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| 9か月に及ぶアメリカ滞在も終わりに近づいた初冬のある日、ハンブルグのベティーナから、モントローズの私に電話がかかってきた。12月の初めに、帰国前の私に会うためにニューヨークに来たい、ホテルを何処か予約してくれないかということだった。 早速バーバラに相談、あちこちと手頃なホテルに当たってみる。バーバラは、生粋のブルックリンっ子(ブルックリナイトという)である。ブルックリンに生まれ育ち、マンハッタン北西部にあるコロンビア大学に進んだ。初任地はアップタウンにある小学校だったが、最初に言われたことは、ブルックリン訛を直せということだったらしい。今は美しい英語を、勿論ニューヨーク弁を話すのだが。そんなわけで、マンハッタンのことは何でも知っている。何丁目のあの辺りは通らない方がいいとか、バスはトランスファーといえば乗り継ぎできるよとか、ミュジアムに安く入る方法やこの店は安くておいしいなどなど教えてくれる。 そんな情報通のバーバラをしても、この時期のマンハッタンのホテル予約は無理のようであった。11月末に、ロックフェラー・センターのクリスマス・ツリーが点火されると、はや、町はクリスマス・ムードに包まれ、全国から、或いは世界各地から観光客が押し寄せる。いつもはカジュアルな服装の多い繁華街も、毛皮を着たマダム達や、フランス語、その他、聞き慣れない言葉を話すお金持ち風の人々が行き交い、特別な時期の到来を感じさせる。どの店も大きなクリスマス・ツリーやウィンドウの飾り付けに凝っていて、夜の町は美しい。 そんなわけで、12月6日から10日までの4泊、ベティーナをわがホストファミリー宅に迎えることになった。そして、私の勤務も、5日には段取り良く終わらせてもらい、心おきなく、マンハッタン通いを楽しめることになった。ベティーナはニューヨークは一度素通りしただけと言うことだったので、私は物知り顔で、得意になってあちこちと案内することになった。 雨にも負けず(中の1日はどしゃぶりだった)、寒さにも負けず、随分と歩き回った。9日には、バーバラのプロジェクト「クリスマスツリーを見る」ツアーにも参加し、何度も見たツリーを、子どもたちと一緒に見ることになった。3時半、ピークスキル駅に集合、中、高校生15,6人を連れて、ニューヨーク・シティまで電車で行く。ロックフェラー・センターでツリーを見た後、レキシントン・アヴェニューで照り焼きランチを食べるというコースである。これにはホストファミリーのバーニーも参加し、思い出深い夜となった。 私のマンハッタンへの片思いは、このようにして、じわじわと深まり、翌年の夏、ブルックリン・ブリッジのたもと、シティ・ホールのそばにある大学の寮に6週間滞在するに及んで、ますます、病こうもうとなったわけである。 1999.12.12 |
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