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ダウンタウン

シティホール(市役所)
トムの家


 
 ア メリカのダウンタウンとは、都市の中心地、ビジネスの中心地、繁華街のことをいう。ピークスキルのダウンタウンも、この小さな市の中心で、市役所、銀行、郵便局、映画館、商店などが並んでいる。さて、2軒目のステイ先モーリーンの家は、このダウンタウンから歩いて、7,8分のところにあった。ダウンタウンのまん中を貫く大通りを北へ進むと、大きなモニュメントが建っている。(何のモニュメントだったか失念!)このモニュメントの手前を左に曲がると、大通りの喧噪をよそにひっそりと10数軒の住宅が建ち並び、その先は行き止まりになっている。その左手、 角から3軒目がトムとモーリーンの家であった。                                         

 図書館やクリーニング屋さんにも近いし、これは便利でいいと、引っ越し早々の、勤務を終えたある夕方、一人で張り切ってダウンタウンに向けて歩き出したのだが、ど
うもこの大通りの雰囲気はすっきりしない。自分でいうのも何だが、勘のいいのが自慢なのである。道沿いのいくつかの建物は荒れ果てたまま放置され、道端には雑草が生い茂っている。歩いている人の目つきもよくない。(よくないように思えたのである。)楽しみにしていた図書館でも落ち着かず、早々に引き上げたのだが、後で、ここは7,8年前までは、麻薬の売人やプロスティテュートのたむろする犯罪大通りだったということを聞き、やっぱり!と思った。その頃、トムは、モニュメントに出る角のことを地獄の門と呼んでいたとか。今は犯罪もかなり少なくなったということだったが、この後、11月の初めだったか、麻薬所持の若者が追われてこの横丁に逃げ込み、大捕り物劇があった。私は、奥の自分の部屋で、5歳のダイアンに折り紙を教えて
い て、表の騒動に気づかなかったのだが。                                               
 そんなわけで、高台の高級住宅地にあったダイアンの家とはまた違った人々の暮らしぶりにも接することが出来た。ダウンタウンの近くにはテネメントと呼ばれる生活保護所帯向けの高層アパートがあり、黒人の母子家庭の子どもたちがたくさん住んでいた。とても人なつこい子どもたちで、学校の外で会うと、抱きついてくる。小学生の間は可愛いが、中、高校生になると、色々と問題も起きてくるようであった。大通り周辺には、ラティノと呼ばれるヒスパニック系の人達を多く見かけた。ピークスキル高校でも、美術の授業中、やる気のない生徒達のスペイン語のおしゃべりに手を焼いたミスターグラスバーグは、度々大声で、「紳士淑女諸君 !英語で話したまえ!」と、叫んでいた。                                                              
 
アメリカの社会を語るとき、人種問題を避けては通れない。人種のモザイク、人種のサラダボールといわれるアメリカ。マイノリティの人達にとっては、まだまだ住みづらい社会である。平和に見えたピークスキルもまた、アメリカの縮図であった。心優しく、大らかで、エネルギッシュなアメリカの人達は、差別意識のない理想社会の実現に向けて、この先、どのように歩みを進めていくのだろうか。                 
     
      
   
                                           

ヒルクレスト小学校4年生