闘技場にて−肉体を凌駕する魂




 毎週闘技場で行われる闘技大会。その予選3回戦も終わりに近づきつつあった。
 傷を癒せる医術士をファルラーダが最初に倒したため、相手チームは回復もままならず、傷ついていく一方だったのだ。
 そんな哀れな相手にも容赦することなく、ファルラーダは医術士の上級アビリティ「慈悲の聖槍奥義」による攻撃を続けていった。
 白銀に輝く光の槍が、最後に残った重騎士を直撃する。その威力に耐え切れず、重騎士は倒れた。
「勝負あり! 勝者、《水晶の光》光の騎士!」
 観客席から歓声が上がる。
 それに負けないくらいの黄色い声を上げて、ドリアッドの邪竜導士アルフィがファルラーダに抱きつく。
「すっごい。すごいですよ、ファルラーダさん!」
「アルフィさんも、いつかはここまで戦えるようになりますよ」
 ファルラーダは微笑んで、アルフィの背中を叩く。今のアルフィは初陣を勝利で飾ったばかりの駆け出しだが、その冒険者クラスは邪竜導士だ。成長すればファルラーダを遥かに上回る戦闘力を身につけられるだろう。
「さすがだな。歴戦の勇者は」
ヒトの狂戦士ヴァルスが握手を求めてくる。
「それと…このチームに入れてもらったことには感謝する」
「何言ってるんですか。私とヴァルスさんの仲じゃないですか」
ファルラーダはヴァルスの右手を握り返す。
 ヴァルスさん、と呼びかけるたびに、ファルラーダは自分で自分を呼んでいるような気がする。ファルラーダの苗字もヴァルスというからだ。
 その偶然性と、前回の大会で「レベル1だから闘技大会には出られないかもしれない」という言葉を聞いたことから、ファルラーダは彼のためにチームを作った。そして、秘伝書を贈ったり、戦い方のアドバイスをしたりした。また、旅団《水晶の光》だけでなく、別の旅団でも一緒にいるので、ファルラーダはヴァルスに親近感を持っていた。
 ファルラーダはふと、最後の仲間を探した。ヒトの武人ゴーレンだ。傭兵から酒場の店主を経験し、そしてまた再び武人としての道を歩み始めた変り種の冒険者だ。
「そう簡単に喜ぶな。まだ予選の3つ目を終えたところだ。それに、今回の対戦相手は低レベルの者たちばかりだ。ここで天狗になると、後でしっぺ返しを食らうぞ」
 言ってゴーレンは闘技場から出ていった。この特殊な闘技場から一旦外へ出れば、傷ついた体も、残り少なくなったアビリティの使用可能回数も元に戻るのだ。
「そう…ですね」
 厳しい人だな、と思いながら、ファルラーダはゴーレンの後を追った。
 すぐ後に、ゴーレンの言葉が現実になるということを、今のファルラーダには知るよしもなかった。


 数時間後。予選4回戦が始まった。
 観客が歓声を上げる中、闘技場の銅鑼が鳴り響き、冒険者たちを迎え入れた。
 ファルラーダたち「光の騎士」は、4人全員が揃っている。
 それに対し、相手チームはリーダー1人だった。
「レベル制限ね」
 ファルラーダは呟いた。
 闘技大会では、極端に戦闘力の差があるチーム同士が対戦すると、すぐに決着がついてしまうということからか、強い方のメンバーの何人かを戦闘に参加させないように決めてある。それが「レベル制限」である。どうかすると、チームリーダー1人で戦う羽目になることもあるのだ。
「4対1。今回も圧勝ね。ファルラーダさんがいるから」
 アルフィが気楽に言う。確かに、今までの戦いではほとんどファルラーダの「慈悲の聖槍」で勝負が決まっていたからだ。
「だが…あの男、強いぞ」
 ヴァルスが言う。闘技場の反対側に立っている武人ザルバスは、そこにいるだけで見ている者に威圧感を感じさせる。
 対戦相手の情報の載った名簿を見れば、ザルバスはレベル50に認定されていた。それに対して、ファルラーダは32、ヴァルスは6、ゴーレンは9、そしてアルフィに至っては1だ。1対4でも、勝てるかどうかは疑問だった。
「でも…戦うしかありません。希望を信じて戦いましょう」
 ファルラーダは全員の手を握り、一人一人を見回した。
「修行の成果、試させてもらう」
 ヴァルスが言う。彼も、この一週間遊んでいた訳ではない。ドラゴンズゲートで修行を積み、先週ファルラーダと出会った時には1だったレベルも6まで昇格していた。
「よろしくお願いしますです!」
元気に、アルフィは笑みを浮かべた。
「さて、どうなることやら…」
 ゴーレンは、今でこそレベル9だが、かつては傭兵として諸国を巡り、腕利きの戦士として活躍していた。そのため、人を見る目は確かだ。ザルバスの強さは、遠目に見ても判っていた。
 やがて彼らは手を放し、闘技場に立った。


 「光の騎士」の前衛は、狂戦士のヴァルスと武人のゴーレン。後衛は医術士のファルラーダと邪竜導士のアルフィだった。
 彼らが配置につくと、戦いの始まりを知らせる銅鑼が鳴った。
「うぉぉぉっ!」
 ザルバスに突撃をかけるヴァルス。しかし、その攻撃が届く前に、ザルバスの「達人の一撃改」が決まっていた。
「は…速い!」
 絶句するヴァルス。
「御免!」
 ザルバスのその一言が終わる前に、ヴァルスは倒れていた。
「すまない…油断した…」
 その声が届いたのだろうか、ファルラーダの注意がヴァルスに向きそうになる。
「気にするな! 攻撃だ!」
 ゴーレンの右手が、鞘に収められた剣の柄に伸びる。「居合い斬り改」を使うつもりなのだ。
 ファルラーダは呼吸をゴーレンに合わせ、「慈悲の聖槍奥義」を放つ。
 2人の連携した攻撃は、一部は鎧で止められたが、ザルバスにかなりのダメージを与えたようだ。
「頑張りますっ!」
 アルフィが「ニードルスピア奥義」を放つ。しかし、「ニードルスピア」は敵が大勢いる時には有効だが、今の対象は1人だ。しかも、大勢に効くが故に、エネルギーが拡散されて、威力が弱くなっている。ザルバスは傷一つ負わなかった。
 ザルバスが「ニードルスピア」を鬱陶しく剣で振り払ったところへ、ゴーレンの攻撃が襲い掛かってきた。だが。
「甘い!」
 ザルバスはゴーレンの動きを見切っていた。「達人の一撃改」が放たれ、ゴーレンは倒された。
「ち、しくじったぜ…」
 ゴーレンが呟く。
「あなたの犠牲、無駄にしません!」
 ファルラーダの「慈悲の聖槍奥義」が、ザルバスの背中を襲う。これはかなり効いたようだ。
「散って!」
 ファルラーダは叫んで、アルフィと距離を置く。これなら、どちらかが攻撃されても、残り片方が攻撃することができる。
 ザルバスの闘志は、未熟者でとっさに反応できなかったアルフィの方に向かった。そして、3度目の「達人の一撃改」が放たれる。
「御免!」
 レベル50の武人の攻撃が、レベル1の邪竜導士に耐えられる訳がない。
「きゅ〜…」
 可愛らしい声を上げて、アルフィは倒れた。
 これにはさすがにザルバスも動揺した。華奢な少女を斬った罪悪感で、一瞬動きが止まる。
「隙あり!」
 ファルラーダの3度目の「慈悲の聖槍奥義」が決まる。上級アビリティである「慈悲の聖槍」を3度も受けては、レベル50の武人といえども耐えられるものではない。ザルバスは力尽きた。
 重い音を立てて、ザルバスが倒れる。
「やった……」
 ファルラーダは満足しながら、決着の銅鑼が鳴るのを待った。
 しかし、銅鑼はまだ鳴らなかった。
 上級アビリティを採用した時に、新たに加えられた規則がある。最後の一人が傷ついて倒れても、30を数えるまで銅鑼を鳴らさない、と。
 狂戦士の上級アビリティ「肉体を凌駕する魂」が発動すれば、たとえ一度倒されても復活を果たすことができるからだ。
 しかし、ザルバスは武人だ。武人に狂戦士のアビリティが使えるはずがない。
 ファルラーダは審判に目を向けたが、審判は「待て」と言うように首を振った。武人が他のクラスのアビリティを使う方法はいくつかあるからだ。アビリティのついた武器を使うか、旅団ごとに異なった旅団アビリティを使うかだ。
「…まさか!?」
 ファルラーダは嫌な予感がして、倒れたザルバスに目を向けた。
 ザルバスの体がぶるぶると震えている。
 倒れた時に開かれた手が、ぐっと握られて拳になった。
 そして、闘技場の砂をこするザリザリという音を立てて、腕を胸元に引きつける。
 太い腕が地面を押し、上半身が起き上がる。そして右足が胸に引きつけられ、膝立ちとなった。
 左足で地面を踏みしめ、右足もそれに続く。腕も胸も地面から離れ、ザルバスは闘技場の中心で立ち上がった。
 ザルバスの荒ぶる魂が、肉体の限界を凌駕し、復活を果たしたのだ。
 「肉体を凌駕する魂」。その発動を待つための、30秒の規則だった。
「そんな!」
 驚愕が行動を遅らせた。ファルラーダにザルバスが襲い掛かる。「達人の一撃改」だ。
 辛うじて戦闘不能にはならなかったが、ファルラーダの心は深く落ち込んだ。自分自身に「ヒーリングウェーブ奥義」を使うのが精一杯で、攻撃する強い心は失われた。
「受けてみよ、我が奥義!」
 それがファルラーダに対する最後の一撃だった。「ヒーリングウェーブ奥義」で回復した分も含めて、ファルラーダの耐久力を削り取った。
 戦いの前にゴーレンが言っていた、しっぺ返し。それが、この敗北なのだ。
「みなさん、ごめんなさい…」
 最後にそれだけ呟いて、ファルラーダは意識を失った。


 やがてファルラーダは、闘技場で戦闘不能になった者を休ませる部屋で目覚めた。アルフィ、ヴァルス、ゴーレンも一緒だ。
「恐ろしい……」
 ファルラーダは両腕で自分の体を抱きしめた。
 だが、その恐怖を克服しなければならない。
 そして、素早く行動に移れる実力を持たなければならない。一般的に、レベルが高い者ほど、行動を起こす速度が速いのだ。
 ザルバスは50レベル。そしてファルラーダは32レベル。今のままでは、必ず先手を取られる。
「悔しい」
 呟いてファルラーダは寝台から降りた。闘技場を出たので、傷は回復している。体に痛みはなかった。
 もっと強くなろう。ファルラーダは決意と共に、武具を着装して部屋を出ていった。


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