「メモリーズオフ・After Rain」シリーズは2005年1月から3月にかけてKIDが発売した連作形式のノベル形式アドベンチャーゲームである。これはKIDの看板作品である「メモリーズオフ」シリーズの第一作、第二作にあたる「メモリーズオフ(コンプリート)」「メモリーズオフ2nd」に登場した主人公とヒロインを再起用し、新たな物語を通して彼らのその後までを描いたある意味壮大なスケールを持った作品だ。双方合わせて数多くの登場人物が存在するためその規模もそれなりに大きくなり、それぞれにファンのついているヒロインを活躍させる都合上出演陣の多くなるシナリオを構築する必要があった。
このシリーズは現時点で第三弾「想い出にかわる君」第四弾「それから」まで発売されており、2005年内にも第五弾となる作品の発売が予定されているらしい。パソコンのエロゲー移植ではないコンシューマオリジナル作品ギャルゲーといえば、「シスタープリンセス」や「双恋」のようなキャラ主導タイトルを除くと「メモオフ」ありきといってもいいだろう。それだけの歴史とファンの支持を受けている作品であることは確かだ。
正直「1st」も「2nd」もギャルゲー史上に残る傑作かどうかというとかなり疑わしい作品と言わざるを得ない。どちらの作品もメインヒロインシナリオのライターに槻潮鋼氏(当時の打越鋼太郎氏)を起用しているが、どちらの作品もヒロイン毎にライターが全員異なるというかなり珍しい特徴を持っている。そのため世界観に妙な奥行きが出ている反面、シナリオ毎の設定の齟齬も数多く見られる。ただ、KIDのその後を決めた作品であることも確かで、参加したライターの多くがその後にピンで別の作品をモノにしている事実を軽視出来ない。個性的なシナリオライターの競作体勢が良い方向に働いたといえるだろう。少なくとも競作させることでシナリオのパターン化を避けることには成功している。
「メモリーズオフ・After Rain」シリーズは「メモリーズオフ五周年記念作品」と位置付けられていて、その売りのひとつにオールスター共演というものがある。一部の優遇されているヒロイン以外では「想い出にかわる君」「それから」でまったくフォローされてない人物も非常に多いため、お気に入りのヒロインの久しぶりの活躍が見られるという点は大きな訴求力となった。また三部作という構成を取ることから前作のプレイデータを次作に反映させられるリンクシステムを導入した。
ファンの支持の裏打ちを持って開発された「メモリーズオフ・After Rain」という作品はいかなる出来に仕上がったのだろうか?
このシリーズ最大の特徴はなんといっても三部作構成による3ヶ月連続発売という点にある。そこになんらかの意図を含んでいることは明らかだ。が、とりあえずゲームの基本的な部分の評価を先に済ませておきたい。
「折鶴」「想演」「卒業」いずれを数分でもプレイすればわかることだが、この作品は可能な限り簡略化された作りになっている。KIDお得意の汎用CG(立ち絵)を豊富に使った小気味良い演出は各員ひとつ・服装に因る違いのみという思いきりの良すぎる割り切りによって完璧になりをひそめてしまった。表情の変化もメッセージウインドウ左の「今台詞を話しているキャラ」を表示する部分のみ。複数の登場人物を一画面に表示するギミックも消失している。手抜きというしかない。
また背景画も既存シリーズからの流用が非常に多く、新規に描かれたものの質もあまり良く無い。全体的にゲームボリュームも小さく10時間もあれば1タイトルをコンプリート可能。シリーズ3本合わせてもボリュームでは「2nd」に劣っているだろう。BGMも過去作品の使い回しだが、全曲アレンジされているしシリーズの性格上手抜きとは言えないかもしれない。
その他の基本システムは優秀なKIDシステムを搭載しているため非常に良好だ。特にバックログから一点を任意に選択し過去へ戻ることが可能な点は大きい。これによって更にプレイしやすくなった。
全体的に見てチープな印象を拭い切れない。ぶっちゃけ開発費が安いんだろうな、としか言い様が無い。一応各作品ともエンディングを見て行くことでシナリオに自分で突っ込む「エクストラコメント」が表示されるようになる。これはボリュームが少ないのを何周もプレイさせるようにする配慮だろうか。なかなか笑えるツッコミが多いため面白い要素だ。もっとも苦笑することも多々あるのは確かだが。
このチープ感が災いして一作目である「折鶴」をプレイしただけでシリーズを駄作と決めつけるプレイヤーも少なくなかった。しかしそれは早計というものだろう。繰り返すが三部作という形態と取ったことにはなんらかの意図があるはずであり、当然のことながらシリーズの結論は三作目で提出されるものだからである。個人的には「終わりよければ総て良し」というフレーズは勝てばオッケーというスポーツの世界での用語であると考えているので「折鶴」「想演」それぞれの評価もなされなくてはならないだろうが、プレイヤーも「卒業」までプレイしない限り最終的な評価を下せはしない。そのためこのレビューも基本的に三作品を通した結果を踏まえている。
言うまでもなくシリーズ最重要となるポイントは最終作「卒業」で描かれる「卒業」それそのもののテーマだ。少し意外に感じるかもしれないが、この手のノベル系ギャルゲーにおいて「卒業」を主眼に置いた作品はあまり数多く無い。その理由は簡単で「卒業」というテーマは単体では機能しないものだからである。「卒業」……簡単に考えると学校を卒業するという意味でしかない。しかしこれを物語に据えると自然と寓意的な面が顔をあらわす。行事としての卒業を描いたところで面白くもなんともない。主人公や他の登場人物たちが何から卒業していくのか、それが大きな問題になるのだから。そのため「卒業」を描くためにはそれまでの経過をしっかり描くことが重要になってくる。シリーズを三部作としたことにはそんな理由もあるはずだ。「折鶴」「想演」の2タイトルは仮定の提示に過ぎない。
本来ならば入学時から卒業までの三年間をきっちり描ければそれが一番ではあるが、「1st」は主人公が二年時の秋の物語で、「2nd」は三年時の夏の物語となっている。ふたつの作品のその後を描くこのシリーズは必然的にニ年秋以降〜卒業までを描くしかないわけだ。結果的に「1st」のその後を描く「折鶴」は三年春の修学旅行、「2nd」のその後を描く「想演」は文化祭を舞台とすることになった。時系列的に「1stその後」>「2ndその後」>「卒業」という流れになることを考えれば当然の帰結ではある。体育祭をチョイスしなかったのは多くの登場人物を絡ませ難いからではないかと想像する。
春の修学旅行、秋の文化祭を経て卒業へとつながっていく流れはやや強引かもしれない。春から春へつなぐ中間が秋しかないというのは少し寂しい。しかし三部作で印象的な学校行事をフォローするとどうしてもこうならざるをえない。基本的に「卒業」までの流れの構築にミスは無いと思っている。後は内容だ。
まず第一作である修学旅行編「折鶴」から見て行くことにしよう。「折鶴」は主に「1st」の登場人物で物語を固めているため、出てくるキャラの大半は主人公となる三上智也の在籍する澄空高校の生徒たちだ。実は同時に「2nd」のキャラが在籍する浜咲学園も同時に同じ京都へ修学旅行を行っている都合から、そちらのキャラクターも一部登場してくる。これは相当に無理のある話なのだが、作中で旅行業者と学校側の利権の話が出てくる。浜咲側の校長にはそうした裏事情に汚い人物だという設定があるため、妙な説得力を持っていて面白い。
三上智也は中学時代、当時交際していた幼馴染みの桧月彩花を事故で失っている。彼は事故の遠因が自分にあると己を苛み続け、新たな一歩を踏み出すことに臆病になっていた。そんな彼の前に現れた少女たちとの物語が「1st」という作品である。事故当日強い雨が降っていたことから智也の精神的な復活=「雨はあがる」というキーワードを用い「メモリーズオフ」という作品の核とした。以降の作品でも思いを寄せていた女性が絡む精神的葛藤を物語の主軸としている。
「1st」のヒロインはもうひとりの幼馴染みで傷付いた智也をそばで見守って来た今坂唯笑、転校生そのいち双海詩音、転校生そのに音羽かおる、彩花の従妹にあたる伊吹みなも、購買部のおばちゃんの娘で女子大生の霧島小夜美の五人。「折鶴」はその中の今坂唯笑と結ばれた後を受けた内容だ。「1st」にはふたつの唯笑エンドが存在するが、そのどちらの後の物語になるのかはわからない。どっちでも同じといえば同じ。
智也は唯笑の献身的な庇護の元でかろうじて自我を守っていて、なにかが起こればふたたび精神の均衡を失ってしまうような状態だった。それが修学旅行を前にして少しずつほころびを見せて行く。京都への修学旅行、それは事故さえなければ彩花と新たな想い出を作る行事のはずだったから。京都の地で彩花を欠いた想い出を作ることに無意識の拒否反応を起こす智也。その姿は今の彼女の唯笑を傷つけていく。
智也を心配する唯笑は彼の親友で高校を中退して一人暮らしをしている稲穂信を旅行に同行させるがそれも大きな効果を発揮しなかった。勝手に落ち込んで行く智也に絶望した唯笑は旅行の中、ひとり姿を消してしまう。今自分が一番大事にすべきなのは誰か。それを思い出した智也は周囲の協力を得て失踪した唯笑を探し求めるのだった。
ことあるごとに彩花の影を追い求める智也の姿、それを見ているしかない唯笑の様子はとても痛々しくシナリオをしっかりと引き締めている。信やかおるもほどよい活躍を見せてくれるし、それなりにまとまったシナリオではある。しかしその内容そのものが問題だ。彩花の想い出を強く喚起する場所でふたりが共に傷付き、やがて唯笑がその重さに耐えられなくなってしまう。それを信の言葉で迷いを振り切った智也が追い掛ける。この構図、「1st」での唯笑シナリオと全く同じものなのだ。そのため数多くのプレイヤーから「こりゃ1stの焼き直しじゃないか」という文句を受けることとなった。同じことを繰り返してどういうつもりだというプレイヤーの指摘は正鵠を射たものと言わざるを得ない。
シナリオボリュームは「1st」の唯笑シナリオよりもだいぶ短くなっているが、これは他のヒロインの描写をカットしていることを考えると実質ほぼ同等かやや少ないといったあたりだろう。それだけに焼き直しの感は更に強くなる。後半になって登場する寿々奈鷹乃や白河ほたるの存在が多少の彩りを添えてはいるものの、やはり強引な登板のさせかたであるように感じる。彼女達になんらかの役割があったとすれば、多くの協力者の存在によって智也に重い責任感を呼び起こす演出上のものだろう。助けになるキャラなら誰でも良かったはずである。それが彼女たちである必然性はこれっぽっちもない。
焼き直し+チープな盛り上げ方という構図がこのシナリオの本質をぼかす原因となっている。なぜならこんなシナリオが許されるのなら「このふたりは今後また同じことを繰り返すんだろうねえ。で、いつか唯笑の方が愛想をつかすんじゃないか」ということになり、このシナリオにまったく実がないことを露呈してしまうからだ。確かに彩花の死を背負った智也の葛藤を描くシナリオを構築しようとすると、自然にこんな形になってしまうのかもしれない。基本的なシナリオの骨子をそこに持って行くのも仕方ないだろう。が、なにも展開まで同じにしなくてもいいではないか。
信が智也を一喝する役目を担うキャラだとしても、他にやりようはあるように思える。たとえば智也が過去と今のふたりの少女の間で心を揺り動かすキャラだというのなら、唯笑の方にも同じ質量を持つ重みをかけてやればいい。智也のことを忘れて他の男に走るという展開へ持って行き、それを目の当たりにした智也が今の苦悩を新たに抱え込む、というのはどうか。そもそも修学旅行という行事自体に男女の急接近させる性質があるのだから、オリジナルのライバルキャラのひとりでも出してやればシナリオの向く方向は大分変わったはずだ。オリキャラがダメなら狂言かました信であってもいい。これなら信に微妙な気配を見せる音羽かおるの存在もクローズアップできるし、現状の陳腐なものよりは違った評価を受けることにはなっただろう。
結果「折鶴」の唯笑シナリオはまとまった内容のわりには評価しにくいものとなってしまった。その歯がゆさを「卒業」で解消出来ればこれでもいいのかもしれないが、さてどうだろう。
「折鶴」もうひとりのヒロインは予想外にも「2nd」から飛世巴が出張してくるという形になっている。これはおそらく修学旅行を物語の舞台に設定したためで、
★女子大生の小夜美は同行させられない
★学年の異なるみなもも同行させられない
★詩音は声優の都合上ボイスを吹き込むことすらできない
★かおるは班行動という要素のためか友人ポジションに入った
以上のことから「1st」勢から唯笑の対抗馬を持ち出すことが出来なかったせいだろう。幸いにして「2nd」のヒロインといっても巴は智也達と同じ学校、同学年である。抜擢するにはもってこいのキャラだった。
巴は同じ学校の生徒ではあっても智也達と特別面識を持っていないという設定になっている。そのため「折鶴」の中で初めて出会うシーンが用意された。智也がぼけーっとしていて車に轢かれそうになっていた巴を助けるというのがそれである。これはなかなか絶妙な演出だった。交通事故=彩花の死を智也の中で結びつけつつ、助けてあげたのに暴言吐いてしまったせいで引っ叩かれたという展開も巴のキャラクターを端的に示す要素になった。
巴シナリオは唯笑や信、かおると別行動を取った智也がひょんなことから巴と一緒に京都を回るという展開になる。その内容はまさに巴ファンのためのサービスシーンの連続という感じで、実にたまらない。浴衣の裾をはだけてみせたり、映画村で街娘のコスプレをしてみたり、ちょっとやりすぎの感さえあるほどだ。旅行前に最悪の出合いを果たしたふたりが、旅行本番で急接近していく。きちんと先触れを用意して盛り上げる手法はこの手のシナリオの王道だろう。
これは偶然だと思うが巴も弟を交通事故で無くしているという過去がある。この設定を掘り起こして使ったのも見事だった(もっとも、小夜美も同じ設定があったりするが……)。同じ心の傷を持つ者同士が惹かれ合うのはさほど無理のある展開ではない。加えて巴はもともとメインヒロイン(白河ほたる)から彼氏を奪う役柄のキャラである。この役目は登場の機会を持てたとしても「1st」のヒロイン達には荷が重かったかもしれない。
なんだか誉めすぎているような気がするが、露骨に目につくような大きな欠点の見当たらないシナリオであることは確かだ。「2nd」本編でほたると修羅場を繰り広げた巴が唯笑とは直接対決しなかったという物足りなさはあるが、唯笑が智也のしあわせのためなら身をひけるという立ち位置にいるため、かえって対決してしまう方が不自然だともいえる。「智也と巴というカップリングが気に入らない」という指摘は多分に生理的であり、わざわざあげつらうほどの欠点とは言えないだろう。
この「折鶴」巴シナリオは完全な「if」の物語で、非常に刹那的な性質を持っている。というのはこの巴エンドからは「2nd」にすら物語がつながっていかないからだ。先にも書いたように「2nd」で登場する巴は智也達と面識がない。当たり前だが智也とくっついておきながら健にもちょっかいをかけるようなキャラでもない。巴シナリオは三年春という時期にのみ限定して存在出来る特殊なシナリオなのだ。広義の意味でのSSであるとも言える。個人的にそんな刹那的な面にもこのシナリオの魅力があると想っているがどうだろうか。
「折鶴」はふたつのメインシナリオそれぞれがそれなりの良さを持った佳作であると思う。10時間ほどでコンプリート出来るシナリオボリュームの薄さはシリーズにわたって存在するものなので「折鶴」単体の欠点としては挙げることが出来ない。シリーズの出足としてはなかなかの好発進を見せた。この時点では今後に期待をかけても良かったはずなのだが……。
続いて第二弾となる文化祭編「想演」を見てみることにする。こちらは「2nd」の舞台となる浜咲側のキャラクターをメインにした物語だが、「折鶴」という前提を踏まえているため一作目での「2nd」キャラよりは「1st」キャラの出番も増えている。しかし「2nd」という作品はもともとヒロイン間の人間関係のつながりが弱いという特徴がありほとんど面識を持たない組み合わせも数多い、オールスター出演にはあまり向いていない作品だった。
「折鶴」が素直に(どちらかの)唯笑エンド後の物語となっている一方で、「想演」はなんと「2nd」以降の作品でフォローされたことのない巴の、しかもノーマルエンド後の物語に設定されている。正直最初はこの事実にかなり驚いたが、よくよく考えてみると他に選択肢が無いことがわかる。オールスター出演にするためにはメインのほたるエンド後では不都合があるのだ。問題点はふたつ。
★ほたるエンド直前にヒロインのひとり南つばめが引っ越してしまう
★巴と主人公である健の接点がほとんど無い
6人(7人)いるヒロインのふたりも出られないということでは話にならない。ほたるエンド以外ではつばめが引っ越すことはない(引っ越しているとしてもその描写がない)ため、他から道を探すことになる。
問題は巴の方。ほたるエンド以外でも巴当人以外のシナリオで健と接点を持たないことに違いは無い。それに他のヒロインのエンディングを採用してしまうと健とほたるが別れてしまう。ここから巴トゥルーエンドも採用することが出来なくなる。結局ほたると巴を両天秤にかけてそのまんまという巴ノーマルエンドを選ぶ以外に術が無いのだ。この時点で「折鶴」に続いて「想演」でも巴のプッシュが続くことが決定する。巴ファンにはたまらない展開だが、他のヒロインのファンにとってもたまらないだろう。特に台詞さえない詩音ファンには目も当てられない話だ。
巴をプッシュする一方で今作でもほたるに対抗するヒロインには寿々奈鷹乃が抜擢された。これは「折鶴」の時程ややこしく考える必要はない。文化祭でどんなクラスの出し物を選ぶにしろ、接点の多くなる人物はクラスメイト以外にない。よってクラスメイトの鷹乃が選ばれたということだろう。実のところ「2nd」において鷹乃のクラスメイトというギミックが活用されたふしがほとんど見当たらなかったりする。有効活用されるべき要素が活用されるのはとても良いことだ。へたに放置されると気持ち悪くなる。
「想演」でも「折鶴」と同様にふたつのルートへシナリオ分岐する。「折鶴」ではギャルゲーで普通に見られる唯笑ルート、巴ルートとヒロインに絡むルート分岐だったが、「想演」ではほたるルート、鷹乃ルートという具合の分岐はしない。ホームルームでの健の出方によって文化祭の出し物の種別という分岐を辿る。ひとつは演劇、もうひとつはルサック(主人公伊波健のバイトしているファミレス)。文化祭の出し物の王道を行く選択である。ここで奇をてらってカキコオロギ屋とかを選ぶ必要性は感じられないので問題はないだろう。
ヒロインをふたり設定してルートがふたつ存在するなら、それは事実上のヒロイン分岐と同じことなのではないかという指摘もあるかもしれない。しかしそれは双方のシナリオをしっかり読んで行くことで理解してもらえると思う。
まず先に伊波健とヒロインたちの周辺事情について少し書いておこう。伊波健は親元を離れ朝凪荘というアパートで一人暮らしをしている高校生で、サッカー部に所属している。彼は高2のクリスマスに同級生の白河ほたるの告白を受け交際を始めた。交際はおおむね順調だったが、3年の夏県大会に敗退し部活を引退。やり場のない気持ちを抱え込んだ健は落ち込んだ気持ちをほたるとの交際にも持ち込んでしまい、関係を微妙なものにしてしまう。
そんな健の周囲に数人の魅力的な女性が姿を見せた。学校の夏期講習で臨時講師を勤める南つばめ、ほたるの実姉白河静流、別の高校に通っているが中学時代からの親友飛世巴、アルバイト先で同期になった相摩希と望の姉妹、クラスメイトの寿々奈鷹乃。以上の6人である。
つばめは新設定が導入され夏休み後も浜咲で教鞭を取ることにされた。静姉はほたるの良き姉としてのポジションのまま。巴については先述の通りだ。一番大きな問題を抱えた形になった相摩姉妹については後で別に解説することにする。
健がホームルームでまわりに流され挙手した場合、演劇ルートへ進むことになる。これは親友の中森翔太やほたるに歩調を合わせた結果で、健自身が演劇をやりたかったわけではない。巴ノーマルエンド後の健の調子を考えるとこうなってもおかしくない流れだ。
演劇は翔太がリーダーとなって進められる。さっそく鷹乃をメンバーに取り込むと国語の教師であるつばめに台本を発注する。なぜか舞台経験者の巴と、映画製作に興味を持つかおるまで巻き込み事態はハイペースで進んでいくが、健の役割は主役として台本を受け取り、こなしていくだけ。
問題は台本にあった。ヤマトタケルを題材にしたその内容はつばめ曰く「ふたりの女性の間で揺れ動き、結局結論を出せなかった男」の物語となっていた。物語を自分の現況と重ね合わせた健は本番を目指す稽古の中で自分の微妙な立場に悩むことになる。
台本と健の状況を重ね合わせたシナリオの内容はある意味寓意的なものだといえる。台本の中に自分を重ねた健は、現状に対する決意を舞台に持ち込むことでよりはっきりさせようとしていく。
この演劇シナリオは、作劇の手法としてはわかりやすい方に入るだろう。ややこしいのは健の心理描写だけでそれ以外は比較的素直に進んでいく。裏を返すと健の心理描写がモロに内容の中心に来ているシナリオで、そこが特徴であると同時に短所にもなっている。結論に至るまでのアプローチが信の助言しかなく積み重ねに欠けるため健の心情に納得いかない面が出るのは確かだが、舞台で主演女優をつとめるほたると演劇指導をしてくれる巴の間でふらふらと気持ちを揺れ動かす健の描写はなかなか秀逸だ。どっちつかずの馬鹿野郎として立派に立ち回っている。それにいらだちを覚えるプレイヤーもいるとは思うが、このシナリオならこうでなくてはいけないので問題ではない。
ラストはふたりとの関係に結論を出した健が決意通りに行動出来るか出来ないかでグッドとバッドの両エンドへ分岐する。健の決意そのものを最終選択としていないため、多少わかりにくいかもしれない。しかし優柔不断な主人公が決意を貫き通せるかというのは最終選択にふさわしいものだろうと思う。ようするに男になれるか、それともヘタレるか、だ。
わりと起承転結の流れが綺麗に収まったそこそこのシナリオなのだが、私はプレイ後になんだか物足りない気分になった。健が彼女としてほたるを選び、巴とは友人としての関係にとどめる……この選択にいまいち納得出来なかったのだ。なぜかといえば答は明解で、健がなにをもって巴ではなくほたるを選んだかがはっきりとされていないために他ならない。演劇シナリオはほとんど全編に渡って健が葛藤するだけの物語で、彼以外のキャラの見せ場に欠けている。特に肝心のほたるに印象的なシーンがない。逆に巴は健にアプローチをかけているのかほたるを援護しているのか、真意のよくわからない行動で振り回してくれる。演劇シナリオに限っていえばメインのはずのほたるよりも巴の描写の方が優れていた。ここが問題だ。この流れなら俺は巴を選ぶぜ、というプレイヤーも少なく無かっただろう。ただこの展開だと舞台でもほたるを選ばないという行動を取ることになり、鷹乃演じる敦子を選ぶことになるが……。
このシナリオが「健の演劇」シナリオであって「ほたる」シナリオではないという理由がわかってもらえたと思う。そこが最大の問題点だ。ほたるをもっと魅力的に描いたシーンがあったらここまで中途半端な印象を受けなかったに違い無い。それと共に巴と鷹乃の絡みをもう少し増やすことで、舞台上の鷹乃を巴の代行者と見立てることが出来たら巴エンドを効果的に設定することさえ出来ただろう。更に鷹乃エンドまで絡められたらダイナミックでとても面白いシナリオになっていたかもしれない。ヒロインの魅力を引き出せていない点を考慮すると、「2nd」本編の後日談として失格である。誰もこのゲームで健のその後を見たいとは思わないだろう。無難にまとめたことで実の無いシナリオとなってしまったという結論だ。
ホームルームで翔太やほたるをわずらわしく思い離れる選択をするとルサック編へと進む。本来なら演劇推進派の翔太に対する出店推進派の生徒がいたはずなのだが、誰も本番へ向けて責任を持とうとしなかったため、同数意見だったものが健の挙手で決まったことを受けて教師が勝手に健を責任者へ指名してしまう。健もまったく予想しない急展開はなかなか見ていて笑えるものがある。
仕方なく健はバイトをしているルサックの出張店を出すという形で構想を進め、ほたるや翔太、鷹乃の協力を取り付ける。演劇編と違い健自身が責任者として総てを仕切らないといけなくなったため、ほぼ全編に渡って「悩むよりもとりあえず実行だ」という展開が続く。それがサッカー部引退からこっちテンションの低かった健を活性化していく。
その一方で健や翔太の周囲に妙な人物がうろつくようになりはじめた。どうやら彼は鷹乃の関係者であるらしいのだが……。
ルサック編は演劇編と違いまとまった物語になっていない。ルサック出店に尽力する健自身の精神的な再起と、鷹乃の男嫌いの原因となる親とのエピソードがまったく分離している。もっともこれをあからさまな欠点だと指摘しているわけではない。精神的に復調した健が鷹乃にも気を配れるほど余裕を持った、と解釈する方が適切だろう。
健の再起を描いた物語としてルサック編をプレイするとなかなか面白い。積極性も出て来て仲間ともうまくやるし、文化祭当日も次々と襲い掛かる難題をズバズバと切り捨てていく様はなかなか痛快だ。演劇編と違い健が責任者になることで「なにかをみなで作り上げていく」という文化祭独特の一体感も強く表現出来るようになった。青春の1ページを描く……という意味でいえば、「折鶴」「想演」両方を合わせてもこのシナリオがもっとも優れている。巴がほとんど姿を見せないため、ふたりの少女の間で揺れ動く健の葛藤はほとんど描かれていないのだが、内容が「そんなこと考えている暇もねえ」というものなのでさほど違和感も感じられない。最後の最後で思い出したように巴を出してくるのはちょっとどうかとも思うが。
問題は鷹乃パートに方にある。もともと「2nd」での鷹乃シナリオはダメシナリオとして酷評されていた。ルサック編はダメだった鷹乃シナリオを改めてやりなおすという性格を請け負っていたはずである。が、今回もいまいちといういわざるをえない。
「2nd」での鷹乃シナリオは欠点が多過ぎてひとつをあげつらうのも難しいものだった。が、あえていうなら父親絡みで男嫌いになった鷹乃が、母親絡みの話を通して健と接近していく……という点だろうか。ちぐはぐで噛み合っていないのだ。鷹乃は設定からすると男嫌いではなく人間嫌いのキャラでなければいけないんじゃないか、という指摘もある。
今回母親はサブの役回りになり、鷹乃と強く絡むのは父親の方になった。その点はまあいいのだが、問題はシナリオ上で鷹乃と父親の因縁に関してまったく説明がなされないことだ。まさか今回始めて「メモオフ」をプレイするという奇特な人間はいないと思う。だが「鷹乃と親には確執がある」という知識を前提としたシナリオ作りはいかがなものか。「2nd」をプレイしていないと母親とのシーンも意味不明だ。
一番の問題点は鷹乃と父親の確執の解消にあたって、健がなにも役に立っていないということにある。ただ見ていただけ。見守っているなどというほどのこともない。それを頭に入れて考えると鷹乃パートのおかしさが浮き彫りになってくる。ルサックに父親が来店してショックを受けた鷹乃を健が介抱するシーンも、その場にいたのが翔太だったらそれでまったく問題が無い。それに鷹乃は父親が健の周囲をうろついていたという事実さえ知らない。ラスト近くの不良との対決シーンも象徴的だ。父親は健と鷹乃が良い関係にあると勘違いしていて、健もそれに気付いている。なんとこの勘違いを鷹乃もやっているフシがある。鷹乃は健がいてくれたから気が楽になったとか、父親との関係も修復出来たと思っているかも知れない。しかしそんな事実は無い。はっきりいえば、鷹乃が彼女持ちである健に気持ちを動かす程の恩などなにもないのだ。
以上の理由からルサック編で健の物語と鷹乃の物語が分離している点は欠点だと結論づける他にない。なまじ片方がそれなりに描かれてしまっているため、鷹乃パートのダメっぷりが余計に目に付くシナリオになってしまっている。せめて鷹乃の父親の自己完結っぷりをなんとかしておかなければいけなかった。健が鷹乃を介さずに父親と直接対決し、腹を割った話し合いをしていれば全体的な内容もひきしまっていただろう。
わからないのは「折鶴」の巴シナリオと違い、ルサック編は明確なifの物語となっていないことだ。どういうわけかルサック編は鷹乃の気の迷いだったというオチで終わり、巴シナリオのようなハッピーエンドになっていない。健は文化祭を通じてほたるとの距離も縮めているため、ルサック編からも「卒業」へと話がつながっていく形だ。ぶっちゃけ「なにをやりたかったの?」という感じである。「2nd」の鷹乃シナリオリベンジも失敗しているし、もう目も当てられない内容だ。
「想演」は「2nd」がメインテーマにあげていながら描けてなかった「大事な人との想い出を振り切って新しい想いに生きることができるか」という点に関しても巴ノーマルエンド後を採用することでリベンジ可能な状況にあったはずだが、これも失敗している。酷すぎる。健とヒロインの関係に主眼を置かなかっただけでここまで「折鶴」と落差のあるものに仕上がってしまうとは残念だ。
では相摩姉妹の扱いについて。
もともと姉の希の身体に問題があり、妹の望から移植手術を受けた過去がある。手術は成功し希は元気になった。しかし今度は手術の影響で望の方が体調を崩してしまい入院生活を余儀無くされてしまった。妹を不憫に思った希は引け目もあって、望に入れ代わりを提案する。外へ出たい望はそれを受け、ルサックのバイトを始めた。ところが希には親が望にばかり気持ちを傾けることに嫉妬する面があった。希には望と入れ代わることで親の愛情を受けるという目的があったのである。また望ももともと元気だったのは自分なのに、という気持ちがどこかにあった。
ごらんの通り相摩姉妹の設定というのは非常に複雑だ。そしてこのシリーズには基本的に姉妹の両方が登場するシーンがなく、台詞の名前が出てくるのも希だけに限定されている。ふたりはルサックでの健の同期であるためとりわけルサック編の出番が多いのだが、はっきりいって希と望のどちらが登場しているのかさっぱりわからない。いったいどうなっているのだろう?
「2nd」での希と望にはいろいろと違いがあった。BGMが違う、服装が異なる、髪型が異なる、DC版に限ってVM画面での表示が異なる、など。そのためどちらが出ているのか一目瞭然だった。しかし今回のふたりはBGMも髪型も共通なのだ。これは困った。
これを読み解く鍵は「1st」のヒロインで相摩姉妹と同じ美術部所属の伊吹みなもの台詞にある。彼女はルサック編で顔を見せてはっきりと「希ちゃん、ひさしぶり」と言った。体調に関しても心配している。ちょっと待て、入院しているのは望の方だ! 澄空でも同じ日に文化祭を開催しているのだから、数少ない美術部員のみなもと姉妹は忙しいはずである。なのに久しぶりということは、少なくとも学校へ通って来ているのは希だけで望は入院したままだということか。
ここから推測されるのは、ルサック編に登場しているのは望の方だということ。そしてみなもは姉妹の入れ代わりの事実を知っているようだということ……なのだがいまいち判然としないんだよな。
そういうわけで「After Rain」での姉妹の扱いがどうなっているのかよくわからない。入れ代わりをしている姉妹の周囲では希のことを二重人格という者さえいるので、ふたりの性格は全然違うはずなのに(「2nd」本編でも性格は異なっている)、性格で見分けることが出来ないというのは……。どうも希と望を足して2で割った性格になっているような気がする。本来の望はもっと大人しい子だったように思うし。
とりあえず「想演」での姉妹は全て望が希として登場しているようだ。そうでなかったとしても見分けなんかつかない。
佳作だった「折鶴」と問題作だった「想演」を受けて発売された「卒業」はどうだったのだろうか。「想演」の出来がどうであれ、修学旅行と文化祭というイベントを経過するという当初の目的は達成している。「卒業」の出来次第で「想演」の評価も変わってくるはずだ。
「卒業」は三部作のラストを飾る作品で、「1st」「2nd」のキャラクター総登場で派手に締めくくる内容である。今回は「折鶴」「想演」と違い、分岐するシナリオ構成にはなっていない。プレイヤーはまず最初に智也シナリオを読み進めることになる。これを終えると健シナリオが出現。健シナリオを終えると「After
Rain」シナリオという総決算となる最終シナリオが出現し、シリーズを終えることになる。
智也シナリオと健シナリオは並列して存在している。従って分岐による作品性などが介在する余地はないが、同時進行するふたつの物語のシンクロ性から内容を深めることは可能だ。というか、「卒業」がこういう形態を取ることを知った私はてっきりそんな内容になるんだろうと考えていた。前二作でキャラを絡め並列させたシナリオを無関係なものする意味など無い。いつもとは異なるダイナミックなシナリオが見られる……という期待があった。
結論から先に言うと、「卒業」は「想演」など問題にならない超劣悪作品であった。まさかこれほど中身の無いものを見せつけられることになるとは。
智也シナリオと健シナリオ、本来ならば別個に評価すべきではあるが、抱え込んでいる欠点がほぼ同一なので分けて解説する必要は無いかも知れない。が、話の流れというものがあるのであえて片方ずつ説明していく。
卒業を間近に控えた智也は受験に挑むものの片っ端から落ちまくった。落ちて落ちて挙げ句の果てに唯笑とかおるの協力を受けた二次募集にも落ちてしまった。しかし智也の内心は穏やかだ。彼は将来と真面目に向き合うことを恐れ臆病になるあまり、未来を不確定とすることにためらいを覚えなかったのである。とはいっても智也を取り残して周囲の友人達は未来へ向けて進路を決めていく。ひとりぼっちの疎外感を感じた智也は情緒不安定になり唯笑とも距離を置くようになった。
一方健の方は第一志望の大学にあっさり余裕をもって合格していた。しかし彼はなんとなく大学を受験し合格したというだけで、将来の展望を持っていなかった。彼のまわりはピアニストのほたるやトップスイマーの鷹乃、役者を目指す巴など才能に溢れる者が揃っている。自分には何もない。そう思い込んだ健は卒業までの期間を怠惰に過ごしていく。
短いあらすじになったが、実際うすっぺらい内容なのだから仕方が無い。とにかく智也も健も大学の合否の差があるだけで悩んでいる内容はほとんど同じであることがわかるだろう。将来への強い不安感は卒業を控えた高校生にとって重要なテーマとなる。けして無為なものではない。が、そんなテーマも空洞化し意味のないものとすることは簡単だ。
智也は伊吹みなも、相摩希と出会い、病弱な身体を抱えながらも夢を持って生きている彼女達の姿に自分を恥じ、予備校に通って大学を目指すことをきめる。
健は鷹乃の住んでいる書店で宇宙に関する3冊の本と出会い、サッカーに宇宙に夢を抱いていたころの気持ちを思い出す。
智也シナリオの方がまだマシだろうか。健シナリオは酷い。本を読んでやる気になっただけで総ての悩みを解消してしまった。たしかに一冊の本との出会いが人生を変える、そういうことは現実にいくらでもあることだろう。でもそんなもんをゲームのシナリオでやられても困る。こっちはその本を読めるわけじゃない。共感もなにもあったもんじゃない。
「卒業」というからには、何かから抜け出さなくてはならない。物語とはそういうものだ。ただ単純に高校を出ましたばんざーいというだけじゃ話になりゃしない。だから私は「After
Rain」シリーズのラストを「卒業」で終えることを知った時、彼らが自分の境遇になんらかの決着をつけるものだろうと予測した。智也なら彩花との想い出から抜け出すことだろうし、健なら巴との関係を清算するとかそんなあたりだろうか。しかし裏切られた。そのどちらもありはしなかった。
特に健。あれだけ巴をプッシュしておきながら「卒業」開始時には微妙な関係に終止符を打ったことになっている。彼女との決着は「想演」での演劇編でもう終わっていたのだ。あの盛り上がりもなにもないシーンだけで……。これまで「実の無い」という表現を何度も使って来たが、結局巴のプッシュもプッシュしているだけで実の無いものだった。これは微妙である。巴ファンも喜んでいいのか悲しむべきかわからない。
このシリーズではオリジナルにはない信&かおるのカップリングが存在する。それに対応するように(こちらはオリジナルにも存在する)翔太&つばめというカップリングがあった。当初かれらは物語において「すべてが上手くいくとは限らない。でも強く生きるんだ」という智也と健の物語の布石に使われるのだと思っていた。ずばりいってどちらの関係も破局するものだとばかり思っていたのだ。これもそんな役割には使われなかった。信&かおるにいたってはどうなったのか触れてさえいない。なんだこりゃー。
智也も健も悩みは中盤ほどであっさり解消し、物語はルサックでの稲穂信帰国パーティーへとなだれこむ。インドへ行っていた彼と周囲の卒業祝いを兼ねたパーティーだ。ここから先の内容は絶望的に酷い。もう解説したくないほどである。だがあえて解説する。
パーティーには多くの仲間が集まった。
「1st」から智也、信、唯笑、かおる、みなも、小夜美。
「2nd」から健、ほたる、静流、巴、鷹乃、相摩希(たぶん希の方)、翔太が参加。
最初はわいわいがやがやと和んでいたが、健は次第に智也の態度にいらだちを感じていく。智也もほたると巴を両天秤にかけていたという健に面白く無いものを感じていた。そして智也が注文した花火付きのパフェでついに事態は決壊(ほたるは花火が苦手なのだ)。とっくみあいの喧嘩直前まで進んでしまう。
そこへ信が割り込み喧嘩は三本勝負で決着をつけることになった。クイズ、レースゲーム、砂浜でのかけっこの3つである。
ところが最後の勝負かけっこのスタート直前に「折鶴」「想演」にも登場した不良ふたり組が出現。智也と健はひとりずつ相手をすることに。危な気無く勝ちを収めたふたりは……
「おめえ、なかなかやるな」
「あんたもな」
やはり解説不能ッッ!!!!!
なんだこりゃ。今どき商業ベースの作品でこんな馬鹿話を描く作品があったとは。ありえない。夢でも見ているのだと信じたいくらいだ。まあいいや。百歩譲ってこういう展開を許容するとしよう。しかしふたりの遺恨が「折鶴」から連綿と描かれていたというならまだし(カキコオロギ程度の伏線はあるが)、パーティーの席で突然浮上したものではいかんともしがたい。
第一クイズってなんだよ、クイズって。
そんなアホ丸出しシナリオを2本終え出現する「After Rain」シナリオだが、いつもKIDが仕掛けるとっておきのトゥルーシナリオとは様相が異なる。実際にはほんのわずかばかりにつばめ視点のエピソードを加えただけの智也&健シナリオのつぎはぎにすぎない。つなげたからといってなんだというのか。しかもパーティー直前に視点を選択することになる。これじゃなにもかわらんではないか。
ただ、「After Rain」シナリオでは最後の最後に各登場人物のその後を彩花が解説していくというおまけがくっつく。智也の一浪して大学合格というオチに対し、健のプロサッカー選手になる夢実現or宇宙飛行士になれましたというオチは落差がありすぎてあまりに智也が不憫だ。この健が「卒業」において才能の無さに落ち込むことを考えるとアホかと言いたくなる。
「卒業」はとんでもない超駄作だった。ふたりの主人公が悩みを振り切るプロセスが酷ければ、最後の対決もあんまりなものだ。KIDが「メモリーズオフ1st」以来だし続けて来たノベル系ギャルゲーの中でも最悪のものだと断言出来る。「卒業」がこんな出来になったことで「折鶴」「想演」の位置付けもかなり微妙になった。
正直言ってシナリオライターを責める気持ちは自分の中には無い。今どきこんなアホ全開シナリオを描く人間がいるとは思いたく無い。ではなにが問題だったのだろうか。私はおそらくプロデューサーの指示があったのではないかと思う。つまり誰かしらKID企画側の人間の「ラストは全員登場でわーっと行こう!」というような指示が。それがあの目を覆いたくなるクイズ合戦&フリーザvs悟空のような展開になって出現してしまったということなのだろう。
繰り返すことになってしまうが、結局「After Rain」全体が体裁だけをファン向けに整えた実の無い光円盤に過ぎなかった。ノンテーマ、ビジュアル面の手抜き、短いシナリオ、総てに哀れみすら感じる。これは「After
Rain」なんてもんじゃない。ファンが見たのは雨上がりの虹などではなく、止むことの無い土砂降り雨だけだった。 |