たびんちゅ












































  飛行機が島の海岸線に沿って 降下し始めると青い波の上をいくつもの白いウサギが跳ねていた。

「明日はカヤックを出せそうもないので、フェリーで渡嘉敷に渡りましょう。」
   空港まで出迎えに来てくれたカミヤマさんが言った。今回、俺は念願の那覇 〜慶良間をカヤックで渡るために沖縄にやって来た。
   しかし、この波を見たらショーガナイとしか言いようがない。それでも慶良 間の無人島巡りができると思えばまだこの時は意気揚々とシュノーケルや食料 、ガスボンベなどの備品を購入していた。
   宿の近くの泊港では那覇ハーリーを明後日に控え、どこかのチームが一番手 の打ち鳴らす鐘のリズムに合わせてハーリー船の練習をしていた。

   翌日、カヤックを積んで渡嘉敷島行きのフェリーに乗った。カヤック運賃は 1艇500円と思わず嬉しくなる値段だ。
   これなら那覇に住んでいれば慶良間無人島ツアーなどはいつでも行けるな。
   港を出るとすぐにチービシが見えてくる。珊瑚礁の中に3つの小島があり、 そのうちのひとつは神山島という。そこにカミヤマさんを立たせて最強の神山 島にしたかった。
  チービシを過ぎたあたりからうねりが高くなった。
   おがさわら丸で東京湾から出たときと同じだ。
   「慶良間に渡るのは本島一周よりもむずかしいさー。」
   沖縄本島一周をカヤックで2回もし、途中数mもあるサメに擦り寄られたこ とのあるカミヤマさんが言うだけに説得力があった。

   外敵から渡嘉敷港を守る衛兵のようにそそり立つ大岩で白波が砕けていた。
   港の待合所にカヤックをデポして島唯一のキャンプ場のある阿波連ビーチに 向かった。そこまでは一本道で、どの車でもヒッチすれば乗せてくれることは 以前この島に来たときに学習済みだ。
   我々を乗せてくれたウエハラさんは話すのも運転も時速20km以下だった。
   きっとこの人の車は永遠に3速以上で走ることのないまま潮 風に錆びついてしまうだろう。

   7年前と同じくステージ脇の芝生にテントを張った。こちら側の海はいたっ て穏やかで、明日から巡る慶良間の島々が少々眠たそうな海に浮かんでいた。
  モクマオウの林でアサギマダラがひらひらと飛んでいた。
    ステージを居酒屋代わりにその夜は遅くまでカミヤマさんのナイショ話しにつき合った。
   明け方近く、スコールになった。薄いテント生地越しに風が昨夜から強くな りだしたのを感じていた。
   これでは今日もダメだろうな。
   半分夢の中でそう思った。

   テントから這い出ると雨は止んでいたが島の上には黒雲が重く覆い被さって、 いつ降り出してもおかしくない。
   今日は停滞、とカミヤマさんは釣りに出かけた。
   俺もこれといってやることもなく島の西側のビーチに行くと、これから出発 するぞと数艇のカヤックが安穏の海を睨んでいた。いつの間にか、雲の隙間か ら青空まで覗いてアカショウビンがうれしそうに鳴いている。
   クソッ。
   今朝のフェリーでやって来て、港からこちらへ運んできたようだ。一艇一艇 に名前が入っているのでツアーサービスのカヤックのようだ。
   我々もこちらに陸送できれば漕ぎ出せる。しかしこんな小さな島では6mも あるカヤックを、それも2艇も運べる車が簡単に見つかるとは思えない。
   渡嘉敷島でなく座間味島に渡っていたら内海の穏やかな海に漕ぎ出せた。と 思うといっそう悔しさがこみ上げてくる。

   テントに戻るとカミヤマさんがビールを飲んでいた。俺も一本貰い今後を相 談していると隣りにどデカ運動会テントが立ち始めた。その周囲にはプロパン ガスに大釜がふたつ、流し台と次々に置かれ、まるで安っぽいモデルハウスが あれよあれよとできあがった。
「沖縄のキャンプはこうさー。夜はカラオケもうるさいよー。」
   カミヤマさんが自嘲気味に言った。
   こんな事するなら家にいた方がよっぽど良いだろうに。
   改めて今日がGWの初日であることを思い知らされた。
    宮古島でも同様の事態に遭遇したことがあるが、はっきり言って沖縄人のキャ ンプは我々のそれではなく、宴会そのものなのだ。
   もう一日ここで停滞する気にはなれず、すぐに那覇行きのフェリーに乗るこ とにした。

   こうしてあっけなく慶良間カヤック行がすっ飛んでしまった。
    しかし俺はカヤッカーでもアドベンチャーでもない。しいて言えば「たびん ちゅ(旅人)」なのだ。さっさと気持ちを入れ替えて、明日からはチャリダーに 変身するのだ。
「本島一周するよりもむずかしいさー。」 
   小さくなっていく神山島を見つめながらカミヤマさんがまた同じ事を言った。

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