アクセス時刻          「ニホンミツバチ蜂児捨て」を考える                               更新日 2011年03月03日

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「日本ミツバチ蜂児捨て」 
ミツバチの減少は社会問題になっているが、その問題の一つ、「ニホンミツバチの蜂児捨てによる消滅」は大問題でありながら、原因の究明も対策も全く進んでない。

 ニホンミツバチは日本書紀に記されている時代から日本の山野で自生してきていて病気には無縁されていたが、最近になって、蜂児(幼虫とサナギ)を捨てで消滅する問題が拡がっている。

 この蜂児捨てを最初に報告したのは、元高校教諭で京都大学研究員の菅原道夫である。氏はニホンミツバチの研究では最先端の研究者として知られている。

 この菅原道夫が「九州のニホンミツバチをセイタカアワダチソウを観察しながら調査した下記文献で報告されたのが最初であり、手元にあるこの文献の、ニホンミツバチ病気発生について記述された箇所を、原文のまま転写する。
九州のニホンミツバチ     菅原道夫 近藤勝彦
「財団法人国際花と緑の博覧会協会」助成研究報告 2006/3/10


「ニホンミツバチの病気の発生
 今回のアンケート調査で驚くべき回答が鹿児島県から寄せられました。ニホンミツバチの群が原因不明の病気で消滅したというのです。
 セイヨウミツバチの伝染病はいろいろ知られています。その対策もありセイヨウミツバチの飼育者は、届けでなければならないのです。伝染病が発生したら、群れ全体を焼却するように指導されます。
 これに対して、ニホンミツバチはこれまでセイヨウミツバチにみられるような伝染病が知られていません。ダニも寄生することが少なく、病気で群れが消滅した報告はありませんでした。
 図6の×印(注)はその報告があった場所を指します。働き蜂が、巣板から幼虫とサナギを抜き出し、入り口の近くの地面に捨てます。そのために、地面が白くなるほどの異常な光景がが出現すると言います。最後にはハチの数が極端に減少してしまい、群れが保てなくなり、消滅すると報告されています。他の地域からの報告はありません。

 (注)図6で地図上に示された地点は鹿児島県の志布志、垂水、南薩の加世田、川内の4地点です。 

この調査は2005年の秋に実施されたものです。
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 椎葉村のニホンミツバチ消滅は2004年に始まったと新聞報道されている。菅原道夫が2005年に九州を調査された折りには高千穂までは行っているが、椎葉村には立ち寄っておらずその状況は把握されていなかった。


http://www.the-miyanichi.co.jp/contents/?itemid=3568

http://qnet.nishinippon.co.jp/animal/news/2009/06/post_352.shtml

http://www.mahoroba-jp.net/blog/2007/06/post_98.html

 椎葉村は焼き畑農業が残っていたとされ、平家落人伝説や民謡「ひえつき節」の里として知られている山間地で、農薬が多く使われる所とは思えない。
 この村で、50戸が飼育していた800群のニホンミツバチが1年間で絶滅したとも80%が消滅したともされていて、子供の頃から70年間に渡って蜂飼いを続けてきたニホンミツバチと会話ができる名人とされる椎葉村松木の那須久喜(73才)氏は、「先祖からの伝言を含めて、少なくともこの100年間に経験したことのないことで原因は全く不明、農薬は関係ない」と語っている。

この後に当方が調査した結果を羅列すると以下のごとくである。

1、蜂児捨ての伝播
 群が消滅に至る蜂児捨ては2000年又はそれ以前に鹿児島県大隅半島の南端・佐多岬で発症していた。
以後、2001年から2005年にかけて、大隅半島を北上して薩摩半島にも拡がり、椎葉村、大分、福岡を経て、九州全域、中国・四国に拡大している。

2、蜂児捨てで消滅した蜂場では、別の蜂群を導入すれば速やかに復活する。
 鹿屋で養蜂する方の話では、「消滅・逃亡で空になった飼育箱をそのままにしておいたら、余所からの分封群が入り込み、正常に産卵・育児をして強群に育った」

 その他、蜂児捨てで消滅した蜂場では何れも、消滅後に導入した蜂群により速やかに正常に復活し、蜂児捨て症状は常在化していない。

3、養蜂家が上げている原因
 多くのニホンミツバチ養蜂家が上げている原因を列挙すると。
@ネオニコチノイド系農薬
A地球温暖化
B酸性雨
C飼育者の増加により蜜源不足になってきたこと
D女王の近親交配、DNAの変異
Eスムシ

4、蜂児捨ては従来はなかったのか
 大隅半島の南端で、2000年頃から、始まったニホンミツバチ蜂児捨てによる消滅は、長い日本ミツバチの歴史にも見られなかった現象とされている。
 ところが、群の消滅に至る程の規模の大きな蜂児捨てはなかったものの、小規模な蜂児捨ては昔から普通に発生していたこが明らかになっている。
 福岡で昔から長い間、ニホンミツバチを伝統的な飼育方法で飼育してきた方のお話で、50年前の小学生時代から祖父や父親に教えられながらニホンミツバチの飼育を任されてきたとされる方である。
 この方の話では
「50年前から、毎年、お盆の頃から蜂児捨ては始まり、毎日20匹程度の蜂児、殆どが羽化を前にしたサナギ、が巣底の板に落ちていて9月中下旬まで続き以後、ピタッと止まった。数十群の飼育群の殆ど全ての群で蜂児捨てはあったが、群が消滅するとか逃亡するとかいった大きな問題にはならなかった」と 
 小規模な蜂児捨ては以前から観察していたとする飼育家も多いことから、小規模な蜂児捨ては古来からあったのではないかと思われる。

5、小規模な蜂児捨てと消滅に至る蜂児捨ては別
 群の勢いに影響を及ぼさないような小規模の蜂児捨てと、消滅に至る大規模な蜂児捨ては別のものか、同一の原因で症状が重症化したものかを考えることも重要になる。 
 全く別のものと考えるならば、今までなかった原因が発生したことに、その原因は何か。同じ症状が重症化したとするならば、何故重症化現象が起こったかである。

6、農薬説は除外出来る
 消滅に至る蜂児捨ての発生とネオニコチノイド系農薬の発売が重なるとの説はあるが、問題の蜂児捨てのスタート地点は大隅半島で、椎葉村から北九州、中四国を経て全国に北上した。
 大隅半島は鹿児島の南部ではあるが園芸地帯ではない、豚、牛、肉用鶏の飼育が盛んな畜産地帯であり、椎葉村も園芸地帯ではなく林業が主体の地域であり、農薬の使用量は他の地域よりも明らかに少ないと思われる地域である。以後、被害に遭っている地域でも園芸地帯とは離れた地域の方が寧ろ多いと見られる。

 環境団体はミツバチの謎の消滅の元凶として、ネオニコチノイドを悪魔の農薬として、大々的報じ、読売新聞や中日新聞も科学的な調査もせずにセンセーショナルに報じ、何も分からない市民に不安をかき立てているが
水稲のカメムシ駆除に散布されるネオニコチノイドはミツバチには毒性が強く、ヘリコプターで散布されれば、周辺で飼育されているミツバチを死亡させる被害を出すが、巣門前で死骸の山ができ、因果関係を認めたJA謎が補償金を支払うといったケースは発生しているものの、謎の失踪につながるようなものではない。
 農水省筑波のミツバチ研究室、玉川大学のミツバチ研究所、国内の養蜂業者も一致して、我が国のセイヨウミツバチには謎の逃亡も消失もない、原因不明と思われる逃亡・消失の原因はダニであり、ダニ対策をきちんとすれば問題は解決出来ると強調している。」
 ただ、巣門前での死骸の山はネオニコチノイド系農薬による可能性は高い。


7、伝染病も原因から除外出来る。
 先にも触れたように、ウィルスや細菌による伝染病とは考えられない。
 蜂児捨てによりミツバチが消滅した蜂場でも速やかに復活していつこと、群が消滅して空き家になった巣箱に余所から飛来して入居したニホンミツバチは正常に産卵・育児をして強勢群に生長している例は多い。
 ウィルスや細菌による疾病・伝染病の場合は蜂場は汚染され、再起するには巣箱の焼却、蜂場全体の消毒をしない限り疾病は常在化し風土病の様相を呈するのが普通である。
 発生地区でも速やかに復活する半面で2〜3年後には再発しているケースも多い。一度発生すれば2度と発生しないといった抗体産出現象が見られるわけでもない。

8、スムシ(ハチノスツヅリガ)も真犯人ではない。
 ハチノスツヅリガ(Galleria mellonella (Linnaeus, 1758) 科:メイガ科(Pyralidae) ツヅリガ亜科(Galleriinae) 属:Galleria Fabriciusは蛾の幼虫が巣を食い荒らすため、古来からニホンミツバチにとって厄介な害虫であり、対策が確立出来ていない天敵である。セイヨウミツバチはガードが堅く、余程の弱小群にならない限るりその新入を許さないが、穏和なニホンミツバチはこの蛾の侵入には弱い。
 巣の中でスムシが増えると巣の中で繭を作り、繭の細かい糸が巣を覆うようになり、ミツバチは逃亡することになる。
 スムシによるニホンミツバチの逃亡は古くから経験されてきたことであり、ニホンミツバチの飼育家は誰もが経験して熟知している現象であり、大量の蜂児捨て伴い蜂場の群がほぼ同時に消滅するといったものではなかった。
 しかしながら、蜂児捨てにより消滅した群の巣箱がスムシに食い荒らされて例は殆どなく、蜂の巣は寧ろ正常な状態で残っている。椎葉村のニホンミツバチ名人をして「この100年間では経験したことがなく、原因不明」と言わしめたことからしてもスムシとは別と考えるべきである。スムシの被害は様々な形で誰しもが毎年、経験していることであり、消滅した群の空き巣箱を見れば容易に診断出来ることである。
 したがって、スムシもニホンミツバチ蜂児捨てによる消滅の犯人からは外される。

9、地球温暖化・酸性雨
 2000年頃から大隅半島南部をスタート地点として日本列島を北上したこの現象は、亜熱帯並の暖地帯に限らず鹿児島の沿岸部から、宮崎の海抜800mの椎葉村もほぼ同時に呑み込み、福岡・中国・四国から信州の山間地もほぼ同時に拡がっていった。
 蜂児捨てが発生した地域は局部的にはその地域の蜂群を全滅させているもの、隣接した地域の群は全く正常といった現象が各地で見られ、地球温暖化・酸性雨を「蜂児捨てによる消滅」の現象の主犯とすることで説明することは困難と言える。
 発生地区は速やかに移動している。
 

10、我が家の庭での蜂児捨ての実態
 2009年8月下旬に1群に蜂児捨てが始まり、10日程して2群目が始まったが、この2群については蜂児捨てが始まった翌日頃に、底板の上にバラハキリバチに酷似した、ニホンミツバチより一回り小さな黒色の蜂の死骸が転がっていた。写真の撮ろうとしたのですが我が家のデジカメでは至近距離からではピントが合わずに掲載出来なかった。更に、蜂児捨てが始まった頃の数日間は、捨てられる幼虫は首の下の辺で切り取られたり、胴体が半分に切り取られたりしたものばかりであった。その後は外傷のない幼虫を運び出すように変化していった。
 以後1ヵ月毎程度のスローペースで次々に蜂児捨て症状が伝染?が起こっていった。

 又、働蜂の死骸は蜂児捨てが始まってから消滅するまで、巣門の周辺にも底板にも1匹も発見出来ない状態で、消滅後に巣をバラしても、働蜂の死骸も羽化出来ない蜂児の死骸も全く残っていなく、スムシの痕跡もなく蓋がついたままの巣蜜がビッシリ残ったままと、消滅した6群については何れも、誠にきれいな状態ばかりである。

 こうした状態から推察するに細菌性の疾病は考えにくい。ウィルスを完全に否定することは出来ないが、仮にウィルスが検出されたとしても、そのウィルからワクチンが製造されない限り、現場サイトからして現実的な対策に寄与してはくれない。
名古屋大学の生命科学研究室ではミツバチのウィルス検出装置を備えていて、蜂児捨てに関与するウィルスの検出に意欲を持っていることは聞いているが、ウィルスを同定した学会で発表するだけでは殆ど無意味な研究と言う他はない。

 地域単位で壊滅的に消滅する被害が出た後で、汚染地区、常在地区にはならずに比較的短期間に地域単位で浄化されて、小康状態になっているのもこの疾病の特色である。何故、短期間に復活出来ているかは、これまた当方の仮説であるが、この外来昆虫を追いかけるように、外来昆虫に対する天敵が出現していることが考えられる。

11、クリタマバチの経験から学ぶ
 昭和28年頃であるが、栗の木がクリタマバチの襲撃を受けて、日本全土の、野生の栗も栗園の栽培栗も、新梢に飴色の小梅ほどのクリタマバチの卵塊が出来て花は咲かず実は全く収穫出来ない、平年では数十トンの収穫があった村内の収穫が完全ゼロに陥るという壊滅的な被害に見舞われた。これで日本の栗は終えたと誰もが諦めた。当時はヘリコプターも大型噴霧器もなく、樹高の高い、栗の木の消毒は不可能だったのである。ところが、翌年になると嘘のようにクリタマバチの被害はなくなり、栗の木は復活した。クリタマバチの天敵が日本全体に拡がったのである。その後も、クリタマバチは小康状態になっただけで存在しているとのことであるが普通に観察しても発見出来なくなっている。

 蜂児捨てもそんな感じがするのである。外来昆虫が処女地で大繁殖して、ニホンミツバチの幼虫を駆逐しながら北上するも、天敵に追われて小康状態に落ち着いて行くと。 

12、ウィルスの可能性は殆どない
 地域単位で消滅しても翌年には殆ど復活していることについて、感染したウィルスに対して抗体・免疫を産出した結果と考える向きも多いと思われるが、2007年に15〜20km離れたA地域で数十群が消滅したが08年に復活が始まった。その後09年(昨年)に、この地区の、その春の分封群を1群を頂いていたが、この1群も、我が家では、他群から始まった蜂児捨ての3群目に発生して昨年末に消滅した。A地域では昨年の消滅群は皆無、今年も順調に春を迎えている。

消滅地域の復活は抗体や免疫持ったからでも、抵抗性のあるDNAを持った群が増殖したということでもなさそうで、消滅した地域には天敵が定着し、処女地には天敵がいなかったと考えるのが自然と思われる。 (2010年3月7日)

13、椎葉村の2010年、蜂児捨て再発
 日本ミツバチと話が出来る名人とされる椎葉村の那須久喜(74才)方のその後について、椎葉山仙人さんのブログ
http://www.vill.shiiba.miyazaki.jp/blog/index.php?catid=85&blogid=55&page=2
を参照させて頂きました。
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 椎葉の蜂蜜は、豊富な山野の花々から採取した蜜を、ミツバチたちが醸成したもので、その純度の濃さと品質の良さで高い評価を受けて定評があります。
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H・Nさんと言えば、テレビ等でも紹介される椎葉のミツバチ名人です。
椎葉の高峰「扇山」の麓に住んでいるHさんは、扇山の原生林をバックにもち、頂上付近までブンコウをかるい上げて、山の幸の享受をうけています。
先日 その家を訪問する機会があって話を聞いたところ、
なんと・・ あんなに居たミツバチが全部死んでしまっていなくなってしまったということです。
以前は60から70個ほどもミツバチブンコウを持っていたのが、平成17年に流行ったミツバチの「奇病」でほとんど絶えてしまったといわれていたのが、ここ数年で持ち返して、Hさんもブンコウを47個まで増やしたと喜んでいたのが、またまた今回の奇病発生です。
村役場も心配して、死んだミツバチを大学の研究所に送るなどして原因究明をしているようですが・・・
他の養蜂家達からも,ちらほらそんな話が聞こえるようになって、ミツバチ仲間では戦々恐々の昨今です。

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Hさんの家の横のブンコウもからっぽでした

 5年前に蜂児捨てで全滅した日本ミツバチが、復活して5年目で、再発して、再度全滅しているとは。         

 
14、蜂児捨ての犯人はサックブルードウィルスであることが名古屋大学門脇教授により明らかにされた。2011年1月10日

日本ミツバチの蜂児捨ての群れからSBV(サックブルードウィルス)が見つかったということが報告されていました。

サックブルード病は、名前のとおり、蜂児の皮が袋状になってかたくなって死ぬ病気で、その原因ウィルスがサックブルードウィルスです。
 この病気は、セイヨウミツバチの病気として知られていましたが、今回の日本ミツバチの蜂児出しでは、蜂児がこの症状を示すことは報告されないと思います。
 なので、蜂児出しは、サックブルードウィルスが原因の可能性が高まったのですが、これを 『サックブルード病』と呼ぶのは違うと思います。

 それ以外に、このウィルスが原因の病気では、1980年代にタイのトウヨウミツバチで流行したタイサックブルード病がありますが、その症状についてはあまり日本語の情報が無いのでよくわかりません。

 今回の門脇先生の講演で、サックブルードウィルスが以前からニホンミツバチに浸潤(感染)していたことが示唆されましたが、これは蜂児だしが以前からあったということを必ずしも意味しないと思います。
 細菌でもそうですが、ウィルスの場合は遺伝子の変異が大きいので、同じウィルスでも、病原性の強いものとほとんど病原性を示さないものがあります。
 なので、サックブルードウィルスは昔からニホンミツバチに居たが、最近になって病原性の強い遺伝子をもつグループが出現して、蜂児出しの流行になったという可能性もあります。

 その、SBVの遺伝情報を調べたところ、
・セイヨウミツバチのSBVと、ニホンミツバチのSBVとは違う遺伝子グループなので、相互の感染はない。
・ニホンミツバチのSBVのサンプルは遺伝情報の変異が大きいので、最近外国から侵入したものではなく、かなり以前から日本で浸潤していた。

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