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この季節になると、今年は誰々が100kmマラソンに挑戦! という話を聞く。TV番組のだけあって大抵一番盛り上がる 場面でサライをバックにそのランナーは登場し、喝采を浴 びる。 24時間で100キロなんて単純に計算すれば時速4キロちょっ とだ。こんのもの、誰でもできるだろう。 2008年7月11日午後10時30分 まだ夕立直後の不安な空模 様をエイヤッと気合いで振り切って出発した。 本当のことを言うと、気合いでも入れなければ止めてし まいそうだったからだ。 作戦はこうだ。 マラソンで走りきるのは到底無理なので平均時速5キロで 歩き通す。暑さを避け夜のうちにできるだけ距離を稼ぎ、 日が高くなったら涼しい場所で仮眠をし、また夜に歩いて およそ24時間後にJR水戸線の「やまと」駅がゴール。 そこからはビールを抱え飲みながら電車で帰るのだ。 作戦は完璧に思えた。 まずは朝倉小の大時計を写して出発の記録しようとした がデジカメがトラブル。仕方なくそれはパスして、煌々と 照らす真塩接骨院の看板でチェックするとバッテリーを拭 けとある。シャツで拭うとなんてことなく直った。 ここは教え子の家だ。きっとヤツは今もあのギョロッと した目玉で患者さんを看ているのだろう。 亜希子の家の前を通って坂を下り、ネッツの角を由紀乃 の家の方へ。 バーミヤンはつい先日訳あってドタキャンした現場なの で、なるべくそっち方面を見なずに通り過ぎる。 バイパスに出るとさすがにまだ車の往来が激しい。梨売 店の並ぶ歩道を行くとここも教え子の家がずいぶんある。 踏切を渡って井野さんちに寄ると酒臭い長い顔が出てき た。こんな顔を見るとこっちの意気込みはみるみる萎んで いく。 水とバナナをもらって出ようとすると突然雨が降ってき た。 まだ降り残しがあった。 昼間見たら恥ずかしくなるほどボロの傘をもらい、ヤメ テオケ!の声に送られて再び出発した。 駒形駅を抜けて再びバイパスへ。雨は止んでもう傘は不 要になり、もう一方の手はバナナを握っているので歩きづ らい。 駒形インターを過ぎ、K's電気、ムービックス、そしてゴ トーガットまでで家を出てからすでに2時間も経っていた。 普段、車であっという間の距離が歩くとこうも遠いのか。 すでに足や腰に違和感があり、完走できるのか少し弱気 になった。 バイパスを折れ桃の木川サイクリングロードに入る。 こんな時間に通る者はいないので、ここぞとばかりに蜘 蛛の巣が張り巡らされ、先日遡航した沖縄の川を思い出し た。 ユウガオ?花の名前は判らないが黄色い花がきれいだ。 伊勢崎市民病院の公園で休憩。バナナを無理矢理口に押 し込んで、その皮を思い切りヤブに放り投げる。 タケノコは今頃夜勤で働いているだろうか。 タケノコの白衣姿を思って病棟を見上げた。 街角ステーションで自販機で飲み物を買う。何となくカ ロリーゼロのコーラのボタンを押してしまう。 違うだろうこんな時こそ高カロリーだ。 もう午前1時になっていた。 伊勢崎のメインストリートは飲み屋から帰ろうとする客 や代行業者、さらに客引きの怪しげなおっさん達が入り乱 れている。その中を脇目もふらずに通り過ぎる俺には誰も 声を掛けようとはしなかった。 不健康な時間帯に俺の姿は不釣り合いなほど健康的すぎ る。 川を渡ると日乃出町とある。ここは俺の本籍地で昔は良 くこの近くの親戚の家まで通ったのだが、その頃は身体が 弱くてそのたびに車酔いをして、いつも周囲から心配され た。 快調な歩きが続き、何となく頭がハイ状態になっている が判る。 良いぞ、この調子で行け。 午前2時30分 コンビニで夜食の調達ついでに場所を確か めるが、まだ伊勢崎を抜けてはいなかった。しかしかなり 歩いた感がある。靴も靴下も脱ぐと夜風が気持ち良くなで ていく。 すぐに太田市の標識が出てきた。しかし喜んだのもつか の間で、ここはかつての新田町で、いわゆる旧太田市まで はまだまだだった。 やがて前方の空が白み、南西に見えた木星は姿を消した。 それと供に睡魔が襲って意識が遠のいていくのが判る。足 は靴に中でエイリアンの孵化のようにじわじわとむくみだ している 睡い。 ケータイショップの前に赤いベンチが置いてあり、それ を見つけるとフラフラと道路を横切って走り寄った。 慌てていて靴がなかなか脱げない。靴下も脱ぎ捨てると 倒れ込む。しかしさあ眠れると思った途端に目が冴えてき た。やっぱり身体が興奮しているのだろう。 何度も足を振ったり、寝返りを打っているうちに眠りに 落ちた。 新聞配達のバイクの音で目が覚めると3人の仲間由紀恵 が俺を見つめていた。 まだ日が昇ったばかりで、雲の向こうで薄いオレンジ色 のまん丸い太陽が見えた。 10分も寝てはいなかった。 しかし太陽は加速度的に光量と熱量を増し、もうどうし ても寝ていられる状態ではない。 午前5時30分 ケータイ屋の時計で確かめるとその太陽に 向かって歩き出した。 今日は長い日になるに違いない。 すぐに市街地になり何人もウォーキングをする人とすれ 違う。しかし俺の格好はどう見てもそれとは違う。 電波の状態が悪いのか、黒の下着姿のおねーさんが通り まで身体を伸ばして電話をしている。 足利18km、やっと足利の文字が出てきた。 予定では夜のうちの足利までと思っていたのだが、だい ぶ甘かった。 母娘2人連れに駅までの道を尋ねられる。 何故かどこへ行ってもこのてのことが多いのは、どこへ 行っても地元の人間と思われやすいのだろうか。 北海道ではアイヌに、沖縄ではうちなんちゅーに。きっ とフランスに行ったらフランス人に間違われ、俺もボンジュ ールなんて言うのだろう。 まだ開店前のガススタのトイレを借りるが和式だったの で大はあきらめた。 座ると立ち上がる自信がないからだ。 日射しは圧倒的に強く、サングラスに帽子を目深く被っ て、建物の影を選んで歩いた。 信号待ちではポールや電柱の影に忍者のごとく入り込む のだ。 スバルの正門前。小学生の時に工場見学来たのはここだっ たのか。 午前6時30分 木之内に電話を掛けるとまだ眠っていた。 太田にいるが前橋から50km地点で帰るにはどこで折り返 したらイイ? 全く未知の道を行くのは目標が決められずに歩きづらい。 それで50km地点で折り返した方がベターだと考えたのだ。 足利に着いたら電話するので調べておいてくれと言って 電話を切った。 便利な飲み物を見つけた。ボトルごと凍らせたドリンク がある。これを腰に当たるようにザックに入れておくと身 体が冷やされて疲れがとれる。 ここまででおよそ35kmくらいは歩いたはずとコンビニの おっさんが言う。 足は痛いが何とか行けるぞ。ホノルルマラソンを完走し たミキちゃんには負けたくない。 日光例幣使街道新宿の辻の木札があった。 中学の時、群馬の旧街道というテーマでリポートを書い た記憶がある。たしか天皇か何かの使いが歩いた道だった その写真を撮っていると軽トラのおっさんにまたも道を 尋ねられた。 俺は前橋だから判らないよ。 俺はもっと遠い北橘から来た。 なんだか良く判らない会話だが、地図で現在地を教える と助かったと言って去って行った。 足利に入った。この辺りが八木節の発祥地らしい。 そうなのだ、八木節は今でさえ群馬の民謡のように紹介 されているが、本当は栃木県のをパクったのだ。 午前8時45分 郵便局で再び木之内に電話をすると佐野イ ンターで折り返せと言う。 前橋東署からおよそ52,3km 太田経由でもR50でも大差は ないらしい。 佐野なら次の町だ。目の前の道路標識に佐野まで17kmと あるが、インターなら町よりも近いはずだ。 再び元気が出た。 R50交通量は半端無く多い。あたり一面田んぼの中を走 るので日陰が無く、高度を稼いだ太陽は高熱ビームに加速 度をつけて降り注いで来る。 歩道橋を渡ろうとして思ったほど足が上がらずに転びか けた。 路肩のポールに前橋から42kmとあるのは前橋のどこを起 点にしているのか。インターまでは52,3kmだとするとあと 10kmもあるのか。 半分朦朧とした頭でそんなことを思った。 道は思い切りカーブをし、アップダウンを繰り返して続 いている。こちらは単純に距離の問題だからカーブなどし ていようが関係ないはずなのだが、無駄に弧を描きその行 き着く先は振り向かねばならぬほどで、おもわずぼやいて しまう。 もうダメだとばかりにガススタンドに寄り、店内で冷た い物を買って飲む。 これが何を飲んだのかが思い出せない。 カウンターの向こうでは車がひっきりなしに往来し、こ こからでもそこが熱と化学物質が反応する尋常な場所でな いことが判る。 店員にインターまでの距離を聞くとあと10kmと簡単に返っ てきた。 ということは折り返してここに戻るだけで4時間以上も かかるのだ。 普段は何気ない10kmが今の俺には果てし無く遠い。 道はゆっくりと上り渡瀬川を渡る。 ゴルゴダの丘を行くキリストの気分だ。 森高千里の「渡瀬橋」を唄おうとしたが出てこない。 橋の真ん中で何故かカメが仰向けに死んでいた。 暑い。 インターはまだか。 とうとう道路脇のポールが前橋から50kmになった。まだ インターは見えてこないが、木之内の話ではインターまで 行く必要なさそうだ。 50.3km地点で折り返すことにした。 家を出て丸々12時間経っていた。 一休みしようと付近で唯一の日陰である高架下の隧道に 逃げ込むが、中は埃っぽく、車も通るので落ち着かず、結 局すぐに歩き出す羽目になってしまった。 くそっ。 しかしこれからは前橋まで○○kmの標識を見ながら行け ばよいのだ。 そしてそれが49.9kmとなった時思わず顔がほころび、力 のないガッツポーズをした。 そのうれしさも一瞬で、次の瞬間にはもう暑い、暑いの 連発になる。 作業機械屋の庭先でホースを借り、頭から水を被った。 ドアを開け礼を言うと、隙間から冷たい風が勢いよく吹 き出し、しばらく閉めるのを忘れた。 もう昼も近い。まだ朝から何も食べてないし、涼しいと ころで休憩も必要だ。 目を付けておいた食堂に寄ろうとすると、店の前には30 台ものバイクが止まってライダーらしき連中がたむろして いる。 どう見てもくつろげそうにない。 くそっ。 別の店を探して歩き続けた。 桃の直売所では噴水を浴びた桃が美味そうに濡れている。 くそっ。 それを横目に歩き続ける。 やっと見つけた食堂で靴を脱ぐと両足とも大きな肉刺が できていた。特に左足がひどいのは右足が最初にいかれて、 それを庇っていたせいのようだ。 爪楊枝で水を出してテープを貼って治療完了。 どうみても素人のやっつけ仕事でいつまで保つのか不安 だ。 そのほか筋肉や筋の痛いところをテーピングしようとし たが、これまたどうしたらいいか判らない。 とりあえずその辺りをテープでぐるぐる巻きにした。 おばちゃんが食器を下げる音で目が覚めた。 眠ってしまった。 時計を見るとそれもわずか5分くらいだった。 午後0時40分 いつまでも店にいられる訳もなく、再び歩 きだす。 この一番暑い時間帯は休憩のはずだった。しかし辺りに 快適そうな木陰はない。道を少し入った集落なら公園とか 神社とかあるのだろうが、そこまでの距離がもったいなく 感じる。 その体力があったら、その分だけ前に進みたい。 また渡良瀬川を渡った。 暑い。 くそっ、○○。 おめーなんて最初から教えることなんか無いんだからどっ か他へ行けよ。 くそっ、○○。 もう6年も付き合ってるのになんでいつもそんなに他人 行儀なんだよ。 くそっ、○○。 そんなに曲を持ってきたって、全部なんてできねーよ。 くそっ、○○。 Eぐらいさっさと押さえられるようにしろよ。 ダメだ、他人の悪口しか出ない。このままでは人間がダ メになる。何か前向きなことを考えなくては。 あと2kmでカワチだ。 暑い。 田圃の向こうの、あの集落の木々のこんもりした辺りは お寺か何かだ。 あそこで涼みたいが、そこまで寄り道をする気力がない。 くそっ、○○。アホ、○○。ボケ、○○。 やっぱり悪口しか出てこない。 あ、木之内の車だ。 まだそんな判断力はあったようだ。 俺を追い越して左に曲がると畦道に車を駐め、薄笑いを 浮かべながらやって来て言った。 「まだやるんなら止めないけど、冷えたビールあるぜ。」 ビールに魂を売るのではない。だが今後のためにも休憩 は必要だ。そう長い、長い休憩が。 いつになるか判らないリベンジに向けて冷えたビールを ノドの奥深く流し込んだ。 佐野インターまで49.5km、折り返し8.5km、合計58km 歩行時間16時間 |