのデバイスを中心に砲撃魔法に使われるバレルが展開されていた。
「ほ、砲撃魔法っ!? まずい、チャージの隙を与えるなっ」
 あわてて距離を詰めてプレッシャーを与えようとするものの、時すでに遅し。なのはの後方で発動した9つの遅延射撃がバレル中央で衝突、崩壊したエネルギーを吸収して本来もっとかかるはずのチャージを一瞬で終わらせる。
『ブレイクシュート!』
 光の奔流がBチームの生き残り全員を飲み込んだ。

 ユーノが操作する端末に表示されていたストップウォッチは6分49秒で停止した。
「いくら集団訓練も受けてない新人っても、これはふがいない。一撃いれるどころか、なのはちゃんの余裕の笑顔すら崩せなかったね」
 エイミィが溜め息をつく。
「ああ、なのはが笑ってたのはわざとですよ。『わさびは笑いながらすれ』って言うくらいで、笑顔を意識しておけば力が入りすぎるのを防げるんですよ」
「へー。……ってちょっとまって、なのはちゃん、あれでセーブしてたの?」
 エイミィの問いに、ユーノはあらためてなのはの方に視線を向けた。魔力を根こそぎ削られてノックダウンしたごつい男たち37名の中央で、1人にこやかに仁王立ちするなのは。ユーノは乾いた笑いをあげることしかできなかった。

『ユーノ君に記録してもらったデータは後で各自にメールします。来週の講義までに各自反省点を三つ以上見つけて、今後のカリキュラムに組み込んでください。次にちゃんと活かしてくださいね。
 あと……すみません、できるだけ手加減はしてたつもりですけど、怪我をしてしまった人はシャマルさんに見てもらってください。
 何か質問はありますか? なければ、今日の訓練はここま……』
「あ、あのっ、教官殿っ」
 いつもであればその場で解散する訓練生たちだが、目を見合わせて中の1人が決意をかためて手を挙げる。
『はい、なんですか?』
 初めての反応に、なのはは思わず顔を綻ばせる。
「ひっ……あ、いえ、そのっ、この模擬戦は、こ、今後も、行うのでしょうか?」
 怯えた様子の訓練生に、なのははとびっきりの笑顔を投げかけ、質問に答える。
『はい、もちろんやります。とりあえずは、週1回ずつ、慣れてきたらだんだんハンデを減らしていって、最終的には手加減なしでできるといいなぁって思ってます』

 しばらく後、なのはは新人局員たちから畏怖と尊敬を込めてこう呼ばれることになる。アースラの白い悪魔、と。
 なお、訓練そのものは例年以上の成果を上げ、三ヶ月の訓練を耐えきった訓練生たちは皆本配属直後から即戦力として活躍することになる。

END


 メガミ文庫版の魔法少女リリカルなのはがあまりにもすばらしかったので突発で思いついたネタが、いろいろあってこんな話になりました。
 コミックス版の設定とは若干食い違うところもありますがその辺はまあスルーということで一つ。

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