| 原作者について (以下の情報が正しい確証はありませんので悪しからず) |
| 原作者 | 西岸良平 さいがんりょうへい (本名かどうかは不明)
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| 生年月日 |
昭和22年(1947年)7月30日生まれ (アーノルド・シュワルツェネッガーも同じ日に生まれましたそうですが、関係ないか) |
| 出身地 |
東京都世田谷区出身 |
| 学歴 | 立教高等学校(現・立教新座高等学校)、立教大学経済学部卒 |
| 受賞歴 | 昭和47年(1970年) 「夢野平四郎の青春」で第8回 小学館ビッグコミック賞 佳作でデビュー |
| 昭和49年(1974年) 9月20日号 ビッグコミックオリジナルで「三丁目の夕日」の連載を開始(現在も連載中) |
| 昭和57年(1982年) 「三丁目の夕日」で第27回小学館漫画賞受賞 現在も連載中 |
| 代表作 | 三丁目の夕日、鎌倉ものがたり、たんぽぽさんの詩、蜃気楼等 |
| ネット上のうわさ | ・高校時代(中学時代説もあり)ではあの細野晴臣氏(元YMO)と同級生で、当時漫画家志望だった細野氏は西岸氏のマンガがあまりにうまいため夢を断念させられ音楽の道に転向した、という話があるそうです。
・奥さんは絵本作家の木村泰子氏らしい。(ネット上では同姓同名の人がいるので注意)
・本人は写真とマスコミが大嫌いらしく、写真が見つかりません。人情味たっぷりの下町のおじさんといったイメージがありますが、実際にはメガネをかけた芥川龍之介のような人らしいという説あり。見た目はちょっと怖そうなんでしょうか?
★原作者・西岸良平氏の写真が見つかりました★
漫画からの印象とは異なり、結構若くてやさしそうな方ですね。
・現住所は神奈川県(逗子らしいという説あり)。
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| 原作となったエピソードとあらすじについて |
上記の「三丁目の夕日 映画化特別編」に掲載されている、「ALWAYS三丁目の夕日」に取り上げられたエピソードをご紹介いたします。 |
| 1:干しいも兄ちゃん |
「三丁目の夕日 夕焼けの詩3、三丁目の夕日」 第12話 1975/11/28 |
中学卒業後、集団就職で鈴木オートにやってきた星野六郎。履歴書の特技に自転車修理と書いたつもりが、誤字で自動車修理とお父さん(則文)に誤解されていた。お互いに後悔するが、仲直りし元気にやっていくまで...。
今から30年以上も前に作られたお話です。「六ちゃん」が原作では「六さん」と呼ばれ、少年でも社会人として扱われています。原作では六さんの書いた履歴書の字が間違っていることがトラブルの原因で、映画でのお父さんの勘違いとは異なっています。六さんが迷子になる話がカットされています。
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| 2:スカスカ人生 |
「三丁目の夕日 夕焼けの詩3、三丁目の夕日」 第19話 1975/11/28 |
小説家をめざすも何十回も落選し、ひねくれてしまった茶川さん(老人)。自分の人生はスカばかりと、店のくじにミョウバンで書いたスカくじを水増しし、子供相手に鬱憤晴らしをする。しかし自分と同じ境遇の子供に同情し、よかれと思ってやったことが...。
ここからはスカの水増しのみ、取り上げられています。DVDによればスカくじはミョウバンではうまくいかず、マニキュアの除光液を使ったそうです。茶川さんが同情した子供は、下記「秋深し」で肘に継ぎを当てられた子です。 |
| 3:テレビがわが家にやって来た! |
「三丁目の夕日 夕焼けの詩13、雪うさぎ」 第10話 1981/12/19 |
テレビがやってきた鈴木家。六郎とさくら(六郎の妹)もやってきて家族みんなで楽しく鑑賞。しかしそれぞれ見たいものが決まってくると、チャンネル争いが始まり、その挙句テレビが壊れてしまった...。
映画のように、大勢の人が集まって興奮するシーンはありません。しかしテレビが貴重品であったことや、プロレス中継などが取り上げられています。 |
| 4:コオロギの唄 |
「三丁目の夕日 夕焼けの詩14 千代紙・折り紙 第12話 1982/11/27 |
茶川の姪ヒロミが、友人の子供を預かってほしいとやってきた。淳之介は茶川が冒険少年団の作家であることを知り大喜び。それ以降二人は仲良くなった。ランドセルや机を買い、学校へもいかせる。ある日店の食べ物がなくなり、淳之介をしかる。しかし淳之介は僕じゃないといって店を飛び出す。憤慨する茶川が見たのは、泥棒猫だった...。
題名のコオロギは冒頭1.5ページだけしかでません。その次の野良猫(後半に泥棒猫)のほうがまだ関係があります。淳之介が茶川商店につれてこられ、また茶川さんが大好きな作家であることを喜ぶ部分が取り上げられています。 |
| 5:秋深し |
「三丁目の夕日 夕焼けの詩14 千代紙・折り紙 第14話 1982/11/27 |
貧しい母子家庭の子が、肘に継ぎのあたったジャンパーを着せられる。かくれんぼの際、友達とトラックの荷台に隠れたところ寝てしまい、気づいたときには遠く離れたところにいた。帰る当てもなく困ったところ、母から困ったときは継ぎをはがして拝んでみろといわれたことを思い出す...。
淳之介の母を捜しに都電で高円寺にいった話もありませんし、継ぎの当たったセーターを着ているのは、一平ではありません。ただこの子も大変苦労しており、貧しさゆえ兄弟離れ離れです。原作は決して昔はよかったというものでなく、昭和30年代ならではの悲しいお話が多数あります。 |
| 6:朝顔 |
「三丁目の夕日 夕焼けの詩16 一番星みつけた 1983/11/30 |
短期間のはずの淳之介の預かりが、長くなってすまないとヒロミが謝りに来る。しかし茶川と淳之介は仲良くなり、そんな生活が楽しくなっていた。ところが突然ヒロミと共に淳之介の父と称する芥川賞選考委員の文豪・川渕康成がやってきて、淳之介を連れていってしまう。淳之介の朝顔がしおれてしまう...。
映画のように、常識に沿って「淳之介をよろしく」というせりふはありません。あれよあれよというまに、連れて行かれてしまい、後からこれでよかったんだと自分に言い聞かせる寂しい茶川さんでした。 |
| 7:メリーX’マス |
「三丁目の夕日 夕焼けの詩26 僕のラッキー 第2話 1988/09/30 |
クリスマスを忘れていた茶川。プレゼントの希望を淳之介に聞くが、苦労したせいか遠慮深く茶川は困ってしまう。夢を与えることが大事と思い、丸められた紙を開いた茶川が考えたのは...。
ここで異なるのは、サンタはサンドイッチマン、またやまふじのお上は「お富さん」くらいで、あとはほとんどそのままのエピソードが採用されています。 |
| 8:お月見の夜 |
「三丁目の夕日 夕焼けの詩33 水たまり紙 第16話 1993/04/28 |
三丁目の住人町田氏は、夜や休日も接待の忙しい身。家族と過ごす事ができないないため、十五夜の夜、妻と子とお月見をする。ところが、楽しい家族団らんを過ごしている町田氏を「こんなところで寝ては風邪を引きますよ」とゆすって起こしたのは、パトロール中の巡査だった...。
映画では宅間先生の役ですが、ここでは高度経済成長化の、日夜仕事に追われるサラリーマンです。焼き鳥の好きな子供は男の子となります。 |
| 9:黄金週間(ゴールデンウイーク) |
「三丁目の夕日 夕焼けの詩 42 迷子 1999/03/30 |
茶川は淳之介が可愛くて仕方ない。その分、いつか訪れる別れの日を思うと、心配でたまらなくなる。しかしやまふじのさんから、それは実の親子でも同じこと、毎日を楽しく過ごせばそれでいいといわれる。もうすぐ黄金週間。そこで茶川は淳之介との思い出作りを考えた...。
縁もゆかりも無い、茶川さんと淳之介の交流だけで、ほとんど映画にこの回のお話は出てきません。 |
| 10:冒険小説 |
「三丁目の夕日 夕焼けの詩 43 写真館の美女 1999/11/30 |
スランプでネタに困る茶川。そこへ淳之介が自分で書いた「宇宙少年ミノル」を見て欲しいともってくる。茶川、ついアイディアをいただいてしまう。ついにその話が掲載された雑誌が出版された。どう淳之介に説明しあやまろうか困る茶川...。
宇宙少年ミノル特別編が、少年冒険団 特別編 空飛ぶ戦艦の巻に変わっています。フラフープなどはありません。 |
| 11:居酒屋やまふじ |
「三丁目の夕日 夕焼けの詩 45 居酒屋やまふじ 2001/04/26 |
やまふじのお富さんは不思議な魅力のある人。常連からは愛される店だった。ところがお富さんがしばらく留守になり、その間茶川の姪のヒロミがやまふじを預かることに。ところがヒロミファンの社長から組長まで来て、やまふじは大賑わい。当初は喜んでいた茶川も、次第にそんなやまふじになじめなくなった...。
この回も映画にはほとんどできません。ヒロミさんが一時的にやまふじの女将になるくらいです。 |
| 12:タクマ先生 |
「三丁目の夕日 夕焼けの詩 48抹殺指令 2003/06/30 |
夜、三丁目の野原に住む、たぬきの子供が腹痛を起こした。困った狸の母親は人間に化け、夜遅く宅間医院に向かい往診を頼む。そうとは知らず母と一緒に往診に行く宅間。診察で子供はすぐよくなるが、母、子供、家が、昔空襲でなくした宅間の妻、娘とその家にそっくりなことに気付いた宅間先生は...。
たぬきに化かされる宅間先生のファンタジックなお話です。三丁目の夕日は、1話完結のお話なので、楽しいものから、シリアスなもの、悲しいもの、SFやメルヘンチックなものまでいろいろあります。 |