生きがいの創造(初版)英文訳
”Creating the Value of Life”by Fumihiko Iida (PDF File)
そこで本日は、先日、お茶の水女子大学付属高等学校で高校教師向けの講演を行った際に、資料として配布したレジュメを、そのままご紹介いたします。「教師」の方々はもちろんのこと、学校の先生以外の皆様も、どうぞ、お子様の教育などの際に、ご参考になさってくださいね。
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私たちは、なぜ生きているのか?
〜 人生の価値を問うために有効な教育とは 〜
福島大学経済学部助教授(2002年当時)・IOU統合医学部名誉教授(脚注参照) 飯田史彦
1.わが国における現代教育の限界と、諸問題の根源について
「なぜ、私は生まれてきたの?」
「何のために、私は生きてるの?」
「どうして、自殺してはいけないの?」
「なぜ、人をいじめてはいけないの?」
「なんで、がんばらなくちゃいけないの?」
「どうして、みんなと仲良くしなくちゃいけないの?」
「どうして、努力しなくちゃいけないの?」
「なぜ、まじめで正直に生きていかなくちゃいけないの?」
・・・・・・あなたは、教師として、生徒から寄せられる、これらの素朴で本質的な疑問に、きちんと「自分なりの回答」を答えて説明することができますか?
「せっかく生まれてきたのだから、自殺なんかしては、もったいないじゃないか」
「君が自殺すると、ご両親が悲しむじゃないか」
「いじめるのは、かわいそうじゃないか」
などという表面的な回答では、生徒たちは納得しません。
また、「先生にも、よくわからない」
「自分で考えてみたら?」
「その回答を探し求めるのが人生だよ」
「いずれ、わかる時がくるさ」
などと、回答を避けるだけでは、生徒たちの信望を得ることはできません。
結局のところ、面倒な「心の問題」はカウンセラーに依存するしかなくなり、教師は、単なる「教科書の解説者」に成り下がってしまう危険性があります。本来、教師という存在は、生徒に対して、「豊かで充実した人生を説く導師」であるべきではないでしょうか。
しかも、心理学的なカウンセリングは、一時的かつ表層的な対症療法にすぎないため、「心の真ん中にぽっかりと穴の開いた状態」で生きている生徒たちの、本質的な心の渇望を満たしてやることは困難です。
したがって、吉田武男(筑波大学助教授)と中井孝章(大阪市立大学助教授)が、『カウンセラーは学校を救えるか 〜「心理主義化する学校」の病理と変革』(昭和堂、2003年)において指摘しているように、現在のわが国の教育現場では、「学びの共同体としての学級づくりの復興」と、そのために必要な教師の力量形成こそが求められています。
そして、心の真ん中にぽっかりと穴の開いた状態、すなわち「人生における意味と価値の喪失」は、生徒たちの「生きがい」(より創造的な人生を送ろうとする意志)を著しく低下させ、諸問題の根源となっているのです。
2.「人生における意味と価値の喪失」現象の原因と、本質的解決策について
人生において生じる諸現象に対して、最も意味と価値を見出しにくい人生観とは、「現象が意味に優先する」という大前提、
つまり、「人生における全ての現象は偶然の積み重ねにすぎないものであり、我々人間にとって可能なのは、せいぜい、現象が生じた後で何らかの意味づけを試みることにすぎない」という人生観です。
現在の日本社会、および日本の教育界(宗教系の学校は除く)は、まさに、このような人生観に支配されています。
一方で、人生に対して、より多様な意味づけを可能にする人生観が、「意味が現象に優先する」という大前提、
つまり、「人生における全ての現象は、まず先に存在する何らかの意味を具現化したものであり、意味のない現象は生じない」という人生観です。
言い換えれば、宇宙とは「意味空間」であり、宇宙の本質は、「物質」ではなく、その意味を生み出している「精神」であるという考え方です。
このような宇宙観・人生観を提示する論拠として、飯田は、一連の「生きがい論」関係の著作において、様々な大学教授や医師による研究成果を紹介・分析しています。具体的な情報分析および理論構築については、私の代表作、『CD付き新版 生きがいの創造』(PHP、2003年)をご参照ください。(本日の講演では、最後に、時間のある限り、できるだけ詳しくご紹介いたします)
その宇宙観・人生観は、以下の諸仮説に集約されますが、これらを「真理」として「強制」するのではなく、あくまでも「科学的な仮説に基づく人生観」として「提示」し、「あなたが今後の人生を生きるにあたって、役に立つ人生観だと思うならば、あなたの意志で、あなたなりに活用してください」と「紹介」するにとどめることが、飯田の「生きがい論」の特徴です。この点において、飯田の「生きがい論」は、「万人が従うべき真理」を強制する「宗教」とは決定的に異なっており、単なる「人生観」であり「思想」にすぎません。
したがって、以下の仮説を受け入れない者に対しては影響力を発揮しませんが、だからこそ飯田の「生きがい論」は、特定思想の強制を避けるべき教育現場において、安心して活用できる教育ツール(道具)となるはずです。(当然ながら、飯田は、あらゆる宗教からの中立を守っており、いかなる思想団体にも属していません)
仮説1: 人間は、トランスパーソナルな(物質としての自分を超えた精神的な)存在であり、その意味で、人間の生命は永遠である。
(死後生仮説:life after death hypothesis)
《 教育現場における伝達方法の一例 》
「あなたは、決して孤独ではありません。いつ、どこにいても、心の奥で、数多くの人々の意識、多数の生命たちと、つながり合って生きているのです。この宇宙は、あなたの仲間たちで、満たされているんですよ。そして、あなたは、無意識のうちに、それらの仲間たちと、心の奥で励まし合いながら生きているのです。」
「『死ぬ』ということは、『身体から離れて生きる』ということにすぎません。あなたが愛する、その人という存在が、宇宙から一切消え去ってしまったわけではありません。今は身体を持っていないその人も、『意識』として、今も確かに宇宙に存在し、あなたとつながって、貴重なメッセージをくださっているのです。あなたは今も、愛するその人と、ともに生きて(宇宙に存在して)いるのだということを忘れないで、また必ず会えるその時まで、安心して生きていきましょう。」
仮説2: 人間の本質は、肉体に宿っている(つながっている)意識体(spirit, soul)であり、修行の場(学校)である物質世界を訪れては、生と死を繰り返しながら成長している。
(生まれ変わり仮説:reincarnation hypothesis)
《 教育現場における伝達方法の一例 》
「あなたは、あなたの意志で、わざわざ学びの人生計画を立てて生まれてきたのですから、自殺によって人生という問題集を放棄しても、何の解決にもなりませんよ。なぜなら、また同じように、自殺したくなるほどの試練を自分に与えて生まれ、それを乗り越えなければならないからです。あなたが、今回の人生で、その自殺願望を乗り越えて前向きに生きることを選ばない限り、いつまで経っても、その試練から逃れることはできないのです。」
仮説3: 人生とは、死・病気・人間関係などの様々な試練や経験を通じて学び、成長するための学校(修行の機会)であり、自分自身で計画した問題集である。したがって、人生で直面するすべての事象には意味や価値があり、すべての体験は、予定通りに順調な学びの過程なのである。(ライフレッスン仮説:life lesson hypothesis)
《 教育現場における伝達方法の一例 》
「人生は、偶然の積み重ねでもなく、ほかの何者かに押し付けられたものでもありません。自分の意志で計画して生まれ、人生を終えた後には、自分で評価するものなのです。したがって、あなたは、誰かのせいでひどい目にあっているわけではなく、全てのことは、あなたのために起きている、順調な、ありがたい試練なのです。ですから、あなたはもう、誰も恨む必要はありませんよ。あなたはもう、誰も恨まないで済むのです。」
「人生は、なかなか思い通りにならないものですが、それは、わざわざ自分自身で、思い通りにならない人生を計画して、その葛藤や克服から学ぼうとしているからなのです。あなたはこれまで、人生は、思い通りになればなるほど価値がある、と誤解していませんでしたか? そうではなく、人生は、思い通りにならないからこそ価値があるのです。一見すると、嫌なこと、面倒なこと、辛いこと、悲しいこと、腹が立つことにしか見えないような出来事が、あなたに、『成長』という大きな価値をもたらしてくれるのです。」
「人生は、自分の成長度に応じて自分が設計した問題集ですから、学びを積んだ者ほど、より高度な試練に数多く直面する人生を計画します。したがって、病気や障害などの身体的ハンディキャップや、厳しい生活環境を体験しながら生きる人生を計画してきた人々は、すでに多くの学びを積み、今では人間を卒業する最終試験に挑んでいらっしゃるような、勇気ある、素晴らしいチャレンジャーなのです。そのような方々は、決して『運の悪い、かわいそうな人』ではなく、『それほど高度な学びに挑戦するに値する、素晴らしい人』なのですよ。だからこそ、そのような素晴らしい挑戦者の方々のために、私たちも、できる限りのお手伝いをして差し上げて、それらの方々の大きな学びの恩恵をいただきましょう。」
「人生では、自分に解けない問題は、何ひとつ用意してありません。人生で出会う大きな試練は、自分で自分に与えたのですから、手を伸ばせば必ず届く、ちょうど良いレベルの問題ばかりです。目の前にある試練が、つらければつらいほど、悲しければ悲しいほど、大きな挑戦であればあるほど、『自分は、これほどの問題を解くに値する、素晴らしい人間なのだ』ということを、証明しているのです。あなたは、もう、足し算・引き算レベルの問題集など、とっくの昔に解いてしまったので、今、因数分解や微分積分レベルの、高度な問題集に挑戦しているのです。あなたは、もう、それほど困難な問題でなければ学べないほどに成長した、素晴らしい人間なのです。どうか、それほど困難な問題に挑戦している自分に誇りを持って、自分にならば絶対に解けるのだという信念を忘れずに、その問題に挑戦してくださいね。」
仮説4: 人生では、『自分が発した感情や言動が、巡り巡って自分に返ってくる』という、因果関係の法則が働いている。この法則を活用して、愛のある創造的な言動を心がければ、自分の未来は、自分の意思と努力によって変えることができる。
(因果関係仮説:the law of causality hypothesis)
《 教育現場における伝達方法の一例 》
「人生には、因果関係の法則が働いていますから、自分が誰かを傷つけると、いつか必ず、同じくらい、自分も誰かから傷つけられます。しかし、逆に、自分が誰かを助けてあげると、いつか自分が困った時に、同じくらい、不思議に誰かから助けてもらえるのです。したがって、人生では、ほかの人から返してもらいたいと思うような言動だけを、ほかの人に対して行えば良いのです。とてもシンプルで、わかりやすい法則ですよね。ですから、『こいつをいじめても、仕返しなんかされないから大丈夫だ』なんて思ってしまうと、大変なことになりますよ。その人ではない誰かから、そのうち必ず、同じくらいお返しをされるのです。そして、『こんな人を助けても、何も返してもらえないから仕方ないや』なんて思わないで、どんな人でも助けてあげましょう。その人ではない誰かから、そのうち必ず、同じくらい助けてもらえる時が来るからです。」
「人生は、因果関係の法則を活用しながら、自分の意志によって創り上げるものであり、あなたには、いつでも、自分の人生を望ましい方向へと転換するチャンスが開かれています。たとえ、予定通りに厳しい試練に見舞われたとしても、その試練の結果は、自分の言動によって変えることができるのです。あなたは、変えることのできない一本道の運命を、いやいや押し付けられているのではありません。今後の人生のシナリオを、あなたの意志と言動によって、常に選び取りながら生きているのです。」
仮説5: 人間は、自分に最適な両親(修行環境)を選んで生まれており、夫婦や家族のような身近な人々は、「ソウルメイト」として、過去や未来の数多くの人生でも、立場を交代しながら身近で生きる。(ソウルメイト仮説:soul mate hypothesis)
《 教育現場における伝達方法の一例 》
「『そで擦り合うも、他生の縁』とは、家族や親友や恋人など、今回の人生で身近な人々は、過去や未来の人生でも身近に生きる縁の深い人々なのだから、愛し合い、助け合い、切磋琢磨し合いましょう、ということなのですよ。『多少の縁』ではありませんからね。」
「現在の人生を、過去の人生・未来の人生との関係性の中でとらえて、色々な情景を想像してみましょう。そうすれば、今回の人生で起きる出来事や出会う人々に、より奥深い意味を見出すことができるようになりますよ。たとえば、あなたのお父さんやお母さんは、これまでの人生で、あなたの子どもとして生きていたことがあるかもしれません。そして、あなたの結婚相手になる人は、これまでの人生でも、ずっと妻や夫として共に生きてきた人で、今も、この地球のどこかで、あなたとの運命の出会いを待ってくれているのです。」
「私たちの正体は、みな善なる存在なのですから、あなたと表面的に敵対している人も、本当はあなたと同じ、愛に満ちた仲間なのです。ただし、人生という名の『学びの舞台』では、時に、敵と味方に分かれて貴重な学びを積むこともありますから、ちょうど今、その人とあなたは、ライバルになって争い合うという配役を演じているのでしょう。その配役から多くのことを学んで、お互いに、許し合うことに挑戦してみましょう。」
3.「生きがい論」による「ブレイクスルー思考」の有効性と留意点
以上の5つの仮説による「生きがい論」(人生に意味と価値を見出すための思考法)を、私は、「ブレイクスルー(人生に立ちはだかる壁を突破する)思考」と名付けています。このような人生観がもたらす「ブレイクスルー思考」の効果については、「うつ病」の権威も指摘しており、すでに教育現場で実践し、確認した先生方も、各地にいらっしゃいます。
* 小学校6年生・3年生への実践(ハンディキャップを持つ人々への認識の変化)
* 小学校5年生への実践(授業「なぜ、がんばらないといけないか」)
* 大学生1000名以上への「生きがい論」講義、およびアンケート調査の分析 ・・・など。
ただし、日本人は、この種のスピリチュアルな視点に対して、「宗教」と混同して拒否反応を示しやすかったり、あるいは逆に、過剰反応してオカルト興味に走りがちであるという危険性を持っています。したがって、「生きがい論」が、あくまでも「有意義な人生を送るための思考法」にすぎないことを逸脱しないよう、相手や状況に応じて、次の4通りの活用方法を使い分ける必要があります。
@ 「生きがい論」の内容をそのまま言葉にすることはないが、心の中で、自分なりに活用しながら教育を行う。(それだけでも、大いに効果があります。なぜなら、まず教師である自分自身の人生観が変わり、生き生きしてくるからです。)
A 「生きがい論」の内容を、自分なりに加工した言葉で伝えながら教育を行う。ただし、誤解を受けやすいスピリチュアルな用語や概念は、できるだけ直接的には用いないように、上手に加工しながら伝える。
B 「生きがい論」の内容を、スピリチュアルな用語や概念をそのまま用いて伝えながら教育を行う。ただし、教師である自分の意見としてではなく、「大学の先生である飯田さんが提唱する人生観」として客観的に伝え、責任は飯田に転嫁しておく。(何か問題が生じた際に弁解しやすいよう、教師としての自分の身は安全圏に置いておく)
C 「生きがい論」の内容を、スピリチュアルな用語や概念をそのまま用いて伝えながら教育を行う。しかも、飯田の説であると同時に、教師としての自分も共感する人生観として解説する。ただし、あくまでも「思考法」であり、「人生観として役に立つと思う者だけが、自分なりに活用すれば良い」という立場を守り、決して強制はしない。
なお、「生きがい論」にも、ツールとしての限界あるいは制約条件があります。それは、「生きがい論」という本質的な教育ツールを効果的に活用するためには、使い手である教師が、生徒たちに信頼される高潔な人格を持っていることが不可欠だということです。とりわけ、日頃から、幽霊、宇宙人、予言、占い、呪いなどといったオカルト的な話題を好んで口にする教師の場合には、いざ真面目に「生きがい論」の内容を伝えて人生を語ろうとしても、それらのいかがわしい話題と混同され、「また先生がおかしなことを言ってるよ」と、一笑にふされてしまう危険性が高いことでしょう。
また、「生きがい論」は、「宗教とは無関係な、科学的論拠に基づく人生観であり、各人の自由意志によって活用すべきツールにすぎない」という立場を守るがゆえに、共感しない生徒に対しては強制できず、効果をもたらさないという限界があります。したがって、「生きがい論」は万能薬ではなく、あくまでも、適切な相手に対して的確な処方で用いなければ、望ましい効果は発揮しません。ただし、対症療法的かつ表層的な心理カウンセリングの技法とは異なり、「生きがい論」は、虚無感から生じる心の病を、本質的な深層から予防する効果を持っています。「生きがい論」を、心の真ん中にOS(オペレーション・システム)としてインストールしておけば、人生の様々な試練に立ち向かう効果的な思考法、あるいは枯渇することのない心のエネルギー源として、活用することができるでしょう。
(飯田助教授のページ「今週のメッセージ」から転載)
※引用者注) OSとはコンピュータ用語でOperatingSystemのことですが、適当な日本語訳はなく,無理に訳すと「基本ソフト」。コンピューターシステムの中で最もハードウェアに近い位置にあるソフトウェアで,コンピューターを操作するのに必要なもの。ハードウェアを統合的・一元的に動かす基本的なシステムで,ハードウェアとアプリケーションの間にあって,コンピュータ全体を管理する。言い換えると,ハードウェアやソフトウェアなどのコンピュータ資源を管理し,効率よく働かせるためのプログラムの集まり。ユーザーは,直接ハードウェアを扱うのではなく,OS を介して提供されている仮想的な機械を扱うことになる。狭義にはカーネルのみをさす場合もある。最近は OS とアプリケーションの間に,ミドルウェアと呼ばれるソフトが置かれることもある。インストールはInstallと綴りますが、コンピュータにソフトウェアを組み込むことを意味しています。
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「ブレイクスルー思考」についての自分用メモ(2002年当時作成のもの)
飯田史彦福島大学助教授のブレイクスルー思考の本を読んでの自分用の抜粋メモです。
大前提
・人生は自分で計画して生まれてきた、人生は自分で作ったシナリオである
・意味が現象に優先する、意味のない現象は存在しない。
全てのことには時がある。 その時にやってくるものを受け入れ、それ以上を望まない方がいい。
人生の目的は
・死を通じて学ぶ、死ぬために生まれてきた。
・病気 怪我 障害を経験するために生きている。
・人間関係を通じて学ぶために(両親・親子・ソールメイト)
今 目の前にいる人を愛することがテーマ
部下の価値観をコントロールできるか
価値認識のパターンを変える
この仕事には何の価値があるのか - 全ての仕事には価値がある。
それをやっている自分には価値がある。
新人研修でまず教育することは、仕事の価値を教えることである。
経営者 動機と過程に意味がある(結果はどうでもよい)
何故経営者の地位にいるのか、なぜ困難な経営課題に直面しているのか - これらは必然で、自らが課した自分だけにしか果たせない貴重な役割がある。 自分に解けない問題はない。
幸せとは気づくものである。
愛とは感情だと思っている人は長続きしない。
愛は意志であり、決断であると思っている人は長く続けられる。
人間として問われるのは誠実さ、道徳性のみ
・愛すること
・ 許すこと
・ 感謝
・ 善意
・ 慈悲
・ 希望
・ 切磋琢磨
・ 信仰
以上 自分用のメモ終わり
生きがいのネットワーク
飯田史彦助教授の提唱
「生きがいのネットワーク」につながってみませんか?
生きがいのネットワークとは、本書を読んで共感下さったみなさんの、「心のつながり」のことです。組織や団体ではありませんし、事務局もリーダーも存在しませんから、入会金も申込み手続きも、一切不要です。どこにも届け出る必要はありませんし、いつでも、すぐに「つながる」ことができるのです。
「生きがいのネットワーク」につながるためには、ただ「自分も本書の主張に共感し、ネットワークに参加しよう」と、決心するだけで結構です。あなたは、その瞬間に、本書に共感してくれた世界中の読者仲間と、心と心でつながります。
つながった瞬間から、あなたはもう、どこにいても、決して孤独ではありません。
数多くの仲間たちが、いつでも世界中で、あなたを応援してくれています。あなたも、心と心でつながった世界中の仲間たちを、いつも激励してあげましょう。
ただし、「生きがいのネットワーク」につながったら、次の5ケ条を、マナーとして心がけてくださいね。
1.自分らしく生きること。
2.両親と家族を大切にし、人と生物と自然を愛すること。
3.困難に立ち向かう勇気を持ち、失敗を貴重な経験に変えること。
4.本書に共感することによって、人からどんな誤解や中傷を受けても、決して怒らないで、大きな気持ちで許すこと。
5.自分の価値観を人に押しつけることなく、「興味がない」と言われたらすぐに本書の話しをやめ、いつかその人が自分で本書を開く時が訪れるのを待つこと。
以上を心がける準備ができたら、さっそく世界中の仲間たちと、心と心の「生きがいのネットワーク」をつないでみましょう。
みるみるうちに、仲間たちから送られる熱い想いであなたの心は満たされ、生きる勇気が全身にみなぎります。
あなたのまわりにも、あなたの仲間がいないか、さっそく探してみましょう。
仲間が見つかったら、その時の合言葉yは「つながった!」です。あちこちで、ネットワークのつながりを確かめてみましょう。
あなたは、これから、地球の未来を支える貴重な仲間たちのひとりです。
この瞬間にも、あなたの仲間たちは、どんどん増え続けています。
そして今、あなたの心に、あなたを守ってくれている意識体たちの言葉が聞こえてくるはずです。・・・「よくぞ、進歩の階段を大きく昇る決心をしましたね」と。
「[新版]生きがいの創造」PHP研究所、2003年、 P395参照
著者 福島大学助教授 飯田史彦氏のホームページ
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生きていく明日からも 「いつまでも、いつでも一緒」 |
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補足)
2002年12月4日
感謝!
このたび、オランダに本部を持ち、世界30カ国以上に58000名もの学生を持つ「Intercultural Open University」(I.O.U)からご連絡があり、私の「生きがい論」による社会貢献に対して、次のような「名誉教授」(Honorary Professor)の称号をいただきました。 この I.O.U は、オランダ政府が正式に認可した大学(学士・修士・博士号が取れる教育機関)であるとともに、ヨーロッパ諸国、インドやタイなどのアジア諸国、アメリカやカナダなど数多くの国々に支部を置く国際大学として、海外では高い認知度を得ています。一緒に送られてきた英文の分厚い説明書には、「ユネスコ」や「英国国教会」や「ダライ・ラマ」さんなど、そうそうたる機関・人物から寄せられた、I.O.U の推薦状・認定状が添付されていました。このたび、日本にも「統合医学部」(西洋医学と東洋医学を統合する未来型医療の研究・普及機関)を設置することになり、それを機会に、私と、澤田祐介先生(元東海大学救急救命医学教室教授)の2名が選ばれて、日本で初めての「名誉教授」称号を拝受できることになりました。
このような経緯から、来年度か再来年度より、私も、この I.O.U の統合医学部において、「医療経営学」の講座を開講できるようになるはずです。経営学者として、病院や診療所などの医療機関のマネジメントを、格調高く、しかも実践的で役立つ内容で、しっかりとお教えできるよう、テキスト執筆の構想を練っています。医療分野に特化した本格的な経営学は、まだ未開拓の分野なので、今や200名近くになった「生きがいメディカル・ネットワーク」(私の著書に共感くださった医師・看護師の集まり)の皆さんのご助力を大いにいただきながら、この分野のパイオニアとして研究を進めていくつもりです。いずれ、近いうちに、インターネットを通じて、日本のどこにいても私の授業を受けることができるようになるはずですので、その際には、このホームページでもご紹介いたします。
かくして、まだ40歳にすぎない私が、世界的な大学の「名誉教授」称号をいただけるとは、たいへん光栄なことと、その幸運に感謝しています。また同時に、今回の栄誉は、これまで私の「生きがい論」を応援してくださった読者の皆様の、全員に対していただけたものでもあるはずです。その意味で、私にこのような称号を与えてくださった読者の皆様に、深く感謝申し上げます。今後も、さらに努力と精進を続けますので、どうかこれからも、私の「生きがい論」を、応援してくださいね。