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4月も半ばを過ぎたある日、春は突然やって来た。なんという心地よい暖かさだろう。大人も子どもも、ジャンパーをぬぎ捨てて、早、半袖である。過ぎた冬が本当に厳しく、辛いものであったらしく、春の到来に誰もがうれしさ一杯だ。ホストティーチャーのバーバラも、薄いピンクの小花模様のワンピースを着て現れた。 住宅街も、数日の間に風景が変わってしまった。桜に似たドッグウッドの白い花、ピンクや紫の濃い花、薄い花、黄色いれんぎょうの花、数々の名前を知らない花々で、えもいわれぬ美しさである。通勤は、小学校、中学校は少し遠いので、車で送り迎えしてもらったが、高校は、ダイアンの家から近いので、朝夕、この美しい風景の中を、春を満喫しながら、歩いたものだ。しかし、この平和な風景の中で、一つ怖い話を・・・・。この高校の玄関の前に、古い大きな木が立っている。何やらいわくありげな木だなと、とは思っていたが、後で、独立戦争の折、捕虜になったイギリス兵が首を括られぶら下げられた木と聞き、それからは、前を通る度に、ブルッと、身震いしそうになった。ちなみに、ピークスキル高校は、現ニューヨーク州知事、ジョージ・パターキ氏の母校で、前庭にその旨を記した看板が立っている。 滞在も1ヶ月を過ぎると、生活のリズムも整い、余裕も出てきた。町を歩くと、あちこちから、子どもたちが、 「ハーイ、アキラセンセー!」 と、声を掛けてくる。なにせ、町中、行かない学校はないのだから、顔が知られるのは当たり前である。それに、アキラという名前も、こちらではフェミニンで美しい名前といわれ、誰も彼もが直ぐに覚えてくれて、呼びかけてくれる。長年、男の人と間違えられて、苦労の多かった名前であるが、ここにきて、苦労が報われたというのは、ちょっと大げさかな。 さて、私の仕事は、アメリカのこどもたちに日本を知ってもらうことである。日本の地理、歴史、暮らし、学校、文化、習慣などなど、授業の内容には事欠かない。初めてのクラスでは、まず世界地図をひろげ、 「ジャパンはどこにあるのかな。誰か出てきて教えてくれる?」 から始まることが多い。知っていると手を挙げ意気揚々と出てきた子どもが、日本を見つけられず、中国大陸の上を必死に探す場面も何度かあった。友達に教えられて、やっと日本を探し当て、 「あれ!こんなに小さいの?」 と、びっくりするのには、こちらもまいってしまう。国土はアメリカの1/25、人口は1/2、確かに狭い。地価の高いのも無理ないなと、日本を教えながら、遠い日本に思いを馳せた。 |