字は伯約。雍州天水郡出身。軍学でで剛直な才を見せ、槍に到っては趙雲をして「教えることはない」と言わしめた。蜀の志を受け継ぎ、諸葛亮の死後も北伐を繰り返す。
姜維 伯約(きょうい はくやく) 206〜264年
雍州扶風郡茂陵県出身。字は孟起。錦馬超と謳われ西域で圧倒的な人気をを誇り、関中十部軍を率いた。従兄弟の馬岱を除く一族郎党を曹操に獄殺され復讐を誓うが、追撃の果てに蜀軍入りする。
馬超 孟起(ばちょう もうき) 176〜222年
徐州瑯邪郡陽都県出身。字は孔明。蜀の丞相。兄は呉の文官諸葛瑾。隆中に膣居して晴耕雨読の日々を過ごし、「臥竜」と称された。徐庶の推挙を受けた劉備に乞われ、「天下三分の計」を示し蜀の軍師となる。民政改革に優れ、劉備の死後も蜀漢の志に尽くす。
諸葛亮 孔明(しょかつりょう こうめい) 181〜234年
冀州常山郡真定県出身。字は子竜。蜀の鎮東将軍順平侯。身の丈は192センチの偉丈夫で、槍の使い手では蜀軍随一。
趙雲 子竜(ちょううん しりゅう) ?〜229年
幽州琢郡出身。字は翼徳。劉備、関羽の義兄弟。長坂の戦いでは橋の上で仁王立ちし、曹操軍の追跡をただ一騎で追い返したほどの豪傑。
張飛 翼徳(ちょうひ えきとく) ?〜221年
王安 (おうあん ) ?〜?年
字は機伯。劉表に恩を受けて幕客となるが、客将であった劉備を助ける。後に蜀の幕僚となる。
伊籍 機伯(いせき きはく) ?〜?年
司州河東郡解県出身。若くして文武に秀で張飛と劉備と義兄弟の契りを結ぶ。重さ約20キロの青竜偃月刀を愛用し、豪傑として名を轟かせる。義に篤く民に尽くす。
関羽 雲長(かんう うんちょう) ?〜219年
幽州琢郡琢県楼桑村出身。蜀漢の初代皇帝。漢王朝の血を引く中山靖王劉勝の末裔。貧家に生まれ、母とともに筵を織って生計を立てた。関羽、張飛らと義兄弟の契りを交わし、黄巾賊討伐の義勇兵として挙兵。長き流浪の末、諸葛亮を得て、三国統一を目指す。
9才のとき、下ヒ城外で行き倒れているところを拾われ、張飛の従者となる。血の滲む調練の末、蜀の兵になり、長坂の戦いで甘夫人、糜夫人らを死守する。(つまりここで戦死)
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蜀
劉備 玄徳(りゅうび げんとく)161〜223年
陳礼 (ちんれい) ?〜?年
隆中の村に隠遁していた諸葛亮へ子どもの頃から食事を運んでいたが、諸葛亮が劉備に出仕すると後を追う。はじめ張飛からは死んだ王安を思い出す、と距離を置かれたが、趙雲に槍を習うなどして、張飛軍の副将までに育つ。夷陵の戦いでは騎馬隊で戦法を務め、張飛の霊が乗り移ったかのような果敢な戦いを見せ、巫城からシ帰までを奪取。しかし、陸遜の首を目指して突っ込み、致死軍の奇襲を受けて全滅する
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