社会復帰までNo.1

 H 13年10月27日(土)出張先から帰ってきた。この日の夕方長男が怪我をして近くの病院に救急で受診する。そのとき、パパの体調もなんとなくすぐれないが「週末で疲れのせいかなぁ??」と思っていた。週末自宅でのんびり過ごす。改善みられず出張先には戻らずに自宅で療養。
 10月30日(火)倦怠感と高熱のため、病院受診させる。補液のため500mlの点滴を3時間で施行する。夕食もほとんど摂取できず入眠するが夜間胸痛と動悸息苦しさあり熟睡できず。
10月31日(水)倦怠感・呼吸苦増強し再度病院受診する。その際、採血・胸部レントゲン・心電図をとる。Dr より『少し心電図の再検が必要なので熱が下がったらもう一度心電図・エコーをやりましょう。』と進められ予約し帰宅する。
 自宅は、3階建てのマンションのため階段を登らなければならない。それも、とても辛く普段より時間がかかって上がってくる。自宅に入り座っているがかなりの脱力感(正午過ぎ)。私は洗濯をするためその場所を離れる。その直後、『バタン』ともの凄い音がするため部屋に戻ると主人が全身伸展させ固く痙攣を起こしている。脈も弱くほとんど触れない。呼吸も止まっているよう。声かけには全く反応なし。直前におにぎりを持っていたが口の中に入っている様子があるが固く閉ざされ出せないため誤飲しないように顔を横むきにさせる。救急車を呼ぶ。『今日内科受診したとき心電図に異常があったことを伝える』と先程の病院に連絡を取ってくださいといわれ、連絡を取りながら救急車を待つ。
 受診した先より、電話の回答『救急車ですぐにこちらに向って下さい。』
数分後、救急車の到着。その頃、主人の意識が少し戻る。一応、声かけに反応する。そうすると2回嘔吐みられる。救急車の中で意識がもうろうとしている。SAT値93〜95%だが状態不安定なのは感じる。声をかけることもできない。
 病院に到着するとそのまま主人だけが救急外来に入り、次男(4歳)と待合室で待つ。Drから『心筋炎の可能性を告げられ今から救急処置を行う』と説明がある。どのくらいの時間を待ったか入院の準備となるが説明を受けている途中で『検査の過程でここでは無理なのがわかり、今から救急車で大学に搬送することになりました。』とDr より説明される。その時点で、主人の意識レベルは低く心臓もペースメーカーで補助しないといけない状態でした。
 大学についたのは、夕方だったと思います。すぐに救急外来処置室に入り説明があるまで長いこと待ちました。Drからの説明は、『重症性心筋炎』で今から人工心肺等の機械を付けなければならないため一度お会いしますか?と聞かれる。主人は意識の混濁あり声かけに反応あるが聞こえているかわからない感じを受けた。この時点で、Drより助かる確立は50%であることを説明される。ほか家族にも連絡するように言われる。
数時間が過ぎ救急外来から集中治療室に移るが、このときも会うことができず移動先の待合室で待つことになる。
 集中治療室で処置を受けている間、看護婦さんに主人の既往歴など聞かれ話していると 面会ができるようになり中に通される。
 ベットのまわりを多くの機械が置かれ全身の管理を行われないと今は生きていることもできない主人を見た。私の知っていることを理解して冷静でいることに精一杯でした。その日病院から自宅にむかったのは21時過ぎでした。   
       
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