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ビッグバン打線と呼ばれた頃。@
ビッグバン打線(1998-2001)
それまではどちらかというと投手力に定評のあるチームでしたが、
1998年、突然変異といっていいほどの打ちまくりぶりを見せ、いつしかビッグバン打線≠ニ
呼ばれるようになりました。
ここでは、シーズンごとのビッグバン打線のメンバーを振り返り、
記憶をとどめておきたいと思います。
オーダーは実在するスタメンの中から私が象徴的だと思うものを選んでみました。
★1998年 ビッグバン打線誕生! (初代ビッグバン打線)
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率
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(打数-安打)
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本
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打点
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E
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田中 幸雄
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.274
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(420-115)
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24
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63
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C
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奈良原 浩
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.280
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(364-102)
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1
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25
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D
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片岡 篤史
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.300
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(466-140)
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17
|
83
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F
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ブルックス
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.244
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(459-112)
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25
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73
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D
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ウィルソン
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.255
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(506-129)
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33
|
124
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B
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西浦 克拓
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.245
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(485-119)
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20
|
62
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H
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上田 佳範
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.242
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(248-60)
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2
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15
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A
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野口 寿浩
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.235
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(268-63)
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10
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34
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G
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井出 竜也
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.216
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(296-64)
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6
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28
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特記選手:小笠原道大[代打の切り札] .302(86-26) 1本
打って打って打ちまくり前半戦を大独走した1998年です。
ウィルソンが本塁打王・打点王に輝きました。
しかし、それでもご存知のとおり優勝することはできませんでした。
@3割打者は片岡ひとり!
シーズン終わって3割をキープしたのは片岡だけでした。
長打が自慢ですから打率にこだわる必要はないのかもしれませんが、
2冠のウィルソンでさえ.255。よくタイトルとれたものです。
それにしても.250未満の打者が過半数で打線のチーム≠ニは。
印象と結果では、案外ちがうものです。
A移籍の奈良原、大活躍!
西崎と石井丈裕の大型トレードにプラス奈良原≠ニいう形で移籍してきたような
感じでしたが、奈良原は二塁と遊撃をこなし、チームトップの30盗塁をマークしました。
西武時代より出場機会が大幅に増え、レギュラーとしても活躍できることを示しました。
Bスタメンで起用したかった、小笠原。
代打中心で.302。それも野手の間にポトンと落とす、しぶとい安打をよく打ちました。
その活躍ぶりにスタメンで何試合か起用されましたが、守りでは手痛いミスを連発しました。
捕手で起用すれば送球ミス、ライトで起用も痛恨のエラーと、守備に目をつぶるには
その穴はあまりにも大きく、結局代打の切り札でしか使うことができませんでした。
1999年に進む

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