ウルスラ・ハーマン、マーティン・ハーマン姉弟
ハーマンコーブルク社(ハーマン緑)
2009年ハーマン緑コレクション
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2008年ハーマン緑コレクション
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伝統のロゴマーク
1913
始まりは1913年10月24日。ドイツのほぼ中央、旧東ドイツに位置するゾンネベルク(後
年、ドイツおもちゃ産業の中心地となる都市。)は中世の面影を残す小さな町です。その
程近くの山村、ニューファングで、アーサー、アーデルハイトとマックスの三兄弟達が、彼
らの父(ヨハン・ハーマン)の名前をとって、「ヨハンハーマンSpielwarenfabrik」を設立、
彼らの最初のハーマンテディベアを世に送り出したのでした。

1920
第一次世界大戦後の1919年、ヨハンの死後、兄弟と姉妹は袂を分かつことになります。
そして、マックス・ハーマン(1899〜1955)が彼自身の名前を冠して、マックスハーマンテ
ディベア会社を設立しました。まもなく、彼は会社をゾンネベルクへ移し、1920年台の景
気の時流にも乗り、大発展を遂げたのです。彼の会社はその商標と共に世に知られる
ようになり、彼のテディベアは、世界中に出荷され始めました。

1933
自社のテディをマークで特定するために、マックスは、有名なロゴ、「緑の三角マーク」と
「走る犬を携えたテディ」をモチーフにしたロゴ、を開発します。その日から、すべてのマ
ックスハーマンのテディベアには、このロゴが誇らしも付く事になるのです。

1945
第二次世界大戦の後、不幸にもドイツは東側と西側に分けられます。ゾンネベルク市を
もつチューリンゲン州は、東ドイツの一部になります。

1953
考えあぐねた末、マックスは、彼のテディベアの故郷から、そして、東側から西側のバイ
エルンのコーブルク市のはずれの町に家族とともに移り住んだのです。ここで、彼の息
子、ロルフ-ゲルハルト(1922〜1995)と共に工場を再建し、立派なぬいぐるみの工場
で、ハーマンテディベアの伝統を守り続けたのです。1955年9月23日に、マックスは亡く
なりました。彼は、二度と彼の故郷を見ることは叶いませんでした。

1990
ドイツの統一。鉄のカーテンが引かれて40年後に、彼はついに、起源の場所を訪問する
ことができたのです - 「ハーマンテディが故郷に帰る。」こと。

1993
1993年以降、すべてのハーマンコーブルクテディベアは特別な「首マーク」がつけられる
様になりました。それはベアの首の後ろにしっかりと止められます。これで、ハーマンコ
ーブルクテディベアは簡単に確認できるのです。勿論、「首マーク」は、重要な特徴、「三
角形形」、「走る犬を携えたテディ」の印です。この首マークは、今日と将来のためにハー
マンコーブルク社によって製造されるテディベアの識別を保証します。
ハーマンコーブルク社中興の祖、ロルフ・ハーマンは、1995年6月19日没。彼は子供た
ち、ウルスラとマーティンに、更なる繁栄を託したのです。

今日
今日コーブルクでは、マックスハーマンテディベアは、第三世代である創設者の孫、ウル
スラ博士(1952生)とマーティン(1963生)ハーマンのもとで生産されます。コレクションに
は毎年400以上のテディベアを含みます - すべての商品はドイツ(Made in Germany)
で生産され、限定版がほとんどを占めます。伝統に沿って作られる旧マックスハーマンテ
ディベアのレプリカは、新世代のテディベアに加えて、ハーマンコーブルク社の重要なコ
レクションラインとして大変な人気を今も誇ります。深い経験、知識のもと、誇り高きドイ
ツのクラフトマンシップが、この高い品質のテディベアを維持し続けるのです。
コーブルク-ニュースタット-ゾンネベルクと続くおもちゃの地域から、今もこれからも全世
界へ安全・安心・高品質の商品が届けられます。

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