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アメリカの家庭に住んで、あれ?と思ったことがある。それはドアの開閉についてである。開閉といっても、開け方や閉め方ではなく、開け閉めの状態についてである。まず、トイレのドア、これは使用中以外は常に開いたままになっている。閉まっていればだれかが入っているということで、これは家庭だけでなく、公共のトイレでも大体そうであるから気を付けなくてはならない。 さて、次は個室のドアについてではあるが、これは眠るとき以外は、半開きにしておくのがよいようである。ふすまや障子と違い、ドアというのは、いったん閉めると、外部の世界からくっきりと遮断され、ある意味では、外部を拒絶するという意味になる。手紙を書いたり、授業の下調べをしているときも、ドアを開けておくと、 「アキラ、明日の予定は?」とか、 「今日こんなことがあったのよ。」 などなど、みんな気軽に部屋に入ってくる。疲れた日にお昼寝をしたいときは、ドアを閉めておけば誰も入ってこないというわけである。 私は、9ヶ月の間に3軒の家庭にホームステイしたが、私を除いて、みなさん眠るときもドアは開けっ放し、もしくは半開きであった。一人一人個室はあっても、家族はいつもオープンで心通わせ合うもの、ドアの開け閉めにも、生活の知恵、文化があるんだなあ。もちろん、冬もセントラル・ヒーティングで、家中暖かいということもあるけれど。 日本の家は、戸といえば、昔はふすま、障子が普通であった。この場合、半開きはよくない。開けたら閉める。こちらは閉める文化である。しかし、きちんと閉まっていても、鍵があるわけでもなく、所詮、材質は紙であるから、開放感は十分あった。最近は欧米風家屋が増え、どこの家庭でもドアが多く見られるようになったが、閉める文化のあるところ、頑丈なドアも、みな閉める。子ども部屋なども、中から鍵のかかるドアも多く、ガチャンと戸を閉めて閉じこもり、親が自由に出入りできないなどといったことも聞く。 心を知らず、形だけの真似はどんなものかな、と思う。ふすまや障子の頃の日本の家庭や家族のあり方に思いを馳せ、古い日本の文化を恋しく思う。 |