白バラ抵抗運動とは?

 第2次世界大戦まっただ中の1942年。ナチスが政権を握るドイツの一角で、「白バラのビラ」と名付けられたナチスを批判するビラがひっそりと郵送されました。1〜4号、間をおいて「抵抗運動のビラ」「女子学生諸君! 男子学生諸君!」の計6枚のビラがミュンヒェンを中心としてかなり広範囲で配布されたそのビラの、作成者はハンス・ショルとアレクサンダー・シュモレルいうミュンヒェン大学医学部の学生でした。後に学生のクリストフ・プロープスト、ヴィリー・グラーフ、ゾフィー・ショルが加わり、さらに多くの学生をはじめとした友人知人が協力していた。
 ビラの郵送という形でナチスへ抵抗を試みた行いはゲシュタポなどにも危険視され、犯人追求が真剣に行われることになる。

 そして1943年2月18日、ショル兄妹はミュンヒェン大学でビラを配布していたところを目撃され現行犯で逮捕された。逮捕時にハンスが持っていたクリストフの書いたビラの草稿が発見されたため彼も逮捕され、他の関係者も次々と逮捕されていく。
 ショル兄妹とクリストフは逮捕からわずか4日後の2月22日に裁判が行われ死刑宣告を受ける。そして同日午後に刑は執行されるという、性急すぎる扱いを受けた。
 この抵抗グループは白バラと呼ばれ、戦後もその名を残している。

 そのメンバーの一人である当時21歳のゾフィー・ショルの逮捕前夜から処刑までを描いた映画『SOPHIE SCHOLL−Die letzten Tage』が、2005年ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞した。2006年には『白バラの祈り−ゾフィー・ショル、最期の日々』という邦題で日本で上映されている。