| この頃になるといつも、ヤンキーズが今年と同じくワールドシリーズに優勝した1996年のあの夜の事が思い出される。何しろあの秋は、9月に新学期が始まってから、ヤンキーズが試合に勝つ度に、職員室は野球の話題で沸騰したものだった。職員室といっても、日本の様に、机が並んでいるわけでなく、まん中に10人程が座れるテーブルがひとつ、窓際に、印刷機、冷蔵庫、コーラなどの自動販売機が並び、後は流しとトイレがついたこじんまりした部屋である。ドアにはファカルティ(教職員)と書いてあり、生徒は一切入ることは許されない。 ここに昼食時になると、先生達が持参の弁当や食堂で買ったハンバーガーなどをもってやって来る。ランチタイムは、一斉ではなく、学年別に時間割りが組まれていて、先生達も代わりばんこの食事となる。子どもたちも、給食といっても半数が家から弁当を持参し、後の半分の子どもたちは、セルフサービスのカウンターで、その日のメニューから好きなものを買い、食堂でランチタイムとなる。この世話をするのは、エイドと呼ばれる助手の人達で、先生達は例のファカルティルームで、わいわいと野球の話題に花を咲かせているわけである。 小学校の先生は、日本と同じく、女性が多いのだが、この話題をリードする男の先生のお喋りはすさまじく、それに浮かれて大声をあげる女の先生もいて、なかなかの賑わいであった。 1996年11月7日、忘れもしないその日は、バーバラが企画した大人のための美術館及び観劇のバスツアーの当日だった。前々から計画されたプロジェクトの一つで、教師、教育委員会に勤める人、保護者、その配偶者といった大人達を対象にしたものである。マンハッタンから1時間のところに住みながら、普通の大人達は、オペラや美術館に、さして関心もなく生活しているものと見える。バーバラの意図としては、エンリッチメントの幅を大人にまで広げようということだろう。午後3時半、バスは教育委員会(アドミニストレーション・ビルディング)前から、大人40人ほどを乗せて、一路、メトロポリタン・ミュージアムへ。美術鑑賞の後は、ミュージアムのレストランで食事、その後8時から、リンカーン・センターで『ホフマン物語』を鑑賞、と豪華な夕べが続くのだった。 何もかも満たされて、豪華で幸せな夜だったのだが、みんな一つ、関心事が他にあった。ヤンキーステイディアム!である。その夜の試合の行方と、終わる時刻だ。我々の帰りのバスは、スタディアムの横を通らなければならない。もしも、そこにさしかかる前に野球が終わっていたら、バスは大交通渋滞に巻き込まれ、1時前に家に着くのは難しいだろう。バスに乗り込むや否や、今聞いた美しい音楽の調べは何処へやら、ボリューム一杯の野球放送が、がんがん流された。あ、まだやってる!ヤンキーズ勝ってるぞ!がんばれ!騒然としたバスの中。そして、無事、スタディアム横を通り抜けた10分後に、ヤンキーズの優勝は決まった。歓声とやんやの喝采に沸く賑やかな思い出である。 そして、あの不夜城のように明るく輝き渡るヤンキースタディアム、まわりにとめられた夥しい数の車、あの光景もまた忘れられない。(1999.10.30) |
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