伊江島へ
モノレールはまだ開通していなかった。
空港から繁華街まで自転車で行くことにした。
一年半前の冬、小雨の降るこの道を極度の下痢腹を抱えながら走っ
た。しかし今日は真夏の太陽の照りつける青い空、心地よく吹く海風
にハイビスカスの花が揺れていた。内地はまだ梅雨が明けていない。
国際通りもまだ10時というと車や人の波に押されることもない。
開いたばかりの土産物屋も眠そうで、いつもならうるさいほどの呼び
込みの声もまったく掛らない。
「今年の沖縄は酷暑で、もうひと月も雨が降っていませんよ。」
アカミネさんはそう言った。
とまりんの前で信号待ちをすると、地元のおねーちゃんは電信柱の
細い影に身体をねじ込ませていた。沖縄では鉄則の日陰待ちスタイル
だ。信号が青になると、どこからかまるで人が湧いたように現れてぞ
ろぞろと渡って行く。
泊港北岸から高速艇で伊江島に向かう。定員は40名。
こんな小さな船で渡るのだからきっと期待通りの島だろう。
しばらくすると海岸線に円形の大きな鉄柵が見えだした。
あれがきっとニュースなどで見る「象の檻」か。
こんなに大きなものとは思わなかった。ということはあのあたりが
基地の街・読谷か。
伊江島は沖縄戦で最初に米軍が上陸した島で、それだけに激戦が繰
り返され4700名もの犠牲があった。渡嘉敷や久米島で遭ったのと
同様の話が否応なしに聞かされるのだろう。
平たく横長の台地のまん中に、そこだけ空から摘まれた様なタッチ
ューの姿が見えてくると、俺は思わず身構えた。
伊江港は大きな待合所のある立派な港だった。おまけにさらに大き
なフェリーターミナルらしきビルが建設中だった。
このときやっと気づいたのだが、この島は沖縄本島とは直線距離で
数キロしか離れておらず、海洋博記念公園や美ら海水族館のある本部
から日に5便も1000トンクラスのフェリーが往来しているのだった。
自分も帰路はその船に乗るつもりだったのにすっかり忘れていた。
この島は俺の求めた離島とは違うのかも。いや探せばきっとこの島
ならではというものもたくさんあるはず。
自転車を組み立てながらそんなことを考えていた。
すぐに滝のように汗びっしょりになり、クーラーの効いた待合所に
逃げ込んだ。
初めての場所を往くのはいつもワクワクするものなのだが、ギラギ
ラの太陽のせいでそんな余裕もない。陽炎がゆらゆら揺れる道の向こ
うを目指して、ふらふらと自転車を漕いだ。
唯一のキャンプ場は島の東端のモクマオウの林の中にあった。隣が
すぐビーチになって、そこから聞きたくもない音楽が届く。今日は3
連休とあって本島からのファミリーキャンパーで賑わっている。
他のテントから離れた場所を確保し、これから一週間過ごす我が家
が完成した。その頃には黄昏時になりビールを手元に寝ころんだ。ゆっ
くりと暮れていく沖縄の空を眺めながらのビールは最高だ。
ところが、暑い。
モクマオウを抜けて吹く風は生暖かく、去年伊是名島での寒いくら
いの涼しさが夢のようだ。ビーチの音楽やキャンプ場のガキ供の嬌声
が騒々しい。無理矢理目を閉じても、身体を這い上がってくる小さな
アリや、降るように落ちてくるモクマオウの小枝がうっとうしい。
クソッと思い、真っ暗になった展望台に行くと一人の男がじっと酒
を飲んでいた。
彼も今日この島にやって来て、そしてやはり騒々しさからここへ逃
げてきたのだった。
「沖永良部から伊江島は最高と聞いて来たのですが・・・。」
一緒に喧噪の去る夜遅くまで黒糖焼酎を飲んだ。お奨めの場所はと
訊かれ、俺は来間島のナガマハマを教えた。
翌日、やはり彼は島を後にした。
そんな彼が羨ましく思えた。
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