ありのまま、そのままの体験です。
今の私の心の状態は、すべてがマイナス思考。
昨日とは、別の人になっちゃっています。
昨日の「ぽかぽか」は、どこへ・・・
昨日の「自分」は、どこへ行ってしまったのだろう?
こんな事もしばしばです。
心の状態が、体に反応しやすい私は、今、かなり、起きているのが辛い。
掲示板を書くのも、体力的に辛い。
パソコンに向かうのも辛い。
最近は、日常生活もままならないのです。
体のどこが悪いとか、臓器に病気があるとかではないけれど、常に、体調不良。
体力は、全く無し。かなり衰弱しています。
こうなると、意欲も低下し、ますます、泥沼へ。。。
孤独で、辛くて、苦しくて、体も動かない、頭も回らない、悪循環。
こんな、状態にはまったら、なかなか抜け出せないのです。自分では、どうにもならないのです。
つい、3ヶ月前までは、働いてもいた。
センターに出会って『過食の未来 10年後』を想像しながら書き込みながら、「悲惨だな、こうなりたくないな」と思っている自分がいた。。。
10年後・・・10年後に来るなんて、あくまで想定。
突然、今、数時間後、数日後、明日かもしれない。
いつ、訪れてもおかしくは、ないのです。
私には、今、すでに襲いかかってきています。
過食嘔吐を甘くみていた。
こんなに酷使してきた体は、いつ何が起こってもおかしくは無いのです。
何が起きてもおかしくは無い、不思議は無い。
そんな、経験は。。。
実際約2年前、過食嘔吐が悪化して止まらなくなり
体重が30キロにまで落ちたとき、入院し、入院中に、いきなり意識を失い、呼吸停止になりました。
原因は、あまりはっきりしない。
医師からは、「ショック状態が起きた」と説明されました。
薬のせいかもしれないけれど、普通では考えられない事だと。
ただ、過食嘔吐をしていたことや、たまたま、いろんな悪い事や条件が重なって起きたことのようです。
怖いです。。。
病院で倒れたから、すぐ、処置してもらえたけれど
自宅で一人きりの事が多い私は、自宅にいるときでなくてよかったと思いました。
意識が戻ったときの苦しみは、表現のしようが無いです。
激しい頭痛と、激しい吐き気。
頭が割れるほどの痛みの中、吐くものも無いのに強烈な吐き気。
胃液でもなく、緑色の胆汁まで、吐きました。
たとえようも無く苦しかった。
心電計や、指先に医療機器をつけられ常に、ひとときも、休まず、完全に機械や看護師さんに見守られていました。
絶対安静。。。
倒れた時の状態を、処置にあたってくれた先生から後で聞きました。
「体はだらーんと力が抜けていたけれど、顔にはかなりの力が入っていて呼吸が停止していて気道確保に苦労しました。
1秒も無駄に出来ない緊急事態だったので、力ずくで口を開けたので少し、唇を傷つけてしまいました。ごめんね。」と・・・
「命を救う事のほうが、大切だったから。かなり、危険な状態だったから、危なかったよ・・・」と。
他の入院患者の仲間にも、とても、心配をかけてしまいました。
倒れたのが夕食が終わって7時ごろ、突然バタリと倒れたそうです。
倒れたときの記憶はありません。
「倒れそう」とか「気分がわるい」と言う事も無く、突然、記憶がなくなって気がついたら自分の病室ではないところにいた。
心配して眠れなかった人も、多かったとか。。。
「生きていてよかったね」と、症状が安定して自分の病室に戻るときに、抱き着いてきてくれたお友達もいました。
この他にも、いろいろ、みんなに、伝えたい。
「過食嘔吐になって、辛かった事」が、たくさんあるけれど、少しずつ書いていこうかと思います。
みんなには、辛い思いはしてほしくない。
ここにきてくれたみんなと一緒に完治したい。
それが、今の私の願いです。
上手くはまとまらないけれど、上手くは表現できないけれど
でも、思ったまま経験した事の真実は書き込めたような感じです。
自傷は、5年前に、実行してしまいました。
もう、辛くて、苦しくて、この、辛さから、苦しさから、解放されたくて
オーバードラッグ(大量服薬、過剰服薬)してしまいました。
ちょうどその当時、通っていた病院(精神科)から2週間分の安定剤・・効鬱剤・睡眠剤などもらって帰ってきたその日の夕方に、すべて飲んでしまったのでした。
そして、今までの苦しみを知ってもらいたくて、訴えたくて、担当の先生に電話し始めたのです。
夕方で、お父さんがちょうど帰ってきました。
「なにやってるんだ!!!」と驚き、「どこへ電話してるんだ!!!」と受話器を取り上げ、病院の先生とお父さんが話し始めました。
私は、そこまでしか覚えていません。
意識がなくなちゃったのです。
後で、聞いたその後の話ですが、お父さんが、私の状態を先生に伝え(電話が、つながっていたので)電話先の先生は、処置(胃洗浄が必要と判断)してもらえる病院を探し、手配し、市内の総合病院で処置、受け入れ可能ということで、お父さんが車で運び込んでくれました。
胃洗浄して、大量のお薬(粒状のもの)が出てきたらしいです。
胃洗浄って、意識があったら、とても絶えられない程苦しい処置らしいです。
私は、全く意識がなかったので、幸い???でした。
「腕が痛い、痛い、痛いよう」何度もそう、言っていたようです。
もうろうとした意識の中、何度も腕が痛かった事は覚えています。
点滴が漏れて起こった痛みです。
何度も何度も、点滴が漏れて、差し換えてもらったようです。
3日ほど、眠り続けたそうです。
病院で、目がさめました。
お父さんが、ずっと、付き添っていてくれました。
仕事も休んでくれたようで。。。
いっぱい、迷惑、心配かけちゃた。。。
ごめんね。
意識が戻り、少し様子をみて落ち着いていたので、その病院(総合病院の内科)を退院し、精神科での入院が必要との事で別の病院の精神科へ。
その足で即、入院しました。。。
後で知ったのですが、今のお薬ってどんなにたくさん飲んでも死ねないように作られているらしいです。
もう、こんな事は、しませんが。。。
死にたくても、そう、簡単には、楽には、死ねない事が、分かったから。。。
そういつも、分かりながら、分かるからなのか、死にたくなってしまう、でも、死ぬ勇気の無い私が、いつもいます。
人間、生かされているって良く言うけれど、結構辛い事だと、残酷な事だと、過酷な事だと、私は、思います。