No.28

ニューヨークからハンブルグへ(2)

ベティーナの家


 ハンブルグの町は第二次世界大戦で殆ど破壊されたと聞いていたが、古い伝統ある建物や町並みは見事に修復され、ヨーロッパ有数の調和のある美しい町となっていた。敗戦後50年を経て、かくも美しく自国の文化や伝統を守り育てたドイツという国に感心した。                                              
 ドイツの北部に位置するハンブルグは、南ドイツに比べると、気候が違うばかりでなく、ベティーナによると、人々の気質も大いに違うということであった。知的で洗練され、都会的であるということだ。確かに、電車の中、バスの中、エレベーターの中、或いはレストランなどで大声で喋る人はいない。町全体が静かで、落ち着いた雰囲気である。また、町を歩く人々の服装は、とてもおしゃれである。男性達もバーバリの長いレインコートの襟を立て、靴をピカピカに光らせて、なかなか素敵であった。服装にこだわらないアメリカの暮らしの後なので、よけい新鮮に思えたのだろう。

 ハンブルグはまた、私の最も好きな作曲家ブラームスが生まれ育った地でもある。あの重々しく、かつロマンティシズム溢れる音楽が生まれた背景はここだったのかと思うと、ベティーナと歩く町並みも、教会も、船の中から見る運河沿いの風景も、なにを見ても感慨は尽きなかった。

 さて、ベティーナは一人っ子であるが、普段は両親の家に住まず、車で15分ほど離れたアパートにボーイフレンドと住んでいる。私の滞在中は、ボーイフレンドのフランクは放りっぱなしで、べったり両親の家に泊まり込んでいた。お父さんは50代後半、大柄、温厚な紳士で、ハンブルグの大企業に勤めるサラリーマンである。毎朝、モスグリーンのBMWに乗って出勤する。夕方は早く帰ってきて、お料理を手伝ったり、食後には皿洗いをしたりと、アメリカの男性達と同じく甲斐甲斐しい。毎晩上等のワインを開けて、カンパイ!を繰り返し、「アキラ、明日はスペインのワインにしようね!」などといって夜遅くまで温かくもてなして下さった。お母さんは、もと美少女といった美しい女性で、専業主婦であるが、アパート管理の仕事もあるらしく、また今はご主人のお母さんの看病に通ったりと忙しい様子だった。しかし、毎晩の手の込んだご馳走に感激した。                                      
 べティーナとベルリンへも足をのばした。ベルリンの壁崩壊から7年を経過していたが、もと東ベルリン地区を歩いたり、壁のあった辺りを実際に見ることが出来、深い感慨を覚えた。楽しい1週間の滞在を終えて、ハンブルグ到着から1週間後の10月20日、日曜日早朝、ベティーナとお父さんに見送られてハンブルグ空港を後にした。

       


ハンブルグ大学にて