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ニューヨークからハンブルグへ
住宅街(路上駐車可)


 9月に新学期が始まってから、忙しい日が続いた。ピークスキルの小中高校はもとより、近郊の、ハドソンリバー沿いのブキャナンやクロトン・ハーモンといった古い町や村の小中学校からも招かれて、1日4〜5時間の授業をする日が続き、いささかくたびれた。ボランティアの仕事なのだから、1週間かそこらの休暇は取れるだろうと、バーバラと話し合い、10月半ば、ドイツ旅行へ出発OKとなった。ハーバードで知り合ったベティーナを訪ねる為である。

 ダイアンの妹ノエルが、旅行会社にパートで勤めているので、格安航空券を頼み、アイスランド・エアーのハンブルグ行きの安い航空券を手に入れた。あまり聞いた事がない航空会社なので、トムに聞くと、きっとプロペラ機だよとからかわれたが、ちゃんとしたジェット機で安心。10月14日夜、ニューヨーク・ケネディ空港から、ひとり、レイキャビック及びコペンハーゲン経由ハンブルグ行きに乗り、ドイツ1週間旅行へと飛び立った。

 レイキャビック空港での待ち時間はうんざりするほど長かった。それに時差のせいで、一体全体、何時間経ったのか、疲れた頭で考える気力もなく時間を過ごした。窓の外の暗闇に目をこらしても何にも見えない。復路は昼間であったが、空港の外はみはるかす平原で、絵はがきで見るレイキャビックの美しい町並みなど見ることは出来なかった。しかし、空港の建物の内部は、北欧のムードで、白木の壁や真っ赤なドアなど、なかなか美しい。売店では、アイスランド特産の手編みのセーターがたくさん売られていた。

 コペンハーゲンで、またまた整備の間待たされた後、やっとのことでベティーナの待つハンブルグ空港に降り立った。ベティーナ・マイヤーは、身長168p、金髪、緑色の目、如何にもドイツ娘らしい風貌で、鮮やかなオレンジ色のキンセンカの花束をもって、朝の空港で私を待っていてくれた。

 ベティーナの運転する緑の小型車で、勿論ドイツ車で、ベティーナの自宅に向かったが、すっかり秋の深まったハンブルグの町のクラシックな美しさに、アメリカとはひと味違うヨーロッパを実感した。ニューヨークも紅葉の美しい頃だったが、ここハンブルグは、それより1ヶ月程季節が進んでいて、街路樹はすべて黄褐色、地面も落ち葉に覆われて、10月半ばにして既に晩秋の雰囲気であった。

 ベティーナの両親の住む家は、都心に近い美しい家々の建ち並ぶ住宅街の一角にあり、大屋根の重厚な建物であった。広い前庭、奥行きの深い建物、しかしその裏にまた広い庭がひろがっていて、大きなリんごの木が3本も植わっていた。収穫されたばかりの赤いりんごが、大きなかごに溢れんばかりに置いてある。うーん、ここもまた、日本の住宅事情とは、天と地ほどかけ離れていたのであった。
ハンブルグ港