![]() @Lost City coffee shop, 1971 BLUEGRASS 45 ブルーグラス45 2006年の米ツアー 1971年の熱い夏(BOMミラーサイト) ディスコグラフィ メール ジョッシュのHP 45 @ライマン公会堂(1996) ブルーグラス45はちょうど40年前の1967年に結成、1970年に発表した自費制作アルバム『Run Mountain』が米国で好評を博し1971年6月に渡米、3ヵ月間米国とカナダのツアー、その間、米国レベル・レコードでアルバムを2枚、『Bluegrass 45』と『Caravan』を発表。その後、解散25周年の1996年、阪神大震災を機に再結成してCDアルバム『Once Again, from Kobe』とビデオ『That's the Time』発売、同年IBMA(国際ブルーグラス音楽協会)に招待されて米国と日本ツアー、2006年にもビーン・ブロッサム・ブルーグラス・フェス40周年記念に招待されて米国ツアーを行っている。 オリジナル・メンバーは、ジョッシュ大塚(g)、渡辺敏雄(bs)、李健華(g)、廖学誠(f)、大塚章(m)、渡辺三郎(bj)。ごくまれに、何年かに一度、在米の大塚章が帰国したときに全員が集まって、オリジナル・メンバーでのリユニオン・ライブをしている。 に渡辺三郎がムーンシャイナー誌のために1991年に書いた「ブルーグラス45の歴史」がある。 【ブルーグラス45 紹介文】 ●時山フェスの安川直樹さんが、時山フェスのホームページに書いてくれたコメントを紹介します。 -------------------------------------- 昔の話になって恐縮だが、さかのぼること40年近く。1970年,夏。はじめて45に出会った日。7月末か8月初めだったと思う。 兵庫県 芦屋市の郊外、奥池公園(正式名は不詳)で開催された日本初のアウトドアー・ブルーグラス・フェスに 慶応のクリンチ・マウンテン・ボーイズのメンバーとして東京から参加した時のことである。とてつもない猛暑で、上半身裸で、うろうろしてる人も、結構いたような記憶がある。当時は当世のような関西と関東の交流は我々学生バンドのレベルでは、全く無いに等しかったが、風の便りで、すごいスーパーバンドがあるらしいということは聞いていた。 フェスの運営等は、現代のような整然としたものではなく、いくつかの学生バンド(我々も含めて)が入れ替わり立ち代わりに出て来てコピーした曲を披露するといった風情のものであった。 だが、トリで出て来たバンドがオープニングのイントロをはじめた途端、全く空気が変わってしまった。音がでかい、とかいう次元のものではなく、各楽器のビートが完全にひとつの物体となって、体に突き刺さる、そんな感じだった。そして曲目もシンガー/ソングライターものや、ジャズの曲を混ぜながら、そのアレンジに無理が無く、他のトラッド曲と全く違和感なく仕上がっていた。まだ 「New Grass」という言葉さえなかった時代である。 有名曲を誰もやった事が無い手法で、違和感無く仕上げる。これぞ45を圧倒的に他のバンドと一線を画するものにしているキーワードであろう。ぼくにとって、40年近く経った今でも、感動した日本のブルーグラス・バンドは45をおいて、外に無いし自身の音楽活動も45に出会わなかったら、全く異なるものになっていただろう。 今回 米国在住の大塚章氏(マンドリン)が帰国中に、久しぶりにリユニオンされ、当フェスにも来てもらえるのは大変喜ばしいし、期待している。 時山フェス代表 安川直樹 【最近の活動】(全て6人での リユニオンライブです) 2008年 ●10/18(土)ソロライブ @神戸元町・ロッコーマン 4Fホール ●10/24(金)ソロライブ @大阪難波・アナザードリーム ●10/25(土)時山マウンテンタイムフェスティバル参加 2009年 ●11/1(土)「ジャカジャカブルーグラス」参加 @神戸チキンジョージ 2010年・2011年 演奏活動有りませんでした。 2012年 ●2/24-26 Wintergrass(ブルーグラスフェス)に招待されました。ワシントン州シアトル郊外のベルビューで開催されます。1967年結成なので45周年になります。日本でもやりたいもんです。 ![]() 1996 |
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