闘技場にて―肉体を凌駕する魂、再び




「きゃ〜っ! ヒーリングウェーブ奥義のついた杖! 欲しかったんだぁ」
「なんだよ、このクズアイテムは。使えねぇアイテムばっかじゃねぇかよ、今週は」
 金曜日の朝は、前の闘技大会に参加した者に賞品が届くため、「水晶の光」の大食堂は大騒ぎだった。
 賞品は、役立つものであったり、受け取った者にとって役立たないものであったり、まちまちだ。だから、受け取る者たちは毎週一喜一憂する。
 ファルラーダは今回闘技大会に参加していなかったため、賞品を得ることはできなかった。それでも、仲間たちが喜んだり悔しがったりする表情を見るのが楽しみで、大食堂の隅でその様子を眺めていた。
 そんな時。ヒトの武人・レオンが目を見開いて驚いている様子が目に入った。ファルラーダは興味を覚えて、レオンの隣の席についた。
「レオン。何か、いいものでも手に入った?」
「いいもの、なんてもんじゃねぇよ。見てくれ、こいつを」
 レオンが差し出したのは、盾だった。炎の模様が描かれた円形の盾で、裏側の縁に「燃える闘魂は戦士を守る」と刻まれている。
「まあ、素敵じゃない。それで、何かいいアビリティがついているの?」
「ああ。ずっと欲しかったんだ、このアビリティ。その名も……」
 そこまでレオンが言いかけた時、パンパンと手を叩く音がした。「水晶の光」の旅団長・イライザが会議を始める時の合図だ。レオンは盾を食卓の上に置いてイライザの方を向き、ファルラーダもそれに倣った。
 イライザは、団員たちが自分の方を向いて雑談を終えたのを確認して、口を開いた。
「闘技大会の申し込み時間になったわ。今週も、うちの旅団からチームを出して、修行の成果を見せてもらうわ」
 おおっと声が上がる。旅団員は皆やる気を見せていた。
「団長。今回は俺を!」
「いや、俺をメンバーに入れてくれ!」
 団員たちは口々に叫び、自分をアピールする。その騒々しさを楽しむようにイライザは微笑み、再び手を叩いた。
「今回は、勝ちを狙いにいくつもりよ。あたしの作るチームは、あたしにメンバーを決めさせてもらうわ。まず紋章術士のあたし。医術士のセルティナ。重騎士のオルグ。最後の一人は……最近、一番頑張って修行しているヴァルスかな」
 ヴァルスはファルラーダの苗字と同じ名を持つ狂戦士だ。初めて出会った時はファルラーダの方が上のレベルだったが、誰よりも努力を積み、今では上級アビリティである「肉体を凌駕する魂」をも使えるようになっていた。
「団長、オレを!」
 立ち上がって叫んだのは、レオンだった。
「レベルなら、オレもヴァルスもあまり変わらない。それに、前回の賞品で、肉体を凌駕する魂のついた盾を手に入れたんだ。ヴァルスより立派に戦える!」
 レオンは熱弁をふるう。しかし、イライザは首を傾げるだけだった。
「ごめんねぇ。もう決めちゃったの。あたしはこのメンバーで行くつもりだから」
「しかし……」
 なおも反論しようとするレオンの袖を、ファルラーダは引っ張った。イライザが「決めた」と言った時には、もうイライザの頭からは「前言撤回」の文字は消えているのだから。
「くっ……」
 悔しそうに、音を立ててレオンは椅子に腰掛けた。
 レオンの様子を見て、ファルラーダは哀れんだ。ようやく念願のアビリティ・肉体を凌駕する魂を手に入れたというのに、それを使う機会を失ったのだから。
「団長」
 ファルラーダは挙手して立ち上がった。
「私が参加費を払います。もう一つチームを作ってもよろしいでしょうか」
 イライザはにやりと笑った。ファルラーダがレオンに好感を持っていることを知っているからだ。
「参加費を自分で払うなら、いいわよ。別に、一つの旅団から複数のチームを出してはならないという規則はないんだから」
 イライザはあっさり許した。
「ファルラーダが医術士。武人のレオンも一緒でしょ? あと二人、適当にメンバーを決めてね」
 大食堂にいた冒険者たちが、一斉にファルラーダの方を向いた。
 その勢いに驚いたものの、ファルラーダは心を静めて、挙手の早かった邪竜導士と武道家を指名した。

 そして月曜日。闘技大会が始まった。
 都合のいいことに、対戦相手はファルラーダたちと近いレベルの者たちだった。これなら、運がよければ勝ち進める。
 だが、レベルが近いということは、決してレベルの低い方ではないファルラーダたちに匹敵するほど強いということだ。1回の攻撃力はかなり上がっているはず。先手を取られたら、連携攻撃を受けて前衛の一人が倒されることになる。
 そしてどういう訳か、その最初の一人は、いつもレオンになるのだ。前衛が二人いようが三人いようが、必ず最初の攻撃をレオンが受けてしまう。これは彼の運の悪さと言うしかない。
 だが、それに対抗する手段が、今回レオンにはあった。肉体を凌駕する魂だ。
 対戦相手の紋章術士がエンブレムノヴァを炸裂させる。狂戦士がブレイブタックルを仕掛けてくる。翔剣士が薔薇の剣戟を放つ。その全てがレオンに集中した。その攻撃に耐え切れず、レオンは倒れる。だが、肉体を凌駕する魂が発動し、レオンは復活した。
「レオン!」
 ファルラーダは思わず歓喜の声を上げた。それにレオンは不敵な笑みで返した。
「今日のオレは一味違うぜ! 行くぞみんな!」
 レオンの声に合わせて、ファルラーダたちは攻撃を開始した。
 武道家が斬鉄蹴を繰り出し、邪竜導士はデモニックフレイムを放った。レオンは肉体を凌駕する魂を活性化させるために攻撃のアビリティは控えめにしか使えなかったが、それでも対戦相手の狂戦士を倒すことができた。
 ファルラーダは、ヒーリングウェーブでレオンの負傷を癒した。その胸の中には、いつものジンクスから解放された喜びが湧き上がっていた。
 だが、次の瞬間。それが一気に消滅して、背筋が凍るような感覚が襲いかかってきた。相手の狂戦士も、肉体を凌駕する魂で復活してきたのだ。
「げ……」
 思わずレオンの動きが止まる。その隙を狙って、狂戦士はブレイブタックルを繰り出した。その一撃は、全快していないレオンの体力を根こそぎ奪っていった。
 肉体を凌駕する魂は、今度は発動しない。1回の戦闘では1度しか復活できないのだ。
 結局それが戦いの流れを支配し、ファルラーダの率いるチームは敗北した。

「……残念でしたね」
 ファルラーダはレオンに飲み物を渡し、観客席についた。他の試合を見ることも、修行のうちなのだ。
「なぁに。今回だけさ。相手が復活して、びびっちまったのは確かだが、次からは気をつける。元々、肉体を凌駕する魂は狂戦士のアビリティだからな」
 レオンは、さばさばとした表情で言った。もう既に恐怖は克服したようだ。
「なら、大丈夫ですね」
 ファルラーダは安心して飲み物に口をつけた。レオンさえしっかりしてくれれば、ファルラーダには恐れるものはないのだ。
 そして試合の方に目を向けると、ちょうど片方のチームの翔剣士が倒されたところだった。
「攻撃を当てられると、翔剣士は脆いな」
 同じように飲み物に口をつけながら、レオンが感想を述べる。
 そう思った時、翔剣士が復活した。肉体を凌駕する魂を、彼も活性化していたようだ。
「翔剣士が?」
 ファルラーダは思わず呟いた。だが、武人のレオンも肉体を凌駕する魂を使っているのだ。翔剣士が使っていてもおかしくはない。前衛職の者は、後衛職の者を守るために、生き残ることを重要視しなければならないのだ。その手段として、このアビリティを使っているのだろう。
 しかし、せっかく復活した翔剣士は、体力が全快しないうちに、倒されてしまった。これでこのチームは、後衛職の者が危険にさらされることになった。
「負けたな」
 レオンが呟く。それと同時に、医術士が倒される。回復の要である医術士がいなければ、後は体力を削られていくだけだ。ファルラーダは、哀れみの目でそのチームを見た。
 その時、ファルラーダは自分の目を疑った。確かに倒された筈の医術士が、復活したのだ。
 医術士までもが、肉体を凌駕する魂を活性化していたのか。ファルラーダは呆れた。
「旅団アビリティか?」
 レオンが言うが、ファルラーダは聞いていなかった。
 旅団アビリティは、旅団ごとに一つ決められているもので、その旅団の団員であれば、クラスが違っていても活性化できるのだ。
「……面白くないわ」
 ファルラーダは呟き、席を立った。
 荒ぶる魂が肉体の限界を超えて戦士を復活させるというのは、物語として見れば興奮する展開だ。だが、それは一回の戦いに一度きりで充分だ。何度も同じ展開を見せられれば、かえって興醒めする。
 ファルラーダは今日だけで四回も復活を見た。この先も同じような戦いが繰り広げられるなら、修行にはならないと感じた。
「おいファル。冒険者なら、勝つ手段を用意しておくのは当然のことだぜ。……って、おい。帰るのか?」
 レオンの言葉も聞かず、ファルラーダは闘技場を後にした。



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