診療所にて−ある秋の日




 秋も深まったある日。旅団『水晶の光』の敷地内にある診療所では、皆が掃除に精を出していた。
「庭の落ち葉掃除、終わったぞ」
 ストライダーの武道家ビートが満足そうに笑って言った。
「屋内の掃除も終わりましたよ…うわ」
 ヒトの医術士ファルラーダが診療所から出てきて、落ち葉の山の高さに絶句していた。
「ふむふむ。皆、頑張ったようじゃの」
 診療所の責任者であるエンジェルの医術士セルティナが、雅やかに感嘆した。
「折角だから、焼き芋でも作るか?」
 ビートの言葉に、皆うなずいた。他の者も、落ち葉をただ燃やして処分するのももったいないと思ったのだ。
「芋なら、昨日のうちに用意しておいたぞ」
 セルティナは笑みを浮かべながら、台所に向かった。
 一方、ビートは落ち葉に火をつけようとしたのだが、湿気ていてなかなか火がつかない。火打石で丸めた紙に火をつけて、ある程度大きくしてから落ち葉に乗せるのだが、なかなか燃え上がる様子を見せない。
「ちょっと待っててくださいね」
 ファルラーダは診療所に入っていった。台所に火のついた薪でも取りに行ったのだろうか。そう思いながらも、ビートは火打石との格闘を続けていた。
 なかなかうまく火がついてくれない落ち葉に苛立ちを感じ、ビートが眉をひそめた頃、ふと背後に人が立った気配を感じた。
 戦士であるビートは、死角に人が来るのを好まない。反射的にビートはその場から飛びのいた。
 それとほぼ同時に、落ち葉の山が激しく燃え上がった。
「…脅かすな」
 ビートは、黒いローブに着替えてきたファルラーダを一睨みした。背後に立たれるのも、いきなり大きな炎を出されるのも、ビートを驚かせる行為だったのだ。
「ブラックフレイムじゃな。その術、その格好。まるで本物の邪竜導士みたいじゃの」
 芋を両腕で抱えながら、セルティナが診療所から出てきた。そして火かき棒で落ち葉をかき回しながら芋を入れていった。
「邪竜導士なら、着替えなくてもブラックフレイムを使えますよ」
 ファルラーダは、自分のローブの袖を引っ張ってみせた。
 ブラックフレイムは邪竜導士の使う初級アビリティだ。黒い炎で敵を焼き尽くす攻撃技である。本来ならファルラーダたち医術士に使える技ではないのだが、ドラゴンズゲートで入手した黒いローブにブラックフレイムの力が宿っていて、誰にでも使えるようになっていたのだ。
「その黒服、似合わねえぜ。大体、日常生活で攻撃アビリティを使うんじゃない」
 ビートは再びファルラーダを睨みつけた。
 なら着替えてきましょうとファルラーダが背を向けた時、ふとビートが言った。
「まさか、いつもの白衣にも攻撃アビリティがついてるんじゃないだろうな」
 ファルラーダの足が止まる。
 一瞬の沈黙の後、ファルラーダは照れ隠しに頭をかいて振り返った。
「あ…あの。あれにはニードルスピアがついてるんです。ブラックフレイムのローブを手に入れる前に、何となく『攻撃アビリティが欲しいな』って言ったら、イライザ団長がくれたんです」
 ニードルスピアもまた邪竜導士の使う初級アビリティである。単体にしか効果のないブラックフレイムとは違い、目前の敵全てに闇の針を打ち出す効果がある。威力はブラックフレイムに劣るが、攻撃範囲が広いことから、多くの邪竜導士が常に活性化しており、また邪竜導士以外の者もニードルスピアの使えるアイテムを求めている。
「良いのう。ニードルスピアつき白衣とは。わらわもそろそろ武器や防具を新調したいのじゃが、なかなか…」
 セルティナが溜息と共に言った。ドラゴンズゲートでは様々なアイテムが手に入るが、狙ったアイテムが都合よく見つかることは少ない。
「あ、もしよかったら、差し上げましょうか? 団長からは、2着貰ったんです。聖衣ですから、セルティナさんにも着られる筈です」
 冒険者はその職業によって、着用できるアイテムに制限がある。重いが丈夫な聖衣は、ファルラーダやセルティナたち医術士にとって、最良の防具だった。
「他にも、色々持ってるんですよ。気高き銀狼のついた拘束服とか、華麗なる衝撃のついた術士服。ハイドインシャドウもあるんですよ」
「随分と物持ちだな。…それとも、処分していないだけか? ニードルスピアが使えるなら、銀狼や衝撃はいらないだろうに」
 ビートは呆れた。
「何となく、愛着があるんですよ。それに、どこかで使うことがあるかもしれないと思うと、処分できなくて」
 いらなくなったアイテムを、適切なやり方で“処分”すると、“修練度”というポイントを得られる。それを修練場で支払うと、アビリティを習得できたり、アイテムを強化したりできるのだ。
「今にロッカーが満杯になるぞ」
 ビートは鼻を鳴らした。
 そんな時。
「あら? もう終わったの、焼き芋パーティ?」
 『水晶の光』の団長・エルフの紋章術士イライザがやってきた。
「せっかく、バターも用意してきたのに。終わっちゃったなんて、残念だわ」
「終わった? 始めたばかりじゃぞ」
 セルティナが小首をかしげた。
「でも、もう匂いもないし、焚き火もなくなっているわよ」
 イライザがファルラーダたちの足元を見る。つられて3人も足元を見た。
 火はすでに消えていた。ただ、黒い煤が残っているだけだ。平べったく地面に広がっていたが、風が吹くとあっさり拡散した。落ち葉や芋などの固形物はかけらも残っていない。
 ブラックフレイムは、邪竜の力で全てを焼き尽くすのだ。
「芋が…わらわの芋が…」
 セルティナが呆然と呟いた。
「だから、日常生活に攻撃アビリティを使うんじゃない!」
 ビートの叫びに、ファルラーダは小さくなるだけだった。



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