突撃!「のど自慢」始末記

 ある日、図書館で何気なく市の広報を見ているとNHK「のど自慢」の出場募集
があった。予選は4月6日午後1時から。当日は夕方からウクレレ教室のバイト
があるのでその前にちょーどイイ。
 イッチョ、応募するだけしてしてみるか。
 家の者に話すと、
「希望者がうーと(うんと)多いから予選に出るだけでもタイヘンだぞ。」
NHKのど自慢 出場希望!!
 
 
 前橋市○○○・・・
      アッチャー木村  
      職業:ドロボー
      027-261-××××
 
 
  曲目「津軽平野」 吉幾三 
 
       以前、 冬の津軽を旅したときに春を待つ人々と、岩木山の姿にこの唄が重なり感動しました。
       自作の三味線で唄います。
       
 ゲストは吉幾三、自作のカンカラサンシンを弾き、津軽弁で「津軽平野」を。 イントロは「津軽甚句」か「じょんから節」のフレーズを使おう。  通知の葉書を首を長くして待った。  その間にも様々なイメージトレーニングをした。歌だけではダメだろう。まし てほとんど唄ったことのない歌だ。予選通過には目立たなければ。津軽弁、ウチ ナー口、想定される質問に上手く答えられるように練習した。そして毎夜、風呂 場で歌を唄った。  やったぜ!とりあえず予選出場だ。    予選会場の市民文化会館に着くと、  うぉー、なんじゃこりゃー!  というほどの人、人、人。  予選出場者は250組というと300人以上がいることになる。  カラオケ大会の常連ような人々が集団を作って○○大会でねー、などと話して いる。  こっちではそろいのはっぴ姿をきりりと決めた集団。あっちでは流行のヒップ ホップなのか、デッキの音に合わせてステップを踏んでいる。  こりゃー、合格する訳ないナ。  858組の応募があり、そこから最後の20組が選ばれるのだ。  一人の持ち時間は40〜50秒。1番くらいは唄わせてくれると思ったが、こ れではサビまでも行かない。  イントロを短く変えなければ。アセル。  それでも124番の俺までまわるのに2時間半かかった。  吉幾三の曲を選んだのは失敗だった。ライバルが多すぎる。すぐ前のばあちゃん も「津軽平野」だった。「雪国」や「酒よ」も多かった。  マイクチェックでテキトーに弾いていると会場から思わぬ拍手が来た。  歌い出すと会場がしーんとした。聞き入っているのが判る。  いいぞ。  調子に乗っているとミスタッチをしてしまった。  その瞬間、身体からさーっと血が退き、頭の中が真っ白になった。その後は会場 の手拍子にごまかしたが・・・ ダメダ!  歌い終わるとアナウンサーからインタビューがある。  カンケーないというが、これがある程度合否の目安になるらしい。 「津軽弁で話していましたが、そちらのお生まれですか?」 「その楽器はご自分で作られたのですか?」  いいぞ!敵が食いついてきた。それに全国で行われているくせにカンカラサン シンを知らない。ということは過去にこれで出場した者はいないのだろう。  まだ少しだけ期待が持てる。  長い長い予選が終わり午後6時半、やっと発表の時が来た。  どんどん合格者の名前が呼ばれるがまだフタケタ、100番までに全員呼ばれ ちゃうのではと心配した。  112番、木村さん。  えっ。  124番、木村さん。  そうか、二人いたのか。  トーゼンという顔でステージに上がった。隣りに立った112番の木村さんは 残念会をしていたとかですでに酒臭かった。  その後、打ち合わせや音合わせで解放されたのは午後8時というのに、当日も 午前8時の集合になった。  そういえば以前NHKに出たときもたった3分の出演なのに2時間もリハされたっ け。  明日の衣装は基本的に今日と同じ。  待ってくれ。そんなつもりなかったからよれよれのジャージ姿だぜ。 「ジャージだけでは出ないでくださいね。」  佳子ちゃんに言われていた言葉を思い出した。  リハ開始。  入場、退場の練習。インカムを通して、もう一度お願いします!と指令が来る。  音合わせ。番号と曲名を言ったらすぐ歌い出す。お辞儀は禁止。 「これで3秒、3秒遅れますから。」  ディレクターが何度も強調した。 「君がritしているんだよ。」  俺の音合わせの時、バックバンドのドラムが言う。  バカヤロー、プロなんだから合わせろよ。意識してritしてんだよ。それにrit なんて言葉、シロートに使うか?  向こう(NHK)の意向でサビからバックバンドを入れることになった。しかし上 手く合わない。バックが入ると自分のサンシンの音が消されてしまう。  最初からバックバンド入れたら。  またインカムから指示が来た。しかしディレクターが、それでは(サンシンの) 意味がないと返す。  いいですよ、俺一人で弾きますよ。  しかし、それもディレクターは許さない。  結局、サビの数小節前からリズムを刻むことでダキョーした。  俺だけ何度も唄えたのである意味ラッキーだった。しかし津軽弁風や歌の合間 に吉幾三のマネをして「テカッ」というのはやめてくれと言われた。  ケッコー受けてたのに。  この時、バックバンドのこともあり少々投げやりになった。昨日はサンシンに マイクを仕込んでくれるとも言ってたくせに。サビへうまく入れるか心配で歌に 集中できない。 「木村さんが唄い終わったら吉(幾三)さんが側に来てこうこう話ますから。」  アナウンサーが言った。  そうか、そんなことまで決まっているのか。  どこかの地味なおねーちゃんが男3人引き連れて俺と交代にステージに立った。  なんだコイツはと思っていたら、唄い出すと上手いこと。ゲストの島津亜矢と マネージャーや付き人だった。  吉幾三はさすがにそれなりのオーラがあった。曲によって唄い分けていて、上 手くはないがウマイ。     本番まで1時間、控え室はしーんと静まり屠殺場に向かうウシ達のようだ。  喫煙所で一人のおねーちゃんと一緒になった。キンチョーして震えが止まらな いと言う。  手を握ってあげようかと言っても、返事もなかった。  みんな、出られるだけでもラッキー、858分の20だぜ。楽しんでやろうよ。    さて、いよいよ本番。  出演者は初めからステージにいるのでまったくキンチョーしない。  すぐ目の前に吉幾三が座っている。手を伸ばせば頭をひっぱたける。思ったよ り身体もデカイし白髪が多い。  島津亜矢は見違えるほどキレイになっている。化粧の香りが鼻先をくすぐった。  番組は流れるように進んでいく。  採点が厳しく感じた。「こんにちは赤ちゃん」なんて良かったのに。  人ごとではない。 「鐘は二つ以上鳴らしてください。」  また佳子ちゃんの言葉が浮かんだ。彼女もそろそろ自分のステージが始まるは ずだ。 他人の心配もイーけど、あのドタドタした歩き方は何とかしろと言いたい。  そして、あれよあれよという間に45分が経ってしまった。  とうとう世界デビュー(この番組は海外でも放送されているらしい)を果たし たのだ。不満も残るが、一つの番組に深くつき合えて非常に面白かった。  でも、もう出ることもないだろう。  結果?  それはNHKに敬意を払いOAで。  そんなことより、まずビールだあ〜!