第16章 全養分施肥栽培から見たこれまでの栽培 この章では、これまでの栽培の見方とこのホームページで紹介する全養分施肥栽培との違いを記します。 全養分施肥栽培(All Nutrients Supply Farming : ANS Farming)という栽培の形態は、これまでのNPK等の無機栄養説に従う慣行農法に有機物としてのCOHを炭素肥料で追加する栽培で、NPK化学肥料による慣行農法にたった一つの肥料を追加するだけで簡単に実践できます。 そして、JP1359005号の実施例のように、対照区に比べて1.9〜3.5倍もの成長が実現していることの意味合いを概観します。
1.無機栄養説は自然を正しく表現していた これまでの植物の成長に対する見方は、無機栄養説に立脚しています。植物が外界から受け取る物質は無機物だけで、植物を構成している有機物は自己の光合成によって獲得している、という見方です。リービッヒが無機栄養説を提唱してから170年間以上もの間、科学的な検証の結果は何れも無機栄養説を支持しています。これは今の有機農業であっても同じく無機栄養説に従っています。この無機栄養説は自然界の植物の営みを正確に表現しています。また、広大な耕地で栽培されている作物の挙動をも正しく表現しています。食糧生産に重要な役割を果たしている陸上植物は無機養分だけを吸収して繁茂しています。そして、外界の有機物を成長に利用していません。
2.無機栄養説の栽培の限界 しかし、栽培が確実に無機栄養説に従うことで、困った事態が生まれます。無機栄養説に従う適正な施肥設計と十分な肥培管理がなされたとき、最高の栽培の成果を得ることができます。ただ、それ以上の成果を求める時に、もう手段は残されていません。もし、リービッヒの最少律に従って作物の成長を規制している要因が「無機養分以外」であれば、最早、無機栄養説に従う栽培では状況を改善する術を失います。 現在の栽培が「無機栄養説」を標榜する以上、無機養分以外の手当の術はありません。自然界には、エネルギー保存則や質量保存則という絶対的な自然の摂理があり、作物が成長するためには常にこれらの自然の摂理にも従います。無機栄養説に基づく無機養分の施肥ではエネルギーやCOHの元素の手当はできません。 前記第5章で検討したように、現行の栽培では生産性の上限を規制している原因が光合成の不足にあるように考えられ、無機栄養説による施肥ではこれ以上の生産性向上は困難と見られます。 即ち、いまの栽培の生産性は、無機栄養説の上限に到達しているため、これ以上の向上は見込めない可能性が極めて高いと言えます。 これは、十分に科学的な知見を取り入れた日本の稲作の収穫量の推移を見れば、おおよそ見当がつきます。ほぼ、全国的に無機栄養説に従う栽培の上限に張り付いているように見受けられます。そして、その年の気象の具合で収量が変化しているだけです。
3.有機農業や有機質資材 有機農業や有機質資材について、当ホームページでは独自のデータをもっていません。有機農業の考え方や有機質資材は膨大な数になり、その一つ一つを体験したわけではありません。 ただ、このホームページが推奨する全養分施肥栽培は、有機物を有機金属化合物へ転換して栽培に利用するものであり、その点で、NPK化学肥料を中心にした慣行農法や有機農業とは異質な栽培の考えです。慣行農法も有機農業も無機栄養説の範疇に属し、作物に対して有機物を供給することはできません。そのため、無機栄養説ではない全養分施肥栽培の立場から、有機農業や有機質資材を概観します。 リービッヒは、異常気象による激しい食糧飢餓の時代を経験していたために、農業生産を高めることに格別の関心を寄せ、極力無駄を省き、的確に必要な手当だけを行うために、無機栄養説とリービッヒの最少律を提唱し、今日の農業の基本になっています。 このホームページで提案する全養分施肥栽培の見方からすれば、リービッヒの提唱した視点と軌を一にします。全養分施肥栽培では、有機物をも作物に供給する考え方をする点で「無機栄養説」とは大きく異なります。しかし、有機物を「ある種の有機金属化合物」とすることで、あたかも無機養分と同じように作物に供給することができるだけのことであり、有機物を無機物のように変えただけのことです。その意味では、リービッヒの無機栄養説に、補給対象元素がCOHの3元素が追加されただけともいえます。 従って、有機農業やさまざまな有機質資材は、得られる成果に対する所作が不明瞭に感じます。 単位面積当たりの生産量を高めることは数多くの面で有益です。 有機農業や有機質資材は、有機物を含む資材を用いながら、その有機物を結果として分解者の餌としているだけで、有機物を作物に与えることはできません。 天然の有機物を原料とする有機質資材は、原料の発生量が限定的です。化学肥料であれば、一つの工場で大量の肥料を生産しています。 しかし、有機質資材は違います。店頭の有機質資材の生産現場まで辿ると、家畜の飼育施設の家畜糞尿であったり、食品生産施設の加工残渣であったり、家庭の生ごみの集積場所であったりします。従って、概して、不用な物質であり、廃棄物であったりします。従って、このような有機質資材を大量に生産しようとしても「廃材の量が限られている」ために、その生産量は限定的です。このような原料のもう一つ上流を見ると、其々の主要な製品を生産していることが判ります。畜産施設では、肉乳卵が主要な製品です。家畜糞尿は不用な排泄物です。公表された資料では、家畜の飼育に際して、排泄物の発生量が少なくなる研究も推進されている、とあります。一般家庭の生ごみも、できるだけ食材を上手に利用して非食部を少なくし、上手に調理してできるだけ残飯を少なくすることで生ごみを出さないような努力がなされています。即ち、これらの原料はあくまでも廃棄物であり、「0」にできれば存在しない物質です。 この難問を解決する一つの考えが、有機物を分解する微生物・分解者を特定の分解者とする手法です。 生分解を行う微生物やカビあるいはミミズのような小動物等に特色を持たせることで、広い範囲のさまざまなバイオマスを原料として、ある種の堆肥・腐植を生産することができます。このため、特定の原料発生源が巧みな合理化で廃棄物を減少させても、他の原料発生源を利用して特異な腐植を生産することができます。 このように、堆肥や腐植の生産に有り勝ちな「原料の発生量の制約」を乗り越える手法として特異な分解者(菌体、微生物等)を用いることに力点を置いた資材が生まれています。 しかし、基本的には無機栄養説に立脚した栽培になるため、大量に運搬して圃場散布しても、その固形分の約90%以上は有機物であるCOHの元素が占め、作物には吸収されない元素です。折角存在している有機物を理由はどうあれ、生分解で失うのは勿体ないように見受けられます。 生分解を活用したものが有機農業であり、生分解を全く活用せずに有機物を作物に付加したのが全養分施肥栽培です。そのことから、全く異質の栽培の取組と言えます。
4.栽培の試験 NPK化学肥料を中心とした現在の慣行農法は、基本的には1840年代にリービッヒが提唱し、そして、1906年ハーバーの空中窒素の固定の成功によってリービッヒの提唱する栽培が誰でも現実に実践できることになりました。基本的には現在の慣行農法は約100年以上も前に完成しています。この100余年の農業の歩みは1906年に完成された栽培を広域に普及することにあり、今、その途上と言えます。 ただ、先に示した日本の稲作のようにほぼ完ぺきな施肥水準に到達して長い期間が経過している観があります。収穫量の変動は、其々の年の陽気の変動であり、栽培技術は上限に達していることが推測されます。 そのことは、無機栄養説における必要な施肥資材は揃っており、且、十分に流通しており、誰もが手当可能な事柄については全て十分に手当をしているといえます。 このように、ほとんど完成の域に達した農業では、進歩することが困難になっています。誰もがほぼ完ぺきな上限に達した栽培を実現している以上、新たに向上を求める試験栽培は極めて困難なものとなります。仮に上昇しても微差であり、それを検出しなければなりません。試験規模も大きくなり、数も多く、大変です。 しかし、無機栄養説に立脚し、基本的な肥料要素は100年も前に完成しているために、基本的には100年前の水準と等しい結果であっても不思議はありません。有意差が少ない現象を検出するために、徒に規模が大きくなっているのが、この100年間の栽培試験と思われます。 因みに、このホームページで提案する全養分施肥栽培であれば、JP1359005号の実施例が示すように、対照区に対して1.9〜3.5倍もの収穫量になり、この差であれば、簡単に判別できます。手ごろな鉢を窓辺に2つ置いて日の出、日没の成長の具合を物差で測る程度で学童でも簡単に違いを検出できます。 新しい施肥元素が加わることがない、栽培の比較は、対照区と試験区との生育の違いが極めて少なく、無機栄養説の範囲で、それぞれ上限に達するので、差を見出し難く、試験規模が大きくなりがちといえます。 |